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思考回路はショート寸前。


もうそこからはあっという間だった。もともと私はタウンハウスではなく学生寮に入っていたようで、部屋で待機してくれていた侍女に本当に付いてきた、というか先導してくれた挙句、嬉々として殿下自らが説明してくれたわけだけど、私も侍女も終始白目だったのは仕方ないだろう。



「……お嬢様、今度は何をなさったんですか?」



スラリとした長身に、切れ長で一重瞼のまさにクールビューティという感じの侍女が、ジト目で問うてきたけどどう説明したらいいのか分からない。だから少し口角を上げて、「びっくりしちゃうよねえ…。」と言うに留めたわけだが、そんな私に彼女は目を見開いてまじまじと見つめてきた。おっと、中身が違うってバレちゃった?!と慌てたところで、パン!という音がして振り向くと、殿下が大変にこやかに手を叩いたらしい。



「さて女性陣、エルから連絡があったよ。もう片付いたみたいだから引越ししちゃおう!ここにある物を全部そのまま移動させればいいね。」



こっわ!!まだ何も言ってないのに!!しかもいつの間に部屋の用意が出来たんだ。エルヴィスさんと別れてまだ20分ぐらいなのに。恐らく入っていたであろうジュリア様の荷物はどうしたのか。ご実家に送ったんだろうか?それにしたって早いし、やっぱり隣の部屋は気が重すぎて胃が痛い。根治のための神経除去とか、親知らずが埋まってたり斜めに生えてきた患者さんの手術より緊張する事があるなんて!!



「えっと、すみません殿下。やはり隣というのは、いささか問題が大きすぎませんか?せめて隣の隣の隣の隣の隣ぐらいの方が……、」



勇気を出しておずおずと提案してみたが、話している途中から殿下の目が据わった。なんていうか、それはまさに深すぎる海の底のような暗さを含み、最後まで言い切られず恐怖で声が出なくなったのである。


だから大人しく、「…なんでもありません。」と言うしか無い私に、「そうだよね、さあ始めよう!」と再び全ての人間を安心させるようなキラキラ笑顔に戻りながら言ったのだった。


一人だけ楽しそうな殿下が目を閉じて指を鳴らすと、2DKぐらいの部屋全体がモヤンとしたような感覚がして、慌てて侍女さんの手を掴んでしまう。ちょっと船酔い気味になり俯くが、すぐに元に戻った気配に怯えつつも目を開けると。



「ほら、終わった終わった。簡単だったでしょ?サラのために頑張っちゃった。褒めてほしいなあ?ねえ、褒めてくれるよね?それから、手を掴むなら俺のにしてくれないと。次はないからね、忘れないでほしいな。」



なんかめちゃくちゃ怖い事を言われたけれども、それよりも!満面の笑みの殿下の後ろ、というかこの部屋全体がもう既に凄かった。まさに宮殿の、しかもThe・高貴な人の部屋!!という、私には豪華すぎて目が痛い程であった。眩しくて眩しくて思わず下瞼が上がっていたけれど、まるで大型犬のように見えない尻尾を全力で振りながら褒めろと言う殿下が、不覚にもかわいく見えてちょっと鳥肌が立った。



「はい、それはもう。本当に素晴らしいですね、心から感謝致します。ありがとうございます。」



そう言いつつ深々と45°腰を折る。引越しした事もまさかの殿下の隣の部屋という事も、ほとんど全く感謝していないけれども。しかし私のために魔法を使ってくれて、それはつまり魔力を消耗してしまったという事だ。しかもこんな部屋ごと移動するなんて、かなり消費したんじゃないの?有名RPGでいうところのルーラだとしたら消費MPは1だけど、ここはどうなのか分からない。しかも人間だけじゃなくて部屋の荷物ごとであるわけで、この世界の知識が全くない私には判断出来ない事がもどかしい。



「ふふふ、堅苦しいねえ?そうじゃなくて、もっとこう、抱きしめてくれたり、頬に口付けしてくれたりしないの?前はしてくれてたのに。」



右の眉毛と右の口角を上げながら、そんな事を言いやがる。ちくしょう、本気で尊敬して感謝してるのに!!なんだよ前はって、それ私じゃないって貴方が一番よく分かってるくせしてさあ!!!瞬時に真っ赤に顔が染まって、それでも目だけは鋭くして睨みつけると、声を出して笑われてもはやお姉さんのハートはけちょけちょよ……。



「冗談だよ、かわいいねえ?さあ部屋も整ったし、少し休憩がてらお茶をしようね。それから手配してある商人や針子が来たら、君の装飾品やドレスを選ぶよ。」



いやいやちょっと待てや!!どうしてそうなる?!確かに休憩というのはよく分かるけど、なんで装飾品とかドレスが必要なん??要らないから!!引越し前にチラッと見たクローゼットの中には、既に色とりどりのドレスがあったし。烏滸がましい事に、夕日色のドレスも数着あったのには目眩を覚えたけども。



「恐れながら殿下、既にドレスはたくさん持っておりますし、想像ですが装飾品もそれなりにあると思うのです。ですからそんな、私なんかにお金を無駄になさるような事はしないでいただけますか?」



