玩具選び
黒い門を前にする。異様な雰囲気に飲み込まれそうになり、足が前に行くことを止めようとする。
だが、俺は無理矢理にその門へと足を動かし、くぐり抜けようとした。
門をくぐり抜けると一瞬の浮遊感を感じた。いきなりのことで目を目を瞑ってしまったが、直ぐに目を開いて周りを確認する。後ろを振り向くとカエデやカズマ、ライの姿は見えなくなっていた。それどころか場所が変わっている?
「ここはどこだろうか」
薄暗くて遠くの方までは見渡すことが出来ない。誰もいない空間にポツンと佇む俺は、何をすればいいか分からず困っていた。
ライの言い方だとくぐれば何かが起きると言うような話だった。だが、俺には何も…いや、今のこの状況がそうなのか?確かに知らない空間に飛ばされたが本当にそれだけか?
「取り敢えず歩くか」
どこへ向かっているのかは分からないが、取り敢えず自分が向いている方を前と仮定して前進する。
床の感触は石のような硬さで、歩くとコツコツと音がする。
それ以外は誰の歩く音も声も聞こえない。それに風の音も鳥や虫の生き物の音すらも聞こえない無音の空間だ。そんな空間をひたすら進むのだが、どれだけ進めば良いのかすらわからない。なにせ目的地がないからな。
「…そう思ってたんだが、なんだあれ?宮殿か?」
歩いてすぐにそれは現れた。宮殿と言えば白く、美しい意匠が施された柱などがあるものをイメージするかもしれないが、その宮殿はボロボロだった。時間的な風化ではない、意図的に何者かによって壊されていた。原型を辛うじて留めているため宮殿だろうと推測することは出来たが、入りたくない不気味な雰囲気を醸し出していた。
「お邪魔しまーす…誰もいない?」
宮殿の中は外部よりも酷い有様であった。壁も床も傷だらけで争ったような後がある。
とある小部屋に入ると、床には古紙が散らばっており、それを拾い上げると塵になって消えてしまった。
かなりの時間も経過していると見える。それに、この黒いシミは?
いや、推測で物を言うのは良くないな。
「本当にこの宮殿は何なんだよ」
小部屋を出て奥に向かう。何となくだが一番奥に何かがあると予感がする。
大きな通路を真っ直ぐに進んでいくと一際目立つ大扉が現れる。
自分の背丈の何倍もの大きさがある扉だが開けようと軽く押すとそれは簡単に開いた。顔だけをチラッと覗かせて中を確認する。やはり、人影はどこにもない。だが、部屋の中央には椅子が置かれていた。
誰もいないことを確認し、そ~と部屋の中に入る。
「ここが宮殿の一番奥か?」
部屋の中央には椅子が置かれている。しかし、ただの椅子ではなく、華美ではないがそれでも普通の椅子には施される筈のない装飾があった。
『座れ、それが王の証だ』
声がする。誰かもしらない声がする。
『座れ、お前は我々に選ばれた』
「誰だ?一体どこの誰に俺は選ばれたと言うんだ」
『座れ、選ばれた者には義務がある』
「義務?それは何の義務だ?というか本当に誰なんだ?ここに来るまでに俺は誰とも出会わなかった」
誰だ?ここには誰もいないはずだ。俺しかいない……いや違う。
あの男はなんと言っていた?俺はライが言っていた言葉を思い出す。
『君たちは、まだ本当の合格者ではない。次に君たちにやってもらうのは、自分の玩具を手に入れることだ。つまり、玩具選びだ』
そう、俺は玩具選びをしないといけない。つまり、これが俺の玩具?この椅子が玩具になるのか?
