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ならば潰国させましょう

作者: さ田

 侯爵令嬢ヴィヴィアン=ケールギーの不幸は美しい容姿を持って生まれたことである。


 陽の光で輝く柔らかなブロンド、陶器のようになめらかな白い肌、可憐なコーラルピンクの唇、高すぎず低すぎない整った鼻、長いまつ毛に縁取られた神秘的なアメジストの瞳。


 その美しい容姿に国の王太子に一目惚れされ、ヴィヴィアンの意思など関係なく強制的に王太子の婚約者にされたことが不幸の始まりである。王太子とヴィヴィアンが共に十歳の年であった。


 さてその王太子エマニュエルは勉強嫌いで無知のくせにプライドが高く、自分の要望通りにならなければ癇癪を起こす絵に描いたようなクソ王子である。


 授業をサボる、話を聞かない、気に入らないと暴力を奮い教師をすぐに辞めさせるエマニュエル。クソ王子をまともに教育するのは無理だと匙を投げた大人達は、婚約者のヴィヴィアンに目をつけた。王太子の足りないところを補うのが王太子妃の役目であると、足りないところだらけのエマニュエルの代わりに厳しい教育を受けさせられた。


 王太子妃の教育にプラスして王太子の教育である。エマニュエルの婚約者に内定してからというもの、起きている間はずっと勉強漬けのヴィヴィアンにプライベートの時間などなかった。


 週に一回のお茶会でもエマニュエルにクソつまらない自慢話を延々と聞かされれば、顔色が悪く反応が鈍くなるのも仕方なし。

 お前も何か話せと言われても、勉強しかしてないので授業の内容を話せば「つまらない話をするな」と怒る。エマニュエルにとって自分が理解できない難しい話、興味のない話はすべてつまらないのである。


 表情の起伏が少なくつまらない話しかしない婚約者をエマニュエルは疎むようになった。顔が良いだけのつまらない女。なんでこんな女と結婚しなくちゃならないんだ!と自分が強制的にヴィヴィアンを婚約者にしたことはすっぱり忘れて憤った。この男、自分の都合の良いように記憶を改ざんするウルトラハッピーお花畑脳なのである。


 そんなこんなでエマニュエルがヴィヴィアンを嫌い、二人は王立アカデミーに入学した。そこでエマニュエルは運命の出会いを果たす。


 男爵家の私生児で市井育ちのキャンディ=ウッド。栗色のツインテールでやや童顔。ヴィヴィアンに比べれば平凡だが悪くはないという容姿であったが、このキャンディ、中々のやり手なのだ。


 ヴィヴィアンを見慣れてるせいで世の中の女の大半はブスだと思っているエマニュエルの「平凡だが悪くはない」は一般的に「めっちゃ可愛い」のである。


 キャンディは物心ついた時からモテまくり、十二歳の頃より常に彼氏が七人以上いるという魔性の女だった。

 欲しいものは男にねだり、金をしぼり取って飽きた男は新しい彼氏に退治してもらう。キャンディに批判的な目を向けていた男だって、キャンディがしなだれかかって甘えてみせれば簡単にキャンディに夢中になった。


 厳重に護衛されているエマニュエルの周りの女といえば見栄っ張りでケバい母、わがままでナルシストの妹、つまらない婚約者、ブスなメイド達くらいである。女というより恋愛に免疫のないエマニュエルを落とすのは、百戦錬磨のキャンディにとって赤子の手を捻るより簡単だった。


 つまらない女と婚約させられた悲劇の王太子と、貴族であるのに市井で育った苦労人の健気な男爵令嬢。

 ウルトラハッピーお花畑脳のエマニュエルは身分差のある自分達二人の禁断の恋に酔いしれ、エッチなこともさせてくれるキャンディに夢中になった。


 エマニュエルがウルトラハッピーな青春を満喫してる裏で苦労しているのはヴィヴィアンである。


 慣例として王族ならび高位貴族は生徒会に推薦される。エマニュエルもヴィヴィアンも慣例に従い生徒会に所属したのだが、エマニュエルは当然のように仕事をしない。仕事をしないならば辞退してくれればいいものを、エマニュエルは仕事はしたくないが生徒会長という肩書は欲しいクソ男なので、実質生徒会長が欠員している状態で仕事を回さなければならなかった。


 人員不足で仕事を回していれば、否応なくチームワークが芽生えてくる。

 堂々と浮気し、めんどくさいことはヴィヴィアンに丸投げするクソ王太子の所業に生徒会メンバーは憤った。


 幼い頃より未来の王太子妃としてエマニュエルを支えるため、勉強と我慢を強いられて自分の感情をなくして生きてきたヴィヴィアン。自分のために怒ってくれる人も自分のオーバーワークを心配したり気づかってくれる人も初めてで、最初こそ戸惑ったものの温かい感情を学んで、ヴィヴィアンにとって生徒会メンバーはかけがえのない尊い存在となった。仕事しかしてないが彼らと過ごした時間は青春だったといえよう。


