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吸血貴族の愛し人  作者: SHノーマル
第一部
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第2話 館と主人

館では、帰ってきたお嬢様を見て……いや、彼女に連れられた俺を見て、メイド達がそれぞれ驚きの表情を浮かべていた。


「お嬢様! どうされたのですか!? そのような小汚い子供など連れて?」

「奴隷として買ったのよ」


いきなりの嘘だ。

彼女はそっけなくそういうと、メイド達とは目を合わせようともしない。


訝しんだメイド達は、今の話が本当か、と馬車を御していた従者に問いかけるが、従者は「その通りです」と答えるだけだった。


彼の懐には、お嬢様から貰ったであろう金貨が入っている。

それが口を固くさせているに違いない。


……しかし、俺は奴隷か。

だが、呪術の類で契約したわけでもない。なんとかなるだろう。


「しかし、何もそのような痣と病に侵された子供など……。旦那様がなんとおっしゃるか……」

「どうせお父様は、ここには滅多に来ないでしょう?」

「ですが、本来はもっと使い勝手の良い奴隷を……」

「この子はもう私のモノなの! 分かったら、早く私の薬を持ってきて!」


それぞれに口を開くメイド達の言葉を遮り、エルザは苛立ちを隠さずに大声をあげる。

それを聞いたメイドたちは、困ったように黙り込んでしまった。


「分かったようね。じゃあ薬を……あ、その前にこの子を綺麗にするのよ? 風呂を浴びせて、それが終わったら薬を持ってきて。この子に塗るから」

「しかし私共は……いえ、分かりました」


エルザの怒声一つでおとなしくなったメイド達は、途中なにか言いたそうにしていたが、しぶしぶと指示に従って行動に移っていった。

メイドの一人が俺に話しかけてくる。


「それじゃあ、来なさい」


メイドの声色は、とても冷たい。

この俺の醜い肌に関わるのが嫌だという気持ちを、隠そうともしないのだろう。

……貧民街では見慣れた光景だ。

俺はメイドに連れられてエルザから離れ、長い館の廊下を歩く。


「……俺は今から一体何をさせられるんだ?」

「乱暴な言葉遣いの子供だね。教育もできていない奴隷商から買うなんて、お嬢様も人を見る目がないこと。それとも、そのボロボロの見た目に情けでもかけたのかしら」


俺が質問すると、メイドはいきなり冷たい視線で睨みつけてきた。

なぜそこまで敵意を向けられるのか分からない。


「いや、俺は……」

「ああ、質問は後にして。お嬢様が何を考えているか分からないのだもの。貴方がこれからどう過ごすかはお嬢様次第よ。ただ一つ、貴方のような病を持つ人間が、他のメイドと必要以上に接触しないようにして」


