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妹に最後くらいいい思い出を......(未完)

作者: あうあう


最期くらい…いい夢を見させたい。

最期がつらい思い出なんて嫌だから。

…短い人生だったよ…

でも…君との時間はとても充実してて、心が温まって…

だから、もう十分かもしれないな。

…本当はもっといたかったけど。

でも、もうどうにもならないんだ…

…だからさ?

最期くらい、いい思い出で…


「おはよう!お兄ちゃん!」

「うーん、むにゃむにゃ……」

「ほんとお兄ちゃんは朝が弱いんだから……てい!」

「ぐへ!」

急にお腹へ強烈な刺激が入り、僕は目を覚ます。

目を覚めるとそこには誰もが美少女であると認めるであろうわが妹、美冬の姿があった。

「お兄ちゃん!早く起きて!じゃないと遅刻しちゃうよ!」

「う、うーん……起きるからお腹からどいてくれ。じゃないと起きれない……」

「えへへー。でもお兄ちゃんに馬乗りするの楽しいんもーん」

朝からテンション高いなぁと思いつつ、僕は眠い目を擦りながら美冬をお腹から降ろし、ベッドから起き上がる。

時計の針は7時を指している。

「じゃ、お兄ちゃん、朝食はもうできてるから早く顔洗って着替えてきてね!」

「うーす。いつもありがとうな。感謝してる。」

「えへへー。私たちは兄妹だもん! 協力するのは普通だよ。」

我ながら本当にできた妹を持ったものだと思う。

っと関心している場合ではない。

早く支度しなければ本当に遅刻してしまう。

僕は洗面所に行き、顔を洗って歯を磨き、そして制服に着替える。

リビングに行くと朝食が出来ていた。

朝食はいつも美冬が作ってくれる。

「美冬、いつも朝食作ってくれてありがとう。いただきます。」

そう言って僕は味噌汁を口に含む。

うん、今日も美味しい。

「ねぇお兄ちゃん?今日の放課後何か予定ある?」

「特にないよ。どうしてだ?」

「じゃあ一緒に帰ろ!」

「いいぞー」

「やったー!!」

美冬は嬉しそうな声を上げてご飯を食べ始めた。

その姿を見て微笑ましく思う。

妹というのは可愛いものだ。

そんなことを考えているといつの間にか食べ終わっていた。

「ごちそうさまでした」と言って食器を流し台に置いて学校へ行く準備をする。

準備が終わったら鞄を持って玄関へ。

靴を履いている時に後ろから足音が聞こえた。

振り向くとそこには妹の美冬がいた。

「何してんだ?」

「えっと……そのぉ……」

なんかモジモジしている。どうしたんだろうか?

「一緒について行ってもいいかなぁって……」

なんだそういうことか。

「別にいいけど。というかいつも一緒に登校してるだろ?」

「そうだよね。うん!ありがとお兄ちゃん!!」こうして僕は妹と一緒に登校することになった。

家を出て歩き始める。するとすぐに美冬に話しかけられた。

「ねぇねぇお兄ちゃん!昨日テレビ見た!?」

「いや見てないな」

「面白い番組だったんだよー!今度録画しておくね!」

「ああ頼むわ」

こんな他愛もない話をしながら歩いていく。

しばらく歩いていると学校の正門が見えてきた。

「お兄ちゃんまた後でね!」

「おう、気をつけて行けよ」

そう言うと美冬は小走りで教室に向かって行った。

さて僕も行くとするか。

昇降口に入って上履きに履き替える。

2年生のクラスがある3階へ向かう。

3階に着いて自分のクラスに入ると既に何人か来ていた。

「おはよう春人くん」「おっす春人」

「おはよう、雄二」

クラスメイトに挨拶をしておく。

席に座ってスマホをいじっていると先生が来た。

ホームルームが始まるのだろう。

先生が来ると同時に騒いでいた男子たちが静かになった。

「よし、みんな座ったな。それでは出席を取るぞ」

そう言って先生は出席を取り始めた。

1限目は数学だった。

授業中ずっと寝ていたのであまり内容は覚えていない。

まぁ大体は聞いてなくても問題ないし大丈夫だろう。

テスト前日に一夜漬けすればなんとかなるしな。

2時限目の授業は家庭科だ。

今日はとりわけ副教科の多い日だな......

