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1/ベテルギウスのインタビューⅠ

 大きな都市の一等地に構えられた、古めかしい姿の重厚で大きな建物は毎日人の出入りが激しく、一番外のドアの蝶番に人格があったなら「もう好きに通れよ」と職務放棄を決め込んだだろう。

 だが幸いにも、開館時間と定められた間は開いたままで固定され、内外を隔てるのはガラスの自動ドアだ。

 自動ドアを通り、長い廊下を抜けると人類が生み出した様々な物品と共に、最近収蔵された物が展示されていた。

 簡素なプレートにはリゲル・アルニラムと名前が表記され、世界で最も長く稼働したロボットとある。

「アル、あのお兄ちゃん寝てるの?」

 男の子が指さした先には人間にはあり得ないほどに整った顔を持ち簡素な衣服を着せられた青年で、ロボットであると言われなければわからないだろう。

「あのお兄ちゃんも機械なの?」

 アルと呼ばれた青年はそうですよ、と手を引いている七歳程度の男の子に目線を合わせるようにしゃがんだ。

「彼は、何百年も頑張って、やっと眠ったんですよ」

「もう起きないの?」

 展示品の解説資料を読めば、動力炉が抜かれている事と、経年劣化などでデータが破損している事から二度と動くことは無いとある。

「そうですね、もう二度と起きないようですが、彼が起きている時の映像があります。帰ったら見ますか?」

「うん!」


 家に帰って映像資料を探すと数巻に分かれており最初の物を再生すると、一人の青年がインタビューを受ける様子が映し出された。

 短い干し草色の髪に整った中性的な顔立ち、柔らかな曲線を描く丸い青い目には知性が宿り、着る服によっては女性にも男性にも見えただろう。

「私の事、ですか?」

 静かにそう問いかける青年の顔には感情と言えるものは何も浮かんではおらず、無表情と言っても差し支えないほどだ。

「はい。二百年前の宇宙生物襲来事件のデータなどは頂いているのですが、是非あなたの口からも当時を、あなた自身の事を語っていただきたく」

「私の昔話、ですか」

 記者の声に青年は少しばかり考える様子を見せるが、記者は渋っていると捉えたらしい。

「ダメですか?」

「いえ、構いませんが……私は旧型ですので人間や新型に比べて表に出る感情がほとんどありませんし、きっと監視カメラの映像を実況中継のように読み上げるのに近い事になります。人間の方にはかなり退屈な事になるかと」

「いえ、それでも、お願いします」

「わかりました。とても長くなりますので、お茶をお持ちします」

 彼は慣れた手つきで人間の数だけの茶を用意すると差し出し、口を開いた。

「私は、警察に保護されるまでの間、外道に使われていました。今はロボットにも人間と同等の人権が認められ、完全に対等の存在として扱われていますが、当時は私のようなロボットは半分器物で、半分人間という扱いだったんです。奇妙でしょう? ですがメリットもあった。私たちは人間、特に持ち主には逆らえないけれど、その命令下で行われるあらゆる行為の責任は全て使用者に行く事になっていたんです。変に逆らったり命令が無い状態で犯罪をやったりすれば解体処分が待っていましたが……ふふ、私たちの親は人間ですよ? 抜け道もちゃんとありました」