異世界テンション且つ引越しハイによって、ちょっと強めに意見できた事を嬉しく思いつつ、殿下に目を向けた事を即後悔した。だって見なければ良かったと思う程に、闇を湛えたように暗く淀んだ目をして、ゴッソリ表情の抜けた殿下が真っ直ぐに私を見つめていたから。


途端に「ヒエッ!!」と奇声を上げながら侍女さんに掴まろうとした時、「サラ、次はダメだよって言ったのに俺以外の手を掴もうとしたの?」という、まるで地獄の底から響いてくるかのような低い声と共に、発声元であるご本人まで長い脚を動かしてこちらに来る。わー、なんでもないような事なのにこんなに怖いなんて事あるー??通常であれば、きゃー殿下かっこいい!!ってなるような場面なんだろうに、こんなにこっち来てほしくないなんて本気で思えちゃう事があるんだー??


必死で現実逃避している私に、たった数歩で近付いてきた殿下は暗い目をしたまま顔だけは笑顔で余計に怖い。そしてその顔のまま両腕を広げて、「おいで、どうぞ思う存分抱きついて?」と言い放ったのである。これにはポカンと少し口を開けて固まってしまい、同じく侍女さんも固まっているのが空気で分かる。これはどうしたらいいのか、またお姉さんをからかってる…?!


思考の海に逃げ出し始めた私に、そうはさせまいと結局自分から抱きついてきた殿下はとても嬉しそうに笑っている。そんな間近で、なんて綺麗な顔を見せてくれてるわけ!!やめてよ美の暴力で瀕死なんだから!!!もうお姉さん限界だよ!!ピーーーー!!っていうヤカンの沸いた音が止まらないぐらい顔が沸騰してるよ!!早くコンロ止めて!!!



「ふふふ、サラ真っ赤だね?かわいいねえ、かわいすぎてイライラしてきちゃった。でもやっぱりかわいいから許しちゃうね。ふふ、俺って優しいでしょう?さあ、お茶にしよう。」



抱きしめてきながら顔を寄せて、唇に息がかかる程の距離でそんな事を言われても、心臓が大暴れしすぎて内容を理解するのに時間が掛かった。しかしニコニコしながら答えを待っている、というよりも拒否なんて許さないという圧が凄まじい。空気を読んで大人しく、「…はい。」と言った途端に、それはもうキラキラスマイルを振りまいて抱きしめる腕に力をいれられ、想像以上の強さに「う゛っっ!!」という呻き声を上げてしまったが仕方がないと思う。


そして何故かせっかくだからというゴリ押しを喰らって、殿下の私室でお茶をする事になったわけだけども、何がせっかくなのかも分からないし当たり前に隣に座られているのも怖い。それに終始楽しそうでずっと話しかけてこられているのも困る。だってこの世界の事が分からないのに、どう答えていいのかと曖昧に微笑むしか出来ないけれど、満足そうだからこれでいいのかもな。



「サラ?今日からここに暮らしてもらうという事を、君の実家であるロバーツ伯爵家に手紙を送ったからね。何も気にする事なく、俺と一緒に暮らしていこう。きっと楽しいよ?特別授業も用意してあるんだ。この世界の勉強と魔法、それにマナーや作法を学びたいでしょう?ちょっと大変かもしれないけど、サラなら大丈夫だよね?」



うんうん適当に相槌を打ちつつ聴いていた私は、今言われた内容を瞬時に理解して、飲んでいた紅茶を吹き出してしまうかと思った。私は伯爵家の娘だったのか!!よくある設定で男爵家かと思ってたら、ギリギリ王太子妃になれちゃう家柄だった事に心底驚いた。いやでも、そんなに良い貴族じゃない可能性もあるし…?そもそも私は品行方正が良くなかったという事が学校で知れ渡っているようだし、それを理由に今後も抗える可能性もある。そうだ、諦めるにはまだ早い。きっといける……!!!


ごちゃごちゃと頭の中で考えつつ、なんとか光明が差した事により少しウキウキし始めてお茶菓子に手を伸ばした時。ギュッと右手を捕まれ、驚いて殿下を見上げると、またしても魔王のような闇を湛えた夕日色の瞳でこちらを射抜くように見つめている。え、さっきまで一人で楽しそうだったじゃん?!なんで急にそんな闇堕ちしたみたいな顔してるわけ?!メンタルがヘラっているのかい…?!そうだとしたらお姉さんは対応出来ません!!だって歯科衛生士ですし、口腔ケアしか出来ませんお引き取りくださいっ!!!


わーわーとうるさい頭の中に比例するように、アワアワと真っ赤な顔で口を開閉させながら手を動かしている私は、小声で呟かれた殿下の言葉を半分ほどしか聞いていなかった。



「……やはりサラの思考回路が俺だけに全て分かる魔道具を早急に開発してもらおう。それに王家のブレスレットを着けさせないと、今のサラはあまりに魅力的すぎてすぐに奪われてしまいかねないな。そんな事は絶対に許さない。」



いやだからめっちゃ怖いですって!!低い声で呟かないでくださいよ!!!最初の方を聞き取れなかったけど、絶対にロクな事は言ってないだろうな。だから敢えて聞き返さないけど、王家のブレスレットを受け取るなんて事が出来るわけないだろう!!!それは国宝なんじゃないの?!気安くいち令嬢に渡そうとしてんじゃないよ!!!お説教しちゃうんだから!!絶対に出来ないけどね、私は受け取らないよ!!!