 そんなこんなで三年の月日が過ぎ、卒業パーティーを迎えた。


「ヴィヴィアン、お前はこの可愛いキャンディに醜く嫉妬し、キャンディを虐めたそうだな!お前に国母となる資格はない!俺の妃はキャンディだ!」


 嫉妬も虐めも初耳だし覚えがない。なんならエマニュエルにぴっとりと抱きつき腰を抱かれているキャンディの顔をちゃんと見たのは今が初めてである。


 冤罪を認めるわけにはいかないが、国母となる資格がないのは願ったり叶ったりである。このまま婚約破棄をしてくれるなら冤罪を認めてもいい。いや、婚約破棄だけ先に済ませて後から冤罪を晴らす証拠を集めるべきか。なにせアカデミーでは授業以外は生徒会の仕事をしていて虐めなんてする暇はなかったのだから。

 虐めについては曖昧にして、婚約破棄の確約を。


「私に国母となる資格がないということは受け入れますわ。新たにキャンディ様とご婚約を結ばれることもお祝い申し上げます。これらについて陛下はご承知なのでしょうか?」

「ああ。俺としてはキャンディを虐めたお前など国外に追放したかったのだがな。陛下はお前の実務能力を認めていらっしゃる。それに可愛いキャンディに面倒な仕事などさせられない。よってお前は側妃として俺達に尽くせ。キャンディの代わりに仕事をしろ。それが償いだ。いいか、心の醜いお前なんかが俺に愛されるとは思うなよ。俺の側妃になれたからといって勘違いはしないように」


 フンとふんぞり返るエマニュエル。

 意味がわからない。

 側妃となって仕事をしろ?

 一生この花畑カップルに尽くせと?


「お断りします。国外追放にしてください」


 それは言われるがままに従ってきたヴィヴィアンの初めての反抗であった。


「もう決まっている。王命だ」


 今までヴィヴィアンが反抗しなかったのは、自分の意思など王族の前では無意味だと知っていたからだ。



「側妃に留まれたからいいものの。私生児の男爵令嬢などに王太子妃の座を奪われるとは情けない」

「せっかく綺麗に産んであげたのに親不幸者ね!」


 かつてヴィヴィアンの意思など聞かず、喜んで王家に娘を差し出した両親である。自分達が王家と繋がることが何より大事で、娘が人権を奪われ侮辱されていることなどかまいやしない。王家と繋がることが大事だから。  

 

「待たせたな」


 扉が開き、王と王妃、エマニュエルと王女が入室してきて両家が揃った。従者のように書類を持った神官も続く。


「こちらにサインを」


 八年前に知らぬ間に交わされていた書類と、新たに側妃として結ばれる誓約書。エマニュエルは書類の文に目も通さずに迷いなくサインをする。


「さっさとしろ。なんだその目は?寛大な心で側妃にしてやるというのに不満そうだな」

「‥国外追放にしてください」


 パンッ!

 ヴィヴィアンの母もといケールギー侯爵夫人がヴィヴィアンの頬を叩いた。


「何を言ってるの!殿下の寛大な御心に感謝してありがたくサインしなさい!」

「申し訳ありません。娘は王太子妃になるために生きてきましたので、自分の愚かな行いのせいだとはいえ望みが叶わなかったことで動揺してるのでしょう」


 ここにはヴィヴィアンの味方などいない。


「‥いっそ殺してください」

「ヴィヴィアン!」

「じゃあ死ねば?死にたがってるんだから殺してあげればいいじゃん」


 ヴィヴィアンの死刑に前向きなのは王女エスメラルダ。自分の美貌に自信があり美姫と評判であるが、国一番の美女といえばヴィヴィアンだと持て囃されているため、ヴィヴィアンを憎んでいる。


「ふむ‥そなたが死ぬというのならば王命に逆らった反逆者として、ケールギー一族が死刑になってしまうが‥それでも良いということか?」


 王は高慢な笑みを浮かべていた。


「ヴィヴィアン!」

「発言を謝罪してサインをしろ。私達を殺すつもりか?」


 両親が死刑になるのは構わない。けれどまだ幼い従兄弟達の姿を思い浮かべて苦虫を噛んだような気持ちになった。


「ではせめて一つだけ‥夜伽は免除してください。後継者作りは王太子妃の仕事、側妃である私はそれ以外の仕事を担当すると確約してください」

「ハッ!そんなの約束するまでもない。誰がお前なんかに情けをかけてやるか。俺が夜を共にするのはキャンディだけだ」

「では書類に追加を」

「ヴィヴィアン!やめなさい。殿下、どうか娘をお許しください。ヴィヴィアンが嫉妬で愚かな行動に走ってしまったのは、殿下を深く愛しているからです。愚かな娘にもどうか情けを」


