「ただいま」と「おかえり」。
途中からサラ視点に戻ります。
パッと現れたベオウルフ第一王子殿下を見て、きっと全てが終わったんだなと察した。だってあまりにも機嫌がいい。それはもう怖いくらいにニコニコしていて、部屋にいる俺に気付いているのかいないのか、ロバーツ伯爵令嬢が寝ている天蓋付きベッドに近付くと、愛おしくてたまらないのを隠さずに頭を撫で、時折唇に口付けしていた。
それを思わず「いいなあ……。」とポロッと呟いた瞬間に、バーンッ!!とこの国宝魔道具士部屋の隣にある、 ベオウルフ殿下が早急に作らせた極秘の隠し部屋のドアが乱暴に開いた。
「こら離れろ!!!勝手に姉さんに触るなっ!!!」
果敢にも掴みかかり、ベリッと剥がしたのはとんでもないシスコンのロバーツ伯爵令息。2人がいつものようにやいのやいのと大喧嘩を始めると、タイミングよくコナー辺境伯令息が入ってきて、「ロバーツ伯爵令嬢が悲しみますよ?」と言った事によって、瞬時に静かになった。さすが敏腕専属侍従、的確に弱点を突いていく。
「ではアンディ、早速始めてくれ。逸早く、何よりも早く、とにかく早く取り掛かれ。俺のサラに早く会わせろ。」
「うるさいなあ。分かってるよ言われなくても。俺の姉さんは何よりも世界よりも、命よりも大切なんだ。」
どちらも譲らず、俺の俺のと言い合うのはいつもの事なので、特に誰も止めなかった。しかして一刻も早くロバーツ伯爵令嬢に会いたい気持ちはどちらも同じぐらい大きくて強いようで、口論しつつも作業に取り掛かったロバーツ伯爵令息を、大興奮した様子で急かし続けているベオウルフ第一王子殿下。いつしか敬語を使われなくなったのに、咎める事もせずにそのままでいるのも、彼の実力を認めているからだろう。
「では行ってきます。」
そう言うと、すぐに鏡を翳して光った途端、自分の魔力を使用するための特殊魔道具に触れて、鏡の光が消えると同時に、彼も溶けるように消えたのだった。
□
「紗良……、紗良頼む、目を開けてくれ……。」
あれ、貴一くんの声がする。そういえば、モヤモヤした透明な球体に触ったんだっけ。あれはいつだった?それにここは現実世界、というか元の世界に戻ってきたという事??なら今は、自分の身体にいるのかなあ。それにしては石みたいに動かないし、瞼も開かないし声も出せない。え、あれえ??あのお坊ちゃん、痺れ薬でも飲ませやがった?!なんて考えて怒り始めた時、またしても貴一くんの声が聞こえた。
「紗良、ずっと好きなんだ。お前が俺を最優先にしてくれない事に腹が立って、わざと気を引く事ばかり言って悪かった。本当にごめんな。……ああ、紗良好きだよ。早く目を開けて、また笑いかけてくれ。一緒に暮らそう?もう籍も入れて、家で俺の帰りを待っていてほしい。」
ギュウッと右手を強く握られた感覚がした。ポタポタと温かい雨が降っているのも分かる。どうやら彼は泣いているらしく、その涙を拭いてあげたいのに身体が動かない。懺悔を聞いても、あまり心が震えないのは仕方がないのだ。だって私は既に、他に愛する人がいる。あまりにも愛が大きくて強くて、時々めちゃくちゃ怖いけど、とんでもなく怖いけど、それでも好きだと思うんだから私もすごいな!!としか思えない。だからごめんね貴一くん、貴方の思いには応えられない。私の事は忘れてほしい。
申し訳なくなりながらそう思っていると、面会時間終了の院内放送が流れた。それを聞いた彼は、何度も右手を強く握って柔らかな温もりを当て、最後に頬を撫でてから、「また来るよ、紗良。」と言って病室を出て行った。また来るのかあ、なんてボンヤリ思っていたけど、私の今の状態ってあれかな?昏睡状態ってやつなのかな??
という事は、お風呂場でハイテンション飲酒をしたまま寝て、溺れちゃったってコト?!は、はずかしい!!!やっぱりそうだったんだ!!そんな気はしてたけど、マッパで溺れた私を誰が発見したんだろう……!!いやあああっっ!!!もう頭がフットーしそうだよおっっ!!!