だから動教室が多く大変なのだ。ちょっとめんどくさい……

昼休みになり僕は昼食を食べるために屋上へと向かう。

ちなみに弁当は妹の美冬が作ってきている。

今日は唐揚げが入っている。楽しみだ。

階段を上り終えるとドアがあった。

ここを開けると屋上に出ることが出来る。

ドアノブに手をかけて扉を開く。

すると目の前には美少女がいた。

金髪のロングヘアーで身長はやや低めだ。

顔立ちは整っていてかなりの美人である。

彼女は僕の方に振り返りこちらを見つめてくる。

それはもちろん、妹の美冬だ。

「あれ?どうしてここにいるんだ?」

いつも一緒にお昼をここで食べているが、あえて疑問を装って聞いてみる。

「お兄ちゃんとお昼ご飯を食べるためだよ!当たり前でしょ?」

「ははーん。お前も相当なブラコンだな」

「ち、違うもん!ただ、お兄ちゃんが一人寂しくお昼ご飯を食べるなんてことにならないよう私が配慮してあげてるだけで…」

「はいはい。そういことにしといてあげるよ」

「むぅー。お兄ちゃんはいじわるです……」

そう言いながら美冬は自分のバッグから弁当箱を取り出した。

そしてそれを開けていく。

中身は美味しそうな色とりどりのおかずが入っていた。

「おお!今日も美味そうだな!」

「えへへ〜ありがとう〜」

そう言いながら美冬は笑顔になった。

可愛い。思わず抱きしめたくなるほど可愛い。

そんなことを考えていると美冬の方から話しかけてきた。

「ねぇねぇ!早く食べようよ!」

「ああ分かった。食べようか」

僕たちは並んで屋上のベンチに座り弁当を食べ始めた。

弁当箱を開いてみるとそこには綺麗に盛り付けられた料理達が見えた。

これは食欲そそるぞ……

「いただきます!」

「はいどうぞ召し上がれ〜」

早速箸を伸ばして料理を食べ始める。

まずは卵焼きからだ。口の中に入れる。

その瞬間ふわっとした食感とともに甘さが広がっていく。

「うん!やっぱり美冬の作る卵焼きは最高だな!」

「ほんと!?嬉しい!」

妹は嬉しそうな顔をして言った。

「えっと......おいしいって言ってくれたお礼なんだけど」

「なんだ」

「お兄ちゃん、あーん......」

そう言って美冬は唐揚げを差し出してきた。

もちろん断れるはずもなく僕は唐揚げを口に含んだ。

「ど、どうかな?」

「うっまぁ!!」

唐揚げの外はカリッとしていて中はジューシーだった。

味付けもいい感じだし何より衣がサクッとしている。

このサクッとした歯ごたえがいいんだよな。

「僕の方からもお礼だよ。はい、美冬。あーん......」

今度はこっちの番だと言わんばかりに唐揚げを箸で掴み妹の口元に差し出した。

「あむ……おいひぃ」

「良かったな」

「……お兄ちゃん、もっと頼んでいい?」

美冬は上目遣いをし、頬を赤くしながらそう言ってきた。

「おう任せろ」

僕は箸で掴んでいた唐揚げを妹の口に運んだ。

「あっ……んぐ……これも美味しいね!」

「そりゃ美冬の料理だからな。どんどん食べようぜ!」

それからしばらくの間お互いに食べさせ合いっこをした。

とても楽しい時間だった。

そして数分後に食べ終わった。

「ふぅー美味かったぜ。ごちそうさん」

「えへへ!ありがとう!」

そう言って美冬は満面の笑みを浮かべる。

ほんと僕の妹は本当に可愛いなぁ……。

