海に星 中編
「守り人。何故、おれを産むような愚行を繰り返した?」
静かな声で疑問を口にする。
怒りでもなければ呆れでもない。純粋に疑問だったのだ。
守ってくれるかみさまが必要だなんて願いは、どこからきたのか、と。
「今は歪んで、妄執と成り果てていても、その願いは本物です。かつて、大規模な戦禍の頃、願ったのです。島を守るかみさまが欲しいと――」
魔物に脅かされ漁に出ることが出来ず、何人もが餓えて海に還ろうと、ただそこにあり、海に還る者達を迎える役目を持つわだつみ様ではなく、夜の嵐から守るような存在が欲しいと願った。
しかしそんな都合のよい存在がそう容易く現れる筈もなく、戦禍はこの諸島まで及び、状況は混迷を極めるばかり。
だから造ることにした。精霊は神になる。ならば、神になれるだけの器を持った精霊を造ればいい。
その一心で儀式を繰り返し、海に贄を捧げ続けた。
当初、機体に乗るのは双子でなくともよかった。志願制だったのだ。
しかし、ある代で双子が儀式に望んだことが、妄執の根幹のひとつだ。
海に捧げられた魔力は膨大で、人造のかみさまを作る計画を大きく発展させた。
大きな戦禍への悪あがきだった計画を、可能ではないか、と思わせてしまったのだ。
「人造のかみさま。今、島民の妄執があなた様を産んだ。あなた様は、明日、今代の双子の贄によって完成する」
ですから、どうか――。
「双子を連れてお逃げ下さい。かみさま未満のあなた」
「必要だったから、おれは産まれたのだろう。俺の契約主は今のところ守り人だが?」
「……兄が犠牲になったあの日から、わたしには、もうどうしても叶えたい願いなど、なくなってしまったのですよ」
「――そうか」
儀式で死した者はわだつみ様の元へは行けない。魂をオルカに捧げることになるからだ。
「ですから」
不意にアラートが鳴り響く。
「?」
「機体を使って脱走した音です。わたし達の時は、住人達の手により失敗したのです。――きっと、その前も、ずっとずっと」
「海へ出たようだ」
「……ですから、今代を、助けてやって下さい」
覚悟を決めた者特有の守り人の瞳が、オルカを見据えた。
諦観にも、反抗にも思える視線をしている、とオルカは思う。
「代々の双子にも、助けて欲しいと、願われた」
「………」
「誰でもいいから、痛くて苦しい魔物との戦いから助けてやって欲しい、と。互いが、互いの為に、願っていた。おれに願いが届く、星の降る夜に、みな」
そしてそれは、目の前にいる守り人も同じだった。聴いていたから、確かに知っている。
だが彼女は間に合わなかった、もう助けて欲しい人がいないのだ。だから諦めて、象徴の座に座った。――責任も、共に負うつもりで。
次代でオルカが現れると知った守り人の願いは、ふたつあった。
兄を奪った島の住人達の抱く、長い年月の間にねじれた悲願を、断ち切ること。
今代の双子が、因習から抜け出すこと。
「行ってくる。もう戻りはしない」
「どうぞ、今代の双子を、よろしくお願い致します。今ならまだ、間に合いますから」
「任された」
「――そしてどうか、あなたと今代の双子に、昔日のわたしと兄の姿を重ねることを、お許しくださいますよう」
そう言って、彼女は哀しげに微笑んだ。
代々の儀式の責任を負うと決めた守り人の姿ではなく、兄を失った、少女の顔をしていた。
「捧げられた者の願いを尊重するあなた。たとえかみさまではなくとも、わたしはあなたを支持いたします」
守り人は、深々と頭を下げた。
「わたしが生きているうちに、現れてくださってありがとう存じます。――兄の魂を連れて、どうぞ、ずっと、遠くまで――」
お逃げくださいませ、と背中を押す言葉を受け、オルカは踵を返し、部屋を出た。
かつて責任に従順だった双子も、存在していたのは事実だ。
それでも、全てを捨てて島の外へ逃げたいという幻想を抱かなかった双子は、一切いなかった。
だから、連れて逃げる。当初の目的を忘れて、かみさまであるオルカに縋る者達の妄執よりも、守り人が背中を押してくれた、その意思を尊重する、と選択した。
命を削りながら魔力を捧げた守り人達が、海神の元へと行けずにオルカを形作るための贄達の魂が、代々灯し続けた願いはオルカの心の深い場所に根付き、到底捨て置くことなど到底できなかったから。
――今更ではないのだと、言い聞かせた。
まだ、オルカはかみさまではない。今代の双子は生きている。抗っている。
オルカには、救われたがっている者を、救える力があった。
だから、助けに行く。