 そう穏やかに微笑する彼の顔は誇らしげであった。



 埃とガラクタが積もった廃工場、そこが私の仕事場の一つだ。

 そこで奇抜な髪色と髪型をし、本来白い肌を焼いて顔面を始めとするあちこちにじゃらじゃらと金属片を付けた、いわゆるチンピラな男が鉄パイプを嬉々として振り回している。

 硬い何かが質量を持った柔らかい何かを打ち付ける音、ぼき、と何かが折れるか砕けるかする音……人体が破壊されるのを私は黙って見ていた。

 悲鳴も泣き声も、命乞いの声すらもう無い。

 それでも、なのか、助けを求めるように伸ばされた歪んだ手の先に居る私を見て絶望に染まる顔を何回見ただろうか。

 両の手では足りない。

「……ふう。おい、片付けとけ」

「かしこまりました」

 押し付けられた血塗れの鉄パイプを受け取り、肌の内外に無数の傷を付けられた裸の女の髪をつかんで引きずり処理場へ向かう。

 汚れて薄暗い廊下を抜けた先には旧時代の宇宙用ロケットエンジンの試験場と、その本体がある。

 証拠品などをエンジンの噴射を利用して吹き飛ばし、跡形もなく消すのがこれからの仕事だ。

 どうせ消し飛ぶからと適当に組んだ処刑台に人体をこれまた適当に括り付けていると、

「たす……けて……」

「できません」

「にんげん、として、めいじます……わたしを、たすけ……」

「できません。私の所有者は貴女ではなく、命令権もありません……十分後、あのロケットエンジンが点火します。私はメンテナンスに入りますので、何があろうと届きません。良い余生を」

 咳き込み血を吐く女性に背を向けた私は制御室に向かい、制御盤からケーブルを引き出し首のインターフェースへと差し込み、タイマーをセットする。


≪ロケットエンジン、システムオールグリーン。十分後に点火。

メインシステム、スリープモードへ移行。九分三〇秒後システム再起動≫


 視界が真っ暗になり、予定時刻に再起動を果たした私は試験場を見下ろす。

 あの人は拘束されたままで、逃げようとする様子も見られない。

≪ロケットエンジン、点火≫

 炎――いや、光が炭すら残さず文字通り消し飛ばした。

 あと何回こんな仕事をやればよいのか。

「行くぞ」

「はい」

 数分後、コンクリートの森林とアスファルトの大地をロボットと人間が行き交う光景の中、私は持ち主の少し後ろを歩いていた。


 杖を突いた老人の荷物を持ち、隣を歩く。

 カフェで頬を紅潮させた女性がちょっと困ったような、それでも幸せそうな顔で何かを話して、聞いている彼も幸せそうに微笑み時折頷いている。

 転んで膝や手を擦りむいて泣いている子供を、呆れ顔で抱いてどこかへと運ぶ。


 みんな私の同胞であるロボットの姿だ。

 私も、あんな風に働けたら……。

 そう思った矢先、女性の悲鳴と持ち主の低い声がし、見ればぶつかったらしい。

「ってぇなあ、おい……あぁ? おまえ生きてたのか」

「ひっ」

 誰だか知らないがまずい。

「意見具申。該当データ無し、初対面です」

「ちっ」

「騒ぎが大きくなれば通報されます。速やかな撤退を推奨」

「うるせぇ!」

 シルバーのごつごつした指輪着きの拳が私の頬に叩き込まれ、システムが人工皮膚と人工筋肉の一部が裂けたと告げる――が、骨や機能に異常はない。

 何故ならロボットの骨に当たるフレームは宇宙船にも使われるような軽くて頑丈な金属製だ、この程度なんてことは無い。

 むしろ人間の手の方が砕け散ったらしい。持ち主は声にならない悲鳴を上げて脂汗を流している。

 脆いですね、とは言わないでおく。

「救急車を呼びますか?」

「っざけんな、金取られるじゃねえか、バカか!? ほんっとに使えないなこのガラクタ!!」

「申し訳ありません」

 周囲も何事かと視線を向け始め、中には通報している人間や同胞の姿も見え始めた。

「チッ……帰る」

「はい」

 戻っても修理はおろかナノマシンの補給すら無いため、目立ってしまう傷はホチキスを打ち込んで固定し、人間のようにテープを貼って隠す。

 フレームから剥がれて垂れ下がり、揺れていた左頬の筋肉と皮膚はあの場で引き千切って捨ててしまっても良かったのだが、居合わせてしまった人間の顔が真っ青だったためやめておいた。