「そういえばなんで美冬はいつも屋上にいるんだ?」「うーんとね、私はここで食べることが好きなんだよ」

「へぇーそうなのか。でも僕と一緒じゃなくて友達とかと一緒に食べれば良いんじゃないか?」

「それもそうなんだけどね、私ってあんまり喋れる人がいないし……」

「あーそう言えばそうだったな」

「それにお兄ちゃんと2人で食べた方が楽しいもん!」

「そっか。なら良かったよ」

「うん!!だからこれからも一緒に食べてくれるよね?」

「もちろんいいぞ」

「やった!!」

そう言って美冬は喜んだ。

その後少しだけ雑談をして教室に戻った。

午後の授業も終わり放課後となった。

帰り支度をしていると教室に美冬が入ってきた。「あっ!いたいた!お兄ちゃ〜ん!」

どうやら僕を探していたようだ。

「どうしたんだ?」

「あのねぇ……今日の放課後って何か予定ある?」

予定か……特にないな……

「特にないよ」

「ほんと!?」

美冬が嬉しそうな声を上げる。

一体どうしたんだろうか?

「どうしたんだ?」

「えっと……そのぉ……」

美冬は何やらモジモジし始めた。「ちょっと付き合って欲しいことがあるの……」

「なんだ?買い物とかか?」

「うん、そんな感じかな」

「それくらい全然いいぞ。どこに行くんだ?」

「公園だよ!お兄ちゃんと昔よく遊んだあの公園!」

「ああ、あそこか。懐かしいな」

「それでお願いがあるんだけど……」

「何だ?言ってみなよ」

「その……手を繋いで行きたいなって思ってて……」

美冬は顔を真っ赤にしてうつむいている。

これは恥ずかしいのか?それとも暑いのだろうか? とりあえず返事を返さないとな。

「別に構わないぞ」

「ほ、本当!?」

「ああ、ただ手を繋ぐだけだろ?」

「うん!ありがと!それじゃあ行こう!」

そう言って美冬は僕の腕に飛びついてきた。

そしてそのまま歩き出した。

「おい、いきなり飛びつくなよ」

「えへへ〜ごめんなさい」

「全くもう……まぁいいけどさ」

こうして僕は妹と仲良く公園に行くことになった。

「なぁ美冬」

「なーに?お兄ちゃん」

「どうしてこんなことになっているんだろうな」

僕は今、美冬と手を繋いだ状態で歩いている。

そして何故か周りからは好奇の目で見られている。

正直かなり居心地が悪い。

「えへへ、嫌だった?」

美冬が上目遣いでこちらを見つめてくる。

そんな目をされたら断れないじゃないか……

「嫌じゃないから気にするな」

「よかったぁ〜」

美冬はホッとしたような表情になる。

それからしばらく歩くと目的地に着いた。

そこにはブランコがあり、滑り台などがある。

「やっぱりここに来ると昔を思い出すね……」

「そうだな」

ここは僕たちが小さい頃によく遊びに来ていた場所だ。

「ねぇお兄ちゃん」

「ん?どうした?」

「いつまでも、私とお兄ちゃんがここで遊べるといいね」

「そうだな」

僕は美冬の頭を撫でる。

すると気持ち良さそうな顔になった。

「えへへ〜」

美冬は幸せそうだ。そんな様子を見ているとこちらも幸せな気分になれる。

「よし!遊ぶか!」

「うん!」

2人は遊具を使って遊び始める。

一緒にブランコ乗ったり、シーソーで遊んだり。

学生がするような遊びか?と少し思ったけど僕たちが楽しいんだからそれでいいじゃないかな?

