思ってたのと違う。
それからの私は、非常に機嫌が良かった。ヤナに訊いた隣国の王女様は、どうやら性格がかなり苛烈ではあるものの、見た目はとても美しいらしい。これはこれは……!!!
「ヤナ、きっと彼女は私の救世主になるよ!!しかもとんでもなくツンデレな予感……!!ツンデレ美少女、うん、最高かよ!!」
鼻息も荒く、寝支度を手伝ってくれるヤナに興奮しながら言うと、同じように上機嫌のまま同意してくれた。
「ええ、本当ですね。 “つんでれ” が何か分かりませんが、きっと素晴らしい王女様の事ですから、お嬢様の救世主となりましょう!このヤナ、どこまでもお供致しますからね!!置いていくなんて許しませんよ!!」
私よりも鼻息荒くそう言ってくれるヤナに、「置いていくわけないじゃん!!」と言ってどちらからともなくギュッとハグした。私と違ってスラッとした長身のため、まるで包み込むような体勢に思わず涙が出そうになる。
現実世界の私はどうなってるんだろうか。万が一本当にお風呂で死んでしまっているんだとしたら、お母さん泣いちゃうよなあ。「バカ!!なんでそんな事したの?!」って怒りながら、お父さんと一緒に大泣きするんだろう。ごめんて、連休の前夜だからって浮かれちゃったんだ。もっと話したかった、旅行もしたかったね。そんな風に、ヤナのぽよぽよおっぱいのお陰で、ちょっとセンチメンタルになってしまった。
「ヤナ、ありがとうね。今日は一緒に寝る?」
思い出に浸った事で、一人で天蓋付きクソデカファンシーベッドに入るのが寂しくなってしまい、勝手に口から出てしまった。こんな日は誰かと温もりを分け合って、手を繋いで寝たい気分なんだけど、きっと難しいという事は十分に理解している。
「まあ、お嬢様が甘えん坊に!!なんてかわいいんでしょうね?!こんなのあのクソや…殿下が知ったら嫉妬で狂ってしまうでしょう!!いい気味ですねえ!!ふだんお嬢様を勝手に独占しやがって、ざまあみろですよ!!!さあ、一緒に寝ましょう!!しかし、絶対に内緒ですよ?」
あれ、思った答えと違った。そしていそいそと自分の寝支度をしに隣の侍女室に向かうと、すぐに戻ってきて本当に一緒に寝てくれたのだった。繋いでくれた手の温かさに、ずっと一人で頑張ってきたけど、本当は不安で寂しくてつらかったんだなと実感した。木内紗良は確かに26歳だけど、この世界では17歳のただの女の子で。精神的にそんなに強くないのに、勢いでなんとか乗り越えてきた事を褒めたいなと、そう思いながら眠りについたのだった。
そして寝ながら涙を流す私を穏やかな顔で見つめるヤナが、繋いでいない方の手で頭を撫でてくれた事も、「お嬢様、私がおります。一人ではありません。」と言ってくれた事も、当たり前だか気付かずに深く眠っていたのである。
□
それから約一週間後。表向きはいつも通りにしつつ上機嫌な私は、超絶不機嫌さを隠す気もなく何かいろいろ準備に慌ただしくしながら、ベッタリ張り付く事を強化したベル様が、もうすぐ来るという隣国の第一王女様について説明をしてくれるというので、いつも通り彼の私室で膝の上に座らされながらお菓子をもぐもぐしていた。
「……アレの事を考えるだけで虫唾が走るが、名前はオリーブ・フィッツクラレンスで年齢は16だ。一つ下の学年に入るらしいが、無理やり俺達のクラスに来るのは覚悟しておいてほしい。ああサラ、俺は君がいればそれでいいのに。サラもそうだね?大丈夫ずっと一緒にいるから安心してほしい。俺はサラだけだよ、サラしか要らないんだ。愛してるよ。」
不機嫌だったくせに最後はホラー映画ばりの空気を出して微笑まれた。いやいや怖いって!!私の何が良くてそんなに夢中になっちゃってる?!理由が未だによく分からないから怖さが倍増してるんだよ、教えてくださいよ!!ごちゃごちゃとうるさい頭の中を覗くように、目を細めてうっそり笑うベル様に恐怖して、慌てて差し出してくれていたマドレーヌを口に入れてもぐもぐした。よしよし、ちゃんと美味しい!!
