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どうしてこうなった。


思いっきり叫んだ後、他の3人が呆然として私を見つめているがそれはどうでもいい。とにかく私は死にたくない。だから何がなんでもこの世界の事を知らなければ、可及的速やかに!!


そう結論を出すと、長くて地味に重いドレスをむんずと掴み走り出す。あっという間に着いたその場所はジュリア様の目の前。あまりの事に護衛騎士のカデンさんも動けない状況で、張り詰めたような沈黙の中シュババッと蹲ると、土下座の姿勢をとって大きな声でハキハキと言ったのである。



「本当に申し訳ございませんでしたー!!」



ゴンッ!という音がする程におでこを強く床にぶつけた。きっと高くて本来ならフカフカなのであろう絨毯も、意味を成さない程の勢いでおでこをぶつけた事による音に、ジュリア様と殿下がビクッとしたのを空気で感じたが、それよりもここは追加の謝罪をするべきだ。大学生の時にバイトしていた居酒屋で、【謝罪のプロ木内】と呼ばれていた実力を今ここで発揮しないと…!



「ジュリア様!!本当に申し訳ございませんでした!!!きっと何かの間違いだと思います!!私は貴女方お二人の婚約解消を望んでおりません!!ですからどうか、どうか……考え直して下さぃぃぃぃ!!!」



絨毯におでこを擦り付けたまま、相手に怒鳴る隙を与えずにクソデカボイスで謝罪を重ねてする事で、相手が呆気にとられ怒りを一瞬忘れて落ち着いてくれるというメリットがある。ただし、メンタルがボコボコにすり減るので滅多に行ってはいけない。勇気を出して恥ずかしがらずに、ここぞという時だけにしないと心が折れるので要注意である。


そんな私の奇行に、逸早く反応したのは意外にも殿下だった。「…なっ!!」という声がしたと同時に、大慌てで土下座継続中の私の横に来るとサッと肩に手を置いて立ち上がらせようとしてくれている。その優しさが心に沁み渡るけれど、しかしまだやめるわけにはいかない。それに私は彼にも謝らなければならないのだから、この機会に近距離でお披露目させていただこう。心からの謝罪を!!


必死で肩に手を添えつつ声をかけてくれる殿下にシュバッと向きを変えると、添えてくれていた手がビクッとしながら離れたのがわかる。しかし同じく大きな声で言った。



「殿下も、誠に申し訳ございませんでした!!私のせいでジュリア様が気を遣ってしまわれまして、お二人のお心が離れたように演技なさるなんて……!!さぞお辛かったでしょう?本当に申し訳ございませんでした!!私は大人しく身を引きますので、どうかどうかまたお二人が歩み寄れるように、お時間を持ってくださいませ!!この度は誠に、申し訳ございませんでした!!!」



爆音で立て続けに思っている事を言うと、やはり3人とも呆然として固まっている雰囲気がした。しかしこのままの姿勢で居続けるには少々コツがある。一度おそるおそる顔を上げて、相手の様子を見てから、もう一度ゴンッ!とおでこをつけて土下座った。こうすると、「っ!!」息を飲んだ殿下が大慌てで「とにかく起きてくれ!!」と言って立ち上がらせてくれたのである。このようにずっと土下座ったままでいるよりも、一旦悲しげに顔を上げて様子を見てから、高速で土下座し直すとまた心を掴む事が出来るのだ。いろいろな謝罪シーンをみているうちに身につけた私の、ここぞという時のみの謝罪法だった。


そうしてまだ動揺が隠せない様子の殿下に支えられつつ、元いた大きなソファまで誘導していただいた。人生で初めて受ける、エスコートというものだろうな。これが人生初の経験だなんて…。泣きたくなるけど仕方がない。私が入る前の人が何をしたのか分からない今、優しくしてもらえる事に感謝しなくては。


再び殿下の隣に座ると、気遣わしげにこちらを見る彼はチラチラとジュリア様の事も見ていた。きっと私の勢いある謝罪に対して、何を思ったのか知りたいのだろう。それは私も同じ気持ちである。だから俯いていた顔をゆっくりと上げて、目の前にいる彼女を見つめたら。