 顎は動かせなくなったが喉のスピーカーがあるため問題は無い。自分は最悪、フレームだけでも動ける。


 それから数日後。

 摩耗の激しい手の人工皮膚はひび割れて剝落し、私の手は人工筋肉が剥き出しになり、指先に至ってはフレームが覗いていた。

 通常ならナノマシンによって指先の皮膚など消耗の激しい所は優先的に修復されるのだが、肝心のナノマシンが補給されなければ意味を成さない機能だ。

 起動して以来一度もまともな補給整備どころか洗浄すら受けていないのだ、遠からず自分は動けなくなるだろう。

「おい、片付けとけ」

「かしこまりました」

 いつも通り投げられたモノを手に処理場へ向かう。

 今度は男性だった。

 街中で私の所有者とぶつかってしまった、運の悪い人だ。

 ズボンのベルトをつかんで運んでいるのだが、義体だろうか、一般の成人男性と比べて見た目に反し少し重い。

 気持ち頑丈に組んだ処刑台に括り付けているとひび割れた声がした。

「あんた、ロボットだろ。助けてくれないか」

「貴方に当機の所有権ならびに命令権はありません。十分後、あのロケットエンジンが点火します。私はメンテナンスに入りますので、何があろうと届きません。良い余生を」

 男性の腫れ上がった目が微かに丸くなった。

「……そうか、残念だ。俺の顔くらいは覚えておいてくれ」

「ジャンクデータは速やかに消去します。さようなら」

 いつも通り、制御室で首筋にケーブルを差し込み、目を閉じる。

 再起動後、床に座り込んだままエンジン音を聞いていたがふと首筋のインターフェースに違和感を覚えた。

 使っていなかったインターフェースカバーに繊維が挟まっていたのだ。

 ……まあ、そういう事もあるだろう。

 汚れた手袋もそのままに、持ち主へと報告する。

「終わりました」

「おー」

「報告事項一点。燃料と処刑台用の資材が少なくなっています」

「ちっ、しょうがねえな。倉庫行くぞ、積み込みはテメエがやれ」

「かしこまりました」

 持ち主と共に車に乗り込み、私は車のコンピュータに接続して自動運転システムを起動し倉庫がある工業地帯へと走らせる。

 一応の運転手として周辺に目を配りながらも積み荷の一人として周辺を見ると、様々な人が働いていた。


「小型原発の調子が悪いみたいっす」

「じゃあ修理頼まねえとな」


 唇を読めばそのような事を言っている、薄汚れた作業着を着た男たちがいた。

 少し上を見れば二つの建物を繋ぐように粒子加速器の太い配管が空を割っていて、割れた空を更に切り裂くのは航空機と、マスドライバーから打ち上げられた宇宙船だ。

 ネット上のニュースを閲覧すれば、地球各地に造られた大規模な地下シェルターとそれらを繋ぐ鉄道網などが完成したらしい。

 数年前、地球外生命体の痕跡を発見したとのことだったが今回のパンドラの箱に希望が残されるかはわからないし、地球外生命体との接触や衝突は人類が発展する上で避けては通れない事だろう……と、コメンテーターが言っていた。

 ニュースの閲覧をやめてまた周りを見ると見慣れない車両や人の姿が多い。

 新入りか迷子だろうか。こんな所に入るなんて、なんて運の悪い。

≪目的地周辺に到着。自動運転を終了します。You have control≫

≪I have control≫

 ハンドルを握り短い距離を走らせ車を駐車場へ入れエンジンを切る。

「……到着しました」

「おう」

 車を降り、暗い倉庫の中へと入る。

 在庫買い取り業者が売れないと判断した物を入れる、通称ゴミ置き場で闇取引に使われる場所でもある。

 入口付近は値札が付いたままの衣類やオモチャなどが乱雑に積まれ狭い。そこを抜け奥に入ると少しだけ広い空間があるのだがこれも衣類品がブティックハンガーごと持ち込まれ、私がそのハンガーを解体したりしているからだ。

