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9−1 北と東の王

「………宰相」


 大砲を率いた南北混成の小隊を見送ったアルティス王が、しばしの沈黙の後に大きく息を吐いて言った。


「何でしょうか、陛下」


「おぬしが馬車に乗れ。妃と王子に合流し、わしの無事を知らせろ。それと、書くものは」


「宰相たるもの、いかなる時でもこれだけは持っておりますよ」


 宰相が、驚いた顔も見せずに、老いた腰から下げていた筒からペンとインクと紙を取り出す。


「南のカンタブリアに救援要請を送る。もはや我が城も城下町も壊滅的だが、まだ生きているものもいるかもしれぬ」


 大砲の積んであった倉庫で、アルティス王が紙とペンとインクを受け取った。そして、意を決した様に、床にどっかりと腰を下ろし、紙に素早く文字を綴っていく。


「妃と王子にも伝えよ」


「最悪お二人とも人質になりますが、お覚悟は」


「自国の民を救えずして何が王か。妃も分かっておろう。それに、そこの交渉を何とかしてのけるのがおぬしの仕事だ。老練さを存分に見せつけてやれ」


「………仰せの通りに。腕が鳴りますな」


「この倉庫の他には、冬用の備蓄倉庫がある。放出すれば炊き出しくらいは出来よう。大きな鍋があればよいが」


「教会の鐘を使うと良いでしょう。先の戦ではそうしておりました故」


「教会か。あそこも堅牢だ。生き残りがいるかもしれぬ。行って助力を乞わねば」


「先代司教とは面識があったのですがね」


「現司教は話が分かる奴だったかどうか」


「確かまだ若かったはず。直で話すとなれば、まあ何とかなるでしょう」


 紙にインクで要請をしたため終えたアルティス王からそれを恭しく受け取って、宰相が言う。


「それよりも、頑丈な手袋と底の分厚い靴を決して忘れないようになさいませ。先の戦の後における城下再興の際に、破傷風で散々な目に遭いましてな」


「恐ろしい病だと聞く。皆にも伝えておこう。では急ぎ我が家族と合流し、この手紙を南の領主に届けるように」


「かしこまりました。お任せあれ」


 もう八十歳をゆうに超えた宰相が、急ぎ足で馬車へと向かっていく。それを見送り、王が粉砕された城へとたった一人で踵を返し、早足で歩き出した。






 目の前に城が見える。先程、跡形もなく粉微塵にしたはずのアルティス城より幾分か小さいが、新しい城。女王陛下は即位して二年、そして二代目だという。


 小ぶりだが頑強な城、整えられた街道や水路、国境の間の狭い空白地帯。そして貧富の差の激しい民達が集う場所を纏めあげたのが、カールベルク。新しい国だ。まだ若い新興国家ながら、騎士団もあれば、魔法使いもいる。


 先代国王の手腕で、激しかった貧富の差も解消し、緑豊かで穏やかな国として今や他国にも知られてきている。そんな小国家である。


 一人、銀で彩られた東の帝国の『王の間』で、その唯一無二の主が目を閉じている。閉じる視界のその向こうに見える、紅い空を飛ぶドラゴンの視界。街に人の気配が少ない。既に避難を済ませたのか。


 アルティス城を完膚なきまで破壊し、街道沿いに一直線にやってきた。途中で何度も何度も執拗に、アルティス王国の残党兵の放つ大砲の妨害に遭ったが、それでも、そう多くは時間も与えていないはずである。


(さて、あの城に女王陛下はいるのか、それとも逃げたのか)


 破壊したアルティス城跡からは王の亡骸は出てこなかった。つまり、逃亡したということだろう。直前まで兵を率いて弓を撃ってきたのは、ドラゴンの目を通して見えていた。一体どうやって消えたのか。


 北部と南部の軋轢の深い国家。城下は地震で壊滅し、今後も手を取り合うとは考えにくい。五十年前までは続いていたという内戦。今更南部の民が北部の王を助けるなどということがあるだろうか。


 だが、何か歯車が合わない。予定調和ではない、そして自分の知らないはずの何かが、帝国の王の胸を微かに過ぎる。今度こそだ。城を破壊し、各国の長たる王達を贄に、大陸の全てを手に入れていく。そうでなければ。


 すると、突如として目前に迫る城のバルコニーが輝きだす。アルティス王国にはなく、このカールベルクにはあるもの。それは、魔法使い達の存在である。


「雷を!」


 王の瞳が、銀色に光る。紅い瞳のドラゴンの目もまた、銀に光る。赤い空から幾重にも、轟音と共に、城へ向かって幾重にも雷鳴が奔る。眩い視界の中で、何故か城の方から自分を目掛けて凄まじい風が吹いてくる。途端に、


『遅ぇな』


 柄の悪い声が、耳元で響く。


『ようこそ我が国へ。歓待の時間だ。最も、時間を長くは取らせないがね』


 落ち着いた低い声も、同時に響く。


 雷よりも速く疾風を纏い、突如目前に現れたのは、一人の騎士を背に乗せた巨大な一羽の大鷲だった。王が目を見張るよりも速く、顔面に凄まじい衝撃が走り、帝国の王が、銀色の玉座から転がり落ちた。

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