「へえ、この人が俺の姉さんなんだ。変わらず綺麗だし最高だね、大好きだよ俺の姉さん。いやこの世界の姉さんなら、サラって呼んでも問題ないかな?」
え?ええ??えええ?!聞き間違い?!いやいや、私が大好きな弟の声を間違えるはずがない。という事は、これは幻聴……??あまりにも気がおかしくなって、アンディの声を生み出してしまったのかもしれない。ええ……、ごめんこんなお姉ちゃんで。でも例え幻聴だとしても、貴方の声をきけて本当に嬉しいよ。いつもみたいにサラサラのシルバーブロンドの髪を撫でたいなあ、一緒にお菓子も食べたい。開発した魔道具を見せてほしいし、家にいる両親とも一緒に4人でごはんを食べたりお茶をしたい。さよならを言えなくてごめんね、アンディ大好きよ。なんてちょっとセンチメンタルになっていた私に。
「うふふ、かわいいなあ俺の姉さんは。意識は起きてるのかな?聞こえてる前提で話すよ、迎えに来たから帰ろう?大丈夫、ちゃんと戻られるからね。この世界のサラがどうなるかは考えないで、早く俺のいるところに帰ろう?」
ギュッと抱きしめながら、顔中に口付けしているらしいアンディがそう言う。え、あれ??妄想でも幻聴でもない???だとしたらどういう事だろう。確かに足首が温かくなった気がしたけども??だってここは元の世界のはずで、つまり地球でしょ??あとさっきからどさくさに紛れて、唇にもちゅっちゅしてるな??どんだけシスコンなんだろうか。しかして相思相愛の姉弟とはいえ、唇にするのは良くないとお姉ちゃんは思うぞ!!
「はあ……、サラの唇は柔らかくて温かいね。んふふ、なんだか甘いような気もする。」
なんて変態な事を言っているのに、こらこらシスコンさんめ!!としか思わない私はアウトだろうか。まあアンディはかわいいから仕方がないのだ、うんうん!!
「くそっ、もっと堪能していたいのに、あいつが呼んでるなあ。うるさいから早く戻るか。その前にもう少しだけ……。」
そう言うと、スリスリチュッチュを再び始め、数分経った頃にまたなにかに急かされたようで、舌打ちをしながらも口を開いた。
「ああもう、本当にうるさいなあ。まあいいか、さあ姉さん戻ろう?いくよ、大丈夫だから心配しないでね。」
と言われた途端、全身がフワッとしたような気がした。浮遊感というよりは、身体から剥がれたっていうか。えええっ?!?!と驚いている間にも、強く手を掴まれて引っ張られるように、またしても意識が遠のいていく。怖い怖い!!!だけど先程、アンディが大丈夫だと言ってくれた。それならばきっと、何も問題ないのだろう。だから力を抜くと、薄れていく意識をそのまま手放したのだった。
□
『漸く会えたね。話したいなと思っていたんだけど、なかなか上手くいかなくて。うふふ、初めましてなのかしら?』
突然聞こえていた鈴の鳴るような声に、ハッと意識が浮上した。しかし何も見えず、真っ白な世界にいるらしい。なんかローガン殿下に連れられた精神世界に似ているなあ、なんて思っていたら、またしても『ボンヤリしてるわね。』という楽しげな声が聞こえる。もしかしてこの声は、私が1年間出していたこの声の主は。
『紗良、私はサラよ。ずっと私を大切にしてくれて本当にありがとう。貴女の前にいた人のせいで、とても苦しくてつらくて、心の中では毎日泣いていたの。あんなに仲が良かったお父様もお母様も、そしてアンディも、心が離れてしまったのは本当に悲しかった。』
ああ、サラさん。貴女なのね?本当に漸く会えた。姿は見えなくても、心がすぐそこにあると感じる。身体の中にいた時も、その心はそばにあったけれど、こうして会話なんて出来なかったからすごく嬉しい。
『うふふ、ありがとう。私もとっても嬉しいわ。』
声を出していないのに、どうやら伝わったらしくて嬉しそうに答えてくれた。かわいい!!サラさんかわいいなあ!!!と途端に大興奮すると、小さな声を出して笑ってくれた。なんてお上品……!!
