悪役令嬢アデラは、xxxxがシたくてたまらない。
(あ~、xxxxがシたい……)
授業中、頬を赤らめながら妄想を楽しんでいる彼女の名前は、アデラ・グレース。
公爵家令嬢の長女、上級貴族学園の二年生だ。
健康的で美しいラインに白い肌。
ふわりと柔らかそうな金色の長い髪、水晶のような青い瞳。
男性であれば誰もが目を奪われるほど、整った顔立ちをしている。
アデラの両親は街でも有名な実業家で、なおかつ性格もよく素晴らしい人間だった。
彼女も、清廉潔白な人生を歩みなさいと愛情深く育てられた。
けれども、アデラは今年で十六歳。
思春期真っただ中だ。
今まで抑えつけられていた心が、跳ね返りそうになっている。
我慢ができない。
とにかく――シたいのだ。
お昼休み。
アデラの心臓の鼓動はすでに速くなっていた。
なぜなら今日が――その日なのだ。
母の手作りお弁当を食べながら妄想していると、一人の男子生徒が近づいてくる。
アデラの耳元でそっと囁き、すぐにその場から離れた。
「放課後、授業終わったら北門で」
「……わかった」
彼の名前はエヴァン・ラザフォード。
アデラの正式な婚約者である。
名門ラザフォード家の長男で、文武両道を兼ね備えている。
男性とは思えないほど綺麗な二重に、透き通るような碧眼。
エヴァンも、アデラのように清廉潔白な人生を歩んできた。
幼い頃から二人は仲良くしており、ほどよく距離を縮めている。
そんな真面目なエヴァンにも、アデラと同じ欲望があった。
xxxxが――シたいのだ。
◆
時は遡ること一か月前。
アデラとエヴァンは、共通の友人であるカップルの話を聞きながら興奮していた。
「……そんなに良かったのか?」
二人の瞳は、欲望と羨望の眼差しで輝いている。
放課後の空き教室、対面しているカップルは手を繋ぎながら、恥ずかしそうに言う。
「俺たち初めてだったからドキドキだったけど、最高だった……」
「私も想像しているより良かった。ちょっと大きかったけど……。――でも、一つだけ後悔があって」
嬉しそうにいったあと、女性がタメ息をつく。
男性は頬をポリポリ欠きながら、申し訳なさそうにしていた。
アデラとエヴァンが興味津々に「後悔?」と同時に訊ねる。
「……つけたほうがいいってわかってたけど、彼が直前でつけたくないっていうから」
「ああーもう! ごめんって、それは謝っただろ!?」
「だから、アデラ。それにエヴァンも。――絶対つけないとダメだよ」
◆
アデラとエヴァンは、その話を聞いてからずっと忘れられなかった。
自然と話題に何度か出たことで、二人はついに覚悟を決めたのである。
もちろん、双方の両親がそんなことを許すわけがない。
学校にも絶対バレないように、少し離れた場所でしようと計画も立てていた。
放課後、アデラとエヴァンは北門で合流して、お互いの意思を確かめ合う。
「後悔……してない?」
「うん……エヴァンとなら大丈夫」
二人は手を繋ぎ、ドキドキしながら早歩きで出発した。
三十分ほど経つと、二人は見慣れない場所を歩いていた。
いつもは家と学校の行き来しかしない二人にとっては、大冒険である。
だが、同時に怖さも感じていた。
エヴァンは男らしくアデラの手を強く握り、できるだけ落ち着かせる。
アデラは、色々な事を考えていた。
今まで両親に逆らったことはないし、秘密にするようなこともしたことはない。
さながら、悪役令嬢になったような高揚感で溢れていた。
「確かここを右に曲がれば……」
少しだけ薄暗い路地に入る。
右に曲がってまっすぐ進むと、左手にお城のような建物が見えてきた。
まるでお姫様が住んでいるよう、綺麗なピンク色で、周囲の建物と比べてかなり目立っている。
アデラもエヴァンも、顔を見合わせると、手を強く握りしめた。
ゆっくり近づき、外には大きな看板が立てられていた。
203、204、205、と番号が書いている。
「……こんなにいっぱいあるんだ」
「ね、びっくり……」
初めてのことに戸惑いながら、どれにしようかと悩む。
それから数分後、二人は同時に指を指す。
同じ、203。
顔を見合わせ、頬を赤らめた。
「じゃあ、いこうか?」
「うん、楽しみ」
もう覚悟は決まっていた。二人の顔に迷いはない。
しかし、入口に足を踏み入れると、髭面強面のガタイのいい男性が現れた。
まさかの出来事に、アデラとエヴァンは身をすくめる。
「……学生か?」
唐突な質問に、身体をこわばらせた。
なぜなら学生服は着ていないのだ。
制服のままだとまずいかもしれないと、途中で着替えてここへ来ているのだ。
どういう答えをすればいいのか迷っていると、野太い声で矢次に質問が飛んでくる。
「……学生証は?」
どうしよう、とアデルは目を瞑ってエヴァンの手を強く握りしめた。
やっぱりこんなことはしてはいけなかったんだと、後悔する。
すると、強面の男の後ろから笑顔の素敵な女性が現れた。
わけもわからず怯えていると、突然強面の男の後頭部を叩く。
「がああああっ――!?」
「あんた! 怖がらせるなって何度言ったらわかるんだい!?」
目の前の出来事がまったくもって理解できず、アデラとエヴァンはきょとんとしていた。
「驚かせてすまないねえ。実は学生さんだけ割引があってね、学生証を出してもらえれば安くなるよ」
その言葉にようやくホッとし、エヴァンは後ろポケットから学生証を出した。
アデラも胸を撫で下ろす。
「はい、ありがとね。もう決まってるのかい?」
女性の質問に、アデラとエヴァンは顔を見合わせがら、同時に言う。
「「203番のミルクイチゴパフェで、チョコレートのトッピングも付けてください!!」」
――――
――
―
「ありがとうございましたー! ほら、あんたも笑顔で言いなさい!」
「……ありがとな」
看板には『新店オープン、夫婦のビッククレープ専門店』と書いていた。
髭面強面の旦那と、明るく人当たりのいい嫁。
お店はできたばかりだが、そのうち繁盛するであろう素質を垣間見たアデラとエヴァンは、笑顔で店を後にした。
二人の手には大きなクレープ、友人から念入りに忠告されたチョコレートのトッピングも付けている。
アデラは、周囲をキョロキョロとしながら、舌でぺろりとミルククレープを舐める。
「美味しい……」
「ああ、最高だな」
xxxxとは買い食いのことである。
それは校則で禁じられた悪行。
アデラにとって、エヴァンにとってもとんでもない悪事だった。
このことが両親にバレると大変なことになる。
一か月間お小遣い抜きか、一週間外出禁止か。
それでいて夕食も残さず食べなければいけないため、二人にとっても覚悟が必要だった。
しかし、二人は幸せそうな顔をしながら、一心不乱にクレープにむしゃぶりついている。
「最高だ……これが、買い食い……」
「買い食い……ハマっちゃうよお……」
頬はすっかり緩み、小さな子供のようにペロリ。
時にはこぼしそうになりながら、大きくペロリ。
口を大きくあけながら、あんぐりとペロリ。
これは――真面目過ぎる二人が、真面目過ぎるが故に、真面目に買い食いをする物語のはじまり。
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