ヤンキーの恩返し
ダン ドカーン!
いつも通りの朝。
炎や電気の魔法が飛び交い、前の黒板が爆散する光景を、いつも通りと言うのに抵抗はあるが、そう感じてしまったのだから仕方ない。
火地が破損箇所を早急に直していくが、『先生が来る前に間に合うのだろうか』と考えて、俺は時計を見た。
長針が、もう直ぐで真下を指しそうな時間。
そして、ふと視線を逸らすと、誰もいない前の席が目に映る。
俺の前の席は鹿馬だ。
この時間にアイツがいないということは……遅刻ギリギリで、窓から飛び込んで来る可能性が高い。
「危ない危ない」
これ以上火地の仕事を増やさないために、俺は近くの窓を幾つか開けた。
……何となく俺の突っ込んで来るであろうことを察しつつも、一仕事終えた俺は、少し笑顔で自分の席に座り――
「オイ」
ドスの効いた声で振り向いた。
背後にいたのは……深紫色の髪に、学校に似合わない黒い棒球帽を被った、目つきの鋭いヤンキー女子。清建月夜だった。
特に面識の無い、怖い系の女子に話しかけられて、俺の背筋が自然と伸びる。
「は、はい。一体なんの用でしょう?」
「アー……」
清建は顔を伏せ、目を細めて俺を睨む。
……何かやらかしてしまっただろうか。
窓を開けたのが悪かったのか……いや、忠次と共にヤンキーの一団を攻撃したのが悪かったのかもしれない。
あいつらが、清建の仲間だったとか。
「あ、あのー」
「どけどけどけええ!」
その時、外から鹿馬が飛び込んでくる声が聞こえてきた。
いつもならお断りのノーセンキューだが、この場をリセットしてくれるなら、意味はある。
俺が抱いたそんな希望は、俺を庇う様に前に出た清建によって、容易く打ちのめされた。
「フッ!」
「ぐぎゃ!?」
正拳一閃。
彼女の右腕が鹿馬の頭にめり込み、鹿馬はバイ〇ンマンの様に空の彼方へふっ飛んでいった。
彼女の手からは煙が立ち上り、その目はさらに細くなる。
「いいいいいいい……ッ!」
「……」
鹿馬をぶっ飛ばした清建は、ドン引きしている俺を一瞥してから、鳴り始めたチャイムを聞いて席に戻っていった。
「こうぇえ……」
▽
(やっちまった……)
アタシ、清建月夜は自分の席に戻り、動揺を隠すように大げさに足を組んだ。
何事も無く始まった朝礼をまともに聞かず、彼の方を見る。
アタシは彼、科津久周に感謝しなければならない。
何故なら、三年前に命を救われたのだから。
二年Q組が異世界に召喚されて、一ヶ月も経っていない頃。
当時、アタシたちはまだ、異世界の常識や戦闘の基礎を学んでいる最中で、大した力も持っていなかった。
そんな時、アタシは王城で人間になりすましていた魔族に攫われそうになった。
もし捕まっていたら、全員の能力などを拷問で吐かされた末、無残に殺されていただろう。
しかし、実際にはそうはならなかった。
アタシを庇って、科津が魔族に連れ去られたのだから。
酷い拷問を受け、大体の情報はゲロったらしいが、【不死者】の力で死ぬことは無く、科津は三年間耐え続けた。
そのせいで彼はレベルアップできず、身体能力は一般人とほぼ変わらない。
「アタシはその埋め合わせをする義務がある」
まずは感謝だ。
まだ言えていない、あの時のお礼を伝えなければ、ケジメが付かねえ。
▽
「やべえよ、アイツめちゃくちゃ睨んで来る」
「ふぅむ……気晴らしに何度か殴られてきてくれ」
「やだよ!」
清建は、少し離れた自分の席から、チラチラとこちらを睨んでいた。
睨まれる心当たりがある俺と、隣の席の忠次はコソコソと作戦会議をする。
「……まず、アイツの能力ってなんだっけ?」
俺は、異世界でのほとんどを魔王側に拘束されて過ごしたので、クラスメイトの能力をほぼ把握できていない。
そんな事情を察してか、忠次がそれに答えた。
「けんせいだ」
「ああ、追放モノでよく当て馬にされる、あの剣聖ね」
「いや、戦う武器は己一つ。どんな困難も逆境もその拳で全て跳ね除けることを誓った、【拳誓】だ」
「何だそりゃあ……。強い?」
「勿論。キング〇ングが擬人化したものだと思え」
「ゴリラじゃねえか」
嫌だなぁ。
拳で身体をバラバラにされるのは、どこかくるものがある。