『前の人がね、第一王子殿下に接触するために、キャンベル公爵令嬢と結託してしまった時は、もう死を覚悟したの。どうにも私の精神が生きているなら、つらいだけだし死ぬより嫌だなと思って泣いていた時、貴女が見えたのよ。』
私が見えた??どういう事なんだろう。だって私はこの世界の乙女ゲームを一切知らないのに。ジュリア様とか熊谷萌さんならまだしも、どうして私??と頭の上に「???」と浮かべなら考え込んでいた。
『私にもよく分からないの。だけど貴女が見えて、私自身が強く望んで呼んだのよ。だってすごく心が綺麗で、優しくて、それなのにとても強くて。きっと貴女なら私を助けて、導いてくれると思ってた。うふふ、正解だったわね。』
きっと姿が見えていたら、小さく踊っている様子が見える気がする程に彼女は嬉しそうにしていた。心が綺麗って言われて嬉しいなあ!!頭の中はこんなにうるさいのに、褒められてすごく嬉しい!!キャッキャッ♡
『でも貴女はその優しさから、私とすぐに溶けようとはしなかったわね。突然入ってしまった身体に戸惑って、近くに感じられる私の心を優先しようとしてくれたんでしょう?ありがとう、尊重してくれて。誰かの優しさに触れて、嬉しくて泣いたのは本当に久しぶりだったわ。』
そっと手を握られた感覚がする。大きくて骨張った手ではなくて、小さくてか細くて、そして柔らかい小さな手。サラさんの、温かな手。握り返したいのに、それが出来ないのがもどかしい。だけど気持ちは伝わったようで、ニコニコと笑ってくれているのが分かる。ああ、本当にかわいい……!!
『紗良がまさかその魅力で、心から第一王子殿下を虜にしてしまったのは驚いたけど、思い合っているから嬉しかったわ。きっと彼がキャンベル公爵令嬢に抱いていたのは、愛ではなくて友愛や親愛なのではないかと思うの。だって彼、紗良に対してとあまりに違うんだもの。貴女に出会って、初めて本当の愛というものを理解したんでしょうね。運命に巡り会えた瞬間だったんだわ。』
まるで夢物語を読み上げているかのように、軽やかにサラさんが言う。えええ、運命って……!!そんなものがあればいいなあと思ってはいたけど、実際にそうだと言われるとちょっと照れちゃうなあ……!!!
『かわいいのは貴女よ、紗良。さあ、そろそろ時間ね。第一王子殿下とアンディが、痺れを切らしているのが分かるわ。いつもみたいに喧嘩をしているわよ?うふふ、愛されているのは、私もとっても嬉しいわ。』
段々、手に触れてくれているサラさんの温もりが薄れていく。そんな、嫌だよせっかく会えたのに!!もっとお話したい!!と強く思っても、無情にも熱は失われていくばかりで。
『私も同じ気持ちよ。だけどいいの、私は消えてしまうけど、貴女の中に溶けられるのだから何も怖くないし、むしろ幸せな気持ちよ?だって紗良は私を忘れないし、大切にしてくれるはずだから。』
待って待って、消えないで……!!ずっと一緒にいようよ!!行かないで!!
『そういう訳にもいかないみたい。前の人が入った時点で、恐らく私の精神は消える運命だったの。けれど紗良ならいいわ、むしろ喜んで溶けてしまえる。貴女を見つけて、呼び寄せて本当に良かった。突然の事で申し訳ないけれど、それでも貴女が私に入ってくれて、心から嬉しいのよ。無意識なんだろうけど、私の声に応えてくれてありがとう。ずっとずっと、貴女の幸せを祈ってる。』
私だってそうだよ!!行かないでよ、待って!!一緒に生きよう?!きっと方法があるから!!
『本当にどこまでも優しいのね。うふふ、もう時間が無いわ。ねえ紗良、アンディの事も両親の事も、よろしくね?貴女のお陰で家族の仲が修復出来そうで、私の心残りは消えてしまったの。本当に、清々しい気持ちなのよ?だから、さあもう行って。貴女を待っている人がいるの。溶けてしまっても、きっとそばにいるわ。大丈夫、早く行って?いつまえもずっと大好きよ、紗良。』
ああもう!!私だって大好き!!!ギュッてしたかった、つらかったねって頭を撫でたかった!!両親やアンディと一緒に、5人でお茶をしてお話したかった!!会えた事も話した事もないのに、ずっと友達だったような気がするんだよ!!大切で愛しい、私の友達だと思ってるの!!!
『……泣かせないでほしいわ、まったくもう。ずっと私もそう思っていたのだから、お友達よ。大親友というやつだわ!胸を張ってそう言えるんだから!!さあ、もう本当に時間切れみたい。どうか私の分も、貴女は幸せになるべきだわ。その責任は重いのだから、ちゃんと幸せになるのよ?誰よりもね!!いつかまた会えたら、たくさんお話しましょう。さよなら、紗良。』
サラっっ……!!!!