 側妃でも男を産めば一発逆転のチャンスがある。必死に娘を抱いてくれと乞うケールギー侯爵をエマニュエルは鼻で嗤った。


「もう遅い。ヴィヴィアンが俺の靴を舐めて抱いてくださいと泣いて懇願するなら、一度くらいは考えてやらんこともないがな」


 これほどまでに娘が侮辱されてももみ手で王太子を褒め称えるケールギー侯爵に対し、ヴィヴィアンは何の感情も湧かなかった。



 こうなったら国のために働こう。

 王家ではなく国民に尽くすのだ。


 修道女のような奉仕の精神で側妃となり、王太子と王太子妃の仕事を請け負ってはや二ヶ月。


 ひどい。


 この国は想像以上に腐っていた。教会との癒着。税金の中抜き。NPO団体。裏金。他国への情報流出。汚職につぐ汚職。

 王宮で我が物顔で政に携わる貴族は自分の懐さえ温まればいいと、他国に情報を売るような売国奴ばかりであった。


 性格が悪くとも頭は悪くないからヴィヴィアンを手放さなかったと思われた王は、ただ楽をしたいだけの愚王で、甘い言葉だけを囁いてくる腐った側近に腐った政治をやらせていた。さすがエマニュエルの実父である。国のために苦言を呈するまともな側近は排除し、ウルトラハッピーなお花畑の世界で生きているようだ。


 塞ごうにも手遅れなほど穴が空いているボロボロの国が他国に侵略されない理由。金だ。


 近隣他国の国民の一人当たりの税負担は20〜30%程度である。しかし我が国の税負担は一人当たり60%。稼いだ金の6割が税金として取り上げられる。


 現在は国民から絞り上げた税金を他国に流してなんとなく侵略を免れている。他国も手間をかけて侵略して面倒な統治をするより、アホな国から金を巻き上げるほうが美味しいのだろう。伝統技術も権利も盗り放題だから侵略する必要性がない。


 とはいえ王侯貴族や教会幹部の懐ばかりが温まり、一般国民が貧困にあえぐ国に未来などあるはずがない。

 生活が苦しければ病気を治せず子供も育てられない。当たり前に人口は減り、減ったぶん税率は上がり、生活はますます苦しくなってますます人口が減る。つまり国は破滅に向かっている。

 

 国を潰そう。


 ヴィヴィアンは国を憂いて決心した。

 無駄な反抗はしないだけでヴィヴィアンは気が弱いわけではない。

 死刑を覚悟すれば不意をついて王の一人くらい殺せるだろう。しかし王族を一人殺した程度では国の破滅は止まらない。腐った貴族も一掃しなければ。


 クーデターだ。


 まず脳裏に浮かんだのは生徒会のメンバーだった。だって明確にヴィヴィアンの味方をしてくれたのは彼らだけだったから。


 その中の一人、ステファン=ロックフィートはエマニュエルの従兄弟であり王位継承権第5位のロックフィート公爵家の次男で、今は騎士として従事している。正義感が強く公平で、エマニュエルを嫌っていた彼がクーデターを率いてくれるのが理想だ。


 クーデターは失敗すれば一族郎党死刑になるので二つ返事で快諾されるとは思わないし、無理には誘えない。

 知り合いにステファン以上の適任者がいないにも関わらず、迷いが出たのは友情ではなく乙女心だった。


 学生時代は王太子の婚約者で現在は側妃という立場であるため、誰にも言ったことはないしステファン本人にも一生伝える気はないが、ヴィヴィアンはステファンに淡い恋心を抱いていた。

 

 クーデター、つまり王族と腐った貴族を皆殺しにしたいとステファンに持ちかけるのには抵抗があった。墓場まで持っていく恋であっても、好きな男に残虐な女だと思われたくない乙女心だ。


 まァそんな躊躇いは一瞬で、腹をくくって秘密裏にステファンを呼び寄せたのだが。しょうもない乙女心より国の未来のほうが当たり前に重要だ。


「お久しぶりです」


 数ヶ月ぶりに会ったステファンは騎士団でますます逞しく鍛えられ、男っぷりが上がっていた。

 挨拶もそこそこに本題に入る前に確認しておきたいことが一つ。


「そういえば、まだ婚約者はいらっしゃらないのかしら?」


 学生時代に結婚願望はないと言っていて、婚約者がいないことも反逆のリーダーをステファンに任せたいポイントだった。守るべき家族や恋人というのは最大の弱みになる。

 また、もしも今ステファンが幸せならクーデターなどに巻き込みたくないという友情だった。


「おりません。私は絶対に手に入らない方を愛しているので、生涯独身の予定です」


 えっ!そんなに好きな人がいたんかい。

 子供の頃に死に別れた婚約者とか?はたまた他国の姫君?


 あんまりにも切なそうな表情からステファンの本気度が伝わってきて、ヴィヴィアンの胸が痛んだ。

 遅かれ早かれ失恋するならば婚約者とラブラブハッピーなステファンに失恋して、彼の幸せを祝福する予定だったのに。


 どちらにせよステファンの恋話をじっくり聞いて余裕ぶれるハートはない。生涯独身予定ならばと深入りせずに本題に入った。


 ステファンはヴィヴィアンが語った国の現状に憤り、クーデターを誓ってくれた。

 後日ヴィヴィアンまたはステファンから話をした他の元生徒会メンバー達も賛同してくれた。


 それから三年間、ヴィヴィアンは一日三時間睡眠で働いた。

 

 まず王宮での味方の選別。王や自国貴族のスパイは金で雇われているぬるい者が大半なので、金で雇って二重スパイにした。

 面倒なのが他国のスパイで、ほどほどに流しても問題ないような情報やダミーの情報を流して泳がせた。ソツがなく優秀と思われるスパイは危険なので適当に罪状をつけて死刑を実行していった。


