家族はそれぞれ。
すぐにでもローガン殿下が接触してくると思ったのに、ベル様の守りが堅くて全然そんな事は無かった。いやそうかなとは予想していたんだけど、まさここまで一切接触しないなんて!!あと1ヶ月で卒業という今日まで、お見掛けする事も当然お話なんてする事もなく、平和に過ごせているので逆に怖いなと思っていた。
そして本当に卒業式の数日後に行われる立太子のパーティで、私との婚約を発表するそうだ。それに伴って、先日王宮にアンディと両親が来たので、中身が入れ替わってから初の対面をしたのだが。当然のようにベル様が私の右隣に座り、腰にガッチリ腕を回していたせいもあって両親はガチガチだった。アンディだけは慣れているので、早々に立ち上がって私の左隣に座ると、ニコニコしながらハグしてくれた。かわいい!!私の弟最高!!とデへへと笑うと、彼は更に笑ってそのまま話を進めようとしたが、そうは問屋が卸さない。
「おい、いい加減にしろよお前。家族は反対側のソファだろうが?ここは俺とサラ専用だぞ。」
ブチ切れ寸前のベル様の漏れ出す魔力のせいで、やっぱり部屋が極寒になってしまった。慣れた私達と違って、両親はすっかり怯えて縮こまっている。シルバーブロンドに立派な口ひげのナイスミドル風の父と、深紅の瞳で小柄なプリティウーマンの母。それぞれの特徴を私とアンディは継いだのね、と思ったら初めて会ったはずなのに、なんだか懐かしいなと自然に思ってしまった。違和感なんてもう何もなく、つまりそういう事だろう。サラさん、サラ、一つになってしまったけど、私は貴女がいたことを忘れないよ。我が儘を言うならやっぱり、話してみたかったな。
なんてちょっとセンチメンタルになっていたけど、それどころではないとハッとした。未だにベル様とアンディが口論しているから、とにかく落ち着けなければ両親が凍えてしまう!!だから必死で左右に微笑みかけ、それぞれの頭を高速で撫でた。どちらからも煙が上がるんじゃないかという程、それはもう高速でコスコスと。
しかし初めて見た両親は私の行動に大変驚き、咎めようとしたのか少し父親が腰を浮かせた。しかし目の前のベル様もアンディも蕩ける笑顔で恍惚としているのを見て、そっと座り直したのはちょっと笑った。驚きますよね??分かりますよ、すんごく分かります。でもこうしないとここは即極寒地獄になりますし、下手したらベル様の強すぎる魔力で倒れてしまいますからね?!と必死な目を向けると、父親はドン引きし続けていたが母親だけは、優しく微笑んでくれたのである。あれ?もしかして、気持ちを分かってくれたのでは?!お父様、そういう人なのかしら??興味しかない!!
「まったく、俺のサラに感謝するんだな。そうでなければ、お前は既にここにいられないぞ。」
「殿下こそ、俺の姉さんに感謝すべきですね。もし少しでも悲しそうなら、俺の持つ全ての力を使って魔道具を作り上げてみせますよ。そうすれば簡単に姉さんを奪還出来ますからね?あまり甘く見ないでくださいよ。俺の姉さん、すぐに助けるから大丈夫だよ?」
わーー!!口論の内容が基本的に私!!なんでだよやめてよ!!アンディは確かに魔力が豊富だし、王族では無いのに魔法を使う素質があるとかで、既に選ばれし者だけが学べる魔道具専門学園に通っている。そこでメキメキと頭角を現し、いろいろ発明しては見せに来てくれるのだけれども、その姿がクルッと丸い尻尾を必死で振る柴犬のように見えて、とんでもなくかわいいのだ。弟かわいい尊い!!!
「ふん、なんとでも言え。どんな魔道具を作ったところで、俺に勝てるわけがないんだからな?分かっているくせに。それから、サラは俺のだ。お前のではないし、何度も言うがサラの言うお前を愛しているという言葉は、家族としての意味だから勘違いするなよ。」
また言ってる!!だからそれはアンディも分かってるよねえ??何度もそんな事言われたら、なんか好きだって言いづらいじゃんかよ!!まあ言うんですけど。だからちょっとしょぼんしてしまったアンディに、「大丈夫、ずっと大好きよ。」とニコッとして伝えると、途端に真っ赤に顔を染めてギュッと抱きつき、サラッサラの髪を惜しげも無くスリスリしてきた。ああなんてかわいい!!実家で飼ってた柴犬を思い出すっ!!!
