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4/リオンのインタビュー

 私の枝はまだ取れないし、もうずっと取れなくても良いと思う。

 仕事中はイヤな人や事件に遭うこともあるけど、それ以上に優しい人が多い。

 今日は警察署の売店でお手伝いだ、頑張らないと。

「あらリゲルちゃん、今日はこっちにいたのねぇ」

「あ、ニューリさん。こんにちは、どうしたんですか?」

「もう年だから車の免許を返そうと思ってね」

「窓口はわかりますか?」

「案内を頼めるかい?」

「もちろん。こちらへどうぞ」

 オレンジ色に茶色の斑点がおしゃれなスカーフの彼女を案内する間、ふと私は気になった。

「免許を返すと運転できなくなりますが、お買い物とか、大丈夫なんですか?」

「正直ちょっと不安ね。かといって子供たちの人生は邪魔したくないし……通販とか、公共交通機関を使うわ」

 となると、家からほとんど出なくなってしまうということで、あの素敵なおばあちゃんたちが一人欠けてしまうということに……ちょっと、嫌だな。

「……該当事項一件。あの、免許を返納した時、証明書を必ずもらってください」

「何に使うんだい?」

「色々な行政サービスを受ける時に役に立ちます。例えば、新しい主人を募集中のロボットとの合コンがあるんですが、そのチケットを優先的に受け取れたり、公共交通機関を使う時に割引価格になったりします」