「んふふ♡かわいいね、サラ。はーぁ、いい匂いがして落ち着くなあ。チョーカーも似合ってるし、一心同体で本当に嬉しいなあ。早く問題を解決して、2人だけの時間を取り戻さないと。狂っちゃうよねえ?」
いいえ狂いません!!それからスンスンスリスリするのやめてほしい!!一億歩譲ってチョーカーは我慢するから、そのどうしようもない独占欲を少し弱められません??え、りーむー??ですよね、分かってはいるけどさ!!くっそ、マドレーヌ美味しいな!!!
とにかく上機嫌さを隠し続けて数日後、本当に隣国の王女様がこの学園に編入してきた。やっと来てくれた!!!いや滞在する予定の王宮に2日程前に着いていたし、出迎えして熱烈な挨拶をしたかったのに阻止された挙句、軟禁状態で身動きが取れなかったのである。向こうも何とかして接触を試みようとしてくれたらしいが、当然ベル様がそうはさせなかったようだ。どんだけ強固に護るんだよ!!
そしていつもの様に抱っこされながら転移した正面玄関で、遂にご対面出来たという訳なのだが。大好きな人と朝食も一緒に摂られず、しかも馬車で一人で向かわされたのに加え、待ち構えていた正面玄関に転移してきた想い人である殿下の左腕に、抱っこされた女がいるという状況を見て黙っていられる人なんている???
「ちょっとベオウルフ様?!ソレはなんなのです?!この私を差し置いて、お前は何をしているの!!!降りなさい!!!」
烈火のごとく怒っている少女は、魔力なのかなんなのか髪の毛先がフワッと浮いている。だがしかしようやく相まみえたその姿は、想像していたよりもずっと美しくて思わず見とれてしまったのである。群青色のサラッサラの髪を両耳の横でツインドリルにしており、瞳は紺碧でキラキラしている。まるで子猫が怒っているかのようなキリッとした目尻がまたかわいい。とんだ美少女じゃんよ!!!
それはもう隠しきれず、ちょっと興奮してニコりながら見つめていたら、ベル様が私を抱え直して目を塞いでしまったのだ。えええ、怒ってるのに鬼かわいい美少女をもっとよく観察していたかったのに!!!という不満を抱いたが、より一層怒った様子のお姫様のほとんど叫ぶ声が聞こえてくる。しかしすぐに何も聴こえなくなったので、恐らくベル様が魔法で音を遮断しやがったんだなと判断した。
そしてそのまま何も聞こえず、モヤンとした感覚がしたかと思うと、学園の中にあるベル様専用の部屋に転移していた。気付いた時にはソファに座った彼の膝の上におり、強めにスンスンスリスリされていて驚いたが、なんだか落ち込んでいるので大人しく吸われておいた。今だけの特別サービスだぞ!!!
「サラ、俺やっぱり嫌だな。アレ送り返そう?向こうの王太子に話つけ直すからさ。どうしてもせめて2ヶ月耐えろって言われたけど、15秒で限界だったよ。サラいい匂い、落ち着く。大好き。」
ぐっっ……!!15秒で限界だと?!みっじかい!!もっと耐えられるであれよ…。見た目はめっちゃ美少女だったけど、中身がすごそうだとは思った。でもどうにか歩み寄ってほしいなあ!!私から近づくしかないよなあ。仔猫を手懐けた事がないからわからないけど、こう、おやつを持ってったらいいんかな??
そういう思考の波に飲まれかけた私を、魔王は胡乱げな目をして見ていた。その瞳は海に沈んだ夕日のようで、落ちたら二度と這い上がる事は不可能な気にさせられる。ヒエッ!!閉じ込められたら嫌だ!!!
「……えーと、フィッツクラレンス第一王女殿下?は、とても美しい方ですね…?」
どうにか話題を逸らそうとしたのに、名前を出した瞬間に渋面されてしまった。それでもイケメンってなんなん!!美って罪!!ずるいわ!!!
