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前編

 玉座の上の王子殿下が、よく通る声で言いました。


「私はフィオナ・リヒター公爵令嬢との婚約を……」


 婚約式の席上です。

 正装のドレスを着た私は、ドキドキしながら次の言葉を待ちます。


 破談にすると、婚約破棄すると言って!


 お願いです。


 ☆


「余命30日、ですか?」


 私は余命宣告を、他人ごとのように聞いていました。


「はい。リヒター公爵令嬢フィオナ様。あなたの命の火は30日後に消えることでしょう」


 結婚の祝福を受けるために神殿に来たのに、不吉な預言を与えられ、父上が顔を真っ青にしています。


「娘は29日後に婚約式なのですよ!」


「私はどんな死に方をするのでしょうか?」


 白い斎服の大聖女が答えました。


「女神様の御心のままに」


 私と父は神殿を辞しました。お礼を言う気持ちにはなれませんでした。


 帰りの馬車の中で、父は言いました。


「何かの間違いだ。フィオナ、20歳で死んでしまうなんてありえない。気をしっかりと持て」


「大聖女様の預言に、間違いはありません」


 預言は神の言葉を預かる行為です。預言は絶対に成就します。


「こういうときどうしたらいいんだ。ああ、妻が生きていてくれたら」


 母は私が幼い頃、天に召されてしまいました。


「今夜の舞踏会はどうする? 欠席の届けを出そうか」


「いいえ、出席しますわ」


 私は生まれたときから、王妃になることが定められていました。語学に教養、王妃としてのマナー。ダンスに社交の場での立ち居振る舞い。自分を律して生きてきました。


 そんな私にとって、病気でもないのに舞踏会を欠席することはできません。まして、殿下主催の舞踏会です。


「フィオナはいつも冷静沈着だな」


 冷静沈着。聞き飽きた言葉です。

 芋くさ堅物地味冷静令嬢――それが社交界での、私の評価でしたから。


 ☆


「コルセットはやめて。髪は結わずにとき流して。化粧もいいわ。宝石もやめます」


 メイドが驚いて聞き返します。


「どうなさったのですか!? お嬢様っ!? いつもキツキツに髪を結って、コルセットをギュウギュウに締めて、重い宝石をお飾りになるのに」


「楽をしたいのよ」


「かしこまりました。お館様からは、お嬢様のしたいようにと承っております。では、楽で、魅力的になるようにいたしますわ。髪にウェーブをつけて、少しだけ編み込みをしてロベリアのお花を飾りますね。金髪にはお花が映えますわよ」


 ☆


 王宮執事の手によって、両開きのドアが開かれました。


「フィオナ・リヒター公爵令嬢、お出ましでございます」


 シャンデリアが輝く王宮の豪華な部屋で、令嬢と騎士たちがダンスを踊っています。


 ――あら、フィオナ様が遅刻なんて珍しい。


 馬車で王宮に向かう途中、少年が道ばたに倒れていることを見てとって、馬車を止めて救助していたのです。


 いつもなら舞踏会を優先して、救助は護衛の女騎士に任せるところですが、私はいずれ死ぬ運命です。遅刻してもどうということはありますまい。


 ――フィオナ様いつもと雰囲気が違うわ。

 ――いつもは気高いのに、今日はなんだかかわいらしくていらっしゃる。

 ――芋くさ令嬢が、こんなに垢抜けるなんてびっくりだ。

 ――フィオナさんって、意外にスタイルがいいんだな。

 

 婚約者が私に歩み寄ってきて、騎士の礼をしました。


「ダンスのお相手を、フィオナ嬢」


「喜んで」


 私は殿下の手を取り、大広間の中央へと向かいます。

 お互いにおじぎをして両手を組み、身体を寄せて踊ります。早いリズムの舞踏曲。


 スロースロークイッククイック。ハーフターン、フルターン。サイドシャッセ。


 殿下とは何十回も踊っているから、慣れたものです。スカートと金髪が翻えり、髪につけた花が揺れます。


「いつもと雰囲気が違うが、どうしたんだ?」


「人生は短いからです」


「? あはは。その通りだ」


 殿下は楽しそうです。いつもはいじわるそうに口の端を曲げるだけなのに、破顔一笑して親しみやすい雰囲気です。


「殿下、婚約を破談にしてくださいませ」


 踊りながら、殿下にだけ聞こえる声でささやきます。婚約破棄は、男からしかできないのです。


「……? 好きな男性ができたのか?」


「いいえ、私には殿下だけです。私は死ぬからです」


「人間はみんないつか死ぬが、それがどうしたというんだ?」


「自由にさせて頂けませんか? 私は殿下のお子を宿すことができません」


「どういう意味だ?」


 曲が終わりました。組みをほどきおじぎをします。婚約内定者としての最低限の勤めを果たしてほっとしました。


「殿下、次は私と踊ってくださいませ」


 甘い声で寄ってきたのはアリッサ・リューネブルグ伯爵令嬢。素直で無邪気で愛らしい令嬢です。


 殿下は冷酷王子だと言われていて、怖がる令嬢もいらっしゃるのですが、アリッサ嬢は殿下にかわいく甘えます。


 媚びた様子が鼻につくときがありますが、私はおそらく嫉妬しているだけでしょう。


 アリッサさんなら、私の代わりが務まりそう。語学や教養やマナーが不安ですが、知識はつければいいだけです。


 私は手を取り合って踊る二人に背を向けて、舞踏会場を出ました。そうだわ。医療院に寄ってから帰りましょう。ケガをして倒れていたあの子供さんは元気になったかしら。医療費を払っておいてあげなくては。


