我こそはって女子いる?
さて、今日から学園に復帰するわけなんだけれども。
「サラ、いいね?俺の事は殿下じゃなくて、ベルって呼ぶように。ほら呼んでみて?」
1日の休みを挟んで、ちょっとドキドキしながら起床して制服を見ていた私を、朝ごはんのために魔王が迎えに来たわけだけど。
「ほら、あーんして?かわいいねえ、かわいいかわいい。美味しい?シェフに妬けてしまうなあ。ベル、ちょうだいって言ってみて?」
今日も朝からアクセル全開だなあ……。膝の上でのごはんも、慣れつつあるのが本当に嫌だし怖い!!それにずっと言われてるその “ベル” ってなんやねん。愛称ってやつ?だったらそんなかわいい呼び方じゃなくて、黒狼でよくない?ダメですよね知ってますけど!!
「……はい、美味しいです。えーと、ベオウルフ様…?」
いつまで経っても呼ばない私に痺れを切らし、じーっとじーーっと見つめ続けられてせっかくの朝ごはんが、緊張で食べづらいので名前を呼んでみた。あまり意味はないかもしれないけど、せめてもの抵抗で名前にしたんだけど。
「ふふふ、サラかわいいね?俺の名前に大して意味を感じた事が無いんだけど、君が呼ぶだけで輝かしいものに思えるね?ああ、いいねえ。でもそれじゃあ他の人達と同じ呼び方になるから嫌だなあ。さあベルって呼んで?サラだけの特別な愛称だよ。ほら早く。」
とんでもなく恍惚とした表情をしながら、そんな事を言う。私だけの愛称だったんかい!!親しい人達がそう呼んでるんだと思ったのに違ったんかい!!昨日も自分の仕事以外はベッタリ私に張り付いていたけど、もしかしてずっと考えてたのか??確かにブツブツと、「仲の良さをより一層見せるためには…。」とか言ってたから怖くて無視してたのに。期待した目で見てこないでほしい!!パンナコッタを片手にするのもやめてよね!!食べ物で釣る気じゃん?!くっそぉ……!!!
「……ベル様?右手に持っているパンナコッタをください。」
そっと手を伸ばしつつ、しぶしぶそう呼ぶ。だってここのパンナコッタは本当に美味しいのだ。それに日本人が作ったゲームを元にした世界だからか、食べ物の味が馴染み深いものが多くて嬉しい!!だから愛称を呼んだぐらいでくれるって言うなら、仕方ないからご期待に応えよう!!だって美味しいからね!!!
キラキラした目でパンナコッタを見つめ、もう器を掴めるという時に、スッとテーブルに置かれた。もちろん魔王の手で。ファッ?!と高速で首を動かすと、見なければ良かったと後悔するような顔がそこにあったのである。
耳まで真っ赤に染まり、デザートを置いたその右手で口元を覆っているが、MAXまで上がっている口角を隠しきれていない。なんなら鼻から「んふんふ♡」と笑い声が漏れているのがちょっと怖い。いや本当はちょっとじゃない、すんごく怖い!!しかしその顔の色気を仕舞えまったくもう!!!ここにいるのが私じゃなかったら死人が出てたよ?!
そう思いつつも、ずっとそんな状態でいられると時間も無いし、なによりパンナコッタを食べたいので、「……殿下?大丈夫ですか?侍医を呼びます?」とおそるおそる声を掛けたのに。心配だったから声を掛けたのに!!まあ7割デザート目的な事は否定出来ないけどそれでも心配したのに!!!
「……サラ、殿下じゃないでしょう?そんな悪い子に、これはあげられないなあ?どうしたらいいか分かるよね?俺のサラは賢くて良い子だもんね?さあどうする?」
出たよ魔王!!隙あらば出してくんなや怖いんだって!!!冷や汗がブワッと吹き出したのが分かる。しかし止める術は無いので苦笑いしながら、「…ベル様?」と呼んだ。だって命は惜しいからね!!それと、貴方のものになったつもりはありません!!!
「んふふ♡良い子だねえ、ご褒美をあげないと。さあほら、あーんして?」
未だに赤いまま、更に蕩ける笑顔でパンナコッタをスプーンで掬うと、私の口元に運んでくれた。いやご褒美て!!確かにそうだけどさあ?!強制だったくせによく言うよ!!あとその色気を仕舞いなさいって言ったでしょ?!いや言ってないか、頭の中だけの文句だったけど声に出さずとも伝わって?!本当に私じゃなかったら死人が出てるし、少なくとも失神者が多発してたね!!!
