味方が出来ました。
グレーを基調とした、豪華すぎる天蓋付きクソデカベッドの真ん中に寝かされたまま、添い寝しつつ頭を撫でてくる危険すぎる殿下をどうしよう。早くなんとかしないと、この人絶対に既成事実を作るつもりじゃないの?!嫌だもう、おませさんじゃ済まないって!!この世界では既成事実は相当重いんだろうし、逃げられなくなる…!!唯一の救いは侍女さんが不安げにこちらを見ていてくれる事だ。それならば!!
「あの、殿下。大変恐縮なのですが、さすがにこのまま寝るのは無理ではないかと思うのです。ドレスのままというのは、元の世界の感覚が強く残っている私にはつらすぎると言いますか、皺になるのが怖いと言いますか。それに身綺麗にしたいですし。ですから侍女さん、こちらに来て手伝ってほしいんですけど、いいですか?」
めっちゃ怖いけどとにかく言い終わると、ちっさい扉の前にいる侍女さんに目配せする。するとチラチラ殿下を見つつ、こちらに来てくれた。なんて勇敢なんだろう!!この侍女さん素敵だわ!!!私なら縮み上がって逃げ出せないか必死で考えるっていうのに!!ありがとうありがとう!!!そんな思いが顔に出てしまったようで。
「ふうん。俺といるよりも侍女といる方がいいんだ?そんなかわいい顔されたんじゃ、例え侍女相手でも嫌だなあ。ねえ、着替えは俺が手伝ってあげるよ。そうしよう?」
なに言ってんだバカじゃないの?!いや確かにそう言い出しそうだとは思ってたけど、本当に言うんかい!!さすがの侍女さんも引いてるじゃん!!そりゃそうでしょ、こんなん言われたら誰だって怖いし重いって思うわ!!あと頭撫でてた手を不埒に首元に持っていくんじゃないよ、噛み付くよ?!
「いえいえとんでもない事でございます!!恥ずかしいですから、女性にそんな事を言ってはいけないと思いますよ?!それに今生の別れではないですし、またすぐ会えるじゃないですか!!……どうせ部屋は隣なんですし。」
ヤケクソ気味にムッとして言うと、眉間に皺を寄せていたくせに急に笑顔になられた。怖い!!
「あはは、確かにそうだねえ。焦らなくてもこれからずっと一緒にいられるわけだし、着替えや身の回りの事は侍女に少しだけ譲るか。本当は全部俺がやりたいんだけど、それは追々ね?」
うっわぁ……、今日ずっと思ってたけど、やっぱ殿下やべえ男だな。本来なら全然人間性とか為人がまだ分からないはずなのに、ここまでの短い期間で危険人物だという事が痛い程に分かるなんて事あるんだ?!しかもどうしてこんなに執着されるのかも、私には未だに理解できない。ジュリア様とカデンさんの裏切りによる失恋ハイになって、頭が沸いてしまっているだけでは…??むしろそうであってほしい。私は平穏無事に元の世界に戻りたいし、戻られないにしても大人しく、しぶしぶではあるけど熊谷萌さんの罪を肩代わりして引きこもり生活していたい。
「えーと、はい。そうなんですね?まあ、それは追々話し合うという方向で。いえあの、決してそれは確定事項にしないでいただいて。しっかり話し合いましょう?」
恍惚としている近距離イケメンに向かって、なんとか必死にそう言う。だって言わないと絶対に確定事項にされるじゃん!!そんなのお断りすぎる!!
そうしてまた眉間に皺を寄せて不服そうな顔をしている殿下を尻目に、ゆっくりと起き上がろうとしたら手を貸してくれた。どさくさに紛れて腰を撫でられたので、偶然を装ってペシッとしてやった。嬉しそうにされたのはきっと見間違だ、絶対にそうだそうに違いない!!!