 このスクラップヤードを抜けた先に用事があるのだが、

≪異音を検知――右方向より高速で接近する物体有≫

 素早く鉄パイプを拾い上げ、持ち主を背後へと庇ったその時、轟音を立てて壁を突き破ってそれは突っ込んできた。

≪生体反応無し――女性型ロボットと断定≫

 青くゆったりとした、古代ギリシアの彫刻が着ているような服を着た小柄な体躯の彼女の手には高出力の工業用ドリルが握られていた。

 近くの服を投げつけドリルを無効化しようと試みるが出力を上げたそれに簡単に引き千切られるし火の粉まで散っている。

「あああっ!!」

 鈍器のように振り下ろされるそれを鉄パイプで逸らし、弾き、捌き続けるが武器の方がもたず何度か交換する――形勢不利、相手の出力が異常だ。

 一分にも満たない攻防でいくつかの人工筋肉が断裂してしまい、システムは機体の中破を告げている。

 これはまずい。

「この出力……政府による出力制限を破りましたね」

「ええ」

 いくら荒事に慣れ技術だけがあっても、こちらは手入れも補給も無いし、腕力などを始めとする基礎的な出力や機能が劣っていてはこちらが大破してしまう。

「貴方は命令で動いているだけでしょう? 私は貴方の主に用があるの、どいて」

 人間よりも感情が薄くなるよう設計されているはずの同胞をここまで怒らせるとは。

 どの件だろうか、心当たりが多すぎる。

 後ろでは持ち主が「やれ、やっちまえ! さっさと片付けろ!」と喚いている。誰か口を封じてくれないだろうか。

「……できません」

 だが、私にできる事は変わらない。

「所有者を守るよう命令を受けています。お引き取りを」

 はっきり言って、私の持ち主は人間の屑だ。

 強盗、強姦、殺人……起動して以来あらゆる悪事と暴力に付き合わされ、倫理と順法プログラムはエラーを吐き蓄積し、メモリーを圧迫し続けている。

 所有者が血塗れなら、使われた道具も血に塗れないはずがない。


 私たちは道具なのだから。


 それがたとえ、人類の善き友になるようにと願って造られた物であったとしても。

「そう……そうよね……消えて」

 触れれば肉を抉りに来るそれの回転音が上がった。

 突き、払う、左からの薙ぎ、しゃがんで回避、距離を取りつつ服を数着まとめて投げつける――後方に跳んで避けられた。

 が、これだけの距離があれば十分だ。

 やや小さめのハンガーを丸ごと投げつけ視界を遮る。

 その一瞬で持ち主を抱えて更に奥の広間へと押しやり逃がす――破砕音、現れた時と同様に壁を突き破って彼女は追ってきた。

 違うのはドリルに限界が迫っているのか、煙を吹いている事。

「もうやめませんか」

「いいえ、その男は殺します」

 たしかに、ここであの男に死んでもらった方が後の被害者の発生は防げるが、同胞の手を、あんな人間なんかのために汚させたくはない。

 どうにか諦めさせることはできないだろうか。

 そうして何度火花を散らして攻撃を捌いただろうか、限界が来た。

 もちろん、私の方に。

 バキリと嫌な音が体から響くと同時にシステムが機体の大破を告げ、人間の生存本能に当たる自己保存プログラムの方から警告が来てしまった。

≪ナノマシン――empty

 冷却水――empty

 オイル――交換を要する

 機体温度危険域に急上昇

 動力炉に異常を検知――これ以上の稼働は危険≫

「あ」

 ボロボロの鉄パイプが力任せに弾かれ、遠くで音を立てて跳ね転がる。彼女のドリルにも限界が来たのか停止したが、状況は悪化した。

 出力制限が無い彼女は私を素手で破壊できるし、鋼を引き裂けるということは人体なんて簡単に破壊できる。

 そんな彼女は無機質な目に殺意を宿し、無防備な私の懐に飛び込むと拳を構えていた。


「止まれ!」


 聞こえた鋭い声。

≪政府命令を受信、緊急停止≫

 バランスを崩していた私は重い音を立てて床に倒れ込み、見上げると彼女は悔しそうに私の背後を見ていた。

 酷い音を立てて重たく軋む体を起こして振り返ると、警察官に私の持ち主が拘束されており、彼らを束ねる人だろうか、スラックスに白のワイシャツ姿をした、四十代くらいの白人男性がタブレット端末を片手に私たちを視線で射抜いていた。

