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異世界美少女補正ってすごい。


せっせとバターがよく染み込んで香り豊か、且つやさしい甘さのフィナンシェを口に運んでくれながら紅茶を飲み飲み、微笑んで何も言わない殿下に糖分が回って冷静になってきた頭が騒ぎ出す。


この状況、逆に怖すぎでは…?しかも最初のマカロンをくれた時から、ちょっと大きめにカットしてくれてるのは何でなん?絶対にハムスターみたいになってるやん。はしたないって笑ってるんか?お?その顔って「あほ面w」って思ってるとこなんか?バカにしてくれちゃってさあ!!もういいよ食べない、充分に糖分は摂取出来たし。それに何よりそろそろお腹苦しいからね!!!


そう思いつつも実際には強く言えない私は、口の中にあるフィナンシェを飲み込みながら、「あの、大変恐縮なのですが、そろそろお腹がいっぱいでございます…。」と言うと、「そうか?ふふっ。」と不敵に笑っている。えええ……。



「はあ、楽しかった。君は本当に面白い人なんだね。もっともっと知りたいけれど、その前に処遇の話をしなくては。」



給餌してくれる作業が終わったのでてっきり向かいのソファに戻るのかと思ったのに、隣に座ったままの殿下が口角を上げてそう言う。「…ヒョワッ!!」と思わず口から奇怪な声が漏れたけど、そんな事は気にしていられない。サーッと血の気が引いて目眩がしてくるし、先程までお腹いっぱい食べさせてもらった高級そうな美味しいお菓子達が出てきそうだ。


恐らく真っ青な顔をしているであろう私がカタカタと小さく震えだし、何も声を出せずに口を開閉させているのを微笑みながら見ている。やっばぁ……何も言われないのってこんなに怖いんかい……。どうか命だけは…!めっちゃ戒律の厳しい修道院とか、ド引きこもりなので生涯幽閉でお願いします!!娼館はちょっと怖いから出来れば修道院か生涯幽閉がいいです!!お慈悲をください!!!!


徐々に命乞いをする思いが強くなりすぎた私の視線が、物凄く強かったのか分からないけどまた殿下が声を出して笑っている。怖い怖い怖い!!!精神的どSかよ…!!私はそういうのお断りなので!!!しかしそんな思いは伝わらず、お腹を抱えて笑っていた殿下が、目元を拭いつつ呼吸を整えて手を伸ばしてくる。首絞められる?!と恐怖して、目をギュッと閉じると首を守るようにサッと両手でガードした。



「え、どうしたの?!ごめん、怖がらせちゃったね。そんなつもり無かったんだよ、口元に付いてるフィナンシェの欠片を俺が取りたかっただけなんだ。」



かかか欠片?!大慌てで目を開けると、パパパッと手で口元を払う。「ああ、俺が取りたかったのに。」という残念そうな声が聞こえるが、何を言っているのか分かるけど分からないので無視しよう。そして一人称が ‘私’ から ‘俺’ になっているな。まあそれよりも、突然の笑いながら首絞めプレイじゃなくて良かった…。元の身体の持ち主のサラさんがどうなっているのか分からない今、出来るだけ無傷でお返ししたいしね。


そうやって口元を綺麗にしてから澄まし顔で殿下を見ると、私とは打って変わって不服そうに目を細めておりゾッとした。そして同時にやはり胸が高鳴ったので、これは間違いなく異世界テンションというものだろう。きっと心臓がバグってるんだ、そうに決まっている。



「…ふうん。まあ、ところで君の処遇の前に大切な確認なんだけど、君の記憶はどこまであるの?」



近距離からまっすぐ見つめられながら問われたが、そういえばどうなっているんだろう。全然記憶が無いけど、いずれ徐々に思い出したりするんだろうか。



「ああ、それがですね、この世界の記憶は全く無いのです。自分自身が誰かという事をはじめ、申し訳ございませんが、殿下の事も何も分からないです。」



眉毛をハの字にしつつ目を伏せ、最後は尻すぼみになり声が小さくなってしまったが、嘘をついてもロクな事は無いので正直に伝える。きっと付き纏われて鬱陶しかっただろうに、記憶が無いなんて虫が良すぎるのではないだろうか。だがしかし本当に何も覚えていないのだからどうしたらいいのか分からない。


何も言ってくれない殿下に不安を覚えておそるおそる目を上げると、彼は予想外に微笑んでいたのである。そのあまりの美しい笑顔が率直に怖い。ギョッと目を見開いて見つめると、「うふふ、そうだと思った。」と言いながら組んでいた長い脚を解いて肩幅に開くと、その太腿に両肘をついて手を組んだ所に顎を乗せ見つめてくる。その美の暴力でしかない顔を近くで見せないでほしい、絶対に私が赤くなって目を泳がせるのが楽しくてやってるだろ、すぐお姉さんをからかうんだから!!でもやっぱり顔がいいぞ!!



