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3/ローワンのインタビュー

 リオン・アルニラム警部が私のマスターになって二か月。

 まだ枝は生えたままだけど、見られて困るような事なんて無い。

 お休みの日は遠くまでお散歩したり、綺麗なお花や生き物とか色々見たり、近所の人たちとお話ししたりしていたらたまにベテルギウスさんや同僚の方が走ってきたりした。

 別の事件の証拠品とか、証言とか、色々あったらしい。

 一番面白かったのは近所の子に誘われて釣りをやってみた時。

 他の子はみんなお魚とかザリガニとかが釣れているのに、私だけ長靴とか空き缶とかそういうのばかり釣れて、最後は大きくて重たい鞄が三つも釣れた。

「お魚さん入ってるかな?」

 取りあえず水を抜こうとバッグを開けたら中からはそれぞれ帳簿と麻薬と現金が出てきたのでその場で通報。

「お魚さんやザリガニさんの方がよかった」

「リゲル兄ちゃんゴミばっかだもんな」

「俺からすりゃあよく釣ってくれたってやつだがな。リゲル、なにか欲しい物はあるか」

「欲しい物……あ、今度おばあちゃんたちと山や畑に行くから、スコップとか軍手とか、長靴が欲しいです」

 山では山菜を採って、畑ではジャガイモを収穫予定で、畑に入るのも収穫するのも初めてだから楽しみ。

「リゲル、芋掘りとかやってみたいだけだろ」

「はい!」

「楽しそうにうなずきやがって。熊の目撃情報もあるから、俺も行くよ」

 迎えた当日、山に入った私は青いお花のスカーフがよく似合うワスレナおばあちゃんに呼ばれた。

「リゲルちゃん、ちょっと来ておくれ」

「あ、ワスレナさん! 最近見なかったけどお加減どうですか?」

「あんまり良くないねえ」

「え、じゃあ、すぐにお家に帰って休まないと」

 もちろんだよ、と彼女は微笑んだ。

「でもその前にね、リゲルちゃんにやってほしい事があるの」

「なんでしょう?」

「ここを掘っておくれ」

 ここ、と示された地面は不自然に少し窪んでいて、周辺には微妙に乾いた土が草の上にこびりついたりしていた。

 まるで、何かを埋めた後みたい。

「リゲルちゃんにしか頼めないの。お願いできるかしら」

「わかりました、お任せください」

「なるべく深めにね」

「はい」

 具体的な指示が無かったけど、とにかく何かに当たるまで掘ればいいですよね。

 妙に柔らかい地面をひたすらに掘っていると、何かに当たった。

「……布、と骨? あれ、このスカーフ……!」

≪リゲル、それ人間の死体の一部だ。すぐに穴から出ろ≫

「わ、わかりました」

 急いで穴から出ると、おばあちゃんたちを連れて駆け付けたベテルギウスさんは難しい顔で私を見て言った。

「なあリゲル、おまえ十分前まで誰と話してたんだ?」

「え? ワスレナさんですが」

 するとベテルギウスさんとダリアおばあちゃんたちは顔を見合わせ、ベテルギウスさんは仕事の時みたいに厳しい顔になった。

「リゲル、よく聞け。俺に送られていたおまえのデータは位置情報含めノイズとエラーばかりだったし、辛うじて届いていた音声はおまえの独り言だけだ」

「え、そんな」

「今こちらでシステムを簡易スキャンさせてもらったが異常は見当たらない。ついでにもう一つ。今日山菜採りに来る前、最後にワスレナ夫人に会ったのは何時だ?」

「二週間前です」

 データは常にモニターされているはずなのに、どうしてそんなことを聞くんだろう。

「一週間前、彼女は行方不明になって、捜索願が出されている……もうすぐ、殺人事件としての捜査本部が立ち上がるだろう」

「でも、ワスレナさんは確かに、ここを掘っておくれって」

 すると、ダリアさんが口を開いた。

「ワスレナは、きっとリゲルちゃんに見つけてほしかったんだねえ。こんな薄暗い山奥で一人ぼっちなんて、寂しいもの」

「え」

「ワスレナを見つけてくれてありがとう。そうだね、私たち人間もこの世のすべてを科学で解き明かせてはいないんだよ。だからリゲルちゃんやベテルギウスさんに上手く説明できるかはわからないけど聞いておくれ。こういう山は大昔から神様がいるって言われていて、不思議なお話が多いのさ。ワスレナも、きっと神様が憐れんでくださったんだろうね」

