表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/70

59.最後の最後まで

 学生時代から魔法の実技が苦手だった。


 たったひとつの呪文によって引き起こされる、派手で甚大で現実離れした事象。とても気弱な自分が仕出かしたこととは思えない。


 ――けれど、今のロッティの心は凪いでいた。


 広場上空に浮かぶのは、太陽のごとくあかあかと輝く巨大な光球。


 荒い息を吐くと、ロッティは屋台の屋根から地上を見下ろした。西広場の人々は、光球に気付いた者と空など見る余裕のない者、半々といったところか。


 しかし、クリスはまっすぐにこちらを見ていた。彼に大きく頷きかけると、ロッティは再び空に向かって杖を掲げる。


「――弾けろっ!!」


 術者の命令に従い、光球は大きく膨らんだ。頼りなく揺らめいた思った瞬間、眩しいほどの光と爆発的な音を放つ。



 ――ドォォォォォンッ!!



「きゃああああっ!?」


 広場のそこかしこから悲鳴が上がる。


 屋台の下にいるカイも咄嗟に耳を塞いだものの、すぐさま我に返って周囲を確認する。

 光球はすでに跡形もなく消えていたが、幸い人にも建物にも何ら被害は見当たらない。どうやら虚仮(こけ)(おど)しの魔法らしい、と察したカイは、ひとまず安堵の息を吐いた。


「おい、ロッティ……!」


 小声で叱責するが、ロッティは小さく首を横に振った。


 空に向けていた杖をゆっくりと動かし、今度は広場の奥にぴたりと照準を合わせる。そこには、食い入るようにロッティを見つめるクリスがいた。


 ロッティは痺れたようになっている頭を懸命に働かせると、せいぜい酷薄そうな笑みを浮かべた。すうっと腹の底から息を吸う。


「――ロ、ロマ国の王子よっ!」


 震えてはいるものの、広場にしっかりと響き渡る大声が出た。


 びくりと身じろぎしたクリスが、驚いたように目を瞠る。けれど、即座にその瞳に理解の色が宿った。


 それに勇気付けられ、ロッティはもう一度大きく息継ぎをする。


「――我こそは、昏き森に住む闇の魔女! 王子よ、我が手下を全て倒したようだが、今度はこの私が相手となってやろう!」


「くっ……!」


 クリスは自らの足元に倒れ伏す、黒ずくめの男達を見下ろした。きつく唇を噛むと、いったんは収めていた腰の剣に手を伸ばす。


 長剣を抜き払い、鋭い眼光でロッティを睨み据えた。


「誰が来ようと、わたしは決して屈したりなどしない! この国を守るのは、王子たるわたしの責務なのだ!」


 朗々と響く声で宣言する。


 さっきまで逃げ腰になっていた観客達も、今や場の空気に取り込まれていた。

 息をひそめてやり取りを見守る彼らに交じり、ゴロツキ達も目を剥いている。ロッティはギッと眼光を鋭くすると、魔法の杖をゴロツキ達に突き付けた。


「ヒイィッ!?」


「あらあら、目障りな男達だことっ。闇の魔女様の邪魔をするつもりかしら? 今すぐアタシの前から消えなきゃ、木っ端微塵に爆発させちゃうんだからねっ!」


 金切り声でわめけば、地上のカイが「いやせめてキャラ統一しろや」と突っ込んでくる。

 フローラのような高飛車な女を演じたつもりだったのだが、やはり付け焼き刃では駄目だったらしい。


 若干落ち込みかけたものの、気を取り直してロッティはひらひらと杖を振る。


「三つ数える間に立ち去りなさい! いーち……。にーい……」


「お、お前ら構うんじゃあねぇ! 早く手はず通りに――……ぐあッ!?」


 意気軒昂に叫んだ途端、男が吹っ飛んだ。

 地面に叩きつけられ、そのまま倒れ伏してピクリとも動かない。周りを囲む男達が、ぎょっとしたように後ずさった。


 ロッティもまた茫然として杖を下ろしてしまう。


(えっ……?)


「――ふふ、面白い。事情は今ひとつ飲み込めないが、多勢に無勢なこの状況。騎士として到底看過できないな、ぜひとも助太刀しようじゃないか」


 きゃああ、と黄色い歓声が弾けた。


 爽やかな笑みを浮かべて現れたのは、王立騎士の団服をまとった美貌の男。長いコートの裾を揺らし、鞘に包まれたままの剣を颯爽と構える。


(――フィルさん!?)


 その瞬間、ロッティは安堵のあまり腰を抜かしそうになった。危なくよろめきかけた彼女を、カイが慌てた様子で叱りつける。


「こら、まだ倒れるには早いだろがっ! いっぺんやるって決めたなら、気合いを入れて最後までやり通せ!!」


「カイさ……。は、はいっ」


 再びしゃんと背筋を伸ばし、広場の成り行きを見守った。

 フィルは浮足立つゴロツキ達をゆうゆうと見渡して、不敵に口角を吊り上げる。


「軍人殿、剣に自信はおありかな?」


 クリスに向かってからかうように問い掛けた。


 一瞬不快気に眉根を寄せたクリスは、長い髪を払って前に出る。剣を携えてフィルの隣に立つと、自信満々に胸を反らした。


「ふっ。己の目で確かめてみるがいい」


「そうか、では――」


「や、やっちまえッ!!」


 やけっぱちのように叫んで、十数人はいるゴロツキ達が一斉に二人に襲いかかった。

 思わず飛び出しかけた悲鳴を飲み込み、ロッティは二人に届かない手を伸ばす。


 しかし、フィルもクリスも全く動じていなかった。


 すっと腰を屈めたフィルが、風のような速さで男達の間を駆け抜ける。悲鳴を上げる暇もなく、男達は面白いようにバタバタとなぎ倒されていった。


「――はっ!」


 クリスも短い気合いを発して剣を振りかぶる。こちらは演劇用の武器とわかっているのだろう、薄ら笑いを浮かべた男数人がクリスに向かっていき――……


 すかさずロッティが杖を振り上げた。


「光よ踊れ、弾けろっ!!」


「ぎゃああッ!?」


 早口で唱えた呪文に応じ、男達の頭上すれすれに出現した光球が爆発する。この機を逃さず、クリスが音を立てて相手を叩き伏せた。


 屋台の下からカイが首を伸ばす。


「行けロッティ! ここで悪役っぽく高笑いっ!」


「ほっ、ほーほほほっ!!」


 腰に手を当てて高らかに笑ってから、「次は直撃させてやるんだからね!」と杖を構えて脅しつける。


 怯えて硬直する男達を見て、フィルが瞳を光らせた。縦横無尽に剣を振るい、あっという間に下してしまう。

 気付いた時には、ゴロツキ達の中で立っているのは、背の低い小太りの男一人だけとなっていた。


 軍服姿のクリスはフィルを目顔で制すと、迷いのない足取りで前に出る。


「――来い」


 落ち着き払った声音に、小太りの男が肩を跳ねさせた。

 気絶した仲間達を見回して泣き出しそうに顔を歪めたが、もはや退路はないと悟ったのだろう。破れかぶれのようにクリスに躍りかかる。


「う、うおおおッ!!」


「――遅いっ!」


 クリスの剣が一閃する。


 腹を強かに殴られた男が宙を舞った。地面に激突し、ごろごろと転がってやっと止まる。


 クリスはうつ伏せに倒れる男を見やると、静かに剣を鞘へと納めた。ふうっと長い息を吐き、緊張を解いたように美しく微笑する。



 ――わああああっ!!



 一拍置いて、爆発的な歓声が沸き起こった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