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51.未来のために

「そうか……。もう噂になっちまってたか」


 得意満面のフローラが去り、葬式のように静まり返ったシベリウスの稽古場。


 出先から戻った劇団長のダレルが、がっくりと肩を落とす。

 打ちひしがれる父を見て、アナがすうっと切れ長の目を細めた。


「どういうこと?」


「どういうことも何も。ウチのライバルである劇団ブロン、あっちがフローラを好条件で引き抜いたってこった。俺が知ったのはつい最近の話だがな」


 フローラは体調不良を理由にシベリウスを退団した。

 すぐにブロンで歌えば、世間からいらぬ勘繰りをされることになる。今まで表舞台に立たなかったのは、ほとぼりが冷めるのを待っていたということだろう。


 低い声でそう説明したダレルは、不意にゆらりと立ち上がる。その瞳は光を失ってはいなかった。


 不安に顔を曇らせる劇団員達に、しっかりと力強く頷きかける。


「心配するな。俺達は正々堂々、歌と演技で戦うだけの話だ。フローラの復帰は話題にはなるだろうが、何、ウチのクリスティアナだって負けちゃあいねぇ。そうだろう!?」


『おおっ!!』


 景気付けのように声を張り上げる面々の中で、クリスだけは深く俯いていた。その手がきつく握られているのに気が付き、ロッティは慌てて彼のこぶしを包み込む。


 必死になってクリスの顔を覗き込んだ。


「クリスさんっ。私、私も力になります! 建国記念祭までに絶対魔石を間に合わせてみせますからっ。歌姫クリスティアナに相応しい、輝くような魔石を――!」


「あんがと、ロッティ。……でもさ、それ『火』以外でお願いしてもいい?」


 クリスは痛そうに微笑んだ。

 無理をしているのがありありとわかって、ロッティの胸が締めつけられる。


 クリスはふっと視線を逸らすと、ぽつりぽつりと口を開いた。


「おれ、さっきの自信満々なフローラを見たとき、頭の片隅で思っちゃったんだ。フローラには誰よりも、情熱の『火』の魔石が似合うだろうな、って。……きっと、クリスティアナとは比べ物になんないぐらい」


「そんなっ」


 声を荒げようとしたロッティにかぶりを振って、クリスはニッと笑う。今度はさっきほどぎこちない笑みではなかった。


「だからロッティ、難題突きつけて悪いんだけどさ。フローラよりもクリスティアナによく似合う――そんな魔石をおれに選んでくれる? おれ、それを楽しみに練習頑張るからさ」


「クリスさん……!」


 ロッティは喉を詰まらせ、無言のまま何度も頷いた。黙ってやり取りを見守っていたアナが、「よし!」と高らかに手を叩く。


「いい、皆? 建国記念祭で聴衆を魅了するのは我々『劇団シベリウス』よ! クリスティアナを最大限に引き立てて、記念祭の主役になりましょう!」


「おうよ!!」


「任せろ!!」


 全員が元気いっぱいに唱和する中で、ダレルがあからさまにずっこけた。眉を下げて頰を掻く。


「おおいアナぁ、父の台詞を奪わんでくれよ~」


 情けない声音に、稽古場にどっと明るい笑いが弾けた。クリスもまた、楽しそうに笑っていた。




 ***



「クリスティアナに相応しい魔石、ですか……」


 視線を落としたフィルが、じっと唇を噛んで考え込む。その浮かない表情に、ロッティは心配になって彼を見上げた。


「フィルさん?」


「……ああ、いえ。何でもありません」


 はっと顔を上げたフィルは、すぐさま何事もなかったかのように微笑む。月明かりがやわらかく彼の金髪を照らし出した。


 ――あれから。


 稽古場に残ったロッティは、クリスの姿から片時も目を離さなかった。繊細な歌を紡ぎ、勇猛果敢に剣を振る彼を追いながら、必死になって考え続けた。


 劇団員の誰ひとり、夜が更けても稽古をやめようとしなかった。ロッティも熱中のあまり完全に時間を忘れていたが、仕事を終えたフィルがひょっこり稽古場に顔を出したのだ。


 久しぶりに彼に会えて赤くなるロッティをよそに、フィルはみるみる顔を険しくした。荒々しくロッティの腕を掴むと、「送ります」と問答無用で稽古場を出てしまった。


 こんなに遅くまで駄目でしょう、と切々と説教してくる彼に、ロッティはしおらしく頷いた。耳を傾ける振りをしながらも、その実くすぐったい嬉しさに浸っていた。


 一通りお小言が済んでから、ロッティは彼に今日の出来事を報告したのだが――……


「フィルさん。何か気になることがあるのなら教えてください。私もまだ、どの魔石にするか決めかねてるので、意見がもらえたらありがたいです」


 一生懸命に言い募ると、フィルはふっと瞳をやわらげた。温かく微笑み、ロッティの手を握る。


「……っ」


「僕のは……、意見というか、兄の勝手な願いに過ぎませんから。参考になるどころか、ますますあなたを悩ませることになるかもしれない」


 ためらいがちな言葉に、ロッティは激しく首を横に振った。


「それでも、聞かせてください。弟さんを思う、お兄さんの意見が無駄なはずないです」


「ロッティ……」


 フィルが掠れた声を上げたところで、ロッティの家の三角屋根が見えてきた。玄関先まで無言で進み、フィルは重苦しい息を吐く。


 手を繋いだままロッティと向かい合い、揺れる瞳でロッティを見つめた。


「僕は……クリスティアナのための魔石ではなく、クリスのための魔石を贈ってあげたいのです」


「……え?」


 呆けたように口を開けるロッティから、フィルは視線を逸らす。


「歌姫クリスティアナではなく、僕の大切な家族であるクリスへの。クリスがこの先……王都で演劇を続けるのか、故郷に戻って家業を継ぐのか、それは僕にもわかりません。ですが今の僕は、クリスがどんな道を選んだとしても応援してあげたいと思ってるんです」


 ――クリスのたったひとりの兄として。


 決意を秘めた言葉に、ロッティの胸が高鳴った。何かを掴めたような気がして、フィルの手を振り払って胸を押さえる。


 ぎゅっと目をつぶり、どきどき騒ぐ鼓動に集中した。


「ロッティ?」


「フィルさんっ。ありがとうございます、お陰でやっと決まりました!」


 ぱっと顔を輝かせると、ロッティは勢いよくフィルの胸に飛び込んだ。

 不意打ちにフィルの目元が赤く染まるのにも気付かず、抱き着いた彼を激しく揺さぶる。


「クリスさんに相応しい魔石。これからのクリスさんの未来のための魔石。『宝玉の魔女』ロッティ・レインの最高傑作を届けてみせます!」


 月明かりの下、ロッティは晴れやかに笑って胸を張った。

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