 その後、私が掘り当てたご遺体は本当にワスレナさんのもので、私は重要参考物としてラボに運ばれて精密検査になった。

 本当にやってないのに……一週間前はジロー君のトカゲとグリバさんのワンちゃん探して届けたって勤務日誌に書いたのに。その前も後も、働き始めてからは欠かさず毎日たくさん書いたのに。

 ラボで私はデータのコピーを取られ、いつものボディから小さな幼児のボディへと移され、ロボット用の留置所に入れられていた。

 このボディの機能は最低限で無線通信機能なんて元から持っていないし、動力炉も搭載してないから私は壁から生えたコードを首から抜くことはできない。

 人間用の留置所にはトイレなど色々あるけれど、ロボット用にはそんな物は無く、あるのは鉄格子と壁から垂れ下がるコードのみ。

 コンクリートも打ちっぱなしで天井も壁も床も鼠色で、留置所の外にある照明により中は鉄格子模様だ。

 私は冷え切った床にごろりと横になる。

 ベテルギウスさんは仕事モードで怖いし、マスターにも会えない。

 このまま廃棄処分かな……そういえば元持ち主に使われていた時、こんな感じで濡れ衣着せられて換金された人が何人もいたな。

 こんな気分だったんだ……自分の番が来たんだな。

 見つめる天井や壁の模様が変わるわけもない。人間だったらシミュラクラ現象で顔がいくつあるとか遊べたのかな……見ていたってメモリーと電力の無駄だし、寝てしまおう。


≪シャットダウン開始

ベテルギウスよりストップオーダー

シャットダウン中止≫


 意識あるまま解体処分かな。

 的、プレス機、焼却炉……どれだろう。

 人間もロボットも悲鳴上げてたけど、他の、周りの人間はみんな喜んで笑ってたな。

 数少ない娯楽で、人間の死体からは多少だけど肉が取れるから子供や女の人が狙ってたし、主催者は人気取り。ショックで失神した人は誰かの糧になった。

 その場で食べられる焼死体を作れる、上手な人は肉焼き職人なんて言われて子供たちに尊敬されていたな。

 ロボットの場合はメモリーやプログラムのどこを抜き取るとか、そういうので廃人になって行く過程が楽しまれていた。

 昔は何とも思わなかったけど……泣き叫んだって助けなんて来ないし、ああいうのは悲惨であればあるほど観客が喜ぶだけなんだよな。

 理性以外眠らせておこう。


≪情動プログラム凍結開始

ベテルギウスよりストップオーダー

凍結中止

ベテルギウスによりシステムがロックされました

当機の操作権がベテルギウスに移行

当機は当機に対する権限を全て失いました≫


 カメラのピントすら動かせなくなった。

 なにがしたいんだろう。


 一方、有線接続で椅子から離れられないベテルギウスはというと、リゲルがいる留置所内を映すモニターを苦い顔で睨んでいた。

 簡素な薄い衣服をまとった小さな体は床に倒れ伏し、細い手足はだらりと力無く投げ出されピクリとも動かず、首に刺さったコードがネジ留めされていなければ幼児の死体と勘違いされただろう。