「それじゃあ仕方ないから、俺は部屋を出るよ。この反対側の扉を開けると、君の私室に繋がってるからね?寂しくなるだろうからすぐに俺を呼ぶんだよ、我慢する必要なんて無いから。確かに忙しいけどサラを最優先にするのは当たり前だし、絶対にすぐ呼んでね?」
ひえええええ……!!!怖い怖い!!二次元の執着且つ溺愛って素敵♡と思ってたのに、やっぱり二次元だから良いんだという事を痛感させられるなんて!!!怖すぎて曖昧に微笑む事しか出来ず、とにかく侍女さんの手を掴んで、若干覚束無い足取りで私室として与えられた部屋に向かったのである。
パタンという扉の閉まる音が聞こえ、そうして漸く殿下から離れられたと思うと、安堵からくそ長い溜め息が漏れてしまったが許して欲しいし許されないと泣いちゃう。
「……お嬢様、本当に一体何をなさったんです?それにご様子がおかしいですよ?」
優しく歩行介助してくれながら、侍女さんがそう訊いてくるけども、私が一番知りたいのだからなんて答えよう。もうそのまま言っちゃうか、そうだ言っちゃおう!!だってもう疲れたから何も考えられないし!!!
そう思って今日の出来事を、ソファに座らせてくれた後にお茶を淹れてくれている侍女さんに説明する。支離滅裂になりそうだけれども、どうにか頑張って順を追って話して言った。ジュリア様とカデンさんの裏切り話は、世間にバレる事も時間の問題だろうけど、一応控えめにしてから話したのである。すると私が促してしぶしぶ向かいに座ってくれていた彼女は、目を閉じて少し考え込んでいるようだったので大人しく待っていた。頭がおかしいと思われるだろうけど、事実から信じてくれないと困るなあ、なんて考えていたけど。
「分かりました。俄には信じられませんが、確かにお嬢様は雰囲気も話し方も別人ですし、それになにより感じられる魔力が違うというのが決定的です。王立学園に入学される2ヶ月前から、突然性格が変わったと思っておりましたが、そうですか。既にその方が入れ替わっていたんですね。しかし魔力が同じだったので困惑していたんです。そうですか…、お嬢様……。」
ああどうしよう!!クールビューティ侍女さんが泣いちゃう?!大慌てでスカートを掴み、彼女の前に光の速さで移動すると、呆気に取られている顔を見ながら土下座った。それはもう美しいフォームで流れるように土下座った。「ちょ、え?!」とか聞こえるけど、それよりもまず謝罪のプロ木内にしっかり心からの謝罪をさせてほしい。
「申し訳ございません!!私じゃないとはいえ熊谷萌さんが好き勝手したようですし、その挙句にまた違う人間が貴女の大切なお嬢様に入ってしまうなんて!!!さぞお辛いでしょう?!どうにかして戻りたいのですが、未だに方法が分からないのです!!申し訳ございません!!!」
ゴンッ!という音がする程におでこをぶつける。しかし言った言葉は本心でしかないので、どうにか誠意が伝わってくれたら良いなと思っていたら。
「なにしてるんですか?!起きて起きて!!早く!!!謝罪なんていいから起きて?!貴女には怒ってませんから!!本当です!!」
叫ぶようにして言いながら、土下座スタイルを貫いている私の肩を下から持ち上げようと、必死で力を入れている。それが想像以上に強くて、ちょっとだけの攻防戦をした後で呆気なく起こされてしまった。侍女さんTUEEEE……!!!
それからちょっと怒られた。簡単に令嬢が土下座るなっていうお説教をしつつも、赤くなったおでこを擦ってくれる彼女は優しい。それに自己紹介してくれた。お名前はヤナ・ヴェッティさんというようで、サラさんの母方の親戚である男爵家の次女さんらしい。年齢は20歳、どうやら本物のサラさんとはヤナさんが15歳の頃から一緒にいるという。
「確かに私はお嬢様を敬愛しておりましたが、彼女はいつも無表情であまり感情を出す事もないお人でした。ですから会話も業務連絡以外特にした事もございませんし、特別に仲が良かったという訳ではないのです。」
ほほぅ、どうやら本物のサラさんは、ヤナさんよりも更にクールなようだ。クールというか、もはや虚無という感じだったのかもしれないが。
「きっとお嬢様はこのまま、卒業された後はどこかへ嫁がれるのだろうと思っていたのですが、先程も申しました通り学園に入学する2ヶ月前に突然性格が変わったのです。私は侍女なので当然なのですが、顎で使うのは頻繁ですしドレスや装飾品をとにかく欲しがった事も驚きました。旦那様や奥様も、大人しく無表情且つ無感情だったお嬢様の豹変に大変驚かれまして、今では少し距離があいてしまっております。」
目を伏せつつそういうヤナさんに、なんだか物凄く申し訳なさが込み上げてくる。本当に何してんの熊谷萌さん?!きっとヒロインだー♪って浮かれたんでしょうけどね??ここはゲームの世界を元にしているにしても、生きている人達からしたら現実なんだよ?!顎で使うなんて論外だし散財するとか何考えてるの?!
