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7−2 外科医と鉄梃

 鉄梃を手に家を飛び出し、ロビンは二件隣の館の裏手に走る。


(テオドール坊ちゃんのお父さんは、外科医だったはず。今日は医院は診察日だったはずだけど……)


 クロード・パーシファー・ティーゼルノット。少し無愛想ではあるが、腕は確かな街の外科医。妻が身体が弱く、まだ幼かった頃の息子テオドールを自分が見てやっていたこともある、旧知の間柄である。


 そしてロビンは思い出す。クロード医師の片脚は義足であるということを。こんな突然の揺れだ。逃げ出せる身体とは思えない。医院のドアを何度もノックする。


「先生!! 先生! アーゼンベルガー工房のロビンです!! いらっしゃいますか!!」


 そしてそっとドアに耳を当てる。何かが微かに動く気配と、呻くような声。歪んでいて開かないドアに、三度ほど体当たりする。開いたドアから中に飛び込んで、ロビンは思わず息を呑んだ。


「奥さんかね」


 医療棚の下敷きになっていて動けないクロード医師が、呻く。


「足が挟まってしまって動けんのだ。情けない」


 テオドールと似た赤い髪に、テオドールとは真逆の峻厳な顔付きの外科医が息を吐く。


「他に、お怪我は」


「なに、医療道具が散乱したくらいだ。……その鉄梃は?」


「うちの道具です。今から助けますからね。ちょっと失礼します!」


 あちこちに散乱した道具をそっと踏み越え、微かに見える医療棚の隙間の下に鉄梃を差し込む。


「脚、動かせますか」


「義足でなかったら両足とも潰れていたかもしれんな……」


 片脚が義足だったおかげで、隙間が出来ているらしい。ロビンが差し込んで動かした鉄梃のおかげで隙間が出来た棚の下から脚を引き抜き、クロード医師が呟く。


「………しかしひどい揺れだった。ここにも怪我人が殺到しかねない。早急な救助、感謝する」


 ひどい形にひしゃげた義足と、大きな怪我もないもう片脚を確かめて、壮年の医師が大きく息を吐く。


「とにかく無事でよかった。これでテオドール坊ちゃんにも顔向けできるよ。私、これから近所を回って……」


 その時だった。開け放たれた窓から、一羽の鳥が飛び込んで来る。


『ロビンさんもここにいたのね!? よかったわ。テオドールに無事を伝えておかなきゃ!』


「ロッテじゃないか!?」


 びっくりして素っ頓狂な声を上げるロビンと、突如現れて喋り出した白い小鳥を見てクロード医師が目を丸くする。よく見ると、白いはずの小鳥が、何故かところどころ煤けている。


「ロッテ、どうしたのよ? ところどころカラスみたいになっちゃって……」


 思わずポケットから取り出したハンカチで、ロッテの白い羽根に付いた煤を落としてやりながら、ロビンが聞く。


『ローエンヘルム卿の鍛冶場にいたの。炉の火は消せたけど、ちょっとばかり小火になりかけて大騒ぎだったのよ』


 クロード医師が目を瞬かせ、聞く。


「我が師……ああ、いや、ローエンヘルム卿はご無事か」


『ええ、もちろん、それにティーゼルノット卿もご無事よ。それで、そのお二人から『あなたに』伝言を頼まれたの。あなたが、テオドールのお父様のクロード様ね?』


「ああ、そうだが、あの二人が、私に何を………」


『『騎士団で救護班を作るから、至急城に来るように』とのことよ』


「………私が、城にか? だが今、この医院を空けるのは」


『中庭を救護専用の場所にしたそうよ。騎士団総出で怪我人を運び込むわ。ロビンさん、壊れたおうちも、中に取り残されている人がいないかどうか、私達鳥達が教えてあげる。怪我人の救助、手伝ってくれると嬉しいわ。鉄梃を使いこなせる人なんて稀だもの。もちろん、外科手術が出来る人も。………ローエンヘルム卿は仰ってたわ。『クロードなら必ず来てくれるはずだ』って』


 しばし黙った後、医師が壊れた義足を部屋の隅に放り投げる。


「………奥さん、悪いが部屋の壁側に車椅子がある。引っ張り出してはくれないか。城なら一人でも行ける。奥さんはその鉄梃で町の人の救助を続けて欲しい」


「わかったわ。石畳がところどころ割れてるから、ロッテ、送ってあげて」


『任せて! 後で鳥達が道具を集めに来るわ。窓を開けておいてくれる?』


「わかった」


 少し不思議そうに、クロード医師が一人と一羽に聞いた。


「君らは……一体どういう間柄なのか」


 ロビンが微笑む。


「テオドール坊ちゃんがね、私に素敵な仕事を紹介してくれたんだ。お城に住んでいるお姫様のお部屋を作る仕事をね。おかげで日々に張り合いが戻ってきて、そうだね、恩人みたいなもんさ。昔は、あんなに小さかったのにねえ……」


『私は森のミーンフィールド卿とお城の魔法使いの間を行き来する連絡係。森ではテオドールにはすっかり良くして貰ってるの』


「………あの子がか」


 ミーンフィールド卿といえば、自分が息子を立派な騎士にすべく、半ば無理矢理送り出した第五席の『森の騎士』である。


「そうか、上手くやっているのか」


「ふふ、坊ちゃんは間違いなくとびっきりの騎士になるよ。あのお師匠さんがいれば地震だって大丈夫なはず。奥さんには私からもお手紙を書いておくから」


「……妻の療養している修道院は古いが堅牢だ。おそらく無事でいるだろうが……心細い思いをしているだろう」


『あとでとびっきり速い鳥を送るわ!』


「助かるよ。じゃあロッテ、先生を頼むよ」


『その後は森に飛ぶけど、伝言はある?』


「無事って言ってくれりゃそれだけでいいよ!」


『わかったわ!』


 ロビンに支えられて車椅子に乗り、クロード医師が言う。


「………この部屋の道具を、全部持ってくることは可能か」


『任せてちょうだいおじさま! 鳥達と騎士団に頼むわ。中庭には薬草も少しあるから、どんどん使っていいわ』


「白い鳥よ、貴殿、名前は………」


『私の名前はロッテ。城の女王陛下付き魔法使いファルコの腹心の使い魔で、第五席ミーンフィールド卿の友、つまり、国一番の伝令よ』

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