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食べ物に罪は無いからね。


ほぁぁぁぁ……、出来る事なら近付きたくないと思いつつも、ヤナと2人で殿下の寝室に繋がっている小さな扉に歩を進める。徐々に震えが増していくけど、それは敢えて無視して取っ手を掴もうとした時。



「……サラ?俺は寂しくなったらすぐに呼んでって言ったのに、気を遣ったの?」



こっわ!!すぐ目の前に私が来た事に気付いてなんて事を言うんだ!!これは答えを間違うと死ぬやつじゃないの???一瞬で冷や汗がブワッと吹き出してきた。さっきお風呂に入ったばっかりなのに……ちくしょう!!



「ええ、はい、そうです。お忙しいと思いまして…。」



無意識にヤナの手を掴む力が強くなるが、なんとか口角を上げながらそう言う。すると「ふふ、そうだよね?そうだと思った。」と嬉しそうな声が聞こえ、ああ良かった、返答が間違っていなかった!!と安堵していた。ホッとしたからか、ヤナの手を放した瞬間に取っ手が向こうから回ったのが分かる。あっぶね!!手掴んでるの見られたら今度こそいじけられるじゃん!!


そうして「キィィィ…」という恐ろしい音を立てながら開いた扉の前には、暗い目をした美貌の第一王子が立っていたのだった。味方が出来て嬉しかったからさあ、ごめんて!!存在忘れてごめんて!!!と思いつつ苦笑いして見上げると、殿下は目を見開いて前屈み気味に物凄い食い付きで私を見ていた。


あまりの圧にビクッとしてしまうと、じっと見続けている殿下がボソリと言った。「…かわいすぎる。閉じ込めるしかない。」と。


えええっ?!なんでよ!!!やめてよ怖い!!私はこれからこの世界の勉強をして、なんとか王太子妃になるのを防ぐんだから!!第一王子だから勝手に王太子になるんだと思ってるけど、どうなんかな?まあどっちにしても引きこもり生活をしたい私にとっては、王族との関わりは持ちたくないわけなんだけども。そんな風に冷や汗をダラダラさせながら思考の海に逃げていた私に。



「サラの侍女、君の名前は?」



という地獄から響いてきたかのような、底冷えする声がヤナに向けられた。え、ヤナが何かした?!もしかして睨んじゃってた?!ダメだよお茶目さん!!わわわ、どうしよう!!!と慌てふためく私を尻目に。



「はい、私はヤナ・ヴェッティと申します。お嬢様とは、5年前から共に過ごさせていただいております。つまり私は、殿下とお嬢様が出会われる4年前から一緒にいる、という事になりますね。誰よりもお嬢様について詳しくて、誰よりも仲が良くて、誰よりも信頼していただいております。ええ、はい。」



ちょっと!!なんで挑発するような事言っちゃうわけ?!しかもここでドヤナフェイスしないでほしい…。ほら見て??殿下の顔が魔王みたいだよ?!ゴゴゴゴゴゴって聞こえてきそうだよ?!



「……ほう、そうか。だからなんだと言うんだ?お前のサラを輝かせる手腕は確かなものだが、俺の方がサラを愛しているしサラも俺を、これからこの世界の誰よりも何よりも愛する事になるのだから、結果的にお前より上回るというわけだ。だから今だけはその自慢をきいてやる。すぐに追い越すからな、指を咥えて見ていろ侍女風情が。」



いやバッチバチやん?!なんで張り合うの?!2人で睨み合うのやめてよ怖い怖い!!ヤナがなんでか負けじと睨み返してんの怖い!!どうしてこの魔王を前にしてそんな勇気ある行動出来ちゃうわけ?!え、勇者なの??勇者だったの?!私の専属侍女さんは勇者だったのか!!!なら私は魔王城から救い出される姫という感じか!!桃姫的なね?!もうどうしたらいいんだろう……全然関係ない髭の配管工、助けに来て?!