「そうじゃないかと思っていたんだ。あんなに隙あらば色仕掛けをしてきてしつこかったのに、全くそれが無いどころか目線にも熱がこもってない。それに俺にだけでなく、敵対していたキャンベル公爵令嬢にも腰が低くて口調もしっかりしているし、きっとマナーのある人間なんだろうなと思ったよ。」



楽しそうな顔で朗らかにそう殿下は言うが、隙あらば色仕掛けて!!何してんの熊谷さん?!いくらヒロインだからって、そんな事して落とす必要があるタイプの乙女ゲーなのここ?!もしやR18とか……?!嫌だ嫌だ面倒臭いっっ!!!


そんな風にまたしても思考の海に沈みかけていたが、私の百面相が面白いのかクスクス笑いながら指を鳴らして再び茶器を入れ替えると、少しぬるめの紅茶を注いでくれたのだった。素直に感謝していただく。そしてここで大問題が発生した。ジュリア様達との話し合いから今現在までで、およそ2時間程経っているのではないかと思われるのだが、遠慮しつつも喉が渇いて飲みまくっていた紅茶のせいで、トイレに行きたくなってきてしまったのである。


どうしよう、どう切り出そう、ここが職場ならばタイミングを見てサッと行くんだけど、今はそうもいかない。だからと言ってこの生理現象を止める事の方が不可能だし、恥を忍んでお願いするしかないのだろうな。もう腹括っちゃう!!お姉さん大人だから漏らす方が恥ずかしくて死ねるし!!!



「……恐れ入ります殿下、大変申し訳ないのですが。えーと、お花摘み?をさせていただけませんでしょうか。」



意を決してそういう私は、無意味にキリリと勇ましい顔をしているはずだ。そしてそれを物語るかのように、目の前の殿下は一瞬ポカンとした後で盛大に吹き出した。は、恥ずかしいっ!!お姉さんこんな恥辱は嫌すぎるよ!!穴があったら入りたい!!そこがトイレであれ!!!真っ赤な顔をしつつも、こちらも必死なので殿下を頑張って見つめていると、一頻り笑った後に涙を拭いて「ごめんごめん。案内するよ、行こうか。」と言いながら立ち上がり、スッと左手を差し出してくれたので思わず掴むとそっと立たせてくれた。


そうして部屋を出て数m先の、トイレとは思えないような豪華な扉の前に、なんと殿下が自らエスコートしてくれたのである。部屋のドアに侍従?執事?のような人と護衛の人がいたので、代わるのかと思ったし実際に護衛さんが交代を申し出たのに、殿下は微笑みながら断っていたから謎である。そしてそのまま一緒に彼らの横を通り過ぎる時に、かなり不思議そうな顔で見られたが、私こそ謎すぎて怖いです!!という顔で見つめ返しておいた。


相変わらず真っ赤な顔ではありつつも、「あの、恐れ入ります。助かりました。」と言って扉を開けた。それまではなんとか平静を保っているように見せていたが、トイレに入った瞬間の安心感からすぐそこまで尿意が迫り、大理石のような豪華で美しい造りを見る暇もなく小走りで個室に飛び込むと、大慌てで用を足したのだった。


ほっと一息ついて冷静さが戻ってきてまず思ったのは、下着が予想外にもいつも身につけているようなものだった事に驚く。こういうのは大抵ドロワーズ?を履いているイメージだし、上はコルセットを装着しているのが当たり前だと思っていた。しかし私はやたらレースが付いたかわいい紐パンを履いているし、チラッと確認した上の下着は、紐パンと同じ紫色のクソかわブラだったのである。


そうか、ここは日本人が開発したであろう世界だからか。ボンヤリそう結論づけると、料金が高いラブホのゴージャスな洗面台に激似だなと思いながらも、しっかり手を洗ってハンカチで拭く。そして装飾にばかり目が行って鏡を見ていなかった私は、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。


そこには、想像以上の美少女が映っていたのだから悲鳴を上げても仕方がない。チラチラと視界に入っていた髪はやはりシルバーブロンドで、サラッサラのストレートをハーフアップにして残りは惜しげも無く流している。そして髪と同じ色の長いまつ毛がビッシリと生え揃っており、パッチリ二重で瞳の色は真紅だ。そしてさすが異世界クオリティという程に目が大きい。まるで少女漫画のようだ!!ヒロインってすげー!!!


やたらと感動してペタペタと顔を触っていて思ったが、どうしてこんなにも絶世の美少女なのに濃すぎる化粧をしているんだろう。確かに妖艶な雰囲気がして似合ってはいるけど、もっとこう、違うメイクの方が良くない?あとずっと思ってたけど香水が強いと思う。しかもあんまり好きじゃない匂いだから、出来ることなら早急にお風呂に入って全身洗いたい。


うだうだとそんな事を考えていたら、トイレのドアをノックして侍女さん?メイドさん?が入ってきた。ここは女性みんなが使用出来るトイレだと思ったけど、ノックして入ってきたという事は違うのだろうか。もしや、王族とかそれに近いご貴族様用の所だったのだろうか?!それなら確かに、ラブホみたいな無駄装飾も頷ける。やっべ。



「失礼いたします。主様より、なかなかお出にならないので様子を見て来るように申しつかりました。お身体の具合いが悪いのでしょうか?」



なんだかすぐに反応出来なくて、目の前の侍女さんをじっと見てしまう。言う事は腰が低くて優しいのに、その顔はとても冷ややかで、本当に命令されて渋々来ました感がすごい。やっぱりそんな気はしていたけど、サラさんは嫌われているらしい。私からしたらそりゃそうだよなと思うけど、実際に嫌な顔をされるのはあんまりいい気分じゃないのでさっさと出よう。主様って事は、恐らく殿下だろうし。存在を忘れてたなんて口が裂けても言えないけども!!