「ベテルギウス、どうした?」

「リゲルの奴、勝手にシャットダウンしようとしたり情動プログラム凍結しようとしたりしやがった。しょうがねえから機体に関する一切の操作権をこっちで掌握」

「メンタルの方は?」

「裏社会の記憶で不安定。自分の生存を諦めて、今は人形みたいに何も考えてない」

 リオンは深々とため息を吐いた。

「留置所に行ってくる」

「リオン!? まだリゲルの安全性が確認されたわけじゃない!」

「あの機体は出力も強度も人間の幼児を完全に再現しているのだろう? なら大丈夫だ」

「相手はあのリゲルだぞ。その気になればコードで絞殺する事だってできる」

「ベテルギウス、私はあの子のマスターだし、おまえがいるだろう。全部守ってくれるんじゃないのか?」

「ぐっ……わかったよ……気を付けて」

「ああ、行ってくるよ。私が部屋に入ったらボディの操作権は戻してあげなさい」

「了解」

 リオンはロボット用の留置所に行き、リゲルの部屋に入るとその目の前に腰を下ろした。

「リゲル」

「ます、たー?」

「おいで」

 迎え入れるように腕を広げればおずおずと小さな手が伸ばされ、そっとその体躯が預けられた。

「ますたぁ」

 本当の子供のようにしがみ付いてくるリゲルを抱き支え、リオンは口を開く。

「ごめんね、怖かったね。ベテルギウスも仕事なんだ、わかってあげておくれ」

「はい、それはわかっています……マスター、私……」

「うん」

「私、高値で売れるよう頑張ります」

「え?」

 これには警戒していたベテルギウスも、他に監視していた者たちも「は?」と声を上げていた。

「え、どうして」

「私はこれから小児性愛者に売り飛ばされるのでは?」

「リゲル、リゲル、よく聞いておくれ」

「は、はい」

「君は今、公共物だ」

 勝手に売却する事はできないと真顔で言うリオンに別室に居るベテルギウスは「違う、そうじゃない!」と机に突っ伏した。

「じゃあ、私はマスターの物じゃなかったんですか?」

 信じていたものが足元から崩れ落ちる感覚に、リゲルが人間だったならばとっくの昔に泣いていただろう。

「マスターは私だけど、君の身柄の所有者は政府なんだよ。私はマスターという立場を任されている人間なんだ」

「私は全部、マスターの物だと思っていたのに」

「ごめん……ごめんな。先に言っておけばよかったね」

 力が籠められる腕に、胸に押し付けられる頭の強さに、リオンは軽く背を叩いてやりつつ心からの謝罪を述べるしかできない。

 同時刻、ベテルギウスは「どうしてそうなる」と呻きつつ検査結果と空っぽのボディを受け取り、己の首に刺さるコードを引き抜いた。

「行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 ボディを運びつつ、ベテルギウスはリゲルの様子を振り返る。

 さすがに少し悪い事をしてしまったと思わないでもない。まさかあそこまで裏社会に居た影響が大きいとは思わなかった。

 ワスレナ夫人殺人事件に関しリゲルの証言は完全に怪奇現象として扱われている。証拠としてはほぼ役に立たないため、死亡推定時刻に誰もが認めるアリバイが複数あったのと検査結果に異常が無かった事が彼の潔白を証明した。

 一安心だが、枝を通して流れてきたのは強い恐怖と不安、絶望だった。

 信用の回復に努めねばなるまい。

 そうしてボディを担いで留置所に入ると、

「今からでもマスターの私物にしてください」

「え……えぇ……」

 保育園に通っているような年齢の幼児にとんでもない事を言われ詰め寄られる、困り果てた己の主人の姿にベテルギウスは「どうしてこうなった?」と見張りの同僚に目を向けるが苦笑が返るばかりである。

「リゲル、無罪放免だ。こっちの元のボディに移れ」

「あ、ベテルギウスさん。今それどころじゃないんです」

「ワガママ言うんじゃありません」

 ベテルギウスがリゲルの胴体を抱えてあっさり引き離し、首のインターフェースカバーを開けばぴたりと動かなくなった。

「……ベテルギウスさん」

「ん?」

「……怖かったです……」

 ベテルギウスは無言で小さな頭をひと撫でして元のボディと繋いでやる。

「ほら、移れ」

「はい」

 幼児の体が完全に脱力して数秒後、運んで来たリゲルのボディから微かな駆動音がして彼は起きた。


 私は幸運にも元の体に戻れましたが、問題は全然片付いていません。

「マスター」

「ベテルギウス」

「俺!?」

 マスターはさらりとベテルギウスさんを盾にして……お部屋に戻ってからもそれは続いています。

「リゲル、そこまでこだわる事か?」

「はい……初めての、ご主人だと思ったのに……」

 トライアル中のワンちゃんや猫ちゃんと同じ状況だったとは。

「ナチュラルに初代持ち主を無かった事にしてねえか?」

「アレは嫌です」

「リゲル、気持ちは嬉しいけど君の身柄が完全に私の物になると、各種税金とそのボディの維持管理費と購入費用の請求書が全部私の所に飛んで来るんだ。ベテルギウスも、君と同じ状況だよ」

「リゲル、俺たちロボットを完全に私物化して維持管理できるのは資産家ぐらいだ。一般家庭だと破産一直線だから、体は政府の物だけど心はリオンの物って事で妥協しとけ」

「……わかりました……」

 お金という物量には勝てませんので、今は妥協します。


 ベテルギウスさんのお陰もあって、私は交番勤務のお手伝いをなんとかこなせるようになっていた。

 迷子を捜して保護したり、自由気ままな旅に出た老人に声をかけてお迎えの人が来るまでのんびり世間話をしたり、たまに出るひったくりなどを捕まえて現職の人に引き渡したり。

