詰めが甘いって言われない?
ホールの真ん中に立つオリーブ殿下を、ワクワクを隠しきれない顔で見つめる。そんな私を、強く睨みつけながらも怪訝そうな雰囲気を隠さない彼女は、扇子で口元を隠しながら小声で何か周りに立つ女生徒と話していた。
その中にディーン様の婚約者であるマリー・ジェネロ伯爵令嬢と、ルーク様の婚約者のナンシー・マクレーン子爵令嬢の2人が、オリーブ殿下の両脇に立っているのが見える。彼女達はやはり、私が何をしていても腹が立つんだろうな。だからきっとオリーブ殿下に話を持ちかけられて、この断罪劇に参加したと思われる。気持ちは分かるから、私としては何も言えないのだけれども、それでもベル様の目が光っているのに、ここに立つのその勇気は本当にすごいと思った。いや嫌味じゃなくてね?!だって魔王怖いじゃん!!!
そして何か話がまとまったらしいオリーブ殿下は、一歩前に出て勝ち誇った顔をする。まるで仔猫がドヤ顔をしているかのようで、キュンとしてしまったが頑張って顔を引き締めたままでいた。しかしベル様にはバレているようで、じっと見られているのが怖い。
「サラ・ロバーツ伯爵令嬢?どうして今私がここでお前に話し掛けるのか、分かってるでしょう?さあ、罪を暴きましょうね。いつまでも我が物顔でベオウルフ様の隣にいないで、前に出てきなさい!!」
閉じた扇子をビシッとこちらに突き付け、とても楽しそうな顔でそう言われたので、「よっしゃ!!」と小声で言って前に出ようとしたのに。ガッと強く腰に回した手に力を入れれられて、「サラはこのままだよ?」とうっそり笑われた。え、なんで?!呼ばれたんだから行かなきゃなくない?!
「ちょっと?!何をしているの!!さっさと来なさい!!調子に乗っていつまでもひっついて、ベオウルフ様のご迷惑でしょうが!!」
おっと、そのベル様にがっつり押さえられてるから動けないんですけどね?!なんて口が裂けても言えないので、困惑した顔で口角をあげたら、「…私をバカにするのね!!」と言って更に怒ってしまった。ごめんて、本当に煽ったんじゃないんだって!!
「なんて女なのかしら!!皆さん、よく見ておきなさい。この哀れな女の末路を!!」
周りを見ながらそう言うと、後ろに控えていた女生徒に目線で合図する。すると何か資料のような紙を手渡し、そそくさと元いた位置に戻った。あれなんだろ、断罪内容でも書いてるんかな??と思って興味津々で見ていたら、よく通る声で読み上げてくれた。
「ここに書いてあるのは、お前のこれまでの所業よ。全て記録してあるから覚悟しなさい!!まず一年前、この学園に入学してすぐに、ベオウルフ様に付きまといを開始し、元婚約者であったジュリア・キャンベル公爵令嬢に不快な思いをさせた事。そして2人の仲を引き裂き、あろう事かその後も図々しくベオウルフ様に張り付き迷惑を掛ける始末。そして彼だけではなく、側近候補であるディーン・セルデン侯爵令息、並びにルーク・ドレイパー伯爵令息にも色目を使い、こちらにいる婚約者との仲を引き裂こうとしたのです!!他にも、サラ・ロバーツ伯爵令嬢に嫌がらせを受けたという女生徒が数名、こちらにおりますわ!!私が今読み上げた以外にも、細かな罪はここに記載されております!!さあ、もう逃げられませんわよ?どんな罰を与えてやりましょうかねーえ?」
めっちゃ楽しそう!!率直にそう思ってしまって、顔がきっと嬉々としていたに違いない。今読み上げられた罪が全て本当なのかどうかは、私には判断出来ない。だから何も言えないのだけれども、「大丈夫、俺に任せて。」と耳を勝手に噛みながらそう言うベル様に任せるしかなさそうだ。どうか穏便に済ませてくれるといいなあ。
「オリーブ、くだらなく嘘だらけの演説をどうもありがとう。」
そう言いながら私を、あろうことか左腕に抱っこして立ち上がったベル様は、そのまま王族専用の雛壇の真ん中まで移動した。しかし決してそこから進もうとせず、オリーブ殿下に近付こうとしないので、私も彼女の「???」という顔をしてベル様を見ていた。しかし先に意識が覚醒したらしいオリーブ殿下が、途端に般若の表情で金切り声を上げたのである。
「お前っ!!!何をしているの?!たかが伯爵令嬢の分際で、ベオウルフ様の腕に乗っかるなんて!!!早く降りなさいこの無礼者っ!!男たらしのアバズレがっ!!!」
顔を真っ赤にして叫んだ彼女の言葉に、ベル様が魔王に変わったのが分かった。あ、と思った時には既にスイッチが入っており、私でさえ震えるような冷たい魔力を猛烈に撒き散らしている。寒いし怖いしで震えているのは、どうやら私だけではなくこの場にいるたくさんの生徒や、その親もらしい。しかし隣国とはいえ王族だからか、その魔力の影響をモロには受けないようで、オリーブ殿下だけは怒りに染った赤い顔のまま私を睨みつけていた。強い!!