 なるほどね、と彼女は微笑みうなずいた。

「新しい人生の相棒をそこで見つけるってわけね」

「はい。良い人と会ってください」

「もちろんよ。ありがとね」

 颯爽と免許を返しに行く彼女の後姿はやっぱり素敵だった。

 自分が人間だったら、あんな風に年を重ねたいな。


 勤務時間を終え、私は廊下でベテルギウスさんを待っていた。

 枝があるけど、自分の口でお話しするのはまた違う。

 今日はなにをお話ししようかな。

「名前をもらったのね」

「え?」

 ふと聞こえた声に振り向けば、かつての持ち主が逮捕された時、襲撃してきた彼女がそこに居た。

「私は全てを失ったのに、あなたは得たのね」

 その通りだ。

 私は彼女の家族を奪う事に使われ、所有者が変わってから私は名前も家族も得た。

「どうして? 私はなにもしていない……なんで奪われなければならなかったの」

 答えられない。

 元持ち主は通り魔のようなもので、その犯行は全て場当たり的かつ衝動的なものだ。

「返して。私の家族を返して」

 返せない。

 私は彼女がどこの誰だかわからないし、どの件の被害者遺族なのかもわからないのでどうしようもない。

 自分の罪を知っていても、法に裁いてももらえないのだ。

 胸倉をつかまれそうになり飛び退って距離を取り、それが正解だったと悟る。

 彼女の手にはあの改造スタンガンがあった。

 闇市に潜り込んで私たちを襲ったあの一件、今回のスタンガン……ここで止めなければ彼女はこちら側に来てしまう。

≪リゲルよりベテルギウス≫

≪把握している。待ってろ≫

≪了解≫

 壊されてやっても良いけど、それをやってしまったら彼女は決して戻れないだろう。

「貴女に壊されても良いですが、その前にひとつだけ良いですか?」

「なに?」

「その改造スタンガン、どこの誰から買ったんですか」

 普通の商人なら良い。だが、中には爆発物を仕込む愉快犯もいる。

「あなたの古巣、闇市のダイナキシン」

 まずい。

 私は床が割れるのも構わず踏み込み、拳を握ってスタンガンを持つ彼女の右手を殴りつけた。

 彼女の右腕が吹っ飛びオイルや冷却液、パーツが飛び散りこちらの右手も一部が壊れてしまったがそれどころではない。

 スタンガンを全力で窓から投げ飛ばし、彼女を割れた窓から庇うように抱き込んで床に飛び伏せ、接地する直前。

 私たちは宙に浮いて壁に叩きつけられ、散弾と化した窓ガラスや壁の破片に打ち据えられた。

≪ベテルギウスよりリゲル。生きてるか?≫

≪左腕以外欠損、動力炉緊急停止、非常電源で駆動中≫

≪すぐにラボへ運んでやる。生きてろよ≫

≪システムダウンへ備えます。データの保存を開始――完了

 システムダウ……≫

 目の前が真っ暗になった。


 リゲルに庇われたロボット、レプスが身を起こせばがしゃりと音を立てて先程まで彼女がその手で壊そうとしていたリゲルの上半身が転がった。

 胸部から下は千切れて、酷く傷ついた動力炉外殻下部は露出し、右腕もどこかへ行っている。

 顔は奇跡的に無事だが後頭部は金属製の頭蓋骨に当たる部品が露出していた。

 首のインターフェースカバーも欠損していて、触れても抵抗は無い……今ならウイルスの一つでも流し込めば彼を内側からも破壊できる。

「そこまでだ」

 冷え切った声音と共にリゲルの上半身は警官の服を着たロボットたちに回収された。

「ベテルギウス、すぐにラボへ!」

「わかってる。おまえも来い」

 レプスはベテルギウスに見張られながらもラボへ入れられ、そこで仮初のボディへと移されたリゲルと顔を合わせた。

「リゲル、彼女はレプス……ラビィという女性のロボットだった」

「ラビィ……該当事項一件……彼女の遺族でしたか」

 リゲルは淡々とした口調で言い、レプスへと視線を向ける。

「それで、貴女はどこまでやれば満足なんですか」

 ぴきりと音を立てて空気が軋み悲鳴を上げた。

「私を完全破壊したところで貴女の家族は帰ってこないし、あの男にダメージが入るわけでもない。私一人だけを狙うならそれでよかったし、あなたにはその権利も動機もあったでしょう……ですが、裏社会でも一番頭がおかしいと言われ危険視されていた爆弾魔に金を渡して、あんな物を仕入れて、貴女は一体何がやりたかったんですか。裏社会の者だろうと、あそこで物を仕入れる際、知らなかったというのは決して許されないんですよ」

 沈黙する彼女の横を、傷ついたロボットがまた担ぎ込まれる。

「ベテルギウスさん、あの爆発で人間の被害者は発生しましたか?」

「発生した。現時点では重軽傷を負った者はいても死者は発生してない」

「良かった」

 すると、ベテルギウスは良くねえよとリゲルの額を指先で弾いた。

「彼女のやった事は八つ当たりで、命令下に無い自発的行為だ。おまえがどれだけ庇おうと法の裁きは免れない」

「庇う……庇うですって?」

 怒気を露にするレプスにベテルギウスは立ちはだかり告げる。

「コイツの親として言わせてもらう。リゲルはおまえが罪を犯さないように、常にその身を盾にしていた。おまえが最初に襲い掛かった時、殺人を犯すよりロボットを壊した方がマシだろうと。今回だってそうだ」

 それに、と彼は続ける。

「俺たちはロボット、人間の道具だ。人間の命令下にて行われた行為の全責任は命令を下した人間にある。だが今回おまえは自分の意思で動いた。解体処分も覚悟しておけ」

 がしゃん、と応急処置が施されたレプスに手錠がかけられ、首のインターフェースに逃亡防止等のためのプラグが差し込まれた。

「さて、帰るぞ」

「はい」

 新しいボディが製造されるまでの間、リゲルは人間の六歳児程度の姿で過ごすことになった。


 新しいボディが製造されるまで二週間かかるそうだけど、幸いお仕事はある。

 今日はサンドラさんのお家で家事のお手伝いだ。ニューリさんが、子育てのワンオペなんてやる物じゃない、絶対に掃除や洗濯などが間に合わなくなるから助けてやってほしいって。

