ちかったりべんじ~
「我は悪魔の末裔であり、悪魔の根源でもあるサタン。今は人間社会に潜伏しているが、ゆくゆくは人類を滅亡させ、悪魔族の復活を企てている、最悪の悪魔だ」
「いいえ、ただの人間です」
俺の背後で恥ずかしい言葉を恥ずかし気もなく発したのは、【根源悪魔】の亜藤忠次だった。
左目を隠す眼帯に、超強力マーカーで手の甲に書かれた紋様。
忠次は元から厨二基質な奴だったが、異世界で能力を得たことでそれが爆発した。
それっぽい設定を並べているが、向こうの世界での貢献度は一、二を争うレベルで、本当に人間を襲うつもりは無い。
そんな勇気も無い。
「我が同志たる不滅の者よ。今日という日は虚空の彼方にあるか?」
「……『今日暇?』ってことか?」
「そうとも言う」
「普通に言えよ……。まあ暇だけど」
「ならばよし。付いてくるがいい」
忠次は、身をひるがえして放課後の教室を出て行った。
何だか面倒な予感がしてくるが、忠次には恩があるので、俺もさっさと荷物をまとめて忠次についていく。
「で、何するんだ?」
「過去の傷跡を清算しに。有り体に言えば、復讐というヤツだ」
手のひらに青白い炎を作り出し、キメ顔でカッコつけたが、雰囲気が伴っていないので、あまりカッコよくは無かった。
◇
俺達はカラオケで時間を潰し、夜に活動を再開した。
ちなみに、一番点数が高かったのは忠次のプリ〇ュアOP。
「何であんな高音が出るんだよ……」
「悪魔の力だ」
太陽は沈み、星が煌めく夜空の下で、不死者と悪魔は動き出す。
「いい月だ。絶好の復讐日和といえよう」
「いや、めちゃくちゃ微妙な形だぞ? 三日月でも満月でもない、何とも言えない卵型だぞ?」
「……知らないのか? アレこそが最恐の月、血月だ」
「ブラッド要素どこだよ」
軽口を叩きながら、俺達は夜の路道を往く。
さっきから忠次に連れられて歩いているのだが、目的地が分からず、どこか彷徨っているような印象を受ける。
「お前、どこに行こうとしてるんだ?」
「小悪の収束地だ」
「……復讐相手って、ヤンキーかよ」
想像よりずっとショボい相手に、俺は目を細めて溜息をついた。
「ちなみに、いつ、何されたんだ? カツアゲか? それとも殴られたのか?」
「四年前……異世界のことも合わせたら、昨年のことだな。ボコボコにされて金を取られた。……幾らやられた思う?」
「三千円くらい?」
「惜しい、二億だ」
「どこらへんが惜しいんだ!?」
被害が予想の遥か上をいっていた。
「何で一介の高校生が数億も持ってるんだよ!」
「いや、パ……父に指定の場所に持って行けと言われて――。俺の方が何かと都合が良いらしい」
「運び屋じゃねぇか……」
本当にとっちめるべきなのは亜藤親なのではないか。
今度何かしら探りを入れようと思いつつ、歩みを進める。
「で、今回はその二億を取り返しに行くってことか?」
「いいや、マイブラッドファザーは『取り返さなくていい、通報もするな』と俺に言いつけた」
「ますます怪しくなってきたな……」
「だいたい、金を強奪されたのは悠久の昔だ。あの金は既にロストしているだろう。だが、ボコボコにされた俺の邪悪な怨念は残留、憎幅し、今にも爆発しそうなのだ……ッ!」
つまり、昔ボコボコにされた恨みを、チート能力で晴らしたいと。
何だか凄く俗というか、下らないというか。
「……まあ(どうでも)いいか。先生にバレたら面倒だ、さっさと終わらせて――」
「シッ!」
オーバーな動作で忠次は俺の口を抑えた。
そして、何が起こったか分からない俺に、指をさして何があったか伝える。
ヤンキー。おそらく、忠次を襲ったヤツの一人なのだろう。
「見つけた。アレこそ我が仇敵、闇の眷属ギャリック・マフィアだ」
「マフィアでは無いと言いたいところだけど、二億も奪い取るのは本当にマフィアかもしれないな」
おそらく、アイツに付いていけばヤンキー(仮)のたまり場に行けるだろう。
忠次を先頭に、足音を殺し、物陰を縫うようにして、ヤンキーの後をついていく。
数分ほど歩くと、廃墟となった学校の様な場所に着いた。
仲間のヤンキーが追っていたヤツを歓迎し、廃校のグラウンドで騒ぎ始めた。
「あそこがたまり場だな。どうする?」
「俺が特攻する。久周は正門で逃げるヤツを抑えてくれ」
「厨二語が崩れてるぞ」
「……さあ、敵地に足を踏み入れるとしようか」
「お前踏み入れないだろ」
忠次はニヤリと笑い……背中に翼を生やした。
ドォン!
「オアア!?」
いきなりグラウンドの中央が爆発し、土煙が舞う。
ヤンキー達は突然の衝撃に声を上げ、その発生源を見ると……そこには、怪物がいた。
青紫色の巨体。
ヤギのような顔とヤギのようなねじれた角を持ち、赤い目を迸らせて、丸太の様な腕を振り回す。
それは、まるで悪魔の如き存在だった。
「ヴァアアオオオオオオオオ!」
「な、何だこいつ!」
生きのいいヤンキーが悪魔に突っ込んで行ったが、悪魔の腕が消えたかと思うと、次の瞬間には突っ込んだヤンキーはふっ飛ばされていた。
顔の形が変形し、気絶している。
何が起こったか分かっていないヤツらが、バッドやナイフを片手に怯まずに立ち向かった。
「うおおおおおおおおお!」
「フン!」
しかし、一蹴。
蒼い雷を纏った悪魔が、腕を一振りしただけで、立ち向かったヤンキーは全員昏倒した。
そして、悪魔は何事も無かったかのように、残ったヤンキーを見渡す。
既に三割ほどは昏倒し、残りのヤンキーも腰が引けていた。
「ヴヴゥ」
ポタッ
「ヒィィィ!」
悪魔の涎がグラウンドに落ちたのを皮切りに、ヤンキー達は蜘蛛の子を散らしたように逃げ始めた。
勿論それを許す悪魔ではなく、全力で逃げるヤンキーを一体一体叩きのめす。
彼らは、一斉に出口である校門を目指し。
トットトッ
足を踏み鳴らす、一つの人影を見た。
首が無い男の人影を。
「ヒイイイイィィ!」
チャカッ!
ヤンキーの一人が拳銃を取り出し、そいつを撃ったが、全く効いている様子は無かった。
「銃を持ってるって、やっぱただのヤンキーじゃねえだろ」
そんな声が聞こえた気がして、銃を持っていたヤンキーは気を失った。
「……気は晴れたか?」
「ああ、とても清々しい気分だ。それより、どうして久周は首を外して、彼の敵の前に現れたのだ?」
「ああいう奴らに顔を知られるのはどうかと思って」
そう言って、首を付けながら……俺は廃校の方を振り返った。
ヤンキーが数十人ぶっ倒れていた。
忠次は特に何もしていない。ちょっと変身して、適当に暴れただけだ。
それだけで、ケンカ慣れした、武器を持ったヤンキー数十人が、相手にもならなかった。
これが、俺達が持つ力だ。
「……この――」
「この力は、慎重に使わないとな」
「お前が締めくくるのかよ……」