きっと私の叫びは届いただろう。最後の最後に、フフッと笑う鈴の鳴るような声が聞こえたのだから。ありがとうサラさん、ずっとずっと忘れないよ。
もう近くにサラさんを感じられないけれど、それでも涙は溢れて止まらなかった。それを、優しく拭ってくれる人がいる。丁寧に柔らかいハンカチで、左右から拭いてくれている感覚がするという事は。
「おいアンディ、俺が拭いてるんだからお前はいいだろう。俺のサラなんだぞ?早く部屋を出ていけ。」
「何を言うんだバカバカしい。俺の姉さんだし、呼び戻したのは俺なんだよ?それなら殿下が出ていくべきでしょうが!」
「調子に乗りやがって。王太子命令で追い出してもいいんだぞ?」
「そんな事をしたら、姉さんがどう思いますかねえ??」
「ぐっ……!!お前は本当に憎たらしいなあ。向こうの世界のサラに口付けしたのは殺してやろうかと思ったが。」
「だって仕方がないでしょう?向こうの世界のサラは姉さんではなくて、サラなんだから。ずっと我慢していたものが崩壊してもおかしくないでしょうよ。」
「開き直りやがって!!俺だって本物のサラに口付けしたかった!!」
「はははっ!!いつも見せつけやがって、ざまあみろ!!」
「お前このっ……!!氷漬けにしてやろうか!!!」
ああこの懐かしいと思えるようなやり取りは。そんなに長い事離れていた訳では無いと思うのに、ひどく懐かしく感じるこの口論は。
思わずフッと口角が上がった。それに同時に気付いたらしい2人が、必死に私の名前を呼んでくれる。ああ、どうしてこんなに懐かしいんだろう。嬉しいなあ、私を呼んでくれるのが、貴方達だなんて。ねえサラさん、聞こえる?アンディはシスコンに戻ったし、ベル様は心から愛してくれるよ。貴女の分も、だなんてありえない。一緒に幸せになろう。だって私達は一心同体なんだから、そうでしょう?
そうして思わず破顔すると、実際に笑ったらしい私の瞼がゆっくりと上がった。パチパチと瞬きする度に、ベル様とアンディが見える。本当に戻ってきたようだ、私がいたかった、いたいと思った世界に。また会えたんだ、会いたかった人達に。またしてもポロポロと涙を流す私を、2人も泣きながら頬を拭ってくれた。だから私も、重くて震える腕を必死で持ち上げて、それぞれの頬に手を当てた。
「……ただいま。」
掠れて出しづらいながらも、なんとか絞り出した声で言う。すると2人がどつき合い、力づくで勝利したらしいベル様が思いっきり抱きしめてくれた。それは痛い程だったけど、温かくて温かくてまた涙が出る。勝負に負けたアンディが、左手をギュッと握ってくれているのが分かる。恋人繋ぎにしているのが気になるけど、それ程までに私を望んでくれたという事なのかなと思って、かわいいシスコンさんを受け流す事にしたのだった。
「サラ、俺のサラ……!!おかえり、おかえり。ずっとずっと会いたかった。愛してるよ。」
少し嗚咽が混じったような声で、ベル様が言ってくれた。そうして何度も唇に口付けしてくれて、怒ったアンディと口論になっている。それが面白くて、声を出してふふふと笑うと、2人とも喧嘩していたのに、途端に止まって同じように笑ってくれた。
ああ、嬉しなあ。またこうやってこの2人のそばにいられるんだ。問題はたくさんあるだろうけれども、それよりもまず、この事を喜ぼう。
少し疲れて再び瞼を閉じた私を、2人が恍惚とした表情で見ていた事も、
「さあ捕まえた。今度こそ本当に逃がさないし、どこにも行かせないよ。俺のサラ?」
「違うわ、俺の姉さんだ。いつか別の体に精神だけ移せる可能性もある。諦めないからな!!」
「バカ言え、俺が許すはずないだろう。そんな物を開発している時点で、完膚無きまでに潰してやるに決まってる。」
「そうはさせないからな!!諦めない絶対に諦めない!!」
「うるさい、サラが起きるだろう?」
「くそっ……。姉さん、必ず俺のものにしてみせるからね?」
「お前、死にたいのか?」
という恐ろしすぎる会話をしていたなんて、全く知らないのである。きいていたら絶対に悲鳴を上げて、ヤナに飛びついていただろう。ああ早くヤナにも会いたい。ぽよぽよおっぱいに癒されたいっっ!!!