「こんにちは、リゲルです。ニューリさんに言われてお手伝いに来ました」

 すると、中に入るよう促され、私はすぐに仕事を理解した。

 おもちゃなどが散乱したぐちゃぐちゃの部屋、溜まった洗濯物や洗い物。子供は元気いっぱいに走り回りお母さんのサンドラさんは疲労困憊という顔で今にも倒れそうだ。

「すぐに仕事にかかりますので、サンドラさんは休んでください」

「ありがとう……洗濯物はもう綺麗になれば良いから、細かい事気にせず洗っちゃってください」

「わかりました」

 洗濯物を片端から集めて洗濯機に突っ込んで回し、その間に汚れた食器を洗って食器棚にしまい、散らかっているおもちゃを片付けて掃除機や雑巾をできる限り急いでかける。

 そうしていると洗濯機が終わったので乾燥機に入れられる物は乾燥機に任せ、干さなければならない細かい物は外に干した。

 今日は暖かいし風もあるからすぐに乾くだろう。

「サンドラさん、お掃除とお洗濯、洗い物が終わりました」

「ありがとう……本当に、ありがとう」

 お子さんは片付けたばかりのおもちゃを引っ張り出している……人間の子育てって大変なんだな。ノイローゼになってもおかしくなさそう。

 疲れた時は甘い物が良いってマスターが言ってた……ジャムとマーガリンでサンドイッチを作れば良いかな。

 片手で簡単に食べられる。

「まだ時間がありますし、軽食でも作りましょうか?」

「良いの? お願いします!」

「はい。パンとジャム、マーガリンを使いますね。あとクッキーの型抜きをお借りします」

 何をするんだろう、とサンドラが見ていると、リゲルはパンにジャムを塗って挟むと子供の目の前でクッキーの型抜きを使って花の形をしたジャムサンドを作って見せる。

「ほら、お花さんだよ。お姉ちゃんもやってみる?」

「うん!」

「じゃあ手を洗ってね」

 準備を整えると、リゲルがせっせとパンの耳を落としてジャムとマーガリンを塗り、子供が型抜きをするとあっという間に小さな可愛らしいサンドイッチができあがる。

 その内のいくつかは子供の口に消えたのはご愛敬というものだろう。

「ママ、見て!」

「上手にできたね」

 笑い合う親子に笑みを一つ零し、リゲルはパンの耳をたっぷりのバターで焼いてグラニュー糖を振り掛けちょっとしたお菓子を作りつつサンドラへと通信を入れた。

≪火や包丁はまだ危ないですが、茹でたお芋を潰したりするような単純作業や、味見係みたいな小さなお手伝いをお願いしてみてはいかがでしょう。温かくて楽しい思い出はいくらあっても困らないと思います≫