漸くお待ちかねのとろプルパンナコッタを食べる事が出来てご機嫌な私は、ごちゃごちゃうるさい頭の中とは反比例して、超ご機嫌スマイルで完食したのだった。もちろんずっと色気だだ漏らし状態をキープしている殿下に見られていたけれども、気にしたら負けだし美味しく食べられないので気にしなかった。そう全てはパンナコッタのために!!!
どうにかベル様を引き剥がして、ヤナに手伝ってもらいながら制服に着替える。クリーム色のブレザーの縁は金色の刺繍がしてあり、それに沿って銀色の刺繍も丁寧に縫われている。ボタンは輝くような真鍮で、女子は紺色のリボン、男子は紺色のネクタイをするのが決まりらしい。スカートは日本でお馴染みの膝丈ではなく、それよりも長めで足首の10cm上という感じだ。ブレザーと同じクリーム色に、金と銀の糸でプリーツに沿って刺繍がされている。ちなみに男子はこれがパンツというだけだという。んー、高そう!!!
「ねえヤナ、これは汚せないね?こんなに白いんじゃ目立つし、何より生地が高そうだよ?」
丁寧に歯磨きを終わらせ、髪とお化粧をしてもらいながらヤナに話しかける。だってこんなの着てたら、緊張して何も出来ないじゃん?!クリーニング代とかいくらするんだよ…。ていうか制服あったんならどうして転生初日、ドレス着てたんだろう??大切な話し合いだったからか、休みの日だからか。まあいいか!!考えても分からないしね。
「大丈夫でございますよ。この制服の素材は汚れがつかないようになっておりますし、とっても丈夫ですから破ける事もございません。ですからご安心くださいね!」
めっちゃいい笑顔で言われたけど、そんな素材があるんだ!!異世界ってすげえ!!2人でキャッキャしながら準備を終えて、相変わらず扉をノックはするものの、勝手に開けるベル様によって強制抱っこされた私は、悔しそうな顔で彼を睨みつけるヤナと共に学園に転移したのだった。ずっと耳元で、「かわいすぎる、重罪だよこれは。やはり閉じ込めないといけないね。」と言い続けているベル様を無視したのである。ほぁぁぁ…!!学園ってどんなところなんだろう!!緊張する!!!
心臓が口から飛び出すんじゃないかと思う程に、暴れ回っているそれを左手で押さえつつ到着した先を見る。途端に耳に入ってこなかった喧騒が聞こえてきたわけだけど。
「え、どういう事?!何故あの女が殿下に抱えられていますの?!」
「謹慎させられているときいたけど…。」
「いやーーー!!!殿下があんな顔をなさるなんてぇぇえええ!!!」
「あれはサラ嬢だよな?あんなに清楚な雰囲気だったか??」
「どうしてあの女が!!私の家の方が格上ですのよ?!」
「まるで別人のように見えるなあ。」
最悪だ、特に女生徒に目をつけられた。その証拠に阿鼻叫喚である。左腕におしりを乗せた状態で抱っこしている私を、蕩ける笑顔で見つめるベル様はやっぱり、魔王以外の何者でもないなと悟った。だってここは、正面玄関ってやつじゃね??無駄に大きなガラスの扉が綺麗だなあ、ステンドグラスってやつぅ??なんて現実逃避する私を、逃がさないつもりのベル様は先手を打ちやがった。
「おはよう諸君。サラは私の婚約者になるんだ、くれぐれも宜しく頼むよ。そう、くれぐれもね?」
騒々しかった生徒達が、一気にしんと静まり返った。だって魔王のオーラが怖いもんね。分かるよ、分かりたくないけど。それにしたってなんて事を宣言してるんだ!!!決まった事じゃないし、なんなら他の女生徒を宛がって逃げようとしてるのに!!これじゃあその作戦は難しいかもしれない。でもまだ諦めないけど!!!
とにかく一人だけ楽しそうなベル様に、抱っこされた状態のまま教室に連行された。どうみても家格ランクが上位の方々のクラス、という感じで萎縮してしまう。雰囲気が違いすぎません?!10人にも満たないぐらいの人数しかいないのに、こんなに怖いと思う事ってあるんだ?!
「さあサラ、膝の上にどうぞ?あ、諸君おはよう。先程見た者もいるかもしれないが、彼女は俺の婚約者になるんだ。その心積りで宜しく頼むよ。」
絶対に周りを一瞬忘れていただろう!!この魔王は本当に怖い。これが計算なのか無意識なのか分からないから怖い!!分かっても怖いからどうしようもないんだけどさ!!!