嬉しくなって私ももちろんギュッと抱き返す。なんとなくぽよぽよおっぱいをスリスリされている感じがするけど、弟だから気のせいに決まってるし。なんて思ってそのままハグして頭を撫でていたら、ベリッと剥がされてベル様の膝の上に乗せられた。ちょっとおい!!両親の前だぜ?!なんていう羞恥プレイ!!!真っ赤になって抗議するため、振り向いて睨みつけたのに嬉しそうにされた。なんなんだよ!!
「サラ、お仕置は後でするから覚悟してね?俺以外の男を抱きしめるなんて許せないなあ。でも今は君の両親の前だから我慢するよ。さあ、さっさと済ませて部屋に戻ろう?」
うっわ、戻りたくないです!!弟にでさえ嫉妬するなんて独占欲オバケめ!!!なんていう目線の講義はなんの意味もなく。ガッチガチに固まって驚いている父親に、「伯爵、いいな?当然文句はないな?」と圧を掛けながら問い、そんなどう見ても魔王に何か出来る人間なんてアンディかヤナだけなので、大人しく父はエルヴィスさんがそっと差し出した書類に、呆然としたままサインしていた。
それを微笑みながら見ている母と、私の左隣で頭を抱え、「俺の姉さんがっ!!!」と叫んだシスコンの弟。そして私を膝の上に乗せながら、サインされたその書類を頬を染めて恍惚とした表情で見つめるベル様。終始チベスナ顔で無言の私というこれ以上ない程のカオスな空間は、書き終えたなら帰れという問答無用のベル様の指示によって、すぐに終わったのだった。
両親の帰り際、改めて見つめ合う。父は相変わらずちょっと挙動不審ではあるが、その目は確かに優しかった。そして母親は、私と同じぐらいの身長でギュッとハグしてくれて、
「サラ、貴女とならまた、親子になれると思うの。」
と言ってくれた。それはじわりじわりと胸に染み渡り、やがて温かな熱が身体中を巡るのが分かる。目頭が熱くなって、堪えきれない涙がボロボロと頬を滑って落ちていった。ああ私は、サラさんは、ずっと寂しかったし苦しかったのだ。実の両親に距離を置かれ、弟にも冷たくされ、心の中では泣いていたのだろうな。
しかしまた、徐々に元の家族に戻る事が出来そうな予感がして、我慢出来ずに涙が溢れてきたんだと思う。もちろん私自身もそうだ、ずっと気がかりだった。だからよしよしと撫でながら、ギュッと抱きしめてくれる母に、遠慮なく擦り寄って甘えた。そんな私達を見ていた男性陣が、みんな羨ましくてギリギリと歯を食いしばっていたなんて、全く気付かなかったのだけれども。だから妬くなって!!
そして馬車で帰っていく両親を、見えなくなるまで手を振って見送り、すぐに部屋に戻ろうと思ったのだが。
「それで、お前はどうしてまだいるんだ?」
そう、当たり前のように一緒に両親を見送っていたアンディが、まだここにいるのだ。しかも腰をガッチリ抱くベル様の目を盗むようにして、私の左手をギュッと恋人繋ぎしながら。もう、甘えんぼうさんめ!!
「別にいいではないですか。俺の姉さんに会える時にしっかり会って、たくさん話して甘えたいですからね。さあ姉さん、部屋に案内して?俺が紅茶を淹れるよ!」
手をグイグイと引っ張って進もうとするけれども、腰をガッチリ掴まれていては動けない。そして大きな舌打ちが聞こえてきて、気付いた時にはいつもの応接室に3人でいたのだった。なんとしても私の部屋に入りたいといつも言うアンディは少しムッとしていたけれど、それでも魔道具を操作してテーブルの上に茶器を出し、宣言通りに手ずからお茶を淹れてくれたのである。
「アンディは凄いね!!魔道具の操作も然ることながら、紅茶すっごく美味しいよ!!ありがとうね。」
ベル様の膝の上に座る私の左側に、強引に座ったアンディに向かって満面の笑みを向けて言うと、彼は心から嬉しそうに笑ってくれた。ああ本当に弟がかわいい!!現実世界ではあんまり仲が良くなかった兄がいる。だからこんなに懐いて、しかも心から慕ってくれる弟が出来るなんてブラコンにならずにいられますかってねえ?!んふふ!!
というかすっかり忘れていたけど、ここが乙女ゲームを元にした世界なんだったら、この子も役割があったのかもね。魔道具作りの天才みたいだし、お助けキャラ的なポジションだとしても不思議じゃない。そしてローガン殿下は、隠しキャラとしていそうだなと思ったけど、なんだか背中からかつてない程の怒りを察したので思考を放棄した。隠しキャラだったとしても傾倒しませんからご安心を!!世界の平和を守れっ!!
