海に星 前編
星が降る夜、かみさまに願いをかけた。
それは代々、星のように降り積もった願いだった。
浜辺で、それに出会った。
影に包まれた身体は青年のものだったが、頭がシャチだった。
今までの海洋生物のような魔物とは違う威圧感を感じて息を呑んだ。
機体まで行く余裕なんてない。ここで殺される。
幾度となく味わった恐怖に震えながら、無意味と知りつつ言葉を絞り出した。
「……妹だけは、助けて」
「妹? おれが聴いてきた願いと違う」
魔物が、話せる? それに、今願いって言った。
「……かぶりもの?」
「なにがだ?」
疑問を疑問で返された。
――でも、おかしい。気配が人じゃない。魔力だって肌を刺す程に強い。絶対に人ではない。
「おれは海の精霊だ。産まれたばかりで、名前はない」
こんな精霊は知らない。島の人達が宿す精霊は、動物のものばかりだ。
いいものか悪いものかすら分からない。
「だから、おれに名前をつけて欲しい」
「……オルカ。シャチの頭だから、オルカ」
いつだったかの言葉。
島の人々はみな、精霊を宿していた――わたし達、双子以外は。
「いいなあ、わたしも精霊を宿してみたい」
「なに言ってるの。ナギとシホには、儀式で島を守ってもらわないと。二人にしか出来ないことなのよ」
「はぁい」
その言葉を、今の今まで、信じていた。
霧の中、裏手の林に、シホが駆け込んでいく姿が見えた。
今朝まで熱を出していたのに、どうしたのだろう。無性に不安になって、慌てて追いかける。
「どうしたの、シホ!」
「お姉ちゃん……」
「……わたし、死にたくない……」
何度も何度も聞いた言葉だった。
それでも、家族の為、島の皆の為にと、その度に奮い立たせて戦ってきた。
だがこの目はなんだろう。絶望した顔をして、いつもとは違う虚ろに涙を流す目は。
「どうしたの、シホ。なにがあったの」
驚く程に冷たくなっている震える両手を握った。
言い聞かせるように尋ねると、周囲を伺うようにしてシホは口を開いた。
「診察に行った時、パパとママが、里の人達と話してたの。わたし達、儀式の最後には、どちらかはニエにらなきゃいけないって。身体が弱いわたしが、その役だって」
手を繋いだままその場にへたり込んで、堰が切れたように必死に訴えた。
「わたし達しか戦えないんじゃなかったの。霧の日の魔物は全部、島の人達が捕まえてきてて、双子は儀式の為だけに戦ってたの。……流星群の日に、かみさまになる精霊が産まれたから、精霊がかみさまになる儀式ももうすぐだって、最後の儀式だって先生が言ってて、パパとママ、喜んでて……」
わたしが海に還れないことを、喜んでいて。
シャチの頭をした精霊の言葉が脳裏をかすめた。
あの時だ。あの星の降る夜に、オルカはかみさまになる為に産まれたんだ。
「シホ、機体のところまで行こう。今日なら不自然じゃない」
「お姉ちゃん?」
「出撃するフリをして、逃げられるとこまで逃げよう。シホは海に還っちゃ駄目。絶対に駄目」
魔物が出る予定の、霧の深い日のことだった。