必死で思考回路を動かして慌てていると、バチバチに睨み合う2人の空気を無視して、「殿下、食事の時間とお伝えしなくて宜しいのですか?」という声がした。


天の助け!!とそちらに首を秒で動かして見ると、エルヴィスさんが扉から見えるギリギリの位置にいた。なんでそんな所に…もっと目立つとこに立ってて?!そして話しかけたんだから、この魔王と化してる殿下をなんとかして?!と見つめていた私の頬を、氷のように冷たい手が撫でた。「ヒョワッ!!」という奇声が出たのは冷たかったからだ。断じて恐怖からではない。いや誰に言い訳してるんだ。



「サラ、君が気を遣って俺を呼ばない間に、夕食の時間になったんだ。一緒に食べよう?マナーに不安があって心配かもしれないけど、大丈夫だよ。俺が全部食べさせてあげるからね。」



蕩けるような笑顔で、嫌味且つとんでもない事を言われたけれども!!ほんのり頬を染めるんじゃないよ、こっちまでなんか照れちゃうでしょうが!!ポッと顔が赤くなった自覚があって恥ずかしくて俯くと、添えていた殿下の氷のような手が急に温かくなった。


そしてちょっと冷静になってきたけど、やっぱり食べさせるってなんなん??と急速に思考が動き出した。確かに食事マナーなんて分からないから不安しかないけど、だからと言ってどうしてそうなるん??最悪、隣どうしに座って教えてもらいつつ食べるっていう事ならまだ理解出来るんだけどね?


しかしそんな私をスッとエスコートして、殿下の寝室を通って私室に向かうと、数人の侍女さん達がワゴンと一緒に待機していた。に、逃げられない…!!と悟った私は、瞬時に顔から表情が抜けたけど気にしないでほしい。


そして嫌な予感が的中して、当然のように殿下の膝の上に座らされたわけだけども。よく漫画とかラノベで読むけどこれ、絶対これ重いでしょうが!!だってドレス自体がそんなに軽いわけじゃないし!!!確かにサラさんは小柄でほそっこいけど、それでも40kgぐらいはあるはずだし?それにドレスの重さが加わるから……、そこそこじゃね???



「…恐れながら申し上げます、殿下。重いでしょうし降ろしてくださいませ。それに食べさせていただくよりも、隣に座って教えてくださった方が助かります。今後のためでもありますし…?」



膝の上に座る私の耳の後ろあたりを、スンスンとずっと嗅ぎながら、スリスリし続けている魔王(殿下)に震えつつそう頑張って伝えた。だってこれじゃあ食べられないでしょうが!!いや反射で口を開いて咀嚼した後に飲み込むかもしれないけど、味が分からないんじゃもったいないし?!だから決死の思いで伝えたというのに。



「何言ってるの?重いわけないし。これでも鍛えてるんだから大丈夫だよ。それに教えるのはゆっくりの方がいいし、今はちゃんと君の支度を大人しく待っていた俺にご褒美として、食べさせてほしいんだけどいいよね?いいね、ありがとう!」



うわぁぁ!!何も言ってないのに勝手に話が完結した!!確かに魔王…殿下にしては大人しく待ってくれたんだろうけど、それを押し出してこられるとちょっと困惑するなあ。それにこんなにたくさんの人に見られた状態で、第一王子である殿下に「あーん♡」なんてされてるところを見られたくない。絶対に緊張と気まずさで味なんて分からないじゃん。



「あ、ええと、確かにそう…ですね?ですがこんなにもたくさんの方々に見られていると思うと、緊張してしまいますから。やはり降ろしていただけませんと落ち着いて食事が出来ません。」



またしても震えながら勇気を出して言ったのに。それを聴いた殿下がサッと手を上げると、部屋にいた全員が出ていってしまった。私室の大きな扉は開いているけれども、それでも部屋には2人だけになってしまい一気に冷や汗が流れる。せめてヤナだけでも…!と縋るように見つめたというのに、悔しそうな顔をしたヤナは殿下を睨みつけながら退室してしまったのだった。さすが勇者、睨むなんてすごい。



