もうすぐね°
すぐに手紙を完成させると、表面にも裏面にも何も書かずに封蝋だけを押した。それから侍女を呼ぶと、すぐに配送するよう言いつける。そして再び紅茶を淹れ直させて、押さえきれない笑みを浮かべつつ、ゆっくりとお気に入りの紅茶を味わったのだった。
そしてすぐに返事が届いた。昨日の夕方に出したのだけど、今日の朝には届いたので驚く。しかしローガンはとにかく私に夢中なのだから、素早く行動してもおかしくない。そう思ってほくそ笑むと、封蝋を開けて中を読んだ。
どうしてもニヤニヤが抑えられない。どうやらベオウルフが洗脳された結果、物凄い量の加護を付与したチョーカーをヒロインに着けさせているらしく、それでローガンも手を出せないとあった。しかし彼は優秀のため、その元となる魔道具士をどうにか出来るかもしれないと書かれていたのである。それならば話は早い。その男の婚約者を脅迫したら、絶対にそいつは折れるというのだ。心の底から婚約者を愛していて、それはこの国への忠誠よりも強いものだとあった。
そんな奴が実在するのか甚だ疑問だが、それでもその可能性に賭ける価値があるというのだから、楽しみに待つ事にした。しかしその婚約者を監禁する場所が、ローガンの手の付いたところだと即バレしてしまう危険性が高いという。だからどうにか力になってくれないかと頼まれたが、そんな事なら簡単だ。
「ねえ、お父様は今何してる?」
部屋の隅にひっそりと立っている侍女に、ニヤリとした顔のまま問いかけると一瞬ビクッとしたがすぐに、「…本日は執務室にてお仕事をなさっております。」と答えてくれた。もっと早く声を出しなさいよ、という強い視線を送るも、既に顔を俯かせていたので届かなかった。へえ、侍女のくせに目を逸らすなんてね。お父様に言いつけるから、覚悟しておく事だわ。
そしてすぐに立ち上がると、お気に入りのドレスを翻してお父様のいる執務室へ向かった。ふつうは執事に入室していいか許可を取ってきてもらうが、私にそんなものは必要ない。溺愛されているから、何をしても怒られないのだ。ベオウルフを裏切ったとかで罰せられた時も、涙を流して頭を撫でてくれただけだし。とにかく私に甘いのだ。
バンッとノックも無しに扉を開けると、ポカンとしているお父様と執事が見える。しかし入ってきたのが私だとわかると、途端に目を三日月にして微笑んでくれた。だから私も微笑みながら、ソファに腰掛ける。すると察した執事がサッと部屋を出たが、お茶の支度をしに行ったに違いない。あいつがいない今がチャンスとばかりに、向かいにニコニコして腰掛けたお父様に口火を切った。
「ねえお父様、お願いがあるのですけど。私ちょっと疲れてしまったから、領地にある別荘に行きたくて。外出禁止だけれど、領地に行くのは心を癒すだけだし、そもそも我が家なのだからここと変わらないじゃない?ならばいいのではないかと思って。」
眉毛を八の字にして、しょぼんと悲しく見えるようにしながら言う。だってそうだ、領地なんだからタウンハウスと何も変わらないし、むしろ家だ。上目遣いでお父様を見ると、額に手を当ててはいるがその顔は怒っておらず、うーんと悩んでいるだけに見える。これはもう少しだろうな。
「お父様が怒るのも無理ありませんわ。だって私、とっても迷惑を掛けてしまったのだから。本当は領地にあるお母様が大好きだったバラ園に入って、癒されたかっただけなのだけれど。でも更にご迷惑を掛けるなら、ここでまた自室に篭っておりますわ。」
ちょっと涙も浮かべてみせた。すると大慌てで私の隣に座り、ハンカチをそっと押し当てて拭ってくれる。その顔は悲痛に染まっていて、きっと心が決まったんだなと思った。亡くなったお母様の事を心から愛していたお父様は、似ている私がそう言えば絶対に落ちると分かっていての発言である。
「ああジュリア……!そんなに苦しめてごめんよ。つらかったね?いいこいいこ。分かったよ、領地に行くだけなら私が許可しよう。もしそれで第一王子殿下に何か言われても、家ですからって答えるね?だからゆっくり、バラ園で癒されておいで。」
ほらほら、簡単でしょう?思わずニンマリしたくなるのを必死で抑えつつ、笑いを堪えている震えを泣いているのだと、都合よく解釈したお父様が頭を撫でてくれる。だから擦り寄って甘えるようにしたら、より一層喜んで執事が用意したお茶とお菓子を勧めてくれた。