「しかし今のお嬢様ならば、或いはもう一度歩み寄れるかもしれません。それどころか、仲の良いご家族になれるのではないでしょうか。私も既に、ここまで見てきて貴女が入ってくださって良かったと思っておりますし。殿下があっという間にお心を掴まれて、あのようにおそろ…、ご執心なさるわけも理解出来る気がしますし。」
嬉しい事を言ってくれた!!!途中で絶対に『恐ろしい』って言おうとしたのは気付かない振りをしよう。だって私も怖いから!!!
「わあ!良かった嬉しい!!いきなりの事に全然気持ちが追いつけなくて、一人ぼっちで怖かったんですぅ!!ヤナさんが味方についてくれたら、すんごく嬉しいし頑張れる気がしますよ!!」
満面の笑みを浮かべながら、彼女の両手を掴んでそう言うと、ちょっと頬をピンクに染めて「分かりましたから!!」と叫ぶヤナさんがかわいい。サラさんより歳上でも、木内紗良より6つも歳下の彼女を勝手に妹のように思えてしまう。妹なんていた事はないのだけれども!!
「もう!!いいですかお嬢様、私は侍女なのですから、まず呼び捨てなさってくさださい。それから、敬語を使う事も禁止です。それがこの世界のルールですので、どうか宜しくお願い致します!!」
ちょっと眉間に皺を寄せているけれど、ピンク色の頬のままそういう彼女の言葉にハッとした。確かに漫画やラノベでもそうだった。ならば日本人の癖で敬語を使ってしまいそうだけど、どうにか頑張って改善しないと。それから侍女さんとはいえ、お友達になれたら嬉しいな!!
「分かった、がんばり……るね!!2人の時だけでいいから、お友達としても仲良くしてくれたら嬉しいな、ヤナちゃん!!」
ピンクを通り越して赤くなりながら、「ヤナです!!」と言う彼女は、友達にならないとは言わなかった。きっと了承してくれたんだろうなと思うと、嬉しさが込み上げてきて声を出して笑ってしまったのである。
味方が出来た事がこんなにも嬉しいなんて!!恐らく明日から始まるであろう特別授業も頑張れそうだなと思いつつ、ヤナに手伝ってもらってお風呂に入る事にした。本当は一人で入りたかったしめちゃくちゃ抵抗したんだけど、この世界では当たり前だルールだ慣れろ我慢しろと言われたらそうするしかない。腹を括って洗ってもらったら、マッサージまでしてもらっちゃって寝そうになった。あっぶね!!
そうしてお風呂上がりに、お肌の保湿や髪のケアをしてもらっている間にお口のケアについて質問すると、これも現実世界と同じらしくて物凄く安心した。とにかく歯磨きをさせてほしい!!だって紅茶をかなり飲んだし、着色も口臭も気になって気になって仕方がないのだ。
薄桃色のデイドレスという、軽いデザインのドレスに着替えさせてもらってから洗面所に移動した。そこにある歯ブラシを手に取り、歯磨き粉を見るとパッケージは異世界風だが成分は現実世界と同じで本当に心から安堵した。開発者ありがとう!!と思いつつ丁寧に磨いていく。1本1本を滑らせるように歯ブラシを動かし、歯肉と歯の間も細かく撫でる。ステインが気になる前歯は歯ブラシを縦に持って入念に、それから最後に舌を洗うのも忘れずにしっかりと。本当はデンタルフロスもしたいけど、ここには無いようだから後で用意してもらおう。この世界にそこまであるか分からないけど。
いつもの様に10分以上かけて丁寧に歯磨きをし終えると、ヤナがポカンとして見ている事に漸く気付いた。え?!と口元を拭きながら見つめ返すと、「お嬢様、そんなに丁寧に歯磨きをなさるなんて凄いですね!」と言われた。この世界の人は大抵、1日に1回しか磨かないようだしこんなに長くないという。なんていう衝撃!!!