少々吊りあがった目を見開いて、下唇を噛みながらワナワナと震えているではないか。これはどういう怒りによるものなのか判断がつかず、慌てて目を殿下に向けると彼もまた驚いていた。そしてジュリア様の後ろのカデンさんもそんな彼女を見て動揺している。彼は本当に護衛騎士なんだろうか。緊急事態に全く反応出来ていない。そんな事を考え始めた時、手に持っていた派手な扇子をメキメキという音がする程強く握りしめながら、勢いよく立ち上がって叫んだのである。



「……ふっざけんじゃないわよ。何が気を遣って心が離れた演技よ、最初から無いわ!!あと少しで婚約解消が成立して、前世からずっと狙ってたカデンと上手くいきそうって時に!!あんたが殿下を欲しいって言うから、利害が一致して立てた作戦でしょう?!なんで急に裏切んのよ!!頭も悪ければ役にも立たないってお前、いい加減にしろこのドブスが!!!!」



あまりの事にポカンとしてしまって、何も反応が出来なかった。それはもちろん他の2人も同様で、彼女が叫んだ言葉の内容をとにかく必死に噛み砕いて飲み込もうとしているのが分かる。ジュリア様は今、演技ではないし前世からカデンさん推しと言った?ならばここはやはり、よくある漫画やゲームの世界という事か。きっと彼女と私の前に入っていた人は、お互いの推しのために行動していたのだろうという事は理解出来るが、中身が入れ替わってしまったので意味は無いのである。


どう伝えようか謝罪のプロ木内が俯きつつ悩んでいると、隣の殿下が途轍もなく暗いオーラを出し始めた事に気付いた。ちょっと申し訳なく思いつつカデンさんに目を向けると、彼は相変わらず呆然としていて何も言わない。きっとジュリア様のこういう姿を見た事がないのだろうな。


未だに怒りが収まらないのか、フーフーと荒く息をしながら私を睨みつけている彼女には悪いが、本当に私は分からないのだからまず説明してもらおうと、再び立ち上がりながらスカートを掴んで、光の速さで駆け寄りつつスライディング土下座を決めた。そして何も言わせる隙を作らずに大声で捲し立てたのである。



「申し訳ございません!!!!実はこの部屋にいる時に意識が覚醒しまして、何が何だか分からないのでございます!!!宜しければご説明いただけますと幸いです!!何卒、何卒お慈悲をください!!何もかも分からない私に、お教えください!!!」



そう叫びながらジュリア様の足に縋り付くと、「放しなさいよ!!」と言いつつ動揺しているらしい。それはそうだろう、先程意識が覚醒したと言われてもすぐには納得出来ない。ここまでの前の人がいたわけだから、なんとか信じてもらうしかない。



「前の人がどんな方で、何をしたのか分からないのです!!私はしがない歯科衛生士でありまして、翌日からの連休に浮かれてお風呂でビールを飲んだだけなんです!!!そして意識が覚醒したところ、この豪華な部屋でイケメンと美女に囲まれていたという……!!助けてください!!私は誰でここはどこなんですか?!」



悲痛な声で未だにジュリア様のスカートを、皺にならない程度の力で掴みながら叫ぶ。すると放せ放せと扇子でビシビシ私のおでこを叩いていた彼女が、説明を聴いて理解してくれたらしい。



「え、どういう事??あんた女子大生って言ってたじゃん。あれ??」



と呟きつつ口元を押さえて深く考え込んだ。その言葉の意味が分からない殿下も、呆然とした顔をしながら考え込むジュリア様と縋り付く私を交互に見ていた。



「…貴女、本当に熊谷(くまがい)(もえ)じゃないっていうの?」



どうやら前に入っていた人は、熊谷萌さんというらしい。もともとヒロインが入っていた訳ではなくて別の人が入っていたのか。ならやっぱり、けっこうヘイトを買う行いばかりしていたんじゃないか?とにかく状況を説明してほしい。


私の心から願う強い視線に負けたのか、溜め息を吐きながらジュリア様が怪訝な顔をしつつも、説明してくれそうだったので熱い眼差しはそのままに、何度も強く頷くとそっと手を放して、その場に正座して聴く姿勢をとったのだった。