「殿下、申し訳ございませんが、そのブレスレットは受け取れません。国宝ですよね?……私のような、いつ入れ替わるかも分からない者に気安く渡してはいけないと思います。」



未だに暗い目をしている殿下が怖いけれども、それよりも『国宝』の方が万が一紛失したり、壊したりしてしまうのが恐ろしい。一生掛かっても払えないような金額を請求されたら、たまったもんじゃないし。



「まったくサラは謙虚だね?なら王家のブレスレットじゃなくて、新しい物を王宮魔道具士に頼んでみるよ。気軽に着けてもらえるような物をね。それに絶対にサラが入れ替わらないように考えてるから大丈夫。あ、色やデザインは任せてくれないか?俺が君に似合う物を選ぶからね。」



言う程にみるみる機嫌が直っていく彼は、最後には恍惚とした表情をし、しかもほんのり赤く染まっていた。言われた内容が怖すぎる事も気になるけど、いとも簡単に色気を振りまくんじゃないって!!お姉さんの方が顔真っ赤になっちゃうでしょ!!!それはもう必死に目を閉じて、目の前のとんでもない色気から少しでも逃げようとしていただけなのに。



「ああサラ、そんなに口付けが欲しいんだね?それは嬉しいなあ!!俺もずっとずっとずっと我慢していたんだ。」


「良いわけないでしょう?!ダメですよ殿下!!お戯れが過ぎます!!!」



それはもう光の速さで言い返した。普段なら頭の中で言うのに、目の前で蕩けるような笑顔をしている殿下にはそんな隙をみせられないという事も、この短期間で嫌という程に学んだので考える前に声に出して否定した。



「もう、照れちゃって。確かに蕩けてしまったサラを侍女とはいえ誰かに見せるのは嫌だからね、仕方ないから我慢してあげるよ。」



そう言いながら両手で私の頬を挟み、息が唇にかかる距離で言うのは本当にやめてほしい。だってこれはもう既に呼気のキスやんけ!!卑猥ですよ?!サラさんはまだ17歳なんだからさあ、手加減してよね!!心臓がサンバダンスしすぎによる疲労で止まっちゃいそうよ!!



「えええ……、ええと殿下、いろいろと付いて行けません…。何卒スローペースでお願いしたのですが…。」



今日、仕事終わりに浮かれて湯船でビールを飲んで寝てしまい、そして意識が浮上してからのここまでの出来事が、まるでU〇Jにあるジェットコースターのようだと思った。あまりの高低差に、そろそろ脳みそが限界を迎えてしまいそうだし、なにより殿下の手のひらドリル加減にも付いて行けない。というかそれが一番理解出来ないでいる。どうしてこの人こんなに惚れてる感出してきてるわけ?!ああもう、お風呂に入ってとにかく寝たい。お酒も欲しいけど当分は我慢しますから!!



「ふふふ、いいよ仕方がないなあ。俺は優しいからね、ゆっくりゆっくり真綿で首を絞めるように、囲いこんで逃げられないようにしないと。それに魔法士と話し合って、君が君のままでいられるようにするからね。元の世界になんか、絶対に帰さないよ?絶対にね。一生一緒にいようね、サラ。」



ああもう、キャパオーバー!!言われてる事が確実に怖いのに、どうしてこの胸は高鳴るんだ!!もう、異世界テンションやめてほしい。



「……殿下、大変申し訳ございません。そろそろ精神的なものによる疲労が限界で、脳が焼き切れそうです…。」



相変わらずに両頬を挟まれてはいるが、それでも蟀谷がズキズキと傷んできたので、殿下の手の上から揉みつつそう言うと、「それは大変だ!」と叫んだ殿下にサッとお姫様抱っこされた。おぉう、初お姫様抱っこ……!!なんていう感動をしている時間も与えられず。そしてそのまま、殿下の私室の小さなドアを蹴るように開けたかと思うと、その中にある天蓋付きクソデカベッドにそっと寝かせてくれたのであった。



「さあ、ゆっくり休もう。今日はいろいろな事があったからね。気付く事が出来なくて申し訳ない。でも大丈夫だよ、ずっと俺がそばにいてあげるからね。」



優しいなと思っていたのに添い寝すると言われて、ああやっぱり彼は彼のままなんかい!!という絶望のような期待のような、よく分からない胸の高鳴りがうるさい。けれど、貞操が何よりも危ないという事だけ理解した私は、どうにか殿下を追い出す方法は無いかと、ほぼロクに機能しなさそうな脳みそをどうにか動かして、考える事に専念しようとしたのだった。


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こ( 」゜Д゜)」怖っ!殿下怖っ!
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