「オリーブ、お前はそんなに私を怒らせたいのか。そうかそうか、分かったよ。十分に分かったよ。」
物凄い量の魔力のせいで凍りつきそうだ。しかしそれに気付いたベル様が、先程とは打って変わって蕩けるような顔をしたかと思うと、「サラ、ごめん寒かったね?」と言って頬に口付けしたら、温かな魔力で包まれたのでホッとした。本当に凍るかと思った!!
しかしそんなやり方で私を救出したのを目の当たりにしたオリーブ殿下は、案の定大変お怒りである。それはそうだろう、目の前で意中の相手が他の女を左腕に抱え、且つ見た事もないような笑顔で頬に口付けするのを見たら、誰だってブチギレるに決まっている。それはもうキャンキャンと汚い言葉で私を罵っているが、同時にベル様の魔力がこの会場全体を凍りつかせようとしている事に早く気付いた方がいい。貴女の隣の攻略対象の婚約者2人も、息が白いし顔色が悪いよ?!そして弟が被害を受けているのではと心配になって振り返ると、彼も寒そうにしているではないか!!
「ベル様、アンディが寒そうですわ…!!あの子も温めていただけませんか?風邪を引いたら私は泣いてしまいます!!」
美少年が寒さに震えている姿に、とんでもなく悲しくなってそう言うと、「アンディめ…。」と不満そうではあったが、なんとか魔力を抑えてくれた。決して温めようとしないのは、何かの意地なのかもしれないから触れないでおこう。「ありがとうございます。」とお礼を言う事も忘れなかった。だって後から文句言われたら困るしね!!
「ぐっ……!!どこまでも調子に乗って図々しい女ね!!いいから早く断罪してしまいましょう!!ベオウルフ様、ソレをお床に置いてくださいません?衛兵、連れて行って!!」
般若の顔のままオリーブ殿下が金切り声を出して、この国の衛兵に指示を飛ばすけど、当然誰も来ない。当たり前である。だってここはオリーブ殿下の国では無いのだから。その代わりに彼女の専属護衛が近寄ってきて、なんとか宥めようとしているのが分かる。彼はきっといい人なんだろうし、こういう人が彼女のそばにいてくれるのは、勝手なファンの私も安心出来るというものである。
「どうして誰も来ないのよ?!もうお前でいいわ。アレを捕まえてきなさい!!ここに連れてきて、私の前にっっ!!」
オリーブ殿下が専属護衛の肩を扇子でどつき、無茶振りをしているので困ってしまった。彼にはどうする事も出来ないでしょうよ!!だったら私が自分から行きますけど?!と思って降りようとおしりを動かしたのに、ガッチリ押さえられていて無理だった。
「おい、無理を言うな。彼はお前の専属護衛であり、この国では権力を持っていないんだぞ。それにさっきから面白い程にお前の一人相撲だなあ?そこの取り巻き達は助け舟も出さなければ追撃も出来ないわけか。ならば何のためにそこにいる?」
ビュオーッという音が聞こえてきそうなぐらい、彼の声は冷たかった。オリーブ殿下以外の全員が真っ青になり、アワアワと目線で会話をしているだけで何も言わない。きっと今頃、漸く自分達が誰の怒りを買ってしまったのか気付いたのだろう。彼女達だけでなく、そのご両親まで心配だ。どうしよう、どうすれば魔王を落ち着かれせられる?!