「ああ、大丈夫。どうもありがとう。」



しっかり目を合わせて口角を上げると、手短にそう伝えて出口へ向かう。すると冷たい顔のままではあるが、「?」という風に眉間に皺を寄せているのが見えたけど、正直もうどうでもいいのでスルーしてドアを開けた。


すると目の前に殿下が立っており、少々焦ったような表情をしていたので申し訳なくなって、「この世界で鏡を初めて見たものですから、つい…。すみませんでした。」と正直に言った。まさか自分に見とれていました、なんてそこまでは言えないので黙っておく。へへっ、と笑って殿下を見上げると、呆れていたり怒っているかと思ったのに、その顔は心配そうに眉毛をハの字にしていたのである。逃げると思ったのか?!と焦って言い訳しようとしていたら、溜め息を吐いたイケメンが口を開く。色気まで漏らすんじゃないよまったく!!



「そうか、良かった。実は先程かわいいからと言って食べさせすぎた菓子が原因かと不安になっていたのだ。なんともないなら安心だ。さあ戻って話の続きをしようね。」



最後は微笑んでそう言われたけども、お腹壊してると思われてたんか……!!恥ずかしいっ!!しかも聞き流したけど、かわいいからってなんだよ。バカにしたかったからの間違いでしょうが!!お姉さんが怒らないと思ってさあ!!!


またしても頭の中だけうるさいのに、実際には苦笑いをして「乙女になんて事を……。」と言うに留めておいた。「それは失礼した。」とクスクスしながら、手を差し出してくれたので右手を乗せる。そうして元いた部屋にエスコートしてくれると、高級ソファに座らせてくれた。しかし当たり前のように彼も隣に腰を下ろしてきたが、先程よりも距離が近いのはやめてほしい。心臓がもたない。美の暴力、反対!!!



「さて、処遇の説明をする前に、君が何をしたのか話さなくてはね。」



指を鳴らして茶器セットを出し、注いでくれながら彼は言う。確かに知らなければ命乞いのしようもない。だからいただいた紅茶を一口飲んでから、姿勢を正してしっかり聴くために殿下に目を向けたのだった。それを楽しそうに見つめながら、長い脚を組んで身体ごと左側に向ける。左肘を背もたれについて、そこに微笑みを浮かべた美しい顔を乗せる彼は、自分がどれだけ美の暴力によって私をボコボコにしているのか理解しているのだろうか!!ちょっとボーイ、ドンペリ追加して?!膝当たっちゃってるから!!彼サービス良すぎるよ?!注意して??陰キャにはキツいよって!!!



「ふふふ。まず俺はこの国の第一王子であり、ベオウルフ・クラークという名前だよ。歳は君と同じ17歳だ。ここは王立学園で我々は全員2年生。あと1年は通う必要があるんだけど、君とキャンベル公爵令嬢が話があるって言うから、今日はそのために集まっていたという訳。」



黙って聴いていたけれども、17歳だと?!それにもう卒業だから断罪劇が始まるんだと思っていたのに、あと1年も通うだなんて。針のむしろじゃないのよ!!!とショックを受け、まさにガーン!!という顔をしている私を楽しそうに見る彼は、やはり美しかった。


そして漸く知られた殿下のお名前。ベオウルフ・クラーク様て…!!まさに黒狼という感じですね、美の暴力をぶちかましてくる貴方にお似合いの素敵ネーミングですよ、ハハッ!!なんてまた思考の海に逃げていた私に、それを許さないというようにふふっと笑うと、口元に不敵な笑みを浮かべたままに言う。



「よし、それじゃあ君の罪。俺だけじゃなく他にも、2人に色仕掛けをして彼らの婚約者を悲しませた事、それに伴って彼女達を少なからず想っている彼らの怒りを買った事。それについて、じっくり話そうか?」



あーっ!!!まさに死刑宣告!!!!急いで命乞いをしないと!!!なにやってんの熊谷萌さんのバカバカ!!!本当に逆ハーなんか狙ってんじゃないよおバカさんめ!!!


うるさい頭の中に比例するように、実際の私もガタガタを震えているのが分かるけどどうしようもない。だがしかし逃げられるわけもない。ああもう、本当にどうして私は入れ替わってしまったんだ?!戻ってお酒飲みながらゲームしたい、お姉さんは疲れたよ!!!


これから言われるであろう死刑宣告を前に、いろいろと限界が近い私はもはや気を失ってしまいたかったが、悲しい事に血の気は引いても気絶はしてくれなかったのである。



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