 現在政に携わる貴族はおおよそ二種類に別けられる。完全に腐りきっているか、家のために腐らざるをえなかったか。


 腐らず正義を持って王宮を追い出された貴族を調べるのは簡単だった。ヴィヴィアンは簡単に調べられる立場にある。また、税収を見るだけでも王家に靡いていない貴族は割り出された。


 王の側近、腐った奴らは税を優遇されている。逆にとびきり酷遇されている領地の貴族は王政と対立している。ヴィヴィアン達の味方に取り込む余地は十分にあった。


 ヴィヴィアンがリストアップし、ステファン及び元生徒会メンバーが交渉しにいき、水面下で仲間は着実に増えていった。


 実のところ美味しい思いをしている貴族なんて王宮にいる上層部のごく僅かで、国の大半が現王政に不満を持っていた。


 腐った奴らだって若い頃は正義を持っていた者もいるだろうに。初めての不正では躊躇いや罪悪感もあっただろうに。罪悪感も緊張感もないほど不正に慣れきり骨の髄まで腐った奴らは手遅れだが、若い貴族や騎士にはまだ正義が残っている者もいた。


 腐った親と仲が悪い子供も狙い目だった。不正の証拠を献上してくれたり、正義のために殺さずとも寝たきりになる毒を盛った者もいる。特にずる賢く頭が回る不正のスペシャリスト、財務大臣を抑えた孫の功績はデカい。スペシャルサンクス。


 ヴィヴィアンは我武者羅に仕事をこなし、王の仕事も手伝い、不正の証拠を集めまくった。

 


 時は遡り、新婚半年のエマニュエルは側妃であるヴィヴィアンの寝室の前で押し問答していた。


「通せ!俺は王太子だぞ!一緒に夜を過ごしてやるとヴィヴィアンに伝えろ」

「恐れ入りますが、ヴィヴィアン妃は側妃になられる際に、殿下とは寝室を別にする契約を結ばれたと存じております」

「うるさい。俺はヴィヴィアンの夫だぞ。妻を抱く義務がある」


 エマニュエルは生まれてこのかた欲しい物は全て手に入れてきた。あれが欲しいと指をさすだけでなんでも手に入った。ヴィヴィアンを婚約者にした時もそうだった。


 あまりにも簡単だった。

 

 欲しい物は手に入れないと気がすまないしキレるのだが、簡単になんでも手に入る状況に無自覚に倦んでいた。


 たびたび城を抜け出していたのもソレだ。薄汚い平民がうじゃうじゃいる埃っぽい街が好きなわけではない。護衛を撒いて城を抜けだすスリルを楽しんでいた。


 抜け出すのを完璧に阻止されると癇癪持ちの赤子のようにキレて護衛をクビにするので、護衛達は三回に一回は止めて残りの二回はこっそり後をつけて護衛していた。クソ王太子のお守りはクソ面倒である。


 そんな中、出会ったのがキャンディだった。


 そこそこに可愛く、恋のかけひきを楽しませてくれる身分の低い女。婚約者がいる王太子と不遇の男爵令嬢の禁断の恋。

 この「禁断」こそがエマニュエルのハートを燃やした恋のスパイスだった。


 身分差を乗り越え、キャンディを正妃に迎え入れ、めでたく結ばれたとたん恋は色褪せた。

 婚約者がいる状況で婚前にする禁断のエッチは刺激的で気持ちよかったが、いざ結婚し周囲から「どうぞ子作りしてください!」という状況になるとヤる気が起きない。


 アレが欲しいコレが欲しいと宝石やドレスを税金で買い集めるキャンディは、無能で強欲でワガママな妹と大差なく、なんなら容姿は妹に劣る。国一番の美貌を誇るヴィヴィアンとは比べるまでもない芋女だ。


 なぜ俺はこんな芋女に夢中になっていたんだ?


 夢から醒めたようにエマニュエルはキャンディとの恋から醒めた。

 そして急激にヴィヴィアンが欲しくなった。触れてはいけない美貌の妻。


 ダメだと言われると欲しくなるのがエマニュエルの性分だ。ウルトラハッピーお花畑脳は自分にとって都合の悪いことなど覚えていない。自分がヴィヴィアンに吐いた言葉も契約も忘れて意気揚々とヴィヴィアンの寝室に向かった。


 ヴィヴィアンが厳選した信頼する護衛騎士達はヴィヴィアンの寝室を守った。エマニュエルがクビにしてやると喚いてもそんな権限はエマニュエルにない。


 かつてエマニュエルがクビにしたと思っている護衛騎士および使用人達だって、エマニュエルの機嫌をそこねないよう部署移動しただけであった。


 毎晩しつこいので側妃における誓約書を読ませてやると、さすがのウルトラハッピーお花畑脳もヴィヴィアンとは子作りをしないという契約を思い出した。


 なぜそんな契約を結んだんだっけ。子作りは妃が最優先すべき仕事だ。ヴィヴィアンだってエマニュエルとの子供を望んでいるに違いないのに。


 そうか、キャンディのせいだ。

 エマニュエルは学生時代キャンディにたぶらかされていた。キャンディに騙され唆され、真に愛しあうヴィヴィアンとの仲を邪魔された。


 自分の都合の良いように記憶を書き換えるウルトラハッピーお花畑の脳内では、キャンディはエマニュエルを騙しヴィヴィアンを貶めた悪女になっていた。


 実のところキャンディは話したこともないヴィヴィアンに虐められたと虚言し、ヴィヴィアンに冤罪をかぶせて王太子妃の座を手にしたので、ウルトラハッピーお花畑脳の妄想とそう遠くはない。