どうにか膝の上に座る事を拒否して、隣の椅子に腰を降ろした。まるで大学の講義室のようになっていて、黒板から一番遠い雛壇の最上にある3人掛け程の席に座ったはずなのに、ゼロ距離でピッタリ張り付くベル様を無視して、教科書とノートや筆記用具を並べていく。そんな私達をチラチラと見るクラスメイトは、やはり気になって仕方がないのだろう、魔王のあまりの変化に。そしてサラさんである私の変化も。
変わっちゃったもんは仕方ないんだから皆諦めよ??私だってどうしようもなくて受け入れたんだからさあ、あなた達もきっと大丈夫だよ!!だからちゃんと前向こう??先生が教室に入っていたのに、異様な空気に戸惑ってるじゃんか!!ほらほら、集中しよ??そう思いながらこちらを見てくるクラスメイトに、そんな気持ちを込めてそれぞれ見返していたら。
「……やっぱり連れてくるんじゃなかったね。今からでも閉じ込めようか。それか、俺とサラは王族専用の部屋で特別授業を受ける事にしない?その方がいろいろと安心出来るからさ。」
ちょっと!!そんな大きめの声を出すんだったら、耳元で言う必要あった?!無駄に吐息をかけないでくださぃぃ!!!思わず真っ赤に染まった顔で、耳を手で覆いながら睨みつけるしかない私に、満足そうな顔で左腕を腰に巻き付けてくる姿は恐ろしい事この上ない。先生を含めた全員が生ぬるい目で見てるじゃん、どうしてくれるんだ!!!ああ、授業に集中して逃げたいのに…。
「ええと、全員既に知っているようだが、本日からサラ・ロバーツ伯爵令嬢も、このクラスで学ぶ事になった。主に殿下が付き添われるが、困った事があるようなら手助けするように。では授業を始めよう。」
天の助けのような先生の話のお陰で、一応全員が前を向いて黒板を見ている。しかし魔王だけは不服らしく、「誰の手助けも要らないよね?だってサラは俺が助けるし俺以外要らないのにねえ?」とか耳元で文句を言うのをやめろや!!!もうそれでいいから黙っててくれよ…。腰に回した手を不埒に動かすんだったら叩き落とすぞ?!怖くて出来ないけどな!!!
とにかく授業に集中する事で魔王から逃げ、必死で喰らいついていたわけだけども、マイヤー先生が教えてくれた内容の方が難しいなと思った。あれ??学園や今後も必要になるから貴族全員覚えなさいとか、各国の挨拶の仕方も学園で必要だからって叩き込まれたのに、授業内容かなりゆるやかじゃない?言うなれば中学1年生ぐらいの内容というか。
ずっと「???」と思いながらも授業を受けていたけど、教科書もノートも開いていないベル様は、終始私を見つめていて落ち着かない。内容が簡単で集中するのが難しいという事が大きいんだろうけど、どうしたらいいんだ!!数学というかこれ、簿記じゃん??商業高校出てる私を舐めないでほしい。そんな風に困惑したまま、午前中の授業が終わったのだった。
そしてこれから当然お昼なわけだけど、待機室で控えていてくれたヤナが迎えに来てくれたのに、それを無視して魔王が抱っこしようとしたので拒否した。恥ずかしいでしょうが!!!
寂しそうな顔をしつつも私の腰をホールドしたままの魔王と、ブチ切れた顔を隠す気もないヤナ、静かすぎる上に存在が薄くて今いる事に気付いたエルヴィスさんの4人で、王族専用のエリアに移動する。転移しようと提案されたけど、学園を見てみたいという私の要望を珍しく聞いてくれて優しいなと思ったのに。これは絶対に関係を見せびらかすために利用されたなと気付いたので前言撤回である。めっちゃ女生徒に睨まれてるぅぅ!!!いいよいいよ、こっち来いよ!!いくらでも紹介しちゃうからむしろ来なさいよ、ホラホラどうしたどうした?!さあ手を挙げて??嬉々として見返したのに、秒で逸らされて泣きそう。もう、照れちゃって!!!
移動したベル様専用の豪華な部屋で、王宮シェフがこさえたというお弁当を食べた。ヤナが持ってたピクニックバッグの中にサンドイッチとかデザートがたくさん入っていて、4人で楽しく食べられるとはしゃいだのは私だけである。
当然のように膝の上に私を座らせ、食べさせるベル様の圧に負けてしまったヤナと、最初から流されるつもりしかなかったエルヴィスさんが部屋から追い出され、開いたままのドアの外に待機する事になったのだった。ワイワイごはん食べたかったのにな…。皆で食べた方が美味しいじゃんね?!いやこのままでも美味しいんだけどさ!!あと私がかじったサンドイッチを、そのまま自分も食べるのやめてくれません?!そんなバカップルみたいな事すなや!!!自分の分があるのに、まったくもう!!