美冬は笑顔ではしゃいでる。

そうさ、この笑顔が見られるなら周りの視線なんてどうでもいい。

美冬にいい思い出を残せるのならそれで……

しばらくすると美冬は途中で疲れてしまったようだ。

「お兄ちゃん……私ちょっと疲れたから休んでもいい?」

「ああ、分かった。座って休むか」

「ありがとう」

そう言って美冬は僕の隣に腰掛けたかと思うと、僕の膝に頭を乗せた。

「てぃ!」

「......なにをしている?」

「お兄ちゃんの膝枕を堪能してるんだよ~。迷惑だった?」

「別に大丈夫だけど……」

「なら良かった!」

……なんだろうこの感覚。凄く癒される。

「ねぇお兄ちゃん。今度は私が膝枕をしてあげるね」

「いや、いいよ」

「ダメだよ!お兄ちゃんにはいつもお世話になってるし、たまには恩返しさせて!」

「うーん、じゃあ頼むよ」

「任せて!はい!寝転んでいいよ!」

僕は言われた通りに横になり美冬の太ももの上に頭を乗せる。

「ふぅ〜これなら安心できるな」

「そっか!良かった!それじゃあ私はお兄ちゃんの髪を触ってみるね」

そう言うと美冬は僕の髪に触れ始めた。

「お兄ちゃんサラッサラだねぇ〜羨ましいなぁ……」

「そうか?美冬の方がサラサラだと思うぞ?」

「でもお兄ちゃんの方がいい匂いがするもん……」

「それはお前も同じだろ?」

「違うんだよぉ〜。私のとは少し違くて……なんていうか……男の人って感じの香りが……」

そこまで言ったところで美冬は顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。

「どうしたんだ?急に黙ったりして」

「べっ!別になんでもないよ!?」

「そうなのか?」

美冬は何やら慌てた様子だが、とりあえず話を続けることにしたみたいだ。

「それでお兄ちゃん、今日はいつまでここで遊ぶ?」「特に決めてはないかな」

「そうなんだ。それならもう少しだけこのままでいてくれない……?」

「別に構わないぞ」

美冬は嬉しそうな顔をする。

「ありがと。ねぇお兄ちゃん」「なんだ?」

「またいつか……2人でここに来ようね」

「ああ、約束しよう」

「うん!」

こうして僕たちはしばらくの間、公園で遊んでいた。「さすがにもう暗くなってきたな」

「そうだね」

気がつけば日が落ち始めていた。

「そろそろ帰るか」

「……帰らないとダメ?」

「……気持ちはわかるけど、帰らないとな……」

「そうだよね……帰らないとダメだよね……」

「心配するな。今日は大丈夫だ。保証する。というか、もう美冬は心配なんてしなくていいんだぞ。お兄ちゃんがなんとかしたからな」

「なんとかって? どういうこと、お兄ちゃん?」

「まぁ、家に行けばわかるさ!」

いつも美冬はこの時間になると憂鬱になる。

家に帰らなければならないからだ。

……

僕たちの家は親が作った借金で家庭が荒れている。

父と母は喧嘩の毎日。

僕と美冬が帰ると怪しい金融業者の人が僕たちに親の居場所を聞いてくることも多い。

実際、父は競馬やパチンコやらその他賭博場に普段はいて、母もホストやら夜の街を放浪としているので僕たちが両親の居場所なんて知る由もないし、知りたいと思わない。

だから僕と美冬はこうやって暗くなるまでは外で遊んでなるべく家にいることを避けている。家に帰ればヤのつく人たちに絡まれるかもしれないし、家の中に入って両親がもしいれば罵倒と暴力のとばっちりを食らう。

……だから、僕と美冬は家が大っ嫌いだ。


「あれ?今日はあの怖い黒服の人いないね」

そうこうしているうちに僕と美冬は家に着いた。

「だからいっただろ。お兄ちゃんがなんとかしたって。美冬はもう心配しなくていいんだ」

「うそ……家の中にお父さんとお母さんもいないっぽいよ?」

「あぁ。だから今日は安心して寝ていいぞ」

「お兄ちゃん……えへへ! お兄ちゃんはやっぱりすごいよ! 本当になんとかしちゃったんだ!」

「あぁ! だからもう心配するな。それよりも早くご飯食べようぜ。こうやって美冬と心を落ち着かせて食べる夕飯なんて久しぶりだからな」

「うんっ!」

こうして僕は美冬に嘘をつきながら一緒に夕食をとった。本当は2人ともたぶん生きているのだが、この世界ではそんなことは関係ない。美冬の笑顔が全てなんだから......

久々に二人でゆっくりと摂った夕食は至福の時だった。

学校での出来事、勉強でわからないこと、最近やっているアニメの話などなど......