 よくよく考えてみれば見た目もマナーもダンスも知識も、ありとあらゆることでヴィヴィアンに劣るキャンディに夢中になっていたのが不可解だ。


 まともな思考ならキャンディを正妃に選ばない。一夜だけならいざ知らず。学生時代のエマニュエルはまともではなかった。まともな思考を奪われていた。呪術としか考えられない。


 エマニュエルは激怒した。


 キャンディという悪女、いや魔女によって真に愛するヴィヴィアンとの貴重な青春を奪われたのだ。許せるはずがない。


 エマニュエルは王に進言し、キャンディを魔女裁判にかけ、魔女として火炙りの刑に処した。


 これにはさすがのヴィヴィアンも驚いた。

 仕事とクーデターの下準備で忙しく、彼らの痴話喧嘩に介入する気も暇もなかったので他人事ではあるのだが。キャンディは火炙りにされながらなぜかヴィヴィアンに恨み言を吐いていた。アーメン。


 ヴィヴィアンは正妃の座を奪ったキャンディに対し恨みはなく興味もなかったのだが、あんなにも熱烈に愛を囁いていた妻を新婚一年で魔女と貶め火炙りに処するなんて、エマニュエルの思考回路はどうなっているのだろう。サイコパスすぎる。


 愛する妻にサイコパスだと思われているエマニュエルだが、彼は記憶を改ざんするウルトラハッピーお花畑脳なだけで、エマニュエルの脳内ではちゃんと順序立てた美しい物語になっている。


 エマニュエルとヴィヴィアンの愛を邪魔していた魔女が葬られた。これで思う存分ヴィヴィアンと愛しあえる。

 ウルトラハッピーな妄想をしながらヴィヴィアンの寝室を訪れたエマニュエルだが、もちろん門前払い。とっくにヴィヴィアンは別の部屋を寝室としている。誰もいない空っぽの寝室を守り、エマニュエルの相手をする騎士の苦労は計り知れない。ボーナスを渡した。



 面倒な仕事を進んでやってくれるヴィヴィアンのおかげで王族は暇をもて余した。パーティー三昧に買い物三昧、豪遊し放題。他国からも商人や芸者、あるいはエスメラルダの婚約者候補にと他国の王侯貴族を呼びよせては湯水のように税金を使った。


 近隣諸国随一の税収をほこる国でも、アホみたいに使えばいつか底をつく。


「いい加減にしろ。国庫を空にするつもりか」


 次のパーティーでは希少で高級品のチョコレートで噴水を作り金粉を撒こうとキャッキャ話す王妃と王女に、さすがの愚王も苦言を呈した。


「お金が足りなくなれば税を上げればいいじゃない」

「これ以上上げるのはなァ‥王家の支持率が下がって暴徒など起こされたら面倒だ」


 もう十分支持率は低下している。


「だったら私にいい考えがあるの」


 エスメラルダがきらりと瞳を輝かせた。


「ヴィヴィアンをスケープゴートにするのよ。ヴィヴィアンの浪費が激しいせいで国庫が底をついたって記事を書かせて税を上げるの。それで暴徒が起こればヴィヴィアンを差し出せばいいわ」

「ヴィヴィアンを殺すつもりか?」


 ヴィヴィアンを愛する男モードのエマニュエルが妹の非道な提案に苛立ちを見せる。


「殺されそうなところでお兄様が助ければいいのよ。命を助けられれば高慢なヴィヴィアンだってお兄様に夢中になって、契約を撤回して自分からお兄様のベッドに潜りこむわ」

「‥なるほど悪くない。エスメラルダ、お前を見直したぞ」


 王は考えた。歳のせいか最近妙に側近達が床に伏せっている。そんな中、面倒な仕事を請け負ってくれているヴィヴィアンが死ぬのは困る。

 ヴィヴィアンを馬車馬のように働かせつつ、気がかりだったのはエマニュエルとの仲だ。別の女に子を産ませてもいいが、ヴィヴィアン以上に血筋もビジュアルも揃って良い女は他にいない。

 エマニュエルに命を救われたヴィヴィアンがエマニュエルにベタ惚れすれば、遺伝子の良い子が産まれ将来安泰。めでたしめでたし。


「うむ、それでいこう」


 ウルトラハッピーな未来を想像し、王はもっともらしく頷いた。

 