ぷんすこしつつもデザートまでしっかり食べ終わり、トラベル用の歯ブラシでベル様と一緒に入念に歯を磨いた。終わりがけに物欲しそうな顔をされたので、しぶしぶ仕上げ磨きをしてあげると、破顔したまま見えない尻尾が時速80km程で振られているような気がして笑ってしまった。かわいいかよ!!いやかわいくないよ正気に戻れ私っ!!!
午後も私にとっては簡単に思える内容の授業を、ベッタリくっついているベル様を気にしないようにしながら受けた。しかしそれでも気になったんで小休憩の時間に質問したら、「俺は入学前に既に学園で必須科目は終わらせてるからね。」とわざわざ耳元で言われた。それに照れつつも、へええええ自慢?!幼少期から頑張ってるって事ね?!すごいですねえ努力家ですねえ!!そこは純粋に尊敬しますよ!!!という怒りやらなんやら、いろいろな感情が混じった目で睨んでおいた。嬉しそうに蕩ける笑顔を返されたのは解せないけれども。
とにかく今日は無事に終わった。ずっとクラスメイトや他のクラス、違う学年の生徒達に見られ続けていたが、仕方がない事だと諦めて気にしないようにしていた。そして恐らくだけど、熊谷萌さんが粉を掛けていた疑惑の男子生徒2人にも遭遇した。光の速さで魔王に視界を遮られたから勘づいたけど、確かにイケメンだなあという感想しかない。いくら自分がヒロインだからってよくもまあ、あんなイケメンに粉を掛けられたな?!せめて観賞用にしておくべきでしょうが…。考え方は人それぞれって事ね!!!
攻略対象2人に遭遇した事で、機嫌が急激に悪くなったベル様に強制転移された先は、当然のように彼の私室だった。そのまま背骨が軋む程の力でギュッとされたわけだけども、呼吸がままならないから放してほしい。それが無理ならせめて力を緩めて!!!
「……サラ、君があいつらに興味が無いというのは分かるんだけど、逆は違うだろう?どう考えても噂の変わったサラを見に、向こうから来たよね。彼らは側近候補なんだけど外そう、そうしよう。俺のサラに横恋慕されたらたまったもんじゃない。うん、そうしよう。」
待って待って!!あの人達って側近候補なん?!なら簡単に外すとか言うなや!!幼少期から一緒にいるんでしょ?!ジュリア様とカデンさんみたいに、幼馴染って事なんじゃないの?!なのに私のせいでそれが壊れるなんてダメでしょ!!!
「ベル様、それはいけません!!彼らはしっかり婚約者がおりますし、私なんて眼中に無いですから!!きっと噂が気になって見に来ただけですよ、ご安心ください。私も一瞬だけ姿を見ましたが、顔の造形が綺麗だなとしか思いませんでしたし。…いやいやもちろんベル様が一番素敵だと思ってますよ?!」
ちょっと褒めるような事を言った瞬間、閉じ込められそうな空気を感じ取ったために慌てて弁解した。見た目が一番好みなのは、悔しいし認めたくないけどベル様だしね!!だから落ち着いて側近候補を外すとか言うのやめなさいよ!!!信頼関係を築くのって、どこの世界もどの時代も大変なんだからね?!そんなの貴方がよく分かってる事でしょうに。
「……ふうん、分かったよ。サラがそう言うなら仕方がないな。でも少しでも彼らが君に色目を使ったり、ありえないけどサラが心変わりする事があれば、その時は君を閉じ込めるし彼らは消えてしまうからね。それは忘れないで?」
ひゅーぅ!!こっっっわ!!!ギュッと抱きしめながら耳元で言われた内容の、あまりの怖さに震え上がる。それを「照れてかわいいね。」とか言ってるベル様はやっぱりやべえ奴だった。
「ああ、早く婚約したい。もうそれも飛ばして結婚しよう。そうしたら俺の仕事中もずっと一緒にいられるし。サラも嬉しいよね?」
近距離で目が合いながらそう問われて、違いますって言える奴いる???こんなに命の危険が迫ってる状況で、拒否られる奴いる???
「……ははは、そうですね。」
プルプル震えながらもそう答えた私を褒めてほしい。もうどうにか学園内にいるベル様狙いの女生徒を捕まえて、宛がってしまわないと逃げられない!!!早くしないと雁字搦めにされて、息も吸えなくなりそうだ!!くぅぅぅ、そんなの嫌だ!!!
とりあえず今日観察してくる人達を、こちらも観察して目を付けた女生徒数人。待っててちょうだい!!どうにか私から声をかけて、ベル様に引き合わせるからね!!あとは貴女達の実力で落して、そして結果的に私を助けて!!!
そんな事を願いつつ目を伏せる私を、超近距離から蕩ける笑顔で見つめるベル様が、何を考えているかなんて分かっていなかった。私もまだまだ、脇が甘いなあ……。