≪ありがとう、やってみるね≫

「サンドラさん、お夕飯ですが下拵えをやっておいて、温めるだけにしておきますか?」

「うーん……あ、そうだ。この子のお世話をお願いして良いかな。気分転換がしたいの」

「わかりました。ちょうど乾燥機が終わったので、そっちをやりますね」

 私は子供に小さな仕事をお願いして、一緒に洗濯物を畳んで箪笥にしまい、一頻り遊び相手を務める。

 サンドラさんが夕飯の下拵えを終える頃には子供はお昼寝の時間だ。

「寝ている時は天使ね」

「起きている時は?」

「悪魔よ。そこも含めて可愛いんだけどね。今日はありがとう、とても助かったわ」

「どういたしまして。それでは、失礼します」

 サンドラさんのお家を後にして、私は自由時間でお散歩……できそうもなかった。

≪バッテリー残量四〇パーセント≫

 まっすぐ帰って充電しないと。

 急ぎ足で警察署のマスターの部屋に帰り、猫のベッドみたいな形をした自分用のベッドに寝転がって電源コードのプラグを首に差し込み充電モードに入る。

 このボディは充電式で、動力炉が破損しても爆発の心配は無いけど活動時間が短いのが苦手だ。

 マスターがいつ帰ってくるかはわからない……今の内にシステムメンテナンスとかやっちゃおう。


 リゲルが眠った直後、部屋の主であるリオンはベテルギウスを伴い戻った。

「ただいま……おやおや」

 ベテルギウスが冗談半分で置いた寝床の横には小さな靴がちょこんと揃え置かれ、アルニラム家の末っ子は電源コードを差し込み小さく丸くなって目を閉じていた。

「今日は……一般家庭の家事手伝いだったね」

「ああ。手早く家事やって、子守もやってた。小さな子供に小さな仕事与えて、こうすれば親が喜ぶって教えていた」

 やれやれ、とリオンは微笑み、リゲルの顔にかかった髪を指先で払ってやる。

「こうしていると、人間の子供と変わらないね」

「寝顔は天使、起きてりゃ悪魔って?」

「リゲルはどっちも天使だろう」

「起きてる時に言ってやれよ」

「そこはその、親の特権ってことで」

「へいへい」

 後にこのやり取りを教えられたリゲルは「起こしてくれたっていいじゃないですか」とベテルギウスに膨れっ面を向けたという。


・リオンのインタビュー

 こうして改めて話すというのは、なんというか気恥ずかしいね。

 リゲルは、私にとっては大切な我が子みたいなものだよ。ちょっと天然で優しくて素直な良い子なんだけれど、敵には本当に容赦が無い。

 うん、ずっと裏社会に居たから戦術思考がテロリストや犯罪者のそれになってしまっているんだ。それをベテルギウスが人間の善性になるべく多く触れるように誘導してやってね。

 ベテルギウス? ああ、彼は私の兄弟や長男みたいなものだよ。

 私は体質の問題で電脳化手術が受けられなくて、身分証等を兼ねたチップを埋め込むのがやっとだったし、それだって細心の注意と定期健診によるチェックが必要になった。

 今時は電脳化できてないと色々不便だから、私は警察官になった時に眼鏡のような補助具としてベテルギウスと契約したんだ。

 最初はベテルギウスもリゲルより真面目でね……わかった、言わないよ。

 そうだね……リゲルを迎える前、ベテルギウスによく言われていたんだ。

 自分はいつ殉職してもおかしくないからロボットをもう一体迎えた方が良いって。

 でも、どの子に会っても違うと思ったんだ。みんな良い子だったんだけどね。

 それでズルズルと何年も過ぎたんだけど、リゲルの件で通報があってベテルギウスに潜り込ませた。

 びっくりしたよ。失われると思っていた潜入用のボディは多少壊れていても戻ってきたし、リゲルからデータを抜いただけじゃなくて枝まで生やしてきたって言うんだから。

 それで実際に会ったら多少癖はあるけどとても素直で良い子だった。

 枝から得られる情報は私の端末にも流れていたんだけど、善行を成せる事に歓喜できる子でね、この子だと思った。

 ベテルギウスからもチャンスをやってくれと言われたけど、言われるまでもなく私はこの子が欲しいと思った。

 もちろん大正解だったよ。

 殺人の容疑がかかった時は肝が冷えたし、高値で売れるよう頑張るっていうのにも驚かされたし、ローワンの恐れもわかったけどね、自分の本来のボディを放り出して私物にしてって訴えるあの子はもう子供にしか見えなかったんだ。

 大人のボディでやられたら大変だからベテルギウスを盾にしたけどね。

 傍目から見たら主従だけど、私にとってはベテルギウスもリゲルも家族だよ。妻も気に入ってくれていて、リゲルを運んだコウノトリは寝不足だったんだろうって。

 ……可愛い子には旅をさせよって言うけれど、二十年は長かった。

 いくらロボットの行為の責任は命令者にあると法で定められていても、あの子が知恵を絞って減災に努めても、人間の他罰的感情は抑えられる物じゃない……あの過酷な任務はあの子への刑罰的意味合いが強過ぎた……いや、それしかなかった。

 味方を増やすにはあまりにも時間が足りなかったし、せめてあと二年あれば……いや、私はあの子を私刑から守り切れなかった。

 もっと甘えさせたかったし、時と言葉を重ねたかった。

 私たちはどうしてもベテルギウスもリゲルも置いて行ってしまう……あの子たちが私たちの死に悲しみと喪失感を抱いてしまった時、生と死というものの重さを真に理解してしまった時のために、一つでも多くの温かい思い出を持たせてやりたかった。

 ベテルギウス、おまえはもうわかりかけているね。

 大丈夫、リゲルがいる。あの子は美しい物を見つける天才だ。嵐や泥の中に在っても星を見つけるだろう。

 でも、そうだね……どうしても耐え切れなくなってしまった時、リゲルにはちゃんとお別れを言うんだよ。


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