 そうして以前から王家を讃え汚職をごまかす記事を書かせている新聞社に、ヴィヴィアンが傾国の悪女なる記事を書かせた。



 またもや時を遡り、ステファンが国から酷遇されている貴族に一通り声をかけ終わった頃。


 仲間となった貴族の領地、領民に現状の王宮の腐敗っぷりを記した新聞をせっせと配っていた。

 時には過去の汚職を綴った冊子を配り、時にはチラシで半日後に出る王宮御用達新聞社の先回り記事を配り。


 例でいえば『半日後に◯◯新聞社から「エスメラルダ王女が風邪で次の公務を休む」という記事が出るが、真実は他国で豪遊している』というような。


 ささやかな内容であっても先回り効果は抜群で、国一番の販売部数を誇る王宮御用達新聞社の信頼は、ステファン達の仲間が増えるのに反比例して下がっていった。


 王宮御用達新聞社と王家の癒着っぷりは冊子にして回し読みされた。

 王宮から多額の賄賂を受け取り、王家にとって都合の良いフェイクニュースをさも真実のように撒き散らし、長年に渡って国民を騙しているという内容だ。過去のフェイクニュースと照らし合わせた数々の汚職も連ねて。


 実際新聞社の給料より王家からいただく賄賂のほうが多額なので、新聞の売上が下がっていっても肥え太った新聞社幹部はあまり気に留めなかった。

 売上が下がったなら人件費を削減すればいいと末端社員を切り落とし、切り落とされた元新聞社社員はステファン達の仲間になりクーデター組織の勢力は拡大していった。


 ヴィヴィアンは自分に支給される予算はすべてクーデターの下準備に捧げた。新聞代に武器代、活動費等々。

 事務仕事を請け負うヴィヴィアンなので領収書の改ざんなんてお手の物である。不正には不正を。躊躇いはない。


 ずっと同じドレスを着回し、新しい宝石なども身に着けない質素なヴィヴィアン妃。ヴィヴィアンは豪遊三昧の王族から虐げられ、それでも国民のために働いているという悲劇のヒロイン小説のような記事も出した。


 国民のヘイトが溜まりに溜まったその時。

 ヴィヴィアンの散財で国庫が底をついたため、税金を上げるという御触書が出た。


 国民の不満が爆発した。


 王族の誰より美しく、王族の誰より質素で、公に出る度にクマが濃くなっているおいたわしいヴィヴィアン妃をスケープゴートにするなんて!国民はもう騙されない!


 明朝、ステファン率いるロックフィート騎士団が王宮を制圧した。

 王宮騎士団もトップ層こそ王と癒着があったが、若い平騎士の大半はヴィヴィアンに忠誠を誓ってクーデターに賛同していたため、制圧は容易かった。


「新聞に出てたでしょ!税を上げたのはヴィヴィアンのせいよ!」

「俺は関係ない!悪いのはヴィヴィアンだ!」

「ヴィヴィアンの処刑を許可する!だから儂を解放しろ!」

「私にこんなことしていいと思ってるの?!捕らえるのはヴィヴィアン一人で十分でしょ!」


 此度のクーデターは税を上げたためだと思い込んでいる天然ちゃんな王家一堂は、揃いも揃ってヴィヴィアンに罪をなすりつけようとした。

 

 クーデターの発端者がヴィヴィアンだと知ると、罵詈雑言を吐いてヴィヴィアンを憎み恨んだ。


 日が昇り処刑の時間を迎えた。


 ギロチン台の周りには大勢の民が集まっている。

 強制連行されてきた四人のうち三人は憤り抵抗しているが、なぜかエマニュエルだけは希望に満ちた表情をしていた。


「ヴィヴィアン!」


 責任者として見届けにきたヴィヴィアンの姿を見つけて、エマニュエルは瞳を輝かせた。


「ヴィヴィアン、愛してる!国庫を食い潰す母とエスメラルダ、無能の父を殺して、俺と新しい国を作ろう!二人でやり直そう!」


 なんて澄んだ瞳なんだろう。希望に満ちてキラキラしている。本気でこれでイケると信じているのだ。さすがウルトラハッピーお花畑脳。数時間前にヴィヴィアンに罪をなすりつけようとしたことは忘れているのか。

 後ずさりよろめいたヴィヴィアンの華奢な肩を、ステファンがしっかりと抱き支えた。


「刑を執行してください」


 国民を長年苦しめた王家一族の首。

 観衆は大変盛り上がったが、ヴィヴィアンは嬉しくも悲しくもなかった。


 これからがまた大変である。


 クーデターを率いたステファンは、乾杯の席でヴィヴィアンに新たな国の女王となるよう提言した。


「クーデターを計画した責任があるし、誰かがトップに立たなければいけないのもわかってるわ。でも‥本音は、女王なんてなりたくない。いつか国が安定したら、自由を手に入れて、田舎で静かに暮らすのが夢なの」


 十五歳で出会ってから六年、どんな理不尽な仕打ちにあっても毅然と責務を果たしてきたヴィヴィアンが、酔って初めて零した弱音とも言える本音にステファンはそっと微笑んだ。


