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吸血貴族の愛し人  作者: SHノーマル
第二部
15/31

第15話 行商人ラナリア

「神父様。後日、治政に関する資料を拝見させていただけないでしょうか? もし存在するなら歴代の領主たちがどのような施策を行ったのか、わかるものが欲しいのですが」


俺は神父に過去の資料の閲覧を申し出る。

閃いたアイディアを実行に移せるかどうか確かめるため、先人が試したものなども調べておきたいからだ。


「承知いたしました。それでしたら王国に提出している資料が、教会に保管されていると思いますので後日お持ちいたしましょう」

「ありがとうございます神父様。それとは別に、行商人にお会いしたいのですが、いつ頃この村へいらっしゃいますか?」

「行商人……ですか。それならちょうど昨日ここへ来ていたかと存じます。まだ滞在しているでしょう。市場で商売をしていると思いますのでご案内いたしましょう」


市場は村の中心から、少し離れたところにあった。

いくつかの露店が立ち並び、明るく活気がある。

物珍しそうにこちらを見てくる人々に対して、エルザはにこやかに笑顔で対応していた。

彼女も人の視線に慣れてきたようだ。


露店で売られているのは果物や芋、野菜や肉といった食料品が中心だ。

生活雑貨や花なども、わずかに並べられている。


「ここが市場です。村民の憩いの場となっておりまして、行商人も村に来た際はここで商いを行っています」


神父はそう言った後に、市場の店や並べられている物について説明をしてくれる。


「神父さん、元気です? 今は王都から取り寄せた商品が安いんで、買ってください!」


雑貨屋の一角に近づいたところで、独特の訛りを持つ若い女性が威勢よく声をかけてくる。


「そしてそこのカップルさ……ん? んー、見ない顔ですなあ」


俺たちにも声をかけようとして、違和感に気が付いたのか、途中で商売トークをやめた。

訛りから察するに、彼女はここの出身ではないのだろう。

商人に気づいた神父は、慌ててこちらへ駆け寄ってくる。


「ラナリアさん! こちらは先日赴任された、領主エルザ様とその執事であるレオ様ですよ!」

「えっ!? りょ、領主……様? し、失礼しました!」

「まことに申し訳ございませんエルザ様。どうか、どうか平にご容赦を……」


領主という言葉を聞いて顔を青くする商人。

神父は商人の態度を許してもらえるよう、地面に頭が付きそうなくらいの謝罪をしてきた。


暴君ならその場で処刑しかねない対応だったからわかるが……。正直、商人の彼女は何も悪いことはしていない。

強いて言うなら貴族らしい装いもせずに領地を見学している俺達にも責任がある。


「構いませんわ、神父様。私たちはこの程度の事で咎めを与えるようなことはいたしません。むしろ気軽に接していただけて、こちらもかえって気負わずに済むというものです」


エルザもすこし困惑しているようだが、それでも取り繕って挨拶をした。


「はっ、寛容な振る舞い、誠にありがとうございます。こちらのラナリアに代わって厚くお礼を――」


……先日から思っていたが、この神父は堅すぎる。

今も貴族と相対する時に特有の言い回しで長々と謝罪しているが、俺たちにとってそんなのは無駄で面倒な言い回しでしかない。


これは立場も多少は関係しているだろうが……。

このまま慇懃な態度をとり続けられても困る。


特に、これからは領地で色々とやっていくんだ。

万が一、貴族への恐怖心からミスを隠されたりされたら大問題だしな。


だが神父自身は、最善を尽くしているつもりなのが厄介だ。

……しょうがないな。

俺は軽く咳払いをし、一歩前に出る。


「神父のおっさん、俺たちは本当に気にしていない。むしろなるべく自然体で接してくれ」

「ありがたく存じ……ん? んん!?」


いきなりぶっきらぼうな口調で、わざとらしい笑みを見せた俺に対して、神父は目を白黒させる。

商人のほうは何がなんだか分からないといった様子だ。

エルザも驚いてこちらを見ている。


「ち、ちょっとレオ? その言葉遣いは失礼じゃないかしら? ……すみません神父様、彼の事はお気になさらずに――」

「エルザ様、具申いたします。その下々の者に対する姿勢、それは執事である私から見ても素晴らしく思いますが、それがバーレイ神父に対して重荷になっているのも事実。もう少し柔らかくてもいいのではないでしょうか。……な、神父のおっさん」