さあ、そうと決まれば行動を開始しなくては。すぐに出発できるように、侍女に準備を迅速に取り掛からせて、私はローガンに手紙を書いた。これから領地に行く事、そこにある山の中の湖に小屋があって、滅多に誰も来ない事をしたためた。ここなら誰にもバレまい。万が一見つかっても、隠し扉の奥に地下室があるから問題ないだろう。もともとここは先々代の公爵が、自分に絶対に振り向かない令嬢を閉じ込めて媚薬漬けにしていたと聞いた。そんないわく付きの場所だからこそ、誰も近づかないので好都合だろう。
持っていくドレスを選別しながら、こういう時にローガンの魔力が乏しい事にがっかりする。王族なのにあまり魔法の才がなく、ベオウルフの足元にも及ばないのだ。だからこそ彼はずっと悩んで悩んで苦しんでいたけれど、勉学は悪くないからそちらを伸ばしたというわけだ。もしローガンに強い魔力と才があれば、魔道具士の婚約者だっていとも容易く転移させられただろうに。まあ考えても無駄だから、さっさと支度を済ませましょう。
手紙を出したのがお昼前、そして新たに届いたのが夕方だ。本当にあの子は私が好きね、とうっそり微笑みながら開いた手紙には、心からの感謝と、場所の詳細を把握した事、魔道具士の婚約者は既に手を回して捕まえている事、これから隠密に小屋へ運ぶ事が書かれていた。そして自分もいずれ、私が滞在する領地の家に来るとある。それは別にいいんだけどなと思うけど、まあ私に夢中だし会ってやれば今よりも強固に利用出来るかなと考えて了承する事にした。
それから2日、漸く納得のいく準備が整ったので出発したのだが、お父様が寂しいと泣いていて鬱陶しい。けれどここで媚びを売らないと、いざという時に困る可能性もあるので頑張って涙を流し、「私も寂しいですわ。」と言って抱きついておいた。
馬車で移動と言っても、我が家は公爵なので金に物を言わせて、魔道具を使った大型転移装置がある。だから大荷物を乗せた馬車と共に、その装置を使って転移した。そして少し走ったところにある領地の自宅に着くと、早々に自室へ向かいお茶の準備をさせたのだった。だってまずは休憩しないと、準備とお父様の相手で疲れてしまったし。小屋に魔道具士の婚約者が既にいるとしても、とりあえず自分を癒してからでないと何もしたくないしね。
それから1時間程して、ランチを食べてから馬車に乗って小屋に向かった。虫除けの魔道具をブローチに加工させた物をしっかりと胸に着け、揺られることおよそ40分。信頼出来る護衛だけを連れてきているので、その見目の麗しい騎士が恭しく、古いが重厚な扉を開けてくれた。
そして質素な室内に入ると、躊躇わずに暖炉の上の燭台を反時計回りに動かし、ズズズ…という音を立てながら暖炉が下に埋まっていく。そうして現れた薄暗い通路を通って、目の前に見えた牢屋を覗くと、中の粗末なベッドの上にクリームブラウンの髪の女が寝かされていた。身長はベッドの大きさからして意外とあるようだし、胸もそこそこ。しかし顔立ちを見るに、美人というわけではなさそうだ。それでも婚約者をこの国や命よりも夢中にさせているらしいし、何か特化したものがあるのかもしれない。どうでもいいけど。
「……とりあえず、コレはこのままでいいわ。数日放置していても人間は死なないのだから、何も問題ないわね。ああ嫌だ、こんな汚い場所一刻も早く出たいわ。ほら、エスコートして?」
ずっと真顔で無言のままの、見目で選んだ専属護衛に言うと、彼は頷いて左腕を差し出してきた。それに満足して口角を上げると、振り返る事なくその場を後にしたのだった。
そして戻ってきた領地の我が家で、ゆったりとディナーを堪能していたら、ローガンから手紙が届いた。とりあえず執事に持たせておいて、食べ終わってから食後の紅茶を用意させて手紙を開く。すると明日にはここに来ると書かれているが、婚約者の状態を確認したらすぐにまた王宮に戻って、魔道具士を説得という名の脅迫をすると書かれていた。ふふ、まあいいでしょう。面倒だけどローガンの相手をしてあげるわ。きっと会う必要なんて本当は無いのに、私が好きだから顔を見たいのね。ならその願いを叶えてあげなくちゃね?
