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62.本当の心

 フローラは床に崩れ落ちると、声を上げて激しく泣きじゃくった。

 その悲痛な声に、ロッティの胸も締めつけられたように痛くなる。フィルの側から離れ、急ぎフローラに駆け寄った。


「フローラさん……っ」


 震える背中に手を伸ばしかけるのと、フローラが顔を上げるのは同時だった。泣き濡れた瞳でキッとロッティを睨みつけると、フローラは「帰る」と唐突に叫んだ。


「えっ、フローラさんっ!?」


 驚くロッティを無視して、しゃんと背筋を伸ばして出口に向かう。


 ロッティは慌ててその背中を追うが、突然立ち止まった彼女に衝突しそうになった。

 つんのめるように足を止めたロッティの目の前で、フローラが輝く金髪を揺らして振り返る。


 その瞳はいまだ潤んでいたが、いつもの彼女らしい勝気な光を取り戻していた。


「あたし、あたしブロンは今日限りで退団することにするわ。次の劇団が見つかる保証はないし、お客さんが許してくれるかもわからないけど……っ。でも! 歌だって演劇だって、絶対にやめる気はないんだからね!」


 誰にともなく、金切り声で宣言する。


 乱暴に音を立てて扉を開くと、フローラは今度こそ本当に出て行ってしまった。


「ロッティ。そっとしておきましょう」


 フィルに肩を抱かれて連れ戻され、ロッティは困り顔でダレルを見上げた。ダレルもまた、戸惑ったように低く呻いている。


「ダレルさん。フローラさんは……」


「ねえ、アナ。アナはどうして、あんなにもフローラのことを信じてたんだ?」


 突然、クリスが硬い声で口を挟んだ。


 はっとしてクリスを見ると、彼はなんとも複雑そうな表情を浮かべていた。周りの団員達を見回して、おれは、と恥じたようにうなだれる。


「フローラがおれらの邪魔してるって聞いた時……。フローラならやりかねないよな、って決めつけちゃったんだ……」


「それは……」


 団員達も気まずそうに顔を見合わせた。

 もごもごと言葉を濁す彼らを眺め、アナはふっと表情をやわらげる。


「単純な話よ。……フローラがわざわざ宣戦布告に来た時、おかしいと思ったの。だって、ただシベリウスを――クリスティアナを負かしたいってだけなら、あちらに正攻法で戦う義理なんてないじゃない」


「どういうことですか?」


 首を傾げるロッティの隣で、フィルがはたと手を打った。アナとクリスをせわしなく見比べ、大きく頷く。


「そうか、確かに。真にクリスティアナを追い落とすことだけが目的なら、フローラは世間に向かって真実を公表するだけで良かったんだ」


「真実……?」


「クリスティアナが実は男なんだ、ってね」


 にやりと笑うフィルに、ロッティとクリスは絶句した。

 他の団員達もざわつき始め、ダレルも頭を抱え込む。


「俺にはアイツが本気でわからん……。シベリウスに戻りたいのか? だが、そもそも一方的に退団を決めたのはアイツの方で」


「引き止めてほしかったんでしょう。追いかけて求めてくれると信じてたのに、実際はそうじゃなかった。新たな歌姫まで誕生して引っ込みがつかなくなった、ってところでしょうね」


 全く朴念仁なんだから、とアナが小声で吐き捨てる。

 娘に朴念仁呼ばわりされた父は、ますます情けなさそうに眉を下げた。


「つっても、今さらフローラに戻れってのもなぁ……っと?」


 倉庫の扉がゆっくり開き、ダレルが驚いたように言葉を止める。


「よっ、お疲れさん――お、おお?」


 フローラが戻ったのかと思いきや、外から顔を覗かせたのは大荷物を抱えたカイだった。扉の前に勢ぞろいしているロッティ達を見て、カイもまたぎょっとしたように後ずさる。


「な、なんだよ。無事公演も終わったことだし、酒の差し入れを持ってきてやったんだけど……」


『酒!!』


 嬉しげに群がる団員達に目を白黒させて紙袋を手渡すと、カイはロッティの方にやって来た。おほん、とわざとらしく空咳する。


「ロッティ。お前が踏み抜いた屋台は、オレがしっかり弁償しといてやったからな」


「ええええっ!?」


「あと暴漢共は、バートさんがまとめて連行してったからな。単に酒に酔って暴れただけだとか、わあわあ弁解してるらしいけど」


 カイの言葉に、フィルが思いっきり顔をしかめた。


「それなりの金は掴まされてるだろうし、ブロンとの繋がりは認めないだろうな」


「ふん、まあいいさ。フローラを失って、ブロンも今しばらくは大人しくしてるだろう」


 鼻息荒く言い切るなり、ダレルは「さて、酒に合うツマミでも買ってくるか」とうきうきと踵を返した。アナがすかさずその足を踏んづける。


「痛ってぇ!?」


「ツマミを買うお金があるのなら、屋台の弁償の弁償をしなさいよ。シベリウスが払うべきだわ」


「い、いえアナさんっ。壊しちゃったのは私ですから、私が弁償の弁償をしますっ」


「ロッティを驚かせたのは僕ですよ。ですから僕が弁償の弁償の弁償を」


「だあもう、いいっつの!」


 終わりない議論をカイが止めた。


「面白いものを見せてもらった祝儀代わりだっ。悪女ロッティだの気障な騎士サマだの、見どころ盛りだくさんだったからな!」


「そうね。今回の公演では無理だけど、再演の時に台本を書き替えてみても面白いかもしれないわ。いっそ闇の魔女を黒幕にしてしまう?」


「あ、アナさん~っ」


 情けない声を上げるロッティに、朗らかな笑いが弾ける。いそいそと酒瓶を開けた団員達は、待ち切れない様子で杯を注ぎ合った。


 そのまま酒盛りに突入しかけたのを、険しい顔をしたクリスが止める。


「ねえ、待って! 打ち上げの前に、大事な話があるんだけど」


「クリス?」


 切羽詰まった様子の彼に、アナを始めとした団員達の動きが止まる。


 クリスはごくりと唾を呑むと、すがるように己の胸元に手を伸ばした。首から紫色の守り袋が下がっているのに気が付き、ロッティは瞬きする。


「……あのさ」


 守り袋をしっかりと握り締め、クリスはようやく重い口を開いた。


「おれ……、おれ……。声変わりが始まった、かも……しんない」


『ええっ!?』


 途端に騒然とする団員達を、クリスは泣き出しそうな顔で見返した。わななく唇で深呼吸を繰り返し、「だから!」と声を張り上げる。


「だから、フローラに戻ってもらうべきだ! シベリウスには、クリスティアナに代わる歌姫が必要なんだから……!」

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