「リゲル、窃盗犯が闇市に逃げ込んだ!」

 渡されたデータを見ると私は立ち上がる。

「これは急がないと解体されます」

「え、人間だぞ?」

「だからこそです。自分から潰されに行った家畜と変わりません」

 私は先輩を連れて闇市の入口へと走りながら言う。

「経験則ですが、ああいう風に逃げ込むのは裏社会、特に闇市を知らない素人です。盗品を見える位置に抱えていますし、服装が綺麗過ぎるので何も知らない新入りだと思われて袋叩きにされて素っ裸にされます。後は捕獲されて血や内臓を抜かれたり、色々な物品に加工販売され、残骸は家畜のエサなんかにされたりして骨すら残りません」

「無法地帯だな」

「はい。なので最低でも準戦闘型のロボットなど、何らかの自衛手段は必須です」

「リゲルは?」

「家庭用です」

「ベテルギウス、窃盗犯が闇市に逃げ込んだ、すぐに合流してくれ!」

 位置情報を見ると合流してから到着するまで緊急走行でも十分かかる……解体するにはおつりが来る時間だ。

≪ベテルギウスへ支援要請。指定座標に車両を一台回してください≫

≪了解≫

 これでこちらの足は確保できた。

「近道します」

「え」

 先輩を抱え上げ、私は久しぶりに近道を走る。

「近道じゃなくて獣道だろ!?」

「これが最短ルートです。歯を食いしばっていてください、舌が無くなりますよ」

 人間がやるように壁を蹴って建物の屋根に登り、屋上、塀の上と駆け抜ける。

「目標発見、飛び降ります」

 倉庫の屋根から塀へ、塀から地面へと飛び降り袋叩きにされていた容疑者と闇市の住人との間に割って入る。

「敵は私が押さえます。容疑者を確保してください」

「わ、わかった!」

 先輩が手錠をかける音を聞きつつ、私は周りにいる薄汚れた男女に視線を向ける。

「サツが何でこんな所に」

「知る必要の無い事です。お引き取りを」

「はっ、ボンボンが」

 一人が例の改造スタンガンを向けるのが見え、私はそれを蹴り飛ばして別の奴に当てる。

 義体だったのか人工皮膚や筋肉の焦げた臭いがし、当たった奴は叫ぶ事すらできず倒れ伏してでたらめに四肢を痙攣させ、頭から蒸気と共に金属に覆われた脳を吐き出して動かなくなった。

 脳を守るための緊急脱出装置が作動したのだが、この闇市では逆に命取りで地獄への片道切符だ。

「全身義体でしたか」

 放置すれば義体は部品取りにされ、脳は生体CPUとして使い潰されるだろう。

「サツは、殺せないんじゃなかったのか?」

「私は身を守っただけで殺してはいませんよ。彼の今後、生死に関してはあなた方の同士討ち、もしくは事故です」

「なあこの動き、やり口……まさか……」

 すると一人が青ざめた。

「まさか、あの人形じゃねえか?」

「見ねえと思ったらサツの物になってたのか!?」

「え……やべぇ……逃げろ!」

 全員が逃げ出し、周囲からも生体反応が消えるのを確認。

「周囲に敵影無し。盗品も無事ですし、撤収しましょう。長居は危険です」

「あ、ああ……悪いが、そこの義体と脳を回収してくれ」

「かしこまりました」

 私たちは無事に闇市から出る事ができ、ベテルギウスさんが回してくれた車に乗って盗品を持ち主に返したり容疑者を警察病院へ送ったりした後の事だ。

「リゲル、おまえ裏社会に居た時何やったんだ?」

 先輩に聞かれたので、そのまま答える。

「命令通り敵対者を拷問したり、消したりしていました。記憶は提出済みですので、詳細はそちらを当たってください。鑑賞の際はエチケット袋やカウンセリングの準備を整えた方がよろしいかと」

 裏社会の仕事は決して好きな仕事ではないが、命じられればやる。

 私は、そういうロボットで、ボディが交換されてもこの手が、全身が血塗れという事には変わらないのだから。



・ローワンのインタビュー

 リゲル・アルニラムに関して?