「ベル様、フィッツクラレンス第一王女殿下のお言葉は、事実なのでしょうか?私には判断が難しいのです。ご存知ですか?」
どうにか必死で思考回路を動かし、顔を寄せて内緒話のように小声で話したのに、ブワッと冷気が途端に暖かな春の日差しのようなものに変わったでは無いか。それはホール全体を包み込み、寒さと恐怖で震えていた全員が、心からホッとしたような顔をしているのが見えた。これ絶対、ベル様は耳元で話された事に対して喜んでるだけじゃん!!今はそれどころじゃないでしょ?!早く質問に答えてよ!!とぷんすこする私に。
「ふふ、サラはかわいいね?耳元でその鈴の鳴るような声を聴かせてくれるなんて。ああ早く2人きりになりたいね?好きだよサラ。」
じゃねえわ!!だから質問に答えてよ!!何恥ずかしい事を平然と言っちゃってるわけ?!真っ赤になって慌ててしまい、必死で首を振るしか出来ない私に、更に頬に勝手に口付けながらうっとりと見つめてくる彼は、やはり魔王以外の何者でもなさそうだ。空気を読んでくれよ!!ほらほら、オリーブ殿下がブチギレてるよ?!
「なんなのよもう!!!お前達もアレを陥れたいと言ったから、手伝わせてやったのに!!どうして役に立たないの?!それならば必要無いわ!!追って沙汰を知らせるからその心づもりでいなさいよ?!」
うわー……、オリーブちゃんそれはダメよ。貴女に罰を与える権利は無いし、この状況を理解していないのはオリーブちゃんだけよ??それに他の子達に何か出来るわけなくない??だってこの魔王を目の前にして、それでも私に口撃してやろうなんて猛者、世界中を探してもいないと思うよ??だからそう考えると、オリーブちゃんってよっぽどメンタルが強いんだね。お姉さん羨ましいよ!!さっきから鳥肌が止まらないってのにさ、貴女のメンタルが欲しいなあ?!
もう現実逃避をするしかなくて、必死で思考をめぐらせていたけれども、やはりベル様が目を細めて見つめてきたので必死で口角を上げた。覗こうとするのやめてくださる?!それよりもオリーブ殿下をなんとかしないと……。このままでは強制送還だけでは済まないかもしれない!!
「オリーブ、確かにお前の言う通り、サラ・ロバーツ伯爵令嬢は俺に付きまとったり、そこの女生徒の婚約者に声を掛けていた。だがお前は知らないだろう?ここにいるサラは、そのサラではないのだよ。」
右手で私の頬を撫で撫でしながら、冷たい声でオリーブ殿下に言う。するとポカンとした顔で呆けてしまっており、それはそうだろうなと思った。だってふつう、入れ替わりなんてありえない事なんだろうし。それに彼女は、もともとのサラさんの魔力を知らないから、尚更分からないんだろう。それを知っててこんな事を言うなんて、ベル様はやっぱり怖いなあ!!
「何をおっしゃっていますの?そんな事はありえませんわ!!それにこの2人が、何も言わなかったのですから、ソレの妄想で作り話なのではないですか?」
シレッと婚約者2名を巻き添えにして、更に地雷を自ら踏んでいくスタイルに、何故か私の背筋がより一層ピンと伸びたのだった。ああ、2人が青い顔から真っ白に変わっている……!!という事は、謝罪させていただいた時には既に、私の入れ替わりの可能性に気付いていたという事か。しかし敢えてそれをオリーブ殿下には伝えずに、そのままされた事を言ったってわけね。それ程までに熊谷萌さんが婚約者さんに粉を掛けた事が許せなかったんだろう。分かるよ、すごく分かる。だからなんとかそれを伝えたくて、必死で首を縦に振ってみせたけど、恐怖に引き攣る2人の視界には入らなかったらしい。なんかごめんて!!
「そうかそうか。まあお前は元のサラを知らないからなあ。そうだとしても下調べをしっかりしたならば、気付いても良いものだろう?それなのにどうしてその報告が無い?お前は本当にしっかり調べたのか?隅から隅まで。」
ベル様が私の頬に、また勝手に口付けしながら問う。だからなんで貴方もオリーブ殿下の地雷を踏みに行くの?!お互いに踏み合う意味は何?!私には分からないから怖いよ!!
「調べましたとも!!ここにいる者達の証言と、目撃したという生徒の証言ですわ!!ほら、ご覧になって?」
勝ち誇ったようにそう言うと、ツカツカとこちらに歩いて来る。うっとりとした顔でベル様を見つめる彼女は気付かないのだろうか。彼から漏れ出す魔力が、徐々にまた凄まじい冷気である事に。逆になんで気付かないんだ?!