「……ここは99本の薔薇に愛を誓うっていう乙女ゲームの世界よ。攻略対象は4人で、熊谷萌は逆ハーを狙うんだとか言ってたから、遠慮なくそれを利用させてもらったってわけ。せっかく幼少期から少しづつカデンと愛を育んできたっていうのに、ここまできて引き下がれないでしょ!!もう身も心も捧げちゃったってのに!!!」



ピシャーン!!と雷が落ちたかのようだった。今なんて???呆然としてジュリア様を見上げると、どうやら怒りのあまり口が滑ったらしい彼女は、今更慌てて「ち、違うのよ!!」と言いながらカデンさんと殿下を見ている。しかし2人とも動かないどころか、殿下は今にも闇の力が爆発しそうな程に黒いオーラを身に纏っているではないか。


私は早急に立ち上がると、「恐れ多くも失礼します!!」と言って殿下の背中をさすった。すると少しづつ落ち着きを取り戻してきたようで、すっかり冷めていた紅茶をサッと温め直して飲んでいる。それに私は「魔法だ…!」と言って感動してしまい、何を今更?という顔をしている殿下に気付かなかった。



「カ……カデン、違うのよ言うつもりは無かったの!!それにちょっと取り乱しただけで、普段の私はお淑やかでしょう?」



ジュリア様の悲しげな声が聞こえて、魔法に感動していた私はハッとして彼女達を見た。なんとか微笑みを貼り付けてソロソロとカデンさんに近寄るジュリア様を、渋面しながら同じだけ下がる彼はどうしてしまったのだろうか。愛し合っていたようだし、この世界の貞操観念はまだ把握しきれていないが、恐らく2人は身体の関係もあったんだろう。それに殿下がショックを受けるのは納得いくけれど、カデンさんは違うのでは?


そう思って怪訝な顔をして考え込んでいる私に、「カデンは女性に対して昔から夢を抱いているんだ。」と殿下が小声で説明してくれた。夢だと?なんだそれは、あれか?お淑やかであれ、奥ゆかしくあれ、俺より先に寝てはいけない、いつも一歩引いていろ、みたいなやつ?亭主関白???かーーーっ!!嫌だ嫌だ!!!


思いっきり顔に出たらしく、殿下がブフッと吹いているが気にしていられない。ここが乙女ゲーの世界だとか熊谷萌さんが逆ハー狙ってたとか問題は山積みなのに、それよりも元の世界での意識や考え方が根強い私は、胡乱げな視線をカデンさんに送るのをやめられない。彼が好きで猫を被って努力し続けていたらしいジュリア様は、どうにか取り繕って頑張っている。私が言えた事ではないが、上辺だけ好きになられても自分が本当につらいだけだ。これは26年生きてきた私が、高校生の時に好きになった先輩に対して抱いた実際の思いである。



「ジュリア、君は既に身も心もカデンに捧げたと言ったね?それは間違いないのだろうか。」



ムムッと眉間に皺を寄せながら2人を見ていたら、殿下がよく通るバリトンボイスでそう言った。先程まで打ちひしがれていたのに、さすが王子様は幼少期からの影響か、例え一時的にでもメンタルを立て直すのが早いらしい。凛として彼女らを見つめながら、事実を正面から受け止めようとする彼に胸を打たれた。きっと元の世界ではまだ高校生だろうに、生きる世界が別だとこうも違うのか。



「……殿下、あの、えっと、それは……。」



どうにもジュリア様は歯切れが悪い。もしかしてあれか、よくある殿下の婚約者は乙女でなければならないというやつか。後継者問題とかあるからなのかな、それなら彼女は分かっていて裏切ったという事か。うーん、この状況やばくない???


カデンさんも先程までは豹変したジュリア様に対して引いていたのに、今は青い顔をして殿下を見ている。それはそうだろう、心だけでなく身体までなんて。背徳感とかそういう事じゃなくて、そもそも倫理観はどうなっているんだ。



「殿下、申し訳ございません。誘われて断れずに……。」


「「はあ?!?!」」



スパッと裏切る発言をした彼に、私とジュリア様の声が被った。だってあんまりだろう、自分可愛さに愛しい人を売るなんて。いつから恋仲なのかは知らないが、殿下との婚約解消した後に婚約を結び直す約束もしていたのになんて男だ!!責任を取るつもりがないなら最初から手を出すなや。ジュリア様もなんだってこんな奴を前世から推してるんだ??