あぁ、これがいわゆる日常ってやつなのか。

可愛い妹がいて、温かいご飯があって、他愛もない話をして......

美冬に、ちゃんとした幸せを感じさせてあげることが僕の人生はそれで充分さ。

だから美冬、短い期間で申し訳ないけど、君の笑顔があれば僕はそれで......

夕食も終わり、就寝の準備に入った。

「お兄ちゃん……今日は一緒に寝てもいい?」

「......」

美冬は不安なんだろう。こんな幸せに家で過ごせて、だからそれが現実って確認したいんだろうな。

......美冬はまだ現実を受け入れられない。僕に甘えてしまうのはその証拠。

......でも、今日は許そう。

......今日で最後だ。妹に甘えさせてあげるのは。

だって明日にはもう......

「......もちろん、構わないさ!」

「うん!ありがとう!」

美冬と一緒に布団に入る。

「ねぇお兄ちゃん、昔みたいに腕枕してほしいな〜」

「仕方がないな〜。ほら、こっちおいで」

「えへへ! ありがとお兄ちゃん!」

そう言って美冬は僕の腕の中で横になった。

……すぅー……すぅー

「……」

まずい、このまま寝られたら話しかけるタイミングを失ってしまう。

「お兄ちゃん、まだ起きてる?」

と思ったら美冬の方から話しかけてきた。行幸だ。

「ん?どうした?」

「あのね……私ね、今すごく楽しいんだよ。学校に行って、友達は少ないけどそれでも優しくしてくれる人は何人かいて、美味しいものを食べて、夜にはお風呂に入って、ふかふかのお布団でお兄ちゃんと眠る。どれもこれも私がずっと憧れていた事なの。全部お兄ちゃんのおかげで今日叶っちゃった。本当にありがとうね」