「お前が俺を選んだのか」
『そうだ。我々はお前を見ていた。お前を感じていた。お前を知っていた』
「俺はお前たちを知らない」
『知る必要もない。座れ』
俺を選んだというこの椅子は、俺に座れという。
次に進むには座らないといけないだろう。避けては通れない道だ。なら、今更躊躇する理由がどこにあるというのか。
俺はその椅子に座り、腰を深く下ろす。すると、俺を中心に景色に変化が訪れた。
『我らが王は帰還を果たした。かの古き神は約束を守り、我々に王を与えた』
その声が聞こえた途端に先程まで聞こえなかった声が聞こえる。人のような声が。何かを訴えるような大きな声が聞こえてくる。そして、その声は次第に大きくなっていく。
『我らが王は賢き王である』
『我らが王は慈悲深き王である』
『我らが王は強き王である』
『我らが王は尊き王である』
王を称える声が大きく、そして多くなっていく。
亀裂が走り、いつ壊れてもおかしくなかった天井を支える柱はいつの間にか綺麗な黒い壁に変わっていた。床は鏡面のように磨き上げられ、先程までの光景は一欠片も残っていない。
そして、閉めていた扉がゆっくりと開く。そこから現れたのは大勢の影であった。
真っ黒い影であるが、姿形は様々であり、明らかに人間ではない影の姿もある。
影はゆっくりと椅子に座る俺に向い、やがて止まる。そして、一斉に片膝を立て見ながら頭を下げて制止した。
「な、なんなんだ。というか、立てねぇ」
椅子のせいなのか、立とうとしているのだが足に力が入らず、動けない。
化け物みたいな奴が大勢居るのに椅子にふんぞり返っているわけにはいかにため、なんとか椅子から離れようと試みるが失敗する。
黒い影のうちの一体が側に近づいてくる。人形のようで腕や足のシルエットがはっきりと分かる。
『これを』
「……鍵?」
『【パンデモニウムの鍵】』
「これで何が出来るんだ?」
『我々を呼べる。我々は王の矛となり盾となる存在。そして、王の欲を満たす存在』
「…つまり?」
『王の目的にそれを使用すれば、我々の誰かが来る』
なるほどね。それが俺の玩具なのか。玩具って言っても子供が使うような玩具じゃないな。
化け物を呼べる鍵が玩具っていうのはいささか言葉が幼稚過ぎる気がするんだよな。
「お、もう動ける」
『儀式は終えた。パンデモニウムは再び歴史を刻む』
「帰りたいんだけど…というかこの声、お前だよな?」
『…時期に精神世界から覚める』
影がそう言うと段々と視界がぼやけていく。目の端から次第に見えなくなっていき、影の歓声のような声が聞こえなくなっていく。
『王よ、我々を使え、その欲を満たせ。そして―――』
完全に聞こえなくなったところで目が覚める。
「…っは!?」
目を開けると俺は門をくぐり抜けていた。そして、手にはあの空間で影から渡された古い鍵が握りしめられていた。後ろを振り向くとカエデが手をこちらに振る。
「…マジで夢のような感じだな」
門をまたくぐり抜けるのは嫌なので、門の横を通ってカエデたちの元に帰る。
ライに鍵を見せると意外そうな顔をして、俺と鍵を見つめる。
「おぉ!それは彼らが認めたのかい?凄いねぇ」
「なぁ、コイツラは一体何なんだ?俺は王とか言われたんだが」
「え?おじさん、王様になったの?」
「なってねぇーよ。それよりもあの門くぐる時は用心しろ。俺は、いきなり知らない世界に飛ばされた」
「知らない空間?でも、貴方はずっとそこにいましたよ?」
カズマは疑わしいように言う。それを聞いて納得した。こっちでは時間が数秒しか経過してないのか。
そして、あの影が言っていた言葉。精神世界…恐らく俺の精神だけをあっちの良くわからない空間に飛ばしたのだろう。
俺はその話を二人にするが、良く分からなそうに頭を傾げる。
それもそうか。この話をいきなりされて理解しろという方が無茶ではあるのだ。だが、知っていると知らないとでは違うと思うため、一応俺は話しておく。
「うん、わかった!ありがと、おじさん」
「次はお前か、頑張れよ」
「うん!じゃあ、行ってくるね」
「頑張ってください」
俺とカズマがカエデを見送る。
俺の横でライは俺に声をかけること無く独り言のように呟く。
「彼らは悪魔と呼ばれる存在です。そして、そんな存在を呼ぶのがその玩具の性能ですね」
「とんでもないな」
「はい。ですが、それには制限があるのですよ」
「制限?」
「まず使用者は悪魔に使用を許可された一人だけ。使用して呼べる悪魔はランダムかつ一人まで。その玩具を使った人は数十年も前のことですね」
「その人は?」
「死んでいますよ。そして、次の制限はこの話に関わってきます。呼ばれた悪魔は、必ずしも言うことを聞くわけでは無いのです」
「……は?」
悪魔と言えばかなり危険な存在であることは予想することが出来る。それも、人間の身で叶うはずのない化け物であると考えられるだろう。そんな化け物を呼べるが、制御することができない?
じゃあ、呼ぶリスクの方が高いじゃねぇか!意味ないじゃん!
「その数十年前の使用者も呼んだ悪魔によって殺されています」
「……チェンジって」
「出来ないですよ。選ばれた玩具が存在する限りね」
俺は膝を付く。
腹いせに手に持った鍵をギュッと握りしめるが、手が痛くなるだけだったので力を緩めた。
壊せそうなくらいに脆そうな見た目してるんだけどな。
「おじさん、どうしたの?」
「おじさんはね、今、打ちひしがれているんだよ」
カエデ?ところで君の肩に乗っているそのスライム見たいな物体はなんだい?ポヨポヨしていて可愛らしいけど、俺の持っている鍵と交換…あ、駄目ですか。
カズマもこの後サクッと門を潜って剣を腰にぶら下げていた。なんでも空間の中で剣の稽古をつけてもらったのだとか。その剣、ちょと見せて欲しいなぁ~って…え?いやいや、そんな奪うつもりなんか無いですよ?ただその剣でこの鍵を壊せないかなって。
それからカズマにお願いして鍵を攻撃してもらったが、鍵は傷ひとつつかなかった。
なんでそんなに硬いんだよ!