「ちょっとカデン!!何よそれ!!貴方が我慢出来ない、私を欲しいと言ったんでしょう?!どうせ婚約解消したら俺のものだとか言っちゃって!!!それなのにどういう事?!ちゃんと音声記録もしてあるんだからね!!!」



ブチ切れたジュリア様がまたすごい事を言い出した。音声記録だと?!



「それは本当か?是非聴かせてほしいねえ。」



大慌てで彼女の口を押さえようとしていたカデンさんは、殿下の低くて底冷えするような声に怯えて固まった。しかし怒りのせいかジュリア様は臆する事なく、「もちろんですわ!!!」と叫ぶように言うと勢いそのままに腕につけているブレスレットに触れた。わぁー!!と騒ぐカデンさんが止めようとするより早く、この部屋に彼らの声が響き渡る。




『ジュリア、俺は早くお前が欲しいよ。いつになったら婚約解消するんだい?』


『うふふカデンったら、もうすぐよ?』


『それならもういいだろう。何年待ったと思ってるんだ?愛してるよ、すぐに婚約し直すから何も問題無いね。』


『んもぉ、いけない事だって分かってる?』


『もちろんだ、それでも俺はお前が欲しい。』


『私も貴方が欲しいわ。愛してるの、カデン。』




……うわぁ。ちゅっちゅ音が聞こえ、その後の情事の音声まで入っている。やっべえなこれ。


ドン引きしている私と殿下に気付かずに、ジュリア様は勝ち誇った顔でカデンさんを見ている。それに対して彼の顔は青いを通り越して真っ白だし冷や汗がすごい。動かぬ証拠が出てきた以上、彼は言い逃れ出来ないな。



「……ふうん。ジュリア、それを提出してもらおうか。君達はちゃんと罪を理解して関係を持っていたようだしね?」



長すぎる脚を綺麗に組み、ソファの背もたれに寄りかかりつつ手を下腹部の辺りで組みながら、よく通る低い声で殿下が言った。わ、こんな姿勢が似合うなんてイケメンってすげー!!と見とれる私をチラリと見ると、少しだけ口角を上げてくれたのである。ファンサされた気分だ。



「もちろんですわ!!私達の愛の証拠ですもの!!!」



全然冷静じゃないジュリア様はカデンさんが止めるのも気にせず、外したブレスレットを殿下に投げるように渡す。それを受け取った彼は瞬時に手の中で消してしまって驚いた。恐らく魔法でどこかに仕舞ったか誰かに送ったと思われるが、そんなものは当然無い世界で生まれ育った私は感動してしまったのである。



「さあカデン、言い逃れ出来ませんわ。早く婚約を結び直しましょう?」



とても嬉しそうにそう言う彼女は分かっているのだろうか、それが難しい状況であると。まず降りかかってくる自分達の罪を。



「ふふふ、君達の処遇は追って連絡するよ。とにかくそれまで大人しくしているんだね。」



笑っているのに冷たい目をした殿下の低くて底冷えする声に、漸く理解したらしいジュリア様は口をパクパクさせて真っ青になり、カデンさんは相変わらず白い顔で冷や汗ダラダラである。私も何かしらの罰を受けるだろうから、同じようにきっと顔が青いはずだ。


本当にどうしてこうなったの、私はどうしたらいいの。頭を抱えたいのを我慢して、それでも殿下から目を逸らせないでいると、私を見つめた殿下が立ち上がりつつ言った。



「サラ嬢、君には別の話があるよ。さあ行こうか?」



やはり私は元の世界に戻りたい逃げたい、と強く思いながらも、不敵な笑みを浮かべながら私に手を差し出して、立たせてくれた彼に大人しく付いて行く。そうして扉を開けたと同時に入ってきた侍従のような男性に目配せすると、殿下はそのまま私をエスコートして部屋を出たのだった。


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