 ☆


 花のような妃殿下は、血まみれの子供を助けたもう。

 我が国の妃殿下を褒め称えよ。

 たえなる光の妃殿下は、この世の(やみ)を晴らしたもう。

 もろびとこぞりて褒め称えよ。


 教会で勉強を教えるボランティアを終えて帰ろうとしたとき、吟遊詩人の歌声が聞こえてきました。


 もしかしてこれは私のこと? 私は婚約内定者というだけで、まだ妃殿下ではないのですけど。


 マントのフードで顔を隠して馬車に乗り込もうとしたとき、めざとい庶民が声をあげました。


「フィオナ様」「妃殿下!」


 私はにっこり笑ってお手振りをしました。

 庶民の間にうぉーっというようなうなり声が起こります。


「やっぱり妃殿下だっ」

「なんと清楚でかわいらしくていらっしゃるのだ」

「公爵令嬢なのに気取ってない」

「名前を隠して孤児院の先生をずっとやってくださっているなんて、なんとありがたいのだろう」

「ドレスが血とゲロで汚れたのに、怒るどころか子供を介抱して、さらに医療費も出してくださったんだろう」


 話が大きくなっていますわ。ドレスは汚れていませんのに。

 私はみなさんに向かってカーテシーをしてから馬車に乗り込みました。


 吟遊詩人が走り寄ってきました。


「妃殿下。弟を助けてくれてありがとうございます。骨折はしましたが、一ヶ月ほどで治るそうです。教会の先生も妃殿下がなさっているんですよね。弟を貴族の馬車がひき逃げしたときは、殺してやろうかと思ったけど、妃殿下みたいな人が将来の王妃なんて、この国も捨てたもんじゃないですね」


 私は車窓越しに吟遊詩人と話します。


「誰がひき逃げしたのかわからないの?」


「はい。王都警邏隊に届けていますが、たとえ犯人がわかっても、相手は貴族だし、王子殿下は冷酷だって言うから、どうなるのか」


「我が国は法治国家だから、法に基づいて裁かれます。それに、ハインリヒ王子殿下は、我が国と私たちのために寝る間も惜しんでがんばっていらっしゃるの。必ずよくしてくださるわ」


「ご夫君を悪く言ってすみません」


「よくてよ。失礼しますわ」


 馬車が動き出しました。


 護衛の女騎士が、苦言を呈しました。


「フィオナ様、身分を明らかにして庶民とふれ合うことは危険です! あの青年がナイフを持っていたら、刺し殺されていたかもしれないんですよ」


「あらいいのよ。本望ですわ」


 今日死んでも、28日後に死んでも、たいして違いはありません。死ぬまでの間、慈善活動をがんばりましょう。そうそう、私の代わりを早く見つけなくては。


「笑えない冗談はおやめください!」


「私はあなたを信頼しています。あなたが止めなかったということは、あの吟遊詩人には殺気がなかったということでしょう。これからも、どうか私を守ってね」


 護衛の女騎士は、私に向かって騎士の礼をしました。


 家に帰ると、心配そうな父が出迎えてくれました。


「フィオナ、これが来ていた。どうしたらいいんだろう?」


 父が差し出したもの。

 それは殿下からのお茶会の招待状でした。


 ☆


「フィオナはまだか?」

 ハインリヒ・シュタイン王子殿下は立ったり座ったりを繰り返していた。


「お茶会まで、まだ時間がありますよ。殿下はフィオナ嬢がお好きでいらっしゃったのですか?」


 侍従があきれたような口調で言った。


「親しみはあるけど、好きかどうかはわからない。ずっとそばにいて、これからもずっとそばにいる女性だと思っていた。未来の王妃は、フィオナ以外にいないからな」


 そのフィオナが破談にしてくださいと言い出した。

 いったい何が起こっているのだろう。

 

「それを好きだというのではありませんか?」


「余計なことを言うなっ」


「はいはい」


 何が悪かったのだ? あれか。あのセリフか。


 ――たんなる貴族の令嬢なら、私は君を愛さない。私が愛するのは完璧な王妃だ。


 父が病に倒れて余裕がないときで、王妃教育を早く終えて欲しいという思いのあまりに言ってしまった。


 フィオナは、昔はもっとにこやかで活発で、かわいらしい娘だったのに、ちょうどあの頃から変わってしまったような気がする。


「君を愛さない。私が愛するのは完璧な王妃だ。……なんて言われたら、女性はどう思うんだろう?」


「殴りつけてやりたくなりますね」


「うあぁあああっ」


 頭を抱えてうなり声をあげてしまう。


「フィオナ・リヒター公爵令嬢とご友人、おでましでございます」


 メイドの声が聞こえてきた。

 友人? 二人きりで話したいから呼び出したのに。


(続く)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 後半が気になります。フィオナは本当に死んでしまうのでしょうか? [一言] わかつき先生の小説がなろうで読めるなんて!! 後半楽しみにしています。
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