「わかりました。では私が王となります。貴女が夢を叶えられるよう、私ができることは何でもします」


 国の名を変え、ステファンが初代国王となった。


 ヴィヴィアンが地道に揃えていた膨大な証拠を元に、長年不正を犯していた腐った貴族や教会幹部、国に溶け込んでいた他国のスパイ達の罪を断罪し首を撥ねていった。


 遺族は爵位を剥奪し、財産を没収。当主と共謀していた痕跡がある親族も死刑だったり流刑だったり、遺族であってもクーデターに貢献した者には爵位を継がせたり新たな爵位を与えたり。


 ケールギー侯爵夫婦は小悪党らしく死刑になるほどでもない罪を細々と犯していたので爵位剥奪のうえ流刑地へ送り、ヴィヴィアンがケールギー侯爵家を継いだ。

 

 国防はクーデターの勢いのままに強化した。

 税を大幅に下げ、貴族優遇の法律を変えた。

 貧困が酷い地方には支援を送り、食を与え職を与えた。

 インフラを整備し、手洗いを流行らせた。


 ボロボロだった国は少しずつ回復し、建国から七年が経つ頃には、一年間当たりの出生数は前の国の倍になった。


 前王政の中心貴族はほぼ死刑か流刑でいなくなったので、クーデターの中心人物だった元生徒会メンバーや、正義によりかつての王政から追い出された貴族、腐った親を裁いて当主の座を継いだ若い者たちがポストについた。


 前王政を深く知るヴィヴィアンは新たな王政のフォローに徹した。王の政務のフォローも、外交をこなしながら外務大臣の育成も。それゆえ王師という大仰な名が与えられた。


 幸いにも皆、長年の悪政から奪還したこの国をよくしたいと向上心に溢れ、みるみる仕事を覚えていったので、建国から五年が経つ頃にはヴィヴィアンが王宮を離れても大丈夫なくらい機能していた。

 

「貴女のご尽力のおかげでここまで立て直せました。解放して差し上げるのが遅くなり申し訳ありません。どうぞゆっくり静養してください」

「私はお払い箱ってことですか?」


 ヴィヴィアンがいなくても王政が機能してるとはいえ、国のためにやることはまだ沢山ある。


「まさか!ヴィヴィアン=ケールギー王師の名は未来永劫この国の英雄として刻まれます」


 国王ステファンは焦ったように弁明した。普段は落ち着いているデカい色男が慌てる姿、かわいい。


「ここに留まってくださるというなら勿論ありがたいですが、貴女に甘え続ければ貴女は一生ここから自由になれないでしょう。十八で王宮に入り‥いえ、婚約を結ばれたのは十の歳でしたっけ?」

「ええ」

「婚約されてから十六年間、ひとときの休みもなく国のために身を捧げてこられたのを存じております。貴女はもう充分国に尽くされました。貴女の献身も功績も国の誰もが知っていて、貴女が幸せになられることを願っています」


 ヴィヴィアンの幸せ。確かにヴィヴィアンは王宮から自由になることを夢見ていた。

 とはいえ生国を潰し、建国させた責任者としてステファン達に丸投げできる性格ではない。

 その後もステファンに説得され、一年の半分は田舎で静養、半分は王宮で働くライフスタイルになった。

 

 そして四年が経った。


「王師様からも言ってください」

「私が言っても変わらないんじゃないかしら?」

「いいえ、陛下は王師様のお言葉は大事にされるので。後継者も問題ではありますが、そろそろ陛下にも幸せになってほしいのです」


 ステファンの側近から相談されているのは、ステファンの結婚問題だ。


 齢三十になり、ますます色気が出てイケメンっぷりに拍車がかかった硬派な若き国王の妃になりたいという志願者は国内外問わず後を絶たないが、ステファンは独身を貫いている。

 まだ十代だった頃、クーデターを誘った際に聞いたステファンの一途な愛。当時はポーカーフェイスで聞ける自信がなかったので深くは聞けなかったが、年を重ねた今ならステファンへの恋心を隠し切れるだろう。今に至るまでバレてないし。


 ヴィヴィアンだってステファンに幸せになってほしいと願っているのだ。


 お庭でティータイムしましょう、なんてメルヘンチックに誘う年齢でもないので晩餐後に酒に誘った。


「昔、私がクーデターに誘った時に、婚約者がいるかどうかお尋ねしたのを覚えてますか?」

「‥はい」


 十八歳のステファンは絶対に手に入らない人を愛していると言っていた。あれから十二年が経った。


「陛下の愛しい人は変わってないのでしょうか?」

「変わりませんね」


 予想はしてたが一途である。こんなイイ男に長年想われている女とは一体何者なんだろう。どんな身分の女でも手に入れようとすれば手に入る立場なのに。


「もしかしてもう亡くなっている方ですか?」


 ステファンは驚いたような顔をした。


「いいえ‥ご顕在です。周りからバレバレだと言われるので、ヴィヴィアン様も私の気持ちはご存知なのかと思ってました」


 寝耳に水である。


「えっ!?私も知ってる人なんですか?」

「まぁ‥そうですね」


 周りからバレバレ、ヴィヴィアンも知っている人、十代の頃から好き、となると王宮で働いている元生徒会メンバーだろう。


 該当者は二人。二人とも確かにイイ女だがすでに結婚している。そして十八歳のステファンが絶対に手に入らないと諦めるしかなかったのは、アカデミーを卒業してすぐに結婚したカーリーンだ。間違いない。


 そっか〜〜〜!!!