一方的にまくし立てられた後、会話はそこで打ち切られ、その後は話しかけても無視をされた。

途中からは無言のまま、メイドの後ろについて連れられていく。


着いたのは館の片隅にある小さな部屋だった。

お湯が入った大きめの桶と、使い古したであろう乾いた布が置いてある。

俺はそこで体を拭くように言いつけられる。


「ここで身体を洗いなさい。なるべく他のところには触れず、服はそこの籠に入れるように」


メイドはボロボロになった籠を指差す。

廃棄する予定の籠じゃないだろうか。


そこで別のメイドが、少し大きめのローブ……いや、粗末な貫頭衣を持ってきた。


「貴方の服は汚れすぎてこの館にはふさわしくありません。別の服が仕上がるまでこれを着ていなさい。体を拭き終わったら速やかに出るように」


どうも子供の俺に合う服がすぐになかったらしい。

新しい服は後日届くと教えてくれた。

……今まで着ていた服は処分されるようだ。


説明を終えると、二人のメイドはそそくさと部屋から出ていく。

俺に配慮した……というよりは、病で爛れた体を見たくなかったのだろう。


俺はさっさと体を拭いて汚れを落とし、用意された服を着る。

生地は厚手だが、二枚の布を紐で留めただけの簡易な代物だ。

俺は紐の長さを調整して、自分の体型に合わせるが、サイズが大きく膝下のところまで丈がある。

元々子供用のサイズじゃないんだろう。


外に出るとメイドが待ち構えていた。

彼女は俺が脱いだ服を直接触らないようにしながら、籠ごとどこかへ回収していく。


「これで、お嬢様の所へ案内する準備が整いました」


それからようやく、エルザがいるであろう部屋へと戻された。

通されたのは、大きな天蓋付きのベッドのある豪華な寝室だ。

そこにはエルザが一人、窓辺の椅子に座っていた。

俺の顔を見ると、退屈そうだったエルザの顔が、一気に笑顔になる。


「来たのね。さあみんな、後は私に任せて戻っていいわよ」

「しかし、この者が何かしら無礼を働きますと……」

「そんな事は心配しなくていいの。彼は私のモノだもの。でも気になるなら、そこでしばらく見ていても良いわよ。薬を塗るところを、ね」

「……いいえ。それでは失礼します」


メイドは深々と一礼をすると、静かに部屋から出ていった。

残ったのはエルザと俺の二人だけだ。


「さあ、まずは服を脱いで」

「……さっき体を拭いたばかりだ」

「そういう事じゃないのよ。さあ早く!」


彼女は他のメイド達と違い、なんでもない様に俺に話しかけてくる。


「お前は……。この病気が怖くないのか?」

「日に当たると悪化する、そういう病気なんでしょう? 私と同じだわ」

「それはそうだけど……そうじゃなくてだな」

「もうっ! いいから脱ぎなさい!」


エルザは俺の返事を待たずに、服を剥ぎ取ろうとする。

俺は抵抗したが、簡素な止め具と紐で各部を留めただけの服は簡単に解け、上半身を一部露わにしてしまう。

このお嬢様は、そんな事はお構いなしと言わんばかりに俺の体を見つめていた。


「……やっぱり、陽の光が強く当たったところは肌がボロボロね」

「随分と乱暴だな」

「貴方の言葉遣いほどじゃあないわ。今回は私が薬を塗ってあげるわね。感謝してもいいのよ?」

「薬? なんの薬だ?」

「貴方の病気を治す……というより、普通に近づけるための薬よ」


彼女はそういうと、半透明のクリームを指先でつまみ、手のひらで丁寧に広げる。

これが薬なのだろう。

柔らかく温かい手が俺の爛れた手に触れ、薬を優しく塗っていく。

塗られた部分から痛みが和らぎ、代わりにむず痒いような感覚へと変わっていく。


「痛みが……引いて、いく?」

「やっぱり効果があるわね。これは、私たちのような体質の人のために作られた薬なの」

「私……“たち”?」

「そうよ。たまにね、私たちの一族は太陽の光に弱い人が生まれるの。あなたと同じね。昔々の事なんだけど、先祖に同じ病の人がいたらしくて――」


エルザが語った内容によると、彼女の家系にも代々、その奇病に悩まされている人がいたらしい。

この奇病を治すために広く知恵を募り、ある錬金術師が薬を作ったという。

それをエルザの先祖が薬の製法ごと高値で買い取り、今に至るそうだ。


市中ではこの病気を発症する人がごく稀なので、薬もほとんど出回っていない、という話だった。


「へえ……」

「昔、この国には吸血鬼がいたそうよ。錬金術師様が言うには、私はその末裔なんだろうって」


吸血鬼の話は俺も耳にしたことがある。

貧民街で、俺も「吸血鬼の子供」と蔑んで呼ばれていた。

この病にそういう由来があった事までは知らなかったが。


「もしかしたら貴方もそうじゃない? ほら、こんなふうに八重歯が尖っていないかしら?」


エルザは、「いーっ」と言いながら唇を指で押し上げ、八重歯を見せつける。

彼女の歯は、たしかに普通の人より少し尖っているようにも見える。

だが、それよりも八重歯を見せるための顔が少しおかしくて、俺も思わずクスッと笑ってしまう。


「あら、やっぱりあるじゃない。鋭そうな八重歯が」

「……気にした事はなかったが、見えたのか?」

「ええ。ちょっと笑うだけで尖った牙が見えるなんて珍しいわ」

「そうかな……?」


笑った拍子に、牙のような八重歯が見えたようだ。

たしかに昔、貧民街で指摘された事はある。


だが貧民街には、薬品で顔が崩れた人間や、亜人との混血などという真偽不明の人間まで、実に幅広く個性的な顔の人間がたくさんいた。

あそこに居た人々に比べれば、自分の歯の形など誤差の範囲だろう。


「はい、両手と顔、首と背中まで塗り終わったわ」


俺は自分の舌で八重歯を触りながら、くだらない事を考えている間に、薬を塗り終わったようだ。

薬の効果は確かにあるらしく、ボロボロになっていた肌から痛みが急速に引いていく。


「じゃあ次は下半身ね」

「は?」


彼女は顔をこちらに近づけ、服を下半身から取り除こうとする。


「大丈夫よ。デリケートなところは触らないから」

「違う、そういう意味で言ったわけじゃない」

「良いじゃない。……? 同じ女の子同士だもの。優しくするから安心して」

「何……? もしかしてお前、何か勘違いしていないか?」

「何を言ってるの? もしかして、また言い訳をするつもり? ……えいっ!」

「お、おいっ!」

「……えっ?」


エルザが不意を突き、俺の服を留めていた腰紐を思いっきり引っ張る。

すると紐はあっけなくほどけ、俺の下半身を隠していた布がはらりと外れた。

目の前に現れたものを見たエルザが、ぴしりと固まっている。


俺は急いで服を取り戻し、紐を再び結びなおすが、少し遅かったようだ。

彼女は、自分には存在しないものを確かに確認したのだろう。


「え、え? あっ――」


エルザは微動だにしない。

だがその顔は、みるみるうちに赤くなっていく。

そして表情が大きく崩れ、悲鳴を上げそうになるも、慌ててエルザは自分で自分の口を塞いだ。

お陰で声はほとんど漏れていない。


互いに顔を真っ赤にしたまま、部屋を気まずい静寂が包みこむ。

しばらくして、ようやく落ち着いたエルザが口を開いた。


「……良かったわ。部屋にメイド達がいなくて」

「あ、ああ。……誤解は解けたか?」

「ええ、あなたが……その……男の子……だって……」


消え入るような小さな声で彼女はそう言った。

その後、恥ずかしいのか真っ赤な顔を手で覆い、下を向いている。


「ああ、その通りだ。俺は――」

「あ、ちょ、ちょっと待って!」


俺が喋ろうとすると、今度はエルザが俺の口を慌てて手で塞いで喋れないようにする。

そして、顔を近づけると囁くように耳元で声をかけてきた。

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