7.男の意地
「それで? 力ずくで追い立てちまったのか?」
「だだだ、だって……! どれでもいい、だなんてっ。私は、私の魔石をそんなふうに軽く扱って欲しくなかったからっ」
あきれたように口をひん曲げるカイに、ロッティは泣き出しそうになりながら弁解する。
あれからすぐ、カイが完成した魔石を引き取りにロッティの家を訪れた。感情のやり場を失っていた彼女は、これ幸いと先程の出来事をカイにぶちまけたのだ。
たどたどしいロッティの説明に辛抱強く耳を傾けたカイは、射抜くように彼女を見据える。
「でもよ、完全に『どれでもいい』ってわけじゃなかったんだろ? 騎士サマにだって『火の魔石以外』っつー希望はあったわけだ」
「それは……っ」
そうだ。
彼は即座にきっぱりと、火の魔石以外で、と言い切ったのだ。
黙り込むロッティに、カイは深々とため息をついた。
「あのなぁ。騎士サマの言い方も悪かったとはいえ、お前もちょっと過剰反応しすぎだと思うぜ」
「……っ」
カイの説教口調にロッティは力なく項垂れる。
握り締めた膝頭に、食い込むほどきつく爪を立てた。
(どう、しよう……。幻滅、されちゃった……?)
カイに、見限られてしまったかもしれない。
フィルがあんなにも魔石を欲していたのに、ロッティは理由も聞かずに彼を拒絶した。なんて自分勝手で薄情な奴なんだと、カイから軽蔑されたとしてもおかしくない。
(……それに……)
茫然としたフィルの顔が脳裏にありありと蘇る。
作ってあげる、と言ったその口で、ロッティはすぐさま前言を翻したのだ。喜びも束の間、フィルはさぞかしがっかりしたに違いない。
「あー、しまったな……。やっぱ、マズッちまったか……」
呻くような声音が聞こえ、ロッティははっと顔を上げる。バツが悪そうに頭を掻いているカイに、半泣きになりながら詰め寄った。
「かかかカイさんっ! 私、やっぱり間違って……っ! い、今すぐ騎士さんに謝りに行かないとっ」
わたわたと立ち上がりかけると、カイはロッティの腕をぱしりと掴んだ。そのまま強引にロッティを座らせ、顔をしかめてかぶりを振る。
「違うって。マズッた、つーのはお前じゃなくてオレの話だよ。……悪かったな。実は、あん時……。あの騎士サマと初めて会って、お前が気を失ってる間にな――」
ため息をひとつついたカイが、渋々といった様子で口を開いた――
***
「さっきの注文の件ですがね。こいつの代わりにオレがお断りしておきますよ、お客さん。ロッティの魔石はオールディス商会の専売なんだ」
「専売、ねぇ。――随分と悪どいことをやっているのだな、君は」
気絶したロッティをカイが背負って、帰途に就く道中。
小馬鹿にしたように鼻を鳴らすフィルに、カイの頭にさっと血が上った。剣呑な目で騎士を睨みつける。
「あぁ? 悪どいってなぁどういう意味だっ。オレはこいつの友人としてっ」
「なるほど? 友人、という立場を振りかざし、君は独占しているわけだ。――王族に求められるほど名高い、『宝石の魔女』の魔石を。唯一無二の彼女の才能を」
「……っ!?」
カッとなって咄嗟に言葉が出なかった。
背中にぐったりともたれかかるロッティがいなければ、この忌々しい騎士に殴りかかっていたかもしれない。乱れる呼吸を整えて、カイは必死で冷静になろうと努力する。
「……こいつは人見知りなんでね。オレは、こいつが安心して魔石作りに集中できる環境を――」
「そういうの、世間では何と言うか知っているかい?」
カイの言葉を遮って、フィルはにっこりと人好きする笑みを浮かべた。野菜が満載の買い物袋を軽く揺すって、すうっと無表情に変わる。
「――余計なお世話、だ」
「んだと、てめぇっ!!」
吠えるカイに怯んだ様子もなく、フィルはあっさりと肩をすくめた。
「真綿でくるむような温く狭い世界に彼女を閉じ込めて、己の利益のために魔石を作らせているのだろう? どう取り繕ったところで、君が彼女を利用しているという事実は変わらないと思うがね」
「ああそうかよ……っ。ならっ」
売り言葉に買い言葉。
カイはギリッと奥歯を噛み締めると、不敵に口角を吊り上げた。探るような目を向ける美貌の騎士を、精一杯せせら笑うように見下す。
「ロッティに触らねぇこと、魔石作りの邪魔をしねぇことを約束するなら、オレは今後一切口出ししねぇよ。ロッティに直接頼んでみるといい、魔石を作ってくれってな」
フィルの瞳に明かりが灯った。
してやったりと言わんばかりに目を細めると、金糸のような黄金の髪を風になびかせて、カイの前に立って歩き出す。
「君の許可など本来なら必要ないが、一応承知しておこう。幸い女性の扱いには慣れているからね、そう長くはかからないさ」
あまりに見当違いな発言に、カイは演技ではなく本気で失笑した。くつくつとこもった笑い声を立てるカイを、フィルは不快げな表情で振り返る。
フィルの視線に気付いたカイは、まだ笑みの残る唇を歪めた。余計なお世話と言われたとしても、この勘違い男に忠告せずにはいられない。
「ロッティは、アンタの思い通りにはならないぜ?」
対人恐怖症気味の彼女は、それでなくてもひとと打ち解けるまで時間がかかるのに。ましてこの騎士はおそらく、引きこもりのロッティが特に苦手とする部類――自信に満ち溢れて弁の立つ、表舞台で輝かしく生きる人間だ。
「口説こうが褒めようが、上っ面だけの言葉にあいつが靡くはずがねぇ。せいぜい無駄な努力に勤しむこったな?」
足を止めた騎士は、じっと押し黙ってカイを見据えた。ややあって興味を失ったように表情を消すと、再び踵を返して歩き出す。
すっと伸びた姿勢の良い後ろ姿を睨みつけ、カイは男に聞こえないよう舌打ちした。残念ながら、カイ渾身の嫌味はこの騎士には通用しなかったようだ。
(チッ、気に食わない野郎だぜ)
それでも、カイにだって意地はある。
一度口に出した以上、約束を違えるわけにはいかなかった。せめて男が諦めるまで、陰ながらロッティを見守ろうと心に誓ったのであった。