「そんな、ダメだよ1回なんて!!出来れば食後は毎回すべきだし、お茶の後もした方がいいと思う!!紅茶とコーヒーによる着色って怖いんだよ?!それになにより、口臭が気になるじゃない??」
目を見開いて早口で言うと、びっくりされつつも大きく頷いてくれた。これは私が実行する事によって、習慣にしてもらうしかないなと強く思ったのである。
「これからは嫌かもしれないけど、私の歯磨きセットを持ち歩いてほしい。お化粧品の中に忍び込ませてくれたり出来る?」
おずおずと訊くと、「もちろんですよ。私もそうしますね。」と笑顔で答えてくれた。え、ありがとう!!ばっちくて嫌だろうに!!優しい!!!
それから肌の保湿をもう一度してもらいながら、正しい歯ブラシの持ち方や磨き方等を簡単にレクチャーしていると、ヤナがかわいい小瓶を手に取った事に気付いた。ちょっと待って、それ香水じゃない?!げっっっ!!!
「ヤナごめん!!それ振りかけるのやめてほしいな?!髪につけてくれた香油?が既にめちゃくちゃ良い匂いだから!!!それに今後はずっと、お化粧も薄くていいからね?!ナチュラルメイクでお願いします!!」
慌てて小瓶を押さえながらそう言うと、驚きつつも最後はちょっと泣きそうな笑顔をされた。キツく言い過ぎちゃった?!とあたふたして、どう説明しよう、まずは謝罪のプロ木内がもう一度…!!と脳内会議が止まらない私に。
「……良かった!!!私もお嬢様には、こんな強い香水も濃すぎる化粧も、正直お似合いではないと思っていたんです!!ありがとうございます!!!!」
拳を天に掲げながらそう言う彼女の熱意がすごい。「とんでもなく腕が鳴りますぜ?!」とキャラ崩壊しながら鼻息荒く髪型や化粧の仕方をブツブツと呟く彼女に、若干引いた事は墓場まで持っていこうと思う。
ヤナがいろいろと言いながら整えてくれた編み上げの髪に、素材を活かしたナチュラルメイクは完璧だった。えええ、なにこの絶世の美少女!!!ヒロインってすげーー!!!!
「ヤナ、すごいね!!まるで絶世の美少女だよ!!なんて素晴らしい手腕なの!!!ありがとうね、最高だよ!!」
鏡越しに満足げな顔をしているヤナに、心からのお礼を興奮のままに言う。すると、「そうでしょう?そうでしょう?!」と全く謙遜せずにそういう彼女は、まさに職人という顔をしていた。ドヤナっ!!
きゃっきゃと女子2人で大盛り上がりしていたら、なんか不穏な空気が隣の部屋から漂ってくる事に気付いた。やばいこれ、とにかくやばくてやばいやつやん???ごめんて、正直楽しすぎて存在忘れてた……!!!
「……ヤナ、ズッ友だよ…。」
そう言いながら手をギュッと握ると、「ズッ友とは…?」と言いつつ振り解かない彼女はやっぱり優しい人だなと思う。きっと同じく恐怖から震えているだろうに、一緒に戦地に向かってくれるなんて……!!!
お互いに見つめ合い、強く頷くとゆっくりと足を踏み出した。恐らく魔王と化しているであろう殿下のいる、すぐそこの扉へと。ああどうか、機嫌が悪くないであれ!!と願う事を許してほしい。