「……おう。それは良かったな。」

「ううん、最後に一つだけわがまま聞いてもらっていいかな」

「ああ、なんでも言ってくれ」

「私の頭を撫でてほしいの。昔みたいに優しく」

「わかった。いいぞ」

僕は美冬の頭に手を伸ばす。

そしてその柔らかい髪に触れる。

すると美冬はとても気持ち良さそうな表情をした。

「えへへ! やっぱりこれ好きなんだよね。安心できるし、何より幸せな気分になるもん。大好きなお兄ちゃんの手だよ」

「……」

ダメだ、涙が出そうだ。

「お兄ちゃん、明日も一緒に学校に行こうね。それから一緒に帰ろうね。私は大丈夫だから。また一緒に遊ぼうね」

美冬の言葉一つ一つが胸に刺さる。

「ねぇ、お兄ちゃんは今の生活は好き?」

「……あぁ、好きだよ。最高に幸せだと思う」

「よかった……。じゃあね、お兄ちゃん、ずっと美冬と一緒にいてくれる?」

「……」

「……お兄ちゃん? ずっと一緒にいてくれるよね?」

……言うなら今のタイミングしかないな。

「……美冬」

「なに?お兄ちゃん?」

「明日、付き合って欲しい場所があるんだ。ついて来てくれるか?」

「もちろんだよ。どこにでもついていく!」

「そうか、ありがとな」

僕は覚悟を決めた。

もう逃げない。自分の気持ちから目を背けない。

これから先、どんな結果になろうとも受け止めよう。


次の日。

僕たちは早朝バスに乗り、山の方へと向かった。

「結構ここの道狭くて怖いね……落ちそう……」

「心配ないよ。この世界ならそんなことは絶対に起きない」

「この世界……? お兄ちゃん、どういういこと?」

「気にするな」

それからしばらくバスに揺られる。

このバスは僕たちの町から山を経由して隣の町へと続く線になっていて、僕らはその山の頂上付近で降りるつもりだ。

ほどなくして、頂上付近のバス停に止まり、僕と美冬はバスから降りた。

「わぁ、きれいだね! お兄ちゃん、町全体が見渡せるよ!」

「そうだな。僕もこんな場所があるなんて知らなかったんだ」

「空気も澄んでておいしい! ここがお兄ちゃんの連れたかった場所なの?」

「……そうだ」

「えへへ! うれしいな」

美冬の笑顔がまぶしい。

でも僕は美冬に伝えなければならないことがある。

「……あのさ、美冬。実は話したいことがあるんだ」

「なーに?」

「まず最初に謝らせてくれ。これは夢なんだ」

「夢……?」

「そうだ。夢なんだよ。この世界は」

「どういうことなの、お兄ちゃん?」

「そう、この世界は美冬が見ている夢なんだ」

「どういうこと!? お兄ちゃん、全くわけがわからないよ!」

「……美冬。美冬は……これから一人で生きていくんだ」

「……」

「お兄ちゃんはもうそばにいてやれることはできない。だから、生きろ。生きてくれ」

「お兄ちゃん! 落ち着いて! さっきから全然意味がわからないよ! どういうことなのかもっと説明して!」

「……数日前のことなんだ」


~~数日前~~

「ただいまー」

僕が帰宅すると、そこには想像を絶する光景があった。

「美冬! 美冬! どうしたんだ!?」

「お父さんに……殴られて……」

美冬の頬には大きなあざができていた。

「どうしてこんなことに……。誰がやったんだ!?」

僕は怒りと悲しみでいっぱいだった。

「お母さんが……また借金を増やして……それで……お父さんが怒って……」

「なんで……そんなことを…… 」

「私のせいだって……私がダメな子だからって……」

「それは違う! 美冬はダメなんかじゃない! 悪いのは全部あいつらだ! あいつらが借金を増やさないようにしていればこんなことにはならなかったはずなのに……」

「お兄ちゃん……」「ごめんな……僕のせいで……美冬を守ってやれなくて......」

「ううん、いいの……。私が悪いの……。私がダメだから……」

「美冬は何も悪くない! 何も悪くないんだ!」

「......うぅ.......お兄ちゃん、どうして私たちだけこんな目にあうのかな? 私はただ、お兄ちゃんと一緒にいれさえすればいいのに......」

「大丈夫だよ。いつかきっと幸せになれる日が来るから……」

「でも……このままじゃ、ずっと不幸のままかもしれない……」

「いや、大丈夫。必ずなんとかなるはずだよ」

「本当にそうなるかな?」

「ああ、本当さ」

「じゃあ......いつ?」

「......」

「お兄ちゃん、いつなんとかなるの?」

「......」

「......ごめんなさい。これじゃあお兄ちゃんに八つ当たりしてるみたいだね......」

なぜだ......なぜ美冬がこんな目に合わなければならない?

美冬がなにをしたというのだ?

可愛くて、優しくて、僕を頼ってくれて......

いつだって美冬は心優しい子だった。

なのに......なのに......こんなのって......

あまりにも理不尽すぎるじゃないか……

だったら......