「さあ、読んでくださいましな!!そして私が正しいとご理解くださいませ。そんな女は早く降ろして!!」
ギッと私を睨みつけながら、ベル様に資料を差し出す。それを近くにひっそりと立っていたエルヴィスさんに目だけで合図すると、彼は心得たとばかりにスッと寄ってきてベル様の目の前に掲げる。おお、敏腕専属侍従ってすげー!!という尊敬の眼差しを向けていたら、ムッとしたベル様に抱え直されたので、空気を読んで私も資料を見つめたのだった。
そこに書かれているのは、先程嬉々としてオリーブ殿下が読み上げたものと同じだが、それに加えて私が肩を叩いたとか聞こえるように悪口を言ったとか、教科書を捨てられたとか、様々いじめの内容も書かれていた。それはもう驚愕すぎて思わず「ええっ?!」と声に出してしまったし、それを聞いたオリーブ殿下の本当に嬉しそうな顔といったら!!かわいいけど事実確認するのが先だ、と自分を叱咤してベル様を見つめた。だって私には分からない。こんなに酷い事を日常的にしていたのだろうか?熊谷萌さんは、そこまで人としてダメだったのだろうか。
すると、眉毛をハの字にしてしょんぼりと見つめる私を、それはもう愛しくて堪らないという表情で見つめてくるベル様が怖い。え、なんでそんな顔が出来るわけ?!本当に不安になってるっていうのに!!この精神的ドSがよお?!なんて頭の中で文句を言っていたのに。
「大丈夫だよサラ。これは嘘だという事が証明されてる。だから安心して?逆にこれを言った奴らを罰してやろうね。任せて、手加減なんてしないからね?サラを悲しませるものは全部、消してしまうから安心して。」
いや全然安心出来ねえ!!むしろ恐れおののくわ!!どうしてこの人はこんなにも発想が魔王なんだろう?!確かに嘘の証言ならめちゃくちゃ悲しいけどさ、だからと言って消す事なくない?!その前にしっかり話し合って、何か不満があるなら教えてもらうとか、そういう風にしない?!という必死な私の視線をどう解釈したのか、恍惚とした表情の彼はうんうん頷くと、右手をパチンと鳴らして数名の生徒を強制転移させた。こっわ、魔王ってそんな事も出来んの??
「さて、お前達はどうして今ここに呼ばれたか分かるな?正直に言うなら、罪を軽くする事を考えてやってもいい。」
顔面蒼白の女生徒数名に向かって、ベル様が微笑みながら言う。すると我先にと、
「フィッツクラレンス第一王女殿下に唆されたのです!!」
「商家の売上を増やすと言われて…。」
「家を潰すと脅されて仕方がなかったんです!!」
などなど。放っておいてもボロボロと秘密であろう内容を漏らす彼女達よ、気付いておいでか?ベル様は軽くするとは言っていない。軽くする事を考えると言ったのだ。発言がバレていた事と強制転移させられた事によって、正常な判断が出来なかった感じかな??仕方ないね、分からなくはないよ。でもちゃんと聞いてないと、利用されちゃう事もあるって学ばなくちゃ。オリーブ殿下にされた時に、しっかり反省すべきだったね!!
「そうか、あい分かった。お前達の罪はしっかり償わせるからな。さあ、家で大人しく待て。」
そう言いながら不敵に笑うと、驚愕の表情をしている彼女達をまた指を鳴らしてどこかへ転移させたのだった。恐らくそれぞれの家に送ったのではないだろうか。何かしらの知らせと共に。こっわ!!!
そしてそれをずっと見ていたオリーブ殿下が、漸く顔色を悪くしているのに気付いた。え、今更?!ずっとベル様の地雷の上でタップダンスをし続けといて、今頃状況を理解したの?!かわいいでは済まされないぞ!!
「さてオリーブ、お前の番だ。しかしその前に、あの女生徒2人をなんとかしなければな。」
そう言うと目でディーン様とルーク様を呼び、冷や汗をかいている2人は慌てながら彼女達を連れて行った。うわあ……、一緒に罰せられるんだろうか?どうにか減刑してくれるように掛け合ってみよう…。
「待たせたな。オリーブ、さあお前の罪を暴こうか?」
うっそりとした笑顔で、夜の海に沈んだ夕日のような目をしたベル様が冷たく告げる。漏れ出た魔力が再びこのホールを凍りつかさんとばかりに広がり、思わず身体を震わせてしまったが、オリーブ殿下は震えるどころではないようだ。頭を抱えて今にも蹲りそうになっていて、ちょっと不安になってくる。しかし私には何も出来ないので、しょぼんとした顔でベル様を見つめ、この先に起こる彼女の断罪を待つしかないのであった。ああ、ヤナと一緒にお茶が飲みたいな……。