 カーリーンは可愛い。賢くて可愛くてヴィヴィアンよりよっぽど愛想がよくて、カーリーンがいるだけでその場の空気が暖かくなる。ヴィヴィアンもカーリーンが大好きだ。同性から見ても素敵な女性。さすがステファン、趣味がよい。女を見る目がある。


 叶うことならステファンに幸せになって欲しいのに、カーリーンは結婚十二年目にして旦那様とラブラブハッピーで、現在なんと第三子を妊娠している。


「そうだったのね‥ごめんなさい、気づかなくて」

「いいえ、謝らないでください。私が勝手に想っているだけなので。側にいられるだけで幸せなんです」


 なんて純粋で一途な愛なんだろう。


「カーリーン様は幸せ者ですね‥」

「え?」

 

 顔を見合わせる。

 何か考えるように視線を落としたステファンが、酒を一口のんだ。


「繰り返しますが私が勝手に想っているだけで、側にいられるだけで幸せなので、ご負担に思わないでほしいのですが、私が愛しているのはヴィヴィアン様、貴女です。十五で出会った時から貴女だけを愛しています」


 ステファンもヴィヴィアンも三十歳。十五歳で出会って十五年。その間にクーデターを起こし国を立ち上げた。人生の半分の時間。


「‥‥‥‥‥私?」

「はい。ですが安心してください。私は何より貴女の幸せを願っています。貴女は自由に生きてください」


 いやいやちょっと待て。


「どうして、言ってくれなかったの?」


 学生時代は王太子の婚約者だったので言えないのはわかる。既婚者だった頃もそう。だけど!クーデター成功した後ならいくらでも言えたのでは?むしろクーデター成功直後なんて最高のプロポーズチャンスやんけ。それからもう九年。なぜ言わなかった?ヴィヴィアンから言えばよかったのか。


「私も陛下を、ステファン様を愛しています」

「‥‥‥‥?」


 ステファンにとってヴィヴィアンへの恋は、女神に忠誠を誓うような、見返りを求めない一方的なものだった。


 十五歳で一目惚れし、生徒会で一緒に過ごした三年間でヴィヴィアン以上に好きになれる人はいないと確信するほどに惚れ込んだ。

 しかし王太子の婚約者である。ステファンの恋が叶うことはない。せめて遠くからヴィヴィアンの幸せを祈った。いつかヴィヴィアンの剣になれるよう一心に鍛錬をしていた。


 そんな中クーデターに誘われたことが、ヴィヴィアンに頼られたことが、ステファンがどれほど嬉しかったかヴィヴィアンは知る由もないだろう。

 ステファンはヴィヴィアンのためならいくらでも命を差し出せた。望んだこともない国王の椅子にだって、ヴィヴィアンのために座った。


「ヴィヴィアン様が‥私を‥?」

「私も一生胸に留めるつもりでしたが、学生時代からステファン様をお慕いしてました」


 いやいやそんなわけ。夢か?とステファンが手を握りしめれば爪が食い込んでちゃんと痛いし、初めて見る真っ赤になった愛らしいヴィヴィアンが嘘だとは思えない。


 頬はリンゴのように赤く、神秘的なアメジストの瞳はうるうる潤み、十代の少女のように恥ずかしそうにしている。可愛すぎる。三十歳だなんて信じられない。ステファンはヴィヴィアンが六十歳になろうが皺だらけになろうがヴィヴィアンだけを愛してる自信があるが。


 予想外の告白に、ステファンは語彙力を失ったアイドルオタクのようにヴィヴィアンが可愛いことしか理解できなくなった。


「‥ステファン様?」


 思考回路がショート寸前で石像のように固まってしまったステファンを、ヴィヴィアンは不安気に覗き込んだ。


「すみません‥あの‥でも、ヴィヴィアン様は王妃にはなりたくないですよね?」


 結婚する気はないと遠回しにフラレているのだろうか。


「王妃にするならもっと若い子のほうがいいですよね‥」

「違っ、そうではなく、ヴィヴィアン様は王宮から自由になりたいと願っていらっしゃったので。私は自分の欲を叶えるより、ヴィヴィアン様に幸せになってほしいのです。やっと王家から解放されたヴィヴィアン様に、また王族になれとは言えません」


 なるほどそういうことか。

 ヴィヴィアンが自由でいるために、ヴィヴィアンにプロポーズすることは考えなかったのだろう。

 ヴィヴィアンは考えた。


「‥私はとっくに自由です。私が解放されたかったのは王家や妃という立場からではなく、両親や前王族達から解放されたかったんだと思います。私はどんな立場でも、もう自由なんです。ステファン様が‥」


 ステファンの大きな手がそっとヴィヴィアンの口を覆った。


「すみません。言わせてください」


 そして宝物に触れるかのようにヴィヴィアンの白魚のような手を取った。


「ヴィヴィアン様。私の妃になってください」


 ヴィヴィアン=ケールギーの幸福は、ステファン=ロックフィートと出会い、彼に愛されたことである。

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