 それならリオン・アルニラムやベテルギウスの方が知っているかと……私から見た彼ですか。

 ……そう、ですね。私という人間の弱さと愚かさを遺し、反面教師とする良い機会ですね。

 私は、リゲルの罪と、彼が成しえてしまった事を知ってしまった。

 それ以来リゲルも、リオンも、ベテルギウスも……あのアルニラム一家が怖くてたまらなかった。

 人は、私のような弱い人間は恐怖を隣人にはできない生き物です……語るよりも見た方が速いでしょう。接続の準備を。


≪ローワンよりデータを受信、展開します≫

≪リゲル・アルニラムの裏社会での行動を知った後の記憶≫


 証拠品の映像資料を閲覧するための狭い個室の中、吐ける物はもう何も無く、生理的な涙が滲んでは零れ落ちた。

「プログラムを屁理屈で回避して、自由意思を獲得だと? まるで人間じゃないか!」

 社会秩序は教育による洗脳と、法という名の宗教と、最低限の信頼関係の結晶である。

 あのロボットにそれがあるのだろうか。

 少なくとも、人類は根底ではロボットを信用してはおらず、感情が薄くなるよう設計して人類に反乱しないように、慎重に慎重を重ねて作り上げた。

 リゲルはそれを覆せる、問題作である。

 濡れ衣を着せてでも破壊するか、危険な任務を与えて壊れるのを期待するか、アルニラムに言って眠らせるか。

 しかし、あのアルニラムがそれを許すとは思えない。

 あの男が電脳化してさえいれば、ハッキングして思考を知ることだってできたというのに。

 アルニラムは技能枠での警部だが、採用時の検査で電脳化ができないとわかってからは旧人類のようにその機能を別の機械端末やベテルギウスで補っている。

 そのベテルギウスもボディは準戦闘用の中でも警察用に製造された特別性でハッキング等への防御力は極めて高い。

 結論から言えば、何を考えているのかわからないあの男も、リゲルも怖い。

 こんこん、と壁を叩く音がし、びくりと飛び上がって扉を見れば呆れ顔のベテルギウスとアルニラムがいた。

「ひっ」

「べつに取って食ったりしねえよ。俺のボスがあんたと話しをしに来たってだけだ」

「大丈夫じゃなさそうだな、顔色が悪いぞ」

 常温の水のボトルを、私はそっと落とさないように受け取り、詰めていた息を吐き出す。

「アルニラム……私は……おまえたちが恐ろしい」

 私は、とてもじゃないが彼の顔を直視する事はできなかった。

「……そうか」

「おまえもそうだが、特にリゲルが恐ろしい。あれはなんだ、まるで鋼の体を得た人間じゃないか」

「いつ人間に反旗を翻すかわからない、と?」

「そうだ。人間とロボットが上手くやっていけているのは、互いに制限があるからだろう。人間はその権限を法で縛り、ロボットは人間への服従と感情の希薄化という枷で縛ってどうにか共存しているが、それも過去に危機が何度もあって、それをなんとか乗り越えて歩み寄ったからだ」

「そうだな」

 私はベテルギウスを見上げた。

 ロボットらしい能面ではあるが、目に気遣いらしきものが見える……私の願望が投影されたのだろうか。

「下火になってはいるがロボットから人間への不満が蓄積し続けているのはわかるし、だからこそ人間はロボットに対し優れた主人で在ろうと不器用に努力し続けている。だがリゲルが見てきたのはそんな人間の原始的な、一番汚い部分だ。いつ人間を地球の害虫呼ばわりして駆除しに来てもおかしくはない」

「おまえが私と、特にリゲルを恐れているのはわかった。だからこそ私はここにベテルギウスを連れて、言葉を尽くしに来た。ベテルギウス」

「はいよ。ローワン、俺と接続を。リゲルのデータの閲覧を許可する」

「本人の断りもなく?」

「見られて困る物は何一つ無いって豪語してたぞ。マスターのヌードがあろうが自分は全然困らないってな」

「ベテルギウス?」

 眉根を寄せたアルニラムにベテルギウスは苦笑を返した。

「安心してくれ、その場で教育済みだ。で、どうする? 真実はここにあるぞ」

 知らずに恐れたままか、知ってから恐れるか。

 私はそっとベテルギウスの両頬に手を添えて顔を固定すると、目を覗き込んだ。

「接続を、開始する」


≪ベテルギウス・アルニラムと接続完了

 セキュリティ・最高ランク

 受信データを展開します≫


 人間用に手加減されたそれを、私は夢を見るように追体験する。

 ベテルギウスと、リゲルと二つの視点を同時に味わうのは奇妙な感覚だった。

 ベテルギウスの目から見ると、リゲルはこの世全ての幸福をかき集めたような顔でアルニラムとベテルギウスを慕う、少し天然気味で甘えん坊な良い子だ。

 対するリゲルの視点では、世界が輝いて見えていた。

 映っているのは優しい眼差しと声音を向けるアルニラムを始めとする人間やロボットたち、水をもらったばかりで水滴に彩られた植物、飛び交う小鳥……そのどれもが貴重な宝物であると訴えている。


 認知症により徘徊が多くなった老人――長い年月、ずっと頑張ったんですね

 お使い中に迷子になったと泣く子供――そのお使い、一緒にやったらうまく行きますから、私と一緒にやってみませんか?