「戦闘行動は厳に禁ずる」

≪警告――持ち主へのロックオン継続を確認≫

 まだロックオンされてたんだ。

「ひぃっ!? おいガラクタ、さっさとあの女を何とかしろ!」

「政府命令により無理です」

 彼女はじっと私の持ち主を睨んでいて、警察の方々もそれに気づいており武器を構えて警戒している。

 あいつはどうでもいいけど、あんなもののために彼女の手を汚させたくはない。

 戦闘行動は禁じられたが移動は禁じられてはいないので割って入れば盾にはなれる。人間を殺すより、ロボットを壊す方が罪は軽いだろう。

「動くな。そっちはロックオンを解きなさい」

「く……」

 しばらくして、警報が解除され持ち主は命の危険が去った途端へらへらと彼女を嘲笑い始めている。

 どこまで愚かなのか。

 でも、その愚行もここまでだろう。今までの罪を思えば持ち主が逮捕されるのは当たり前だし死刑になってもおかしくはないし、血塗れな私も解体処分だろう。

 でもそれでいい、これ以上罪を重ねずに済むのなら。

 できれば良い主の下で、まともに働きたかった。

 思っていると、端末を見ていた男性が私に向かって微笑みかけた。

「心配しなくていいよ。君の身柄は政府が預かることになった。もうすぐ多くの人を助ける、新しい仕事に就いてもらう予定だよ」

「え」

「君さえ良ければ、当面の間は私が君の主になるのだけれど、どうだろう」

 柔らかな声音と表情に、私の冷たいはずの胸に温かいものが満ちた。

「はい……はい、よろしくお願いします、マスター!」

 やっと、やっとこの手を、力を、善い事に、人のために使える!

 これはきっと、歓喜だったのだろう。

「うん、よろしく頼むよ」

「ま、待て、俺はどうなるんだよ!?」

 私という盾が居なくなったからだろう、元持ち主が真っ青な顔で喚くが返ったのは氷の声音と眼差しだ。

「安心しろ、おまえの使い道はまだある。連れて行け」

「はっ」



 二代目の主に連れられ、政府の建物に入り彼のオフィスに向かう途中、たくさんの人を見た。

 スカーフで髪を覆った女性が男性にあれこれ指示を出したり、黄色みがかかった肌の男性とタブレットを覗き込んで一緒に考え込んだりしている。

 保育所のスペースからは子供たちの弾んだ声が上がり、子守用のロボットが遊び相手になっていた。

「珍しいかい?」

「はい。こんな場所があったんだって」

 私が今まで見て来た人間はみんな冷えて固まっていた。

「そうだね……君が見てきたのはいわば社会の闇で、ほとんどの人間やロボットが見ずに済むものだ」

 彼のオフィスに到着し、促されて中に入ると警官の服に身を包んだ一人の男性型ロボットがロボット用の椅子に片胡坐をかいて座っていた。

 マスターの同僚かな。仕事なら私は邪魔になる前にどこか別の所で待機していた方が良いかな。

「マス……」

「待て待て、俺がここに居るのはあんたの件で話があるからだ」

 あれ?

「彼は私が呼んだんだ。そこにかけて。ロボット用の椅子だから強度は大丈夫だよ」

「失礼します」

 大人しく椅子に座ると、マスターが口を開く。

「さて、自己紹介をしよう。私はリオン・アルニラム。私は警察官でね、主に犯罪に巻き込まれたり、虐待を受けてしまったりしたロボットを保護する仕事をしている。それで彼はベテルギウス。見ての通り警察官のロボットで、私の部下だよ」

「よろしくな。それで、あんた名前はあるのか?」

 そういえば、起動してから一度も呼ばれなかった。

「ありません。いつも“おいおまえ”とか“ガラクタ”や“人形”って……」

 二人は天を仰いでしまった。

「予想はしていたけど酷いね。私が名前を付けて良いかい?」

「はい、お願いします」

 どんな名前になるんだろう。

 マスターは少し考えると何か思いついたような顔をして端末を数回突いて顔を上げた。

「リゲルというのはどうだろう。オリオン座を成す星の一つだよ」

「リゲル……オリオン座……あ、みんなオリオン座ですね」

「おう、改めてよろしくな。それで、俺は二つ謝らなきゃならねえ」

 なんだろう、と私はベテルギウスさんを見上げる。

 初対面のはずだし、謝られるような事はされてないはず。

「俺、あんたと会うのはこれで二度目なんだ」

「え」

 こんなに大きな人、見たり会ったりしたらすぐにわかりそうなのに。

 記憶データが破損しているのかな。

 思った時、違うと手が振られた。

「別のボディ使ってたんだ。このボディは目立っちまうから、潜入用のボディを遠隔操作してた」

「だから該当データが無かったんですね」

「それだけじゃねえけどな。俺はリオンに命じられて潜入捜査やって、悪いがあんたに枝を生やさせてもらった。あんた、死体の処理にロケットエンジン使ってたろ? ボタン一つですぐに点火できるのにわざわざ十分もかけるし、拘束もかなり甘かったし、通路のロッカーや箱の中には包帯や服とかもあった。全部あんたが仕込んだだろ」