エルザが俺を窘めるが、俺はその言葉をあえて遮り、主であるエルザに対しては丁寧に、神父に対してはあえてフレンドリーにふるまってやる。


さすがに人の目もあるからな。

いつものようにエルザに話しかけるわけにはいかない。

目でウインクをして合図を送ると、エルザはなにか勘付いたようだ。


「神父様。あなたが私に対する態度を変えたところで、咎めたりするような事はいたしませんわ。

ですが、私も領主として一人前であるよう気負っていたのも事実、それがあなたへの重荷になっているようでしたら、これからは少し態度を改めますね」

「え、ええ。私としてはどちらでも構いません。ただ私の職業柄、この話し方はもはや自然なものとなっております。慇懃すぎるきらいがありましても、どうかご容赦を」

「はい。私も相応の立場である以上、そのほうが助かります。ねえレオ?」


やや強い口調でこちらに同意を求めてきた。

エルザの目が「茶番はここまでにしなさい」と語っている。

俺のやりたい事が伝わったようで何より……さすがにこれ以上、ご主人様に逆らうわけにはいかないな。


「エルザ様の御心のままに……」


俺はおおげさに、恭しく礼をする。

あとでエルザには叱られることにしよう。


「……私の執事が無礼な立ち振る舞い、失礼しました神父様」

「いえいえ、こちらも新たな領主が着任されるという事でいささか気負っておりました。お若いにもかかわらず人格者のようで安心しております」


あまり気負わないで接してほしいという俺たちの意図は伝わったようだ。

さすがに初日はともかく、ずっと恐縮されては色々とこちらも困るからな。


俺たちを見ていた商人は、この一連のやり取りでなんだかニヤニヤとした表情になっていた。


「あんたら面白いですなあ。ウチはここを基盤に行商人としていくつかの村と王都をまわってるラナリアってもんです。どうぞよろしく」


彼女は相変わらず独特なイントネーションで、しかしさっきよりも親しみやすく話しかけてくれる。

その砕けた話し方を神父は咎めようかと迷っているようだったが、エルザが手で合図を送り、制止させた。


これは彼女も気負わずに接してくれる、という意思表示だと受け取っておこう。


「ええ、よろしくお願いしますね、ラナリアさん。こちらは執事のレオですわ。なにかあれば彼を通してくださいませ」

「分かりました。レオさん、よろしくたのんます。もし必要なものがあればご用立ていたしますんで、なにとぞご贔屓に」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