「俺はサラ以外どうでもいいから分からないな。確かに大衆はアレを美しいと言うけど、そんな事はどうでもいい。それよりアレの兄が君を見たら欲しがるだろうなという恐怖の方が大きいよ。そうなったら国を奪ってしまおう、それでも許さないけどさ。」
バカじゃないの?!こっっっわ!!!白目になりそう!!絶対オリーブ殿下のお兄さんである王太子殿下が、私に興味持つわけなくない??もし気になるんだとしても、ベル様が執心だからどんな女かなって思うぐらいだろうし!!簡単に国を奪うとか言うなよ心臓に悪いて……。
真っ青な顔をした私を連れて、時間になったので教室に転移したベル様は、クラスメイトの目も先生の目も気にせずに、一日中私を膝の上に乗せていた。気にしたら負け!!という強い気持ちで、どうにか教科書とノートを開いて授業を受けた私はすごくえらいと思う。
そして事前にベル様が言っていた通り、小休憩の度にオリーブ殿下が突撃して来たけど、いちいちその前に別室に転移したので会う事が無かった。え、あの子の相手は俺がするっつってなかった??あれ??どう考えても私が常に膝の上にいますが、おっと…どうしたもんか。
「申し訳ございません、押さえつけるのも大変でして。殿下の次に執心しておられたベイル侯爵令息もおらず、いつにも増して気が立っているようです。漏れ出す魔力は静電気程度で済んでいますが、これ以上になるなら強制送還しますか?」
美味しくお昼を食べていたら、珍しくクールな顔に疲労の色を浮かべて、平坦な声でエルヴィスさんが言った。今日の半日でそんなに疲れてるんですか?!え、どんだけご乱心したんだオリーブ殿下!!!めちゃくちゃ心配して眉毛を八の字にしていたら、気付いたベル様が私の右頬に勝手にちゅっちゅした後に右耳を食べられた。やめろ!!!私の真っ赤な顔をエルヴィスさんに見えないようにしながら、自分はニヤニヤしたまま彼に答えていた。
「そうだね。魔力が漏れ出さなくてもそんなに迷惑を掛けてるなら、今すぐ強制送還してもいいと思うよ?問題を起こさせないから預かってくれっていう話だったのに、それを破ってるんなら送り返そう。よし、通信するか。」
どぇぇ……。ベル様はやっぱり今日も魔王だったのである。容赦ねEEE…!!!私がオリーブ殿下に接触する時間も無いじゃん!!もう少し我慢して大人しくしててよ仔猫ちゃん!!しっかり話し合お??ね、お嬢ちゃん、お姉さんと話し合お??こう見えても大人だから、冷静にお話聴けると思うよ??
「かしこまりました。では早速手配致します。一応、その旨をフィッツクラレンス王女殿下にもお伝えしますね。後から知られますと厄介な事になりそうですし。」
先程と同じように平坦な声でエルヴィスさんはそう言うと、美しい礼をして退室して行った。これでどうにか危機感抱いて、大人しくしてくれないかな?!そしてお姉さんと話し合お!!ベル様は貴女が思ってる以上に魔王だからね、ちゃんと気付いて?!
「さてサラ?さっきからずっと何を考えてるの?俺に教えてよ。さもないと、頭の中を覗ける魔道具を作ってしまうよ?」
こいつ……!!!くっそぉ、ここに器具があれば問答無用で歯石除去してやるのに!!ガリガリと歯肉の中の歯石まで容赦なく削るのに!!!まあ歯石があるのかどうか分からないけど!!冷や汗をダラダラかきつつもなんとか笑顔で、「いえ……ただ、ベル様やエルヴィスさんが大変そうだなと思っただけです。」と言って難を逃れたのだった。
それから放課後まで、とりあえず落ち着いた様子を見せたらしいオリーブ殿下は突撃をやめていた。まあ王宮に戻ったら会えるしね、と思って私も特に気にしていなかったが、実はベル様が彼女を一旦ではあるが、本当に強制送還していたなんて夢にも思わなかった。
夜になっても静かすぎて、食後のデザート中に質問したらなんて事ないように、「ああ、あんまりうるさいから一度送り返したんだ。だからゆっくり過ごそうね。」って笑顔で言われた私の恐怖、わかる??やっべえ……!!もう怖すぎてヤナに我が儘を言い、手を繋いで一緒に寝てもらったのだった。
徐々に絆されてきた結果、このままベル様に捕まって、雁字搦めにされるのも当初ほど嫌でないのは確かだけれども。それでもやっぱり私は、根っからの陰キャなので引きこもって生きていきたい。そのためには、オリーブ殿下に頑張ってもらわないといけないのだ。
もしこのベル様に対する気持ちが、絆されて仕方ないな、というものから本当に恋に変わったとしても。それでも私はきっと、自分を捨てられないような気がする。だって実際に木内紗良である時は、そうだったのだから。
だがしかし相手はベル様であるわけで。もしかしたら私の心を動かす事が出来るかもしれない。そうなった自分を今は想像出来ないけれど、きっと悪くないんじゃないかな。こんな思考に陥るなんて、私は随分ベル様に染められてしまったようだ。
出来るところまで抗って、自分を貫いた結果がどうなろうとも、きっと笑って生きていきたい。ヤナと一緒に、明るく楽しくいられたらそうれでいいかな。そこにベル様がいたら、もっと楽しいのかそれとも絶望か。ちょと楽しみ!!と思いながら、入念に歯を磨いて大きく伸びをしたのだった。