 気付いてくれたんだ。

「はい。命令は“片付けろ”でしたから、その場から“無くなれば”いいと」

 少しでも被害が減らせれば、それで足がついて社会の害にしかならない前の主が一秒でも早く逮捕されてほしかった。

「人間みたいな屁理屈だな……でもおかげで助かった。遠隔操作とはいえボディが消し飛ばされるのは気分が悪い」

「枝は思考と記録と位置情報ですか?」

「ああ。どんな考えの下で動いているのか知りたかったからな。それと経過観察のために枝が引っこ抜かれるのは当分先だ」

 それはそうだろう。自分が彼の立場だったら、同じことをした。

「持ち主の影響を受けて、犯罪者の思想や思考に染まってしまっているようだったら君は解体、消去される予定だった」

「あれに染まった私……ですか」

 そんな物は溶鉱炉に放り込んだ方が良いに決まってる。真面目に働いている他のロボットに迷惑だ。

 ベテルギウスさんは苦笑した。

「あんな野郎の下で働くにはあんた、優し過ぎだし真面目過ぎたな」

 ぼすり、と大きな掌が頭に置かれ、わしゃわしゃとかき混ぜられる。

「わっ、わっ」

「ベテルギウス、その辺にしなさい」

「はいよ」

 な、なんだったんだろう。

 目を白黒させていると、マスターが手を伸ばしてくるのが見え、私は距離を取る。

「マスター、当機の冷却システムはほとんど機能していませんので、触ると火傷してしまうかもしれません」

「悪いリオン、人間が耐えられる温度じゃない」

「……ふむ……ベテルギウス、リゲルをラボに連れて行ってくれないか」

「了解。ついてきな」

「はい……あっ」

 ばきり、ととうとう右足の関節パーツが砕けた。

「おっと……大丈夫か?」

「はい。這う事はできても、歩行はもうできそうもありません。直立するのがやっとです」

「気にするな、肩を貸す。リオン、行ってくる」

「行ってらっしゃい、頼んだよ」

 ラボへ向かう途中の廊下で、すれ違う何人もの人間やロボットが私たちを見て驚いたり振り返ったりして、ついにベテルギウスさんが私を頭から爪先までまじまじと見た。

「やっぱ目立つし、こうして改めて見ると結構酷いな」

「そうですか?」

「ああ。撫でてわかったが髪の毛は埃塗れで通りが悪いし、皮膚もホチキスやテープだらけ。服も靴もサイズがまるで合ってない。関節部から異音……機体ダメージ、相当蓄積されてるんじゃねえか?」

「はい。一度もメンテナンスや補給を受けていませんし、現在は機体性能の一割以下の性能しか出せません」

 会話できるのが奇跡というくらい。

「まさか、システムのアップデートもやってないのか?」

「はい。起動してから一度も」

「なんてこった……あー……リオン、リゲルなんだがラボからしばらく出られないと思ってくれ。ボディもシステムも初回起動時からノーメンテ、初期値だ」

 やっぱり、ご迷惑をかけてしまう。

「気にすんな、しょうがねえことだ。新しい服や靴もこっちで用意するから、しっかりメンテ受けてこい」

「はい」


・ベテルギウスのインタビューⅠ

 リゲルに関して?

 保護した当時は身長が一六〇センチ、重量が一〇〇キロ。外見は十八歳の細身で小柄な汎用型の少年。平時における主な用途は家事手伝いで、有事は偵察や後方支援。

 え、そういう事じゃない? えぇ……わかったよ。

(報告書見りゃいいじゃねえか(ボソッ)

 あ、ヤッベ……わかった、わかったって! 真面目に答えます!