「......逃げよう、美冬」

「えっ......」「ここから逃げるんだよ」

「どこへ?」

「どこか遠くへ……」

「どうやって?」

「……とにかくこの家から離れればいいと思う。まずは隣町にでも逃げよう」

「お兄ちゃん、本気?」

「もちろんさ。それとも美冬は僕と二人で生活するのは嫌かい?」

「そんなこと......そんなことないよ!」

「だったら一緒に逃げよう! そして二人で一緒に生活するんだ。支え合って。僕らなら大丈夫さ」

「お兄ちゃん……ありがとう……」

「よし、そうと決まれば早速準備を始めないとな。明日の早朝に出発しよう。それでいいか? 美冬」

「うん! えへへ、お兄ちゃんと二人っきりの生活か......もう楽しくなってきちゃったかも」

さっきまで絶望の淵にいた美冬が嘘のようだった。

僕も美冬を支えられるように頑張らないと。

翌朝

「美冬、そろそろ出かけよう!」

「……うん!」

「よし、じゃぁこっそり抜けだすぞ。あの人たちにばれたら後が面倒だからな」

「えへへ。なんだか愛の逃避行みたいだね!」

「……笑ってる場合じゃないっての」

僕はそういいつつ、美冬のおでこに軽くでこぴんした。

「いたーい! えへへ、でもこれで本当にお別れなんだね」

「……寂しいか?」

「うんうん! 全然! むしろお兄ちゃんと二人っきりで過ごせると思うと本当に楽しみだよ!」

「そっか……ならよかった。じゃあいくぞ」

「うん!」

こうして、僕たちは家を出て、新たな生活が始まる……

はずだった。


それはとてつもなく悪運だった。

僕たちは家を出て、バスへ乗り、隣町へ行く途中だった。

隣町へは山を経由しなければならず、道は細く、ガタガタしていた。

……まさか、僕たちの乗っていたバスが転落事故を起こしてしまうなんて。

しかも崖下に落ちて……。

その時のことはあまり覚えていない。

ただ、必死になってお互いの手を握っていたことだけは覚えている。

……

しばらくして僕の意識はぼんやりと覚醒した。

隣をみると美冬がいた。

意識はないが呼吸をしているのは見て取れた。

よかった……

美冬を助けないと。

……

……

あれ?

手足が一切動かない。

……どうやら手足の神経が働かなくなってしまったらしい。

あはは……これ、ジ・エンドじゃないか。

でも、どうにかして美冬を助けないと!

くそ、動け! 動け! 動け!

どうして動かないんだよ!

今動かなきゃ、今動きゃなきゃ、美冬が助からないかもしれないのに!

ちくしょう! 声もでない!

これじゃあ、美冬に声をかけて目を覚まさせることもできない!

ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!

美冬! 美冬! 美冬!

起きてくれ!

このままじゃ、美冬まで!

(……おはよう! お兄ちゃん!)


この声は……美冬?

目を覚ましたのか?

(お兄ちゃん、早く起きないと学校に遅刻しちゃうよ? ほんとお兄ちゃんは朝が弱いんだから……)

……違う。

美冬は目覚めていない。

美冬は夢をみているんだ。

こんな状況でも、僕の夢を見ている。

……正直言って、僕はもう助からないだろう。

こんな状況で挟まれて、助けが来るころにはもう僕は死んでいるに違いない。

……僕は美冬に幸せを与えることができただろうか?

……美冬は僕といて楽しかっただろうか?

……美冬との最期がこんなのでよいのだろうか?


