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1-1 騎士と小鳥

 アーチ型の窓を叩く音が微かに聞こえる。

「おはようロッテ。お見合いの話なら適当に断っておいてくれないか」

 ゴードン・カントス・ミーンフィールド卿。歳の頃は四十過ぎ、顔に特徴的な十字傷がある大柄で壮年の騎士が、いかにも騎士らしい貫禄をたたえた口髭を指先で整えながら、もう片方の手で窓を開けて言う。

 すると、愛らしく軽やかな羽ばたきの音と共に、窓から一羽の白い羽に赤い瞳の小鳥が舞い込んできた。

『うちのご主人様も女王陛下も心配してるのよ? けれどあなたの頼みだもの、いつもみたいに適当に言い繕っておくわね。おはようゴードンさん!」

 騎士と魔法使いの国カールベルク。この国の騎士は、成人の証として魔法使いを伴い諸国を遍歴するしきたりがあった。

 かつて旅を共にした無二の親友でもある魔法使いファルコが女王陛下お付きの魔法使いに抜擢されて二年。城に就任した友は、主に『鳥達と語り合う力を持つ魔法』の持ち主だった。そんな友が、自分との連絡係にしている小さな『使い魔』の小鳥の名前はロッテという。

 おしゃべり、というささやかな力を与えられた真っ白な羽の可愛らしい小鳥は、週に何度も城の様々な情報や主君である女王陛下や友ファルコの近況などを携えてやって来てくれる。

 カールベルク王国の国境の森の中に建てられた煉瓦造りの美しい館の窓から、外の青々とした美しい森を見つめ、そんな騎士が呟く。

「森の機嫌がいいな。今日は午後から久々の雨らしい」

 既に名の知れた騎士ではあったが、彼もまた友の様に『植物達と語り合う力を持つ魔法』の持ち主でもあるミーンフィールド卿が就任したのは、小さいがいくつもの国境と接している重要な森の警備という仕事だった。

『羨ましいわ。私も花の声とか聞いてみたいものね。そこの植木鉢の花はなんて言ってるの?』

 白い小鳥が窓際のゼラニウムの鉢植えの前に降り立って問いかける。

「うむ。『お嬢ちゃんも毎朝ご苦労なことだ。こいつは根無し草な上に堅物と来ている。植物だったらとっくに枯れていただろうなあ。とっとと嫁さんを見つけてきてやりな』だそうだ」

 城から飛んできたこの『お嬢ちゃん』がさえずるように笑う。

『彼にお嫁さんが出来たら私、ここの窓から入れなくなっちゃうわ。それはとても困ってしまうのよね』

「特に女性を避けているつもりはないのだが、こういった勘違いがよく起きるらしい。……最も、花の如き貴婦人達よりは、貴婦人の如き花々と語り合うほうが喜ばしいのは確かだが」

『そういうところなんじゃないかしら?』

「森の花達は私の顔を怖がることもない。この顔のおかげで、森に盗賊が出なくなったのは喜ばしいことだ」

 そんなミーンフィールド卿の顔には若かりし頃の遍歴の名残でもある十字傷が大きく残っている。貫禄ある口髭と相まって、この男を年齢よりもずっと上に見せていた。

『ホント、どんな冒険をしたのかしらね、あなたとご主人様ったら』

「いつか聞かせることもあるだろう。そういえば昨日すぐそこで苺を収穫したのだが、朝食を一緒にどうかね?」

『よろこんでご一緒するわ!』

 いつもの様に人差し指を伸ばして小鳥を乗せてやり、植木鉢に見送られながら階下へと降りていく。

 森の緑の気配がそのまま流れている、城とは異なる静かな館。昨日収穫したばかりの苺の入った籠を手に取ったミーンフィールド卿の肩の上で、ロッテがふと羽を揺らして聞いた。

『……今、森の方から音楽が聴こえてこなかった?』

 鳥というのは人間よりも数倍耳がいいらしい。

「音楽? 吟遊詩人が森で憩うにはいささか早い時間だが……」

『聴いたことがない音ね。なんかちょっと不思議な音よ。城で聞くのとは全然違うわ。遠い国のものかしら……』

 広大ではないがこの森はいくつかの国境に近い位置にあった。

「見に行くか。昼頃から天気が崩れる。誰かが道に迷っているのかもしれん」

『案内するわ』

 籠の中から朝食代わりの苺をいくつか手にとって、ロッテを肩に乗せてやると、卿は館の外へ出て、慣れた森の奥へと歩き出した。

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