「サラ、紅茶なんかよりも俺のマカロンを食べて?君のために素材からしっかり選び抜いて作ったんだ。ちゃんとシェフに習ったから美味しいよ?ほらほら、チョコ味とバニラ味。」
手からパッとカップを奪われて、有無を言わさずテーブルの上のソーサーに置かれてしまった。そして怖くてあんまり考えたくないけど、手作りというマカロンを食べさせてもらったのだが。それはそれは美味しくて、ムッとしていた事も一瞬で頭から抜けてしまった私は、ひたすらもぐもぐした。美味しい!!
私がマカロンに目を輝かせて夢中で食べている間にも、やはり2人は揉めていたみたいだけど気付かなかったから申し訳ない。それにしたっていちいち喧嘩しないでよ!!まったくもう!!
私がこうして正式に婚約者になったという事は、箝口令を敷かれているので知る人間は極わずかである。まだ発表するには早いし、何よりローガン殿下の耳に入ると面倒臭いからという理由が一番大きいらしい。え、そういうもん?!しかし両陛下も私に対して何も文句を言わず、むしろ大歓迎という感じでハグまでしてくれた時は、緊張のあまりガッチガチになって頭から湯気が出そうだった。
しかしすぐにベル様が救出してくれたので助かったが、特に陛下と揉めたのは冷や汗が止まらなかった。バチバチと2人の魔力がぶつかり合う衝撃が凄くて、王妃様が怒鳴って諌めてくれなければ気絶していたかもしれない。その後は親子2人を滾々と説教する姿が学校の先生のようで、王妃様すげー!!となったのだった。
それを思い出しつつ、ベル様とアンディと楽しく、とても楽しくお茶をしていた最中、強い視線を感じて思わず開いたままの扉に目を向けると、見た事の無い美男子がそこにいた。
ベル様と同じオニキスのような深い艶のある黒い髪は、肩まで真っ直ぐ伸びていてそれを片耳に掛けている。身長はまだ伸びている途中という感じだが、恐らく170cm近くあるのではないだろうか。顔の作りも雰囲気もベル様に激似だけれど、目の色だけが圧倒的に違っている。まるでアイオライトのような深い紫色で、微笑んでいるのにとても冷たく見える。いや実際にそうなんだろう。楽しそうに大好きなお兄さんと笑っている私が憎いんだろうな。それは分かるからただ黙って見つめ合い、少し眉毛をハの字にしてから微笑んだ。ムッとした顔をされたけど、それでも本当に申し訳ないという気持ちを込めて見つめ、ペコッと会釈したら驚きのあまり一歩足を引いているのが見えた。え、キモかった?!
「ローガン、お前はいつまでそこにいる?ただ通るだけのようだったから、チラリと見掛けるくらいなら許してやろうと思っていたが。そんなにも見入るならば今すぐ転移させてもいいんだぞ?」
後ろからギュッと抱え直しながら、私の右肩の上に顎を乗せてちょっとスリスリしながらそう言った。くすぐったいし恥ずかしいからやめてくださいよね?!ローガン殿下に更に嫌われるじゃんよ!!私としては、兄弟仲良く過ごしてほしいんだから!!
とワタワタと思考の海に飛び込んでいたら、左隣からも圧が強い事に気付いた。ちょっとアンディ、そんなに睨んじゃだめでしょ!!ごめんなさいねローガン殿下?この子、私がブラコンなばっかりにシスコンになっちゃって!!普段はとっても優しくてすんごくいい子なんです!!是非お友達になりません??という強い気持ちを込めて見つめていると、ギリッと睨まれてしまったので申し訳なくて目を伏せた。しかしその目線が私と言うよりも、首元だったように見えたのは気のせいだろうか。
そしてローガン殿下はそのままベル様に腰を折って頭を下げると、スッと立ち去ってしまったのである。ちゃんとご挨拶したかったし、やっぱりかなり嫌われていたなと思ったらしょぼんとしてしまったが、瞬時に察したアンディがよしよししてくれたので機嫌が直った。単純でもいいのです!!弟が天使なのだから!!!
ご機嫌な私を他所に、ベル様はうっそり微笑みながら私のチョーカーに触れていた。しっかりアンディを見えないところで、放れるように押していたらしいけれども。そして強い目線をエルヴィスさんに送り、察した彼が頷いて部屋を出た事も、私だけが気付かなかった。