「さあ、これで何も問題ないね?良かった、食事するサラのかわいい顔を誰にも見られなくて俺も安心だよ。ふふふ、お腹空いたね?」



後ろからずっとスンスンスリスリしたままの殿下がそう言うと、楽しそうにカトラリーを手に取って食べさせ始めてしまった。本当にやるんかい!!いやいい匂いでお腹空いたけどさあ?!それにしたって緊張するでしょうが!!でも味がしないと思ったのにしっかりするし、めっちゃ美味しいわあ!!私って自分で思ってるよりも図太かったんだな、という新発見をしてしまった。まあごはんに罪は無いし、全部食べさせてくれるって言うんならそれで満足してもらおう。



「サラ、あーんして?」



耳元で言うなって!!右耳が妊娠したらどするんだよ?!やめなさいよイケボがよぉ!!絶対に分かっててやってるもんな…。くっそ、どうしたらいいのか分からない!!もうヤケクソで全部残さずに食ってやんよ!!サラさんの胃袋ちっさくて既にお腹苦しいけど、それでも頑張って食べてみせる!!!


そう誓うと、必死でもぐもぐ咀嚼して飲み込んで完食した。同じカトラリーで食べていた殿下も食べ終わったようで、漸く膝から降ろしてもらえると安堵したのも束の間。スッと入室してきた侍女さんたちがデザートを持ってきてちょっと絶望した。まだ食べる?!



「今日はね、サラの好きそうなチョコレートケーキにしたよ。大丈夫、小さめだから食べられる。ほらあーんして?」



小さめとかそういう問題なのだろうか。めっちゃお腹苦しいけどそれでも食べたい!!だから頑張って口を開き、もぐもぐして飲み込んだ。殿下はずっと真横から見つめてくるのが怖いけど、一緒に食べてくれるのはまだいいのかな。見つめ続けているだけで食べないという方が気まずくて困るのかもしれない。こういう発想に至ること自体が、既に私は毒されているような気がするけど、気にしたら負けだから気にしない。そう気にしない。それにしても美味しい!!



「ふふ、気に入ってくれて嬉しいな。でもこれを作ったシェフに妬けてしまうよ、俺も覚えて今度食べさせるからね。サラの身体は全て管理したいし。」



ゴフッ!!という音と共に、紅茶を吹き出しかけたのに堪えた私をどうか褒めてほしい。だってこの人めっちゃ怖い事を言いませんでした??気にしたら負けだと思ったのに、気にせざるを得ない事を言うのは卑怯だって!!それに管理ってなんだよ、そんなん怖すぎるじゃん…。


でもここまでの今日一日で学んだけど、それを言ってしまうとやぶ蛇だから黙っておこう。とにかく私は生き延びて、悠々自適に暮らすと決めているんだから!!!だから明日から始まるであろう特別授業をしっかり学んで身に付けて、どこで生きていっても平気なようにしないと。もともと貴族も平民もない世界で生きていたわけだし、その気になればきっと大丈夫!!という思考に至ってちょっと笑った私に。



「…また一人だけで考えてるね。それを全て口に出してほしいなあ?サラの知らない事があるのは嫌なんだよねえ。その頭の中で考えすぎるのは癖なの?」



上機嫌だったはずの殿下が、また魔王モードに変わってそう言う。いや頭の中で考えてる事も全て知りたいとか思う?!思ったとしてもそれを実行したがる人いる?!……ここにいる!!!