 早くお金を振り込まないと子供がと慌てる老人――心配ですよね、だからこそ直接声を聴きましょう

 むずがり泣き叫ぶ赤ん坊――見ていますので、まずはお母さんが落ち着いてください

 彼氏と喧嘩したと訴える少女――え、した≪音声ロックがかかりました≫「話し中悪いな、仲直りなら早い方が良いぞ」≪表社会の喧嘩は普通命までは取らねえ≫


 この時点では相手の死体を消すまでが喧嘩と思っていたらしい。

 様々な人間の喜怒哀楽をその目に映していた。


 ――お給料、ですか?

 ベテルギウスがうなずいた。

「ああ、働かざるもの食うべからず、逆もまたしかりってな。労働の対価なんだから、もらっとけ」

 はい。

「ところで、何に使うんだ?」

 えっと……何に使いましょう? 今まで自由になるお金なんて手にしたことが無かったので……えっと……。


 考えるリゲルは衣服やオイルなど一通りチェック項目を走らせるが、どれも不足はなく困ってしまった。


 ベテルギウスさん、普通の人は初給料を何に使うんですか?

「人それぞれだな。生活費に充てたり、貯金したり、好きな物買ったり、大事な人への贈り物をしたり」

 贈り物。


 リゲルの思考にアルニラムの顔と、腰や肩を摩ったり休憩中に体を解したりする様子が走った。


 医療系の技能データは手が届きませんね……なら、湿布の方が良いのかな。

 マスターの靴下、擦れてボロボロになっているのがあったからそれが良いのかな。

「おまえは主婦か。あと服や家事に関しては奥さんの仕事だから取っちゃダメだ」

 あれ?


 初めての贈り物はベテルギウスを介して夫人に連絡を取って、食料品に落ち着いたらしい。

 他にも子供たちと釣りをしたり、小さな共同菜園を楽しむ老人たちと芋掘りをしたり。

 リゲルはたくさんの笑顔と幸福に囲まれていた。

 そうして、今日の記録だ。


 裏社会の仕事は決して好きな仕事ではないが、命じられればやる。

 私は、そういうロボットで、ボディが交換されてもこの手が、全身が血塗れという事には変わらないのだから。


 ――温かな思い出を一瞬で凍らせる、とても悲しい、冷たい心だった。


≪データの再生終了

ベテルギウス・アルニラムとの接続を終わります≫


 ふらりと揺れる私をベテルギウスは支え、椅子に戻してくれた。

「どうだった」

「そう、だな……自分の罪を、理解していた……」

「ロボットの俺からすれば、あいつは虐待から抜け出したばかりの子供だ。だからこそ善良なもので周りを固めて手を引いてやらなきゃならないと思う」

 それで、とアルニラムの静かな声がした。

「リゲルは、人間への恨みや憎しみの類を持っていたか?」

「いや……むしろ、人間を好いていた。過去に行っていたような事は好きではないが、命令があればやる……と……」

 そうか、とどこか寂しそうな奴の顔に私は自分の眉根にしわが寄るのがわかった。

「何か不満でも?」

「私は電脳化できないから、羨ましいんだ。ベテルギウスも、本気で隠そうと思ったら隠し通せるからね」

「リオン、俺はリオンの物だ。道具は主人を裏切らない。だからどんなに細かい事でも、何度でも聞いてくれよ。俺たちロボットにとっては、好きな人間に使われるってのは嬉しい事なんだからさ」

「ありがとう」

「それにもう俺だけじゃなくてリゲルもいる。リゲルは本当に、俺以上にリオンの事しか考えてないぞ」

「だろうね」

「あともらった給料全部リオンに突っ込もうとしてた」

「え」

「貯金させておいたぞ」

「あ、ありがとう」


≪受信データの展開終了≫


 ご覧になった通り、私は善良で優しい子供を恐れたのですよ。

 馬鹿げているでしょう?

 ええ、こんな、臆病な大人にはならないでください。


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