54.女子会、開催
――あの日以来、ふわふわと頼りない日々を過ごしている。
ロッティはぼんやり窓の外を眺める。気付けば、空はすっかり明るくなっていた。
心ここにあらずであっても魔石作りに支障はない。ひとたび魔石に向かい合えば、長年の習慣で魔石のことしか考えられなくなるからだ。
建国記念祭への残り日数を指折り数えながら、ロッティはひたすらクリスの魔石作りに没頭した。
徹夜明けで腫れぼったい瞼を揉んで、重い腰をのろのろと上げる。
(……そろそろ、準備しなくっちゃ……)
***
「へえぇ、ここがフィルさん行きつけのお店かぁ~!」
「雰囲気の良いお店だわ。さすが女性にまめな男は店にも詳しいのね」
「…………」
盛り上がるエレナとアナとは対照的に、ロッティは深く俯いていた。
心身共にくたびれ果てた彼女には、服を考える気力すら残されていなかった。お馴染みの真っ黒ローブに袖を通し、フードを目深にかぶってここまで来たのだ。
注文したケーキセットが到着するやいなや、エレナは嬉しげにカップを持ち上げた。
「お酒じゃないけど、せっかくだし乾杯しない?」
「そうね。……さ、ロッティさんも」
アナから優しく促され、ロッティも慌ててカップを掴む。宙に掲げ、「乾杯!」と全員で唱和した。
「さっ、食べよ食べよ! アナさん……あ、アナって呼んでいい?」
「もちろん」
「ありがと! アナのカスタードパイもロッティのチーズケーキも、どっちもすっごく美味しそうだよね。よかったら一口ずつ交換しようよ」
返事も待たずにフォークを握るエレナに、アナがくすりと笑う。取りやすいようケーキ皿を前にすべらせて、角砂糖の壺を手に取った。
「ロッティさん、紅茶にお砂糖は?」
「あ……。それ、じゃあ」
ひとつだけ、と消え入るように告げると、アナはロッティのカップに角砂糖を落としてくれた。
しゅわしゅわと溶けていくそれに見入るロッティを、アナとエレナが探るように見つめる。けれどロッティは二人の視線に気付かない。
実は、アナとエレナが会うのは今日で二度目だった。この二人が初めて出会ったのは、つい先日――ロッティの自宅でのことだった。
寝食を忘れて魔石作りに励むロッティを心配し、アナとエレナそれぞれが差し入れを持ってロッティ宅を訪れたのだ。
ロッティの様子が明らかにおかしいのに、二人はすぐに気が付いた。目配せを交わし合い、代わる代わる悩みを聞き出そうとしたものの、ロッティは一切口を割ろうとしない。
そこで二人は、今日の会合を計画したのだ。
「はああ、美味しかったぁ!……さて、皆様。こうして美味しいケーキも完食したということで」
テーブルの端に空っぽの皿を重ね、エレナがパンと音を立てて手を叩く。
「――ロッティ。一体何を悩んでるのか、そろそろあたし達に教えてくれない?」
「な、悩みなんて……!」
大慌てで否定しようとしたロッティを制して、アナが静かにかぶりを振った。
「ロッティさん。無理に聞き出そうとは思わないけれど、悩みがあるのは本当でしょう? 話して楽になれることなら、友人としていくらでも聞くわ」
「アナさん……」
真摯な言葉にロッティは絶句する。
こんなふうに言ってくれる友人ができたことを、改めて実感して胸が熱くなる。
滲みかけた涙を払い、ロッティはきっぱりと顔を上げた。心配そうな眼差しを向ける二人に、ぎこちないながらも今日初めて笑いかける。
「実は――……」
***
「……と、いうわけなんです」
ロッティはしゅんと鼻をすすった。
すっかり冷たくなったカップに手を伸ばし、一気に飲み干す。アナが無言で手を上げて、すぐにお代わりを注文してくれた。
新しいお茶が運ばれてくるまで、誰も口を開こうとしなかった。店員の背中を見送り、エレナが大きく息を吐く。
「……ごめん。すっごく個人的な意見なんだけど、言わせてもらってもいいかなぁ?」
「私も。独断と偏見で構わないかしら、ロッティさん?」
エレナとアナ、口々に畳み掛けられ、ロッティは飛びつくように頷いた。二人はチラリと視線を交わすと、すうっと大きく息を吸った。
「回りくどいわぁー!!!」
「好きなら好きとはっきり言葉にしなさいよ、意気地なし」
「思わせぶりー!!!」
「後は言わずともわかりますよね、ってことかしら。いや言えよ」
「格好つけ男ー!!!」
「きちんと申し込んでいない以上、返事をしてあげる義理もないわね。ええ、放置で結構よ」
「…………」
大興奮して叫ぶエレナに、地を這うように低い声で吐き捨てるアナ。友人二人の予想外の反応に、ロッティは唖然としてしまう。
「……えっと……?」
「つまりね。ロッティさんが悩む必要なんか、これっぽっちもないってことよ」
アナが断言すると、エレナも大きく頷いた。
「そうそう! 好きです、付き合ってください、って申し込まれたんなら返事のしようもあるけどさぁ」
「もう一度言ってくるまで、ロッティさんは何もなかったかのように振る舞えばいいの。そうすれば、あの阿呆騎士も次の手を考えるでしょうよ」
「そ、それでいいんでしょうか……?」
情けなく眉を下げるロッティに、二人は楽しげな笑い声を立てる。ロッティの額をピンと弾き、エレナがいたずらっぽくロッティの顔を覗き込んだ。
「そもそも、さあ。ロッティはフィルさんのこと、好きなの? もちろん友達としてじゃなく、恋愛的な意味でね!」
「へっ!?」
途端に茹で蛸のように真っ赤になる。
おろおろとアナに手を伸ばすが、アナもまた興味津々といった様子で瞳を輝かせていた。
味方がいないと悟ったロッティは、頬を染めたまま下を向く。ローブの裾をくしゃくしゃに握り込んだ。
「す、すすすき……です、もちろん。……でも、それが、恋かどうかって聞かれると」
「じゃあじゃあ、告白されて嬉しかった?」
続けての難問に、ロッティは内心頭を抱え込む。
告白されて、どうだったかと聞かれても……。混乱や戸惑い、聞き間違いではないかといった不安。冗談だったらどうしようという恐怖。
こうして改めて思い返してみると、魔石の原石のように黒々とした感情ばかりだった。
(そう、それに……)
フィルが風の魔石を選んだ理由。
好きなひとの色を身に着けたいからだ、と聞いたあの瞬間、ロッティの目の前は真っ暗になった。胸が締め付けられたみたいに痛くなった。
そこまで考え、ロッティははっとする。
(……でも)
風の魔石は、他でもないロッティ自身の色だった。
――フィルの『好きなひと』は、ロッティだったのだ。
ローブをいじるのを止め、ロッティはおずおずと顔を上げる。固唾を呑んで待ち構える二人を見つめ、唇を震わせた。
「…………うれし、かった」
心から。
消え入るような自分の声を聞いた途端、ロッティの中で何かがストンと腑に落ちる。
きゃあっと黄色い声を上げたエレナとアナが楽しげに手を叩くのを、茫然として見守った。