そして翌朝、まだ眠いけど予定があるからと起床し、イライラしながら侍女に手伝わせて支度を整えてから朝食を摂っていた。すると外が騒がしくなり、うるさいなと眉間に皺を寄せたタイミングで食堂に入ってきたのは、最後に見た時よりも男らしくなったローガンだった。あ、ゲームで見た通りだ、こんなにイケメンになるんだったら彼も悪くないけど、第二王子妃ではあまりうまみがない。だからやっぱりベオウルフの妃になってあげるべきね、と思いながら、「いらっしゃい。」とニコッと微笑んで言ったのだった。
「ああ……!!ジュリア嬢、お久しぶりですね!!どんなに貴女に会いたかったか!!」
食堂の入口でしばし見つめあった後、声を掛けた私に弾かれたように走り出すと、見えない尻尾を振る犬のようにそばに立った。その顔はバラ色に染っており、私が好きだと言われなくても伝わるものだった。相変わらず彼は簡単に利用出来そうねと安心して、またしてもニコッと微笑むと彼は隣の席の椅子を引いて、ソワソワとした状態で腰掛ける。
「本当に久しぶりね、会いたかったわ。これから大変だけれども、私のために頑張れそうなの?」
ちょっと眉毛をハの字にしつつ上目遣いでそう言うと、ギュッと目を強く閉じてから大きく頷いてくれた。まあ当然なんだけれども。ここで躊躇うようなら、もう利用する価値はないから見限るつもりだったけど、期待通り彼は私の手足となるらしい。ふふふ、ならばしっかり働いてもらわなくちゃ。
「アレは山小屋の牢屋にそのままよ。死んでいないと思うけど、きっとお腹が空いているのではないかしら?りんごを1つ、持って行って差し上げて?」
テーブルの上にあったフルーツボウルの中の赤くて立派なりんごを手に持ち、ローガンに向けて差し出す。すると恍惚とした表情をしながら、「なんて優しいんだ!」と呟いているのがきこえた。そうでしょう?私はとっても優しいの。死なない程度に衰弱させれば、捕虜の奴隷の容量で魔道具士の婚約者も操りやすいだろう。だからこのりんごはそのためのもので、決して可哀想だとかいう理由ではない。しかして彼はきっと優しさからだと思ったのだろう、とても感動して「必ず渡してきます。」と言っていた。
「とにかく、その婚約者に会って様子を見たら、すぐに王宮専属魔道具士と接触します。もう居場所は把握しているので、なんとでもなるでしょう。あの女のチョーカーを作ったのもその男ですし、兄上の魔力と加護が付与されていても根本から外してしまえば、魔道具を使って元の世界に精神を返す事も容易いでしょう。だからもう少しお待ちくださいね?やはり兄上には、美しくて慈愛に満ちたジュリア嬢でなくては。」
うっとりとした顔でそういう彼が、私の右手を持ち上げて甲に口付ける振りをする。私はそれを止める事はしなかった。
「またすぐ来ますからね。問題を解決したら、お迎えにあがります。ですからそれまで、どうかお待ちください。では行って参ります。」
惜しむように手の甲を撫でてから、うっとりした顔のままそう言うと立ち上がり、深く腰を折って指を鳴らすと転移してしまった。きっと山小屋に向かったのだと思う、りんごを持って。頭の中で場所を思い浮かべれば、そこに転移出来るなんて王族ってばずるいわよね。
ローガンが来たために冷めてしまった紅茶を、侍女に言いつけて淹れ直させてから、我慢出来ずに大声を出して笑った。侍女も侍従も、見目麗しい専属護衛も、そんな私に驚いて固まってるが、すぐに目を逸らしている。私が王太子妃になった暁には、お前達を今よりももっと自由に扱ってやるから覚悟しなさい、と思うとまた更に笑いが込み上げてくる。屋敷に響き渡る事も厭わず、腹から大声を出して笑い続けた。
ああ楽しみね?ベオウルフが再び私を愛して夢中になって、媚びるようにドレスや装飾品を買い与え、貴族も平民もひれ伏してくれる日々が。そしてやっぱり愛していると縋ってくるカデンをどうするか、今からしっかり考えておかないと。
受け入れる事は当たり前だけど、すんなり許すのは癪じゃない?だからわざとベオウルフとの閨を見せやろうかしら。そうしたらカデンの傷はより深くなって、ますます私に固執するでしょうし。それはローガンにも言える事。あはは!楽しみ過ぎるわね!!