……違う。

僕はまだ、美冬とちゃんとした日常すら過ごせていない。

夢の中だけど……

美冬の夢の中だけでも、僕は美冬とちゃんとした日常を過ごしたい。

夢の中で申し訳ないけど……最期くらい……


~~~

「……じゃあお兄ちゃん、これは夢なの?」

「そう、夢なんだ。ほんとうの僕たちは……崖の下で眠っている」

「そんな……」

「美冬!」

「な、なに?」

「目が覚めたら、美冬は崖の下にいて、隣には僕が眠っている」

「う、うん……」

「でも僕を無視していくんだ!」

「えっ……」

「僕はもう助からない。だから美冬は一人で生きていくんだ」

「嫌だよ!私はお兄ちゃんとずっと一緒にいたい!」

「馬鹿なことを言うんじゃない。僕はもう助からない。僕を助けようものなら美冬の命だって危ない。だから一人で行くんだ!」

「で、でも……そんなのって……そんなのって……」

「美冬……ありがとうな」

「……お兄ちゃん?」

「今まで一緒にいてくれてありがとう」

「……」

「僕は美冬がいてくれたから今日まで生きてこられた。平凡な毎日……ではなかったけど、美冬と一緒にいた時だけは心が休まった」

「お兄ちゃん……」

「毎朝起こしてくれてありがとうな。あと弁当とかも頼りっきりで。美冬と食べる弁当、ほんとうにおいしくて楽しかった」

「……」

「公園で遊んだのも楽しかった。小さい時はずっとあそこで遊んでたよな。夢の中だけど、最後にもう一度あそこで遊べてよかった」

「……お兄ちゃぁん……」

「僕は……美冬といて幸せだった。だからもう充分さ。もう美冬から十分幸せを貰った」

「お兄ちゃん……」

「だから泣くな。泣かないでくれ。僕の分まで笑って欲しい。笑顔を絶やさないで欲しい。それが最後のお願いだ」

「……ぐすっ……わかった……」

「いい子だ」

「……」

「美冬?」

「なに、お兄ちゃん?」

「もうすぐ夢が終わる」

「みたいだね……」

「だから最後に言っておく」

「うん……」

「僕の妹に生まれてきてくれてありがとう。美冬を愛しているよ」

「……私も愛しているよ。お兄ちゃんのこと大好きだよ。ずっと忘れないからね」

「ああ。ありがとう。それじゃあそろそろ起きる時間だ。目を閉じなさい」

「うん……」

「よし……。がんばれ、美冬」


目を覚ますと私は崖の下にいた。

痛たた……

落ちる最中に体の一部を強く打ったみたい。

全身がズキズキする。それに頭もガンガンして気持ち悪い。

でもなんとか生きているみたい。

あれ?おかしいな。なんで涙が出るんだろう。

......そうだ! お兄ちゃんは!?

「お兄ちゃん!?」

振り迎えると、お兄ちゃんはバスの下敷きになっていた。嘘でしょ…… そんな……どうしてこんなことに…… 私はただお兄ちゃんと一緒にいたかっただけなのに…… ただそれだけだったのに…… 私のせいだ……私がもっとしっかりしていたら……

「お兄ちゃん!起きて!」

必死になって声をかけるけれど、一向に返事がない。

……そうだ。夢の中でお兄ちゃんは言ってた。

一人で生きていくんだって。

お兄ちゃんの分まで笑って生きるって。

……

「わかってないよ……お兄ちゃんはわかってないよ!」

私は目を覚まさないお兄ちゃんにまくしたてる。

「お兄ちゃんはなにもわかってない! 私も幸せだった! お兄ちゃんがいたから!」

「……」

「いつも優しくて、かっこよくて、私によくしてくれて、守ってくれて、そんなお兄ちゃんが好きだったんだよ!!」

「……」

「だから……だから……これからもずっと一緒にいたいの!お兄ちゃんと一緒じゃないと意味なんてないの!!だから……だから……早く目を開けてよぉ……」

泣きながら叫ぶ。もう涙で前が見えなかった。

それでもお兄ちゃんのそばを離れずに、ひたすら叫び続ける。

すると、かすかに手が動いた気がした。

気のせいかな……と思いながらも手を握ると、握り返してくれたような感触があった。

「お兄ちゃん?」

「……みふゆ……?」

「お兄ちゃん!?」

「ここは……?」

「崖の下だよ。私とお兄ちゃんがいる場所だよ」

「そうなのか……僕はまだ死んでいないのか……」

「うん……ほんとうに……本当に……良かった……」

「美冬……ごめんな……僕のせいで……お前まで巻き込んでしまって……」

「そんなこと言わないでよ。お兄ちゃんがいなかったら私生きていけないもん」

「美冬……」

「お兄ちゃんこそ大丈夫?」

「......いや、手足の神経がもう機能していない」

「えっ......」

「だからもう......動けないんだ」

「だったら、お兄ちゃんを運ぶよ!」

「……無理だ。僕を運ぼうものなら美冬の命が危ない」

「嫌だよ!お兄ちゃんを置いていくくらいなら死んだほうがマシだよ!」

「美冬……」

「お兄ちゃんが死ぬ方が辛い。お兄ちゃんがいない世界で生きていても仕方ないもの」

「美冬……」

「それにさ、お兄ちゃんは私をいままでいっぱい助けてくれた」

「......」

「だったら今度は私が助ける番でしょ?お兄ちゃんが私を助けてくれたように、私もお兄ちゃんを助けるの」

「美冬……」

「だから諦めちゃダメ。最後まで足掻こうよ」

「……そうだな。悪い、僕が間違っていた」

「そうだよ! お兄ちゃんが私を置いて勝手に死を決めるなんて甚だ傲慢なんだから! 反省してよね」

こうして僕は美冬に抱えられながら森の中へと入っていった。


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