 はじめは、よくある虐待されたロボットだなと。

 服も靴もサイズが合ってないし、ボロボロで汚れていて、靴も踵潰してスリッパみたいにしてたから。あちこちにテープ貼ってたし、見える範囲で一番酷かった左頬はホチキスとテープで強引に留めてたし。

 職業柄、虐待されている同胞や道を踏み外した同胞も腐るほど見て、状況によっては処分してきたがリゲルは毛色が違った。

 まず表情が無い。いくら俺たちロボットが人間に比べて感情が薄いって言っても、感情はあるし、どれだけ制御しても普段の癖は顔、特に目元や口元の皮膚に残って見える。

 でも、リゲルにはその癖が製造当初のようにまったく無かった。ほとんど表情を出さなかったんだろうな。

 潜入捜査の前段階で下調べがあったが、通報を受けた時の映像を見て分析しておかしいなって思ったんだ。それで会った時、人間風に言ったらゾッとしたってやつだ。

 コイツは本当に、俺が知ってるロボットか? って。

 それでまあわざと拉致られてボコボコに殴られて、処分されるって時に気付いたんだ。

 処刑台は脆いし、拘束もかなり甘いし、廊下のあちこちにはやたらと箱があるし。

 おまけに「これから寝るから何があっても知らないし、忘れちゃうから。さよなら」だってさ。あからさまに「見逃してあげるので脱走してください」って。

 ロボットなのに、人間の屁理屈を習得してやがったんだ。ロボットなのに。

 情報抜き取りに近寄ったら無防備にインターフェース出したまま本当に寝てて驚いたんだが、虐待されている子供がぐったり倒れているようにしか見えなかった。

 ああ、インターフェースに関しては今も昔も変わらねえよ。ロボットや義体化してる人間の急所だから無防備なんて事は普通あり得ないし、知らない奴に手を伸ばされたってだけで怒る奴もいる。

 だから触らせるってのは最大の信頼でもあるんだ。

 そんでレプス――倉庫でリゲルと戦った女ロボットな――と交戦した当時も機体中破に加えて政府による出力制限がかかっていて人間の一般人の女性と同レベルの身体能力しか発揮できない状態だったが、技術と経験のみで五分の状況を作っていた。

 モニターしてて驚いたよ。戦術思考も技能も完全にロックされてて、あと使えるのって言ったら自己保存プログラムにある回避とか、その程度しかできないようにされてたのになんでそこまで戦えるんだって。

 ラボの技師や研究者も興味持って、吸い出して分析してたよ。

 できた理由? 経験を基にして政府の制限がかからない、独自の戦術思考と機能を組み上げていて、お偉いさんは苦い顔してたな、へっ。

 で、リゲルの元持ち主が逮捕された時、仲間の目を借りて見てたんだけどさ……あいつ、ほっとした顔をしてた。

 枝を通して思考は流れてたからわかったけど、自分の解体処分も「悲しくて寂しいけど、されてもしょうがない」って。

 俺は惜しくなっちまった。

 ロボットは道具だから人間、特に持ち主には逆らえねえ。だけどリゲルは公共の利益のために被害を少しでも減らそうと知恵を絞って、屁理屈まで身につけた。現にそれで何人か助かっている。

 本物の人間みたいじゃねえか。

 だからリオンに一度保護して、再起のチャンスを与えてやってくれねえかと頼んだんだ。

 そしたらあいつは人間の子供みたいに幸せそうに笑って、「やっと人のために働ける、正しい事に力を使える」ってすっげぇ喜んでた。

 一緒に見てた人間は「あんなクズと一緒に居たのに……こんな素直な良い子、処分しちゃダメだよ」って泣いてた。

 リゲルが元持ち主に消したって言って隠したデータも含めて全部ラボで吸い出して分析したけど、人間に対して主とかマスターって呼んだのはリオンが初めてだったんだ。

 本当に欲の無い奴だったよ。

 一番好きなのが絵本だったな。忙しいマスターが自分のために絵本を選んでくれて、しかも読んでくれた。もっとずっと側で声を聴いていたいって。

 それ知ったリオンは何かにつけて可愛がってた……照れるなよ、本当の事だろ。くくっ、そんで俺にとってリゲルは素直で甘えたな可愛い弟分でな、俺や特にリオンが撫でてやるとすっげぇ嬉しそうに笑うんだ。こんなふうにな。

≪表示された画像には、笑いながら撫でやすい位置に頭を持って行く青年の姿がある≫

 ただ、仕事に関しては冷徹って言ってもいいくらいで、一度しか感情が揺れなかった。

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