「まあ、この俺ならば十中八九、勝利を手中に収めることができるだろう。しかし、それを我らが総統に知られるのは不味い」
「そうだな」
チラッと清建の方に視線をずらしてみると、まだ鋭い目でこちらを睨んでいた。
凄まじい威圧感。人を射殺しそうな迫力だ。
「……分かった。こうなったら、正面から謝ろう」
「だが断る!」
「言いたいだけだろ! ……別に俺は大した事してないんだから、お前一人で行かせてもいいんだぞ」
「……仕方ない、俺の度量の深さを示すとしよう」
「お前の度量の狭さが、事の発端なんだけどな」
▽
「「すみませんでした」」
謝られた。
感謝すべき対象から謝られた。
「……ア?」
「すみませんでした」
混乱して出た言葉に、重ねて謝られた。
一旦落ち着こう。
深呼吸してから立ち上がり、このすれ違いを正そうと、科津に聞いてみる。
「……何について謝ってンだ?」
「昨日の夜、ヤンキー集団を襲撃したことについて」
「アァン?」
コイツら何してんだ……。
確かにアタシはヤンキーの一団を率いていたが、そのグループは中卒と同時に解散した。
なので、襲撃されたヤンキーとやらは、アタシと何の関係も無い。
そんなことも知らずに、科津は一方的に話し続ける。
「確かに、現代日本で暴力に訴えかけるというのは悪かった。けど、それは忠次が三億を奪われたから、その仕返しで――」
「……三億?」
「三億」
……コイツらの方がよっぽどヤンキーなのでは?
▽
「まあ、三億はもういいから、それで手打ちに――」
「……お前、さっきから何の話をしてるンだ?」
「え?」
「お前らが昨日何してたかなんて、一切知らん」
……勘違いしていた。
昨日の襲撃が原因で睨まれているのだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
少し安心して溜息をつき……新たな疑問が思い浮かぶ。
「じゃあ、どうして清建は俺達を睨んでたんだ?」
「睨んだつもりは無いのだが……」
「ん? 何て?」
「いや……用があるのは科津だけだ。付いてこい」
「わ、分かった」
清建の迫力に圧され、彼女の後に続いて教室を出た。
「俺は関係なかったのかよ」
「そうだね。それより、ヤンキーの襲撃ってなあに?」
「ふ、我が輝かしい戦績を……」
忠次の肩に手が置かれ、振り返ってみると、そこには笑顔で聖剣を握る結城先生がいた。
「覚悟はいい?」
「Oh my garr」
ダァン!
「なあ、今教室から変な音がしなかったか」
「いつものことだろ」
「それもそうか」
常時張られている遮音結界を突破する、かなりの轟音だった気がするが……まあ大丈夫だろう。
それより、俺と清建は廊下を進み、階段を登って……屋上の扉の前まで来た。
頑強な扉で施錠されており、出られはしないのだが、
ダン!
清建が拳一つで破壊した。
「よし」
「よくは無いかなぁ」
「あとで火地あたりが直すだろ」
「あいつ過労死しないよな……?」
へこんだドアを踏まないように避け、誰もいない屋上に出た。
明るい太陽の下、清建は俺に向き直り、帽子を深くかぶり直してから、
「あ、あ……ありがとう」
「何が?」
「……三年前、魔王の手先に連れ去られそうになった時に、身代わりになってくれたことだ」
「ああ。あれ清建だっけ?」
言われたら思い出した。
ちょっとカッコつけようと『危ない!』ってやったら、一年くらい拷問を受けることになったヤツだ。
まあ、その拷問も一週間くらいで【五感遮断】を得て、辛くも何でもなくなったが。
これまで思い出さなかったくらい、印象に残っていないことだったが、清建は帽子を外し、誠心誠意頭を下げた。
「すまん……。そして、ありがとう」
「いいよ別に」
「……この借りは必ず返す。楽しみにしとけ」
「はえ?」
驚いて間抜けな声が出た。
ヤンキーの恩返し。不安と期待が999:3といったところ。
慌てて止めようとしたが……清建の美しい冷淡な笑顔に、何も言えず。
彼女は、帽子をかぶり直して、屋上から飛び降りてしまった。
科津君の異世界生活
転移⇒清建を助けて捕まる⇒一年拷問を受ける⇒これ以上情報は出ないと二年放置⇒魔王城を攻めるクラスメイトに救助される⇒療養してたら、魔王が死んでた。