ラナリアが挨拶をしてきたので、俺も挨拶を返す。


「そうかしこまらんでも、ウチにはさっきみたいな話し方でもええんですよ」

「……アレは特例ですよ。普段はあそこまで崩しません。特に人前では」

「さいですか。どっちか言うと、さっきのレオさんのほうが似合っとるみたいですし、もう少し見てみたかったんですけどね、つれないですねえ」

「そんなことより、早速ですが品物について――」


俺は馬や馬車、そして各種の調度品などの高級品、ランプや油などの生活における消耗品を手配できないか確認してみる。


領地の外から物資を集めてくれる行商人は貴重だ。

なるべく顔をつないでおきたい。


「貴族様を乗せるための馬車はウチじゃ無理ですわ。コネも金も足りません。でも足替わりの馬なら近くの村から調達できますんで、比較的安くできます」


やはり馬車は難しいか。

まあ駄目元で聞いてみただけだから別にいい。

大事なのは何ができて、何ができないのかを知る事だ。


ラナリアが普段何を取り扱っているのか、詳しく話を聞く。

高級品は無理だが生活雑貨やコネがある分野の仕入れは問題ないらしい。

高級品はエルザから直接、貴族の父親に手紙を送って、届けてもらうのが一番だろう。

……もっとも、高級品で今すぐに必要な物は今のところ思いつかないが。


とりあえずは彼女に色々と細かい依頼をするのが良いだろうか。

俺はラナリアから更に詳しく話を聞き、商品を売ってもらうための手続きや、今の売れ筋などを確認していく。


「――というわけで色々とお願いをすることになるかと思います。そのため村に来た際は館にも顔を出してくれると助かります」

「分かりました。そんじゃ、なにか必要なものがあれば申し付けください」


話がまとまり、領内の品を王都に販売する場合はラナリアに依頼する事を暗に伝えておく。

それにラナリアは非常に喜んだ。

本人も商売人として色々とやりたい事があるらしく、その目はやる気に満ちている。


「いきなりの出会いにも関わらず贔屓にしていただき、ありがとございます。商いのためなら山も谷も超えてみせますんで、よろしくお願いします」

「はい、それでは後日来た時にお伝えします」


俺たちも挨拶をして、ラナリアの露店を後にする。

……さっき思いついた事で色々と頼みたいことはあるが、こちらも相応の準備がある。

準備が整ったらお願いをしよう。


「むぅ……」


なんだか不機嫌そうにエルザがこちらを見ている。

……礼儀作法以外に、何かやらかしただろうか? 後で聞いてみよう。

そう考えていると、神父から今後の巡回について質問された。


「さて、この領地には他にもまだ農地がいくつかありますが……見学なさいますか? お薦めはいたしかねますが?」


どうやら、めぼしいところは大体見て回ったらしい。

農地は作っているものが限られる以上、どこも似たような景色になってしまうそうだ。

やはり産業がない都合上、回る場所は少ないな。


ならちょうどいい、エルザの機嫌もよくないし、今日はここまでにしよう。

帰り道の途中、馬の上で俺にもたれかかっていたエルザが口を開く。


「ラナリアさんと随分と楽しそうに話をしていたわね」

「これから産業を発展させるなら、商人を通じて売買する形になります。そう考えれば顔をつないでおくことは大切でしょう」


俺は神父の手前、執事としての態度を崩さないように敬語で答える。

だが俺の答えに彼女は満足していないようだ。


「本当にそれだけ? あの行商人のようにどこかの領地を見て回りたいとか、そういうことは考えていないの?」


小さな声で彼女はそう尋ねてきた。

なにかと思えば、そんな事か。


そうしたらエルザを置いていくことになる。

俺はそんな事をする気はない。

俺は芝居がかった大げさな振る舞いで、茶化しながらそれを伝えてやる。


「エルザ様。私は忠実なる貴方の所有物でございます。お嬢様が望むままに行動し、お嬢様のために行動する。それではご不満ですか?」

「そうじゃないの。不満とかじゃなくて……、その、貴方がどこかへ出ていくというのなら私はそれを止めてはいけない、そう考えていただけだわ」


それだけ言うと、エルザはそっぽを向いてしまった。


……この領地に来てまだ二日目だ。

慣れない土地で、俺が去って一人になるかもしれないという漠然とした不安がまだ残っていたのだろう。


俺は彼女にだけ聞こえるように、耳元で囁く。


「安心しろ。俺はお前の傍にいる」

「……そう。ありがとうレオ」


エルザはより一層、俺にもたれかかると、その後は何も喋らなかった。


館に着くと、そこには村の婦人がいた。

その女性は神父を見かけると、挨拶をしてくる。


「こちらの女性には庭の手入れを依頼しておりました。館の中までは入らないよう伝えておりましたのでご安心を」


そうか、メンテナンスも兼ねて定期的に人を入れていると言っていたな。

ならそこにいるのは神父が前に言っていた、館の手伝いをしてくれた人の一人か。


「村の仕事もある中で私共の館をお手伝い頂き感謝いたします」

「あっ、いえ、その……は、はい!」


それを聞いたエルザは、婦人にお礼を言うと、彼女はおどろきながらも頭を下げた。

貴族相手ということで緊張しているみたいだな。


「今後、差し支えなければ同様に庭や、館内の手入れをお願いしようと考えております。他の者たちにもよろしくお伝えください」


そう言うと婦人は何度もお辞儀をしながら平伏する。


今後はこのように、定期的に村人が掃除などの館仕事を、一部とりおこなうのだろう。

来る人間には一応、人柄や身元の確認だけはしておかないとな。


俺たちは神父と婦人の二人に礼をいい、館へ入る。


もう食事の時間だ。

俺はいつものように肩をさらけ出し、血を分け与えた。

血を吸いながら、エルザは楽しそうに話しかけてくる。


「今日は楽しかったわ。こんなに外を見て回ったのは初めてだもの」

「今まで真っ昼間から外を出歩くなんてできなかったからな」


エルザは日傘があれば外へ出られるが、万が一事故が起きる可能性を考えると、あまり出たいものではない。

これはエルザにとっても新鮮な体験だっただろう。もちろん、俺にとってもだ。


「ねえレオ。また今度、今日と同じように散歩をしたいわ。エスコートをお願いしても大丈夫かしら?」

「……ああ。霧の日ならいつだって」


俺は笑ってエルザの頭をなでる。

サラサラの髪をなでていると、彼女は気持ちよさそうに目を閉じた。

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