「…ええ、すみません。これはもともとの癖でして。それに頭の中で考えている事を全て知らない方が良い、という事もあるんじゃないですか?きっと知ってしまったらつまらないですよ。」



相変わらずプルプル震えながらそう言ってみると、ちょっと考え事をし始めた殿下はすぐに答えを出した。



「確かにそうかもしれないね。でもつまらないなんて事はないよ、それは安心してね。頭の中の事も全て知ったからと言って、サラがつまらないとか飽きるとか、そういう事は絶対に一生ありえないから不安にならないで?」



満面の笑みでそう言っている気配がするけど、怖くて殿下を見られない。なんで私が不安になっていると思ったんだろう??どちらかと言うまでもなく早く飽きてほしいんですけどね?!そして解放してほしい!!!そんな風に思っている事がバレたら怖いので、一生考え事が伝わらない方向で頼みたい。



「かわいいね。サラ、明日から特別授業が始まるけど大丈夫?きっとすごくつらいと思うんだ。だから本来なら俺は学園に通わなければならないんだけどね、陛下に頼み込んで俺も一緒にサラと授業を受ける事にしたよ。嬉しいでしょう?」



嬉しくねえよ!!!と思わず口から飛び出しそうになったけど、チョコレートケーキをもぐもぐしていたお陰でなんとか叫ばずに済んだ。なんで一緒に授業受けるわけ?!確かに一から学ぶからつらいだろうけど、それでも生きていくために必要な事だから死に物狂いでしがみつく決意を固めている私には、絶対に耐えられる事なのに!!だから安心して学園に通ってもらうために、糖分で回復した思考回路を瞬時に動かした。



「わ、わー!殿下はお優しいですねえ。確かに慣れない勉強に知らない知識を詰め込むというのは、本来ならばつらい事でしかないです。でも私は生きるために頑張ると決めたので、きっと大丈夫でございます。ですから殿下は学園に通ってください。私なんかのために、貴重なお時間を使わないでください大丈夫ですから!!」



それはもう必死で伝えた。なんなら右手の拳を首の高さまで持ち上げて元気よく言った。もしかしたら扉の外に待機しているヤナにも聞こえたかもしれないという声量で言った。なのにやっぱり殿下は魔王だった。



「ふふふ、サラったら謙虚なんだから。そんなに俺の心配してくれるなんて、嬉しすぎて閉じ込めたくなっちゃうなあ?大丈夫だよ、ちょっと仕事で抜ける事があるだろうけど、それ以外はずっと一緒にいるからね。」



話通じねぇぇええ!!!しかも超怖いんですけど!!簡単に閉じ込めるとか言うんじゃないよ、まったくもう!!無駄にドキドキさすなや!!!思わず心臓に手を当てて、赤い顔のまま肩で息をするしかない私に向かって、一人だけ楽しそうな殿下が歌うように宣言した。



「安心してね、サラの特別授業がある取り急ぎの一週間、ずっとずっと一緒だからね?まあその後もなんだけど。」



もうダメだこれは終わった。私はそれを悟ると、とにかくヤナに会いたいなという思いから真顔になったけど、もう今はそれもどうでもいい。とにかく魔王が隣にいたとしても、この世界の知識を詰め込む事に専念しよう。そうしてその後たぶん学園に戻ったら、とにかく逃げ回って他に殿下を狙う女生徒を宛てがおう。


とにかくそう誓った私は、最後のチョコレートケーキを食べさせてもらいながら、明日から始まる授業について考える事に集中したのだった。勉強なんて大嫌いだったけど、大好きになっちゃいそうだね。優等生目指しちゃおうかな!!!


そうやって思考の海に逃げる私を、同じフォークで同じケーキを食べていた殿下が幸せそうに見つめている気配がするけど、気にしたら負けなので気にしない。「楽しみだなあ、ずっと一緒だ。」とか言ってるけど気にしない。そう、気にしたら負け。



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― 新着の感想 ―
絡め取る様に忍び寄る(殿下)恐怖…中毒性大♡要注意です! ヒロインが逞しいのとテンポが良いのと意外にコミカルなので読んでてめっちゃ楽しい♡次が待ち遠しい♪ こんな風に思っている読者もいるんだってこと…
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