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48.漆黒を打ち消す

 自宅に帰り着くなり、ロッティは作業台に直行した。

 台の上に仕入れたばかりの原石をぶちまけると、すぐさまフィルが興味津々で手を伸ばした。


「本当にどれも真っ黒だな。店主はこれを(くず)だと言っていましたが……」


 漆黒の原石を指でなぞって、ロッティをじっと見つめる。

 ロッティはどぎまぎして俯いた。フィルの綺麗な顔にもだいぶ慣れたとはいえ、熱を込めた視線を向けられると直視できない。


 茜色の髪を無意味に触りながら、ロッティは何度も首肯した。


「て、店主さんの言っていた通り、黒が強いと魔力が込めにくいんです。でもだからといって、決して魔石としての性能が劣っているわけじゃありません」


 作業台の上、とりどりの原石に目を落とし、ロッティは猫型石をつまみ上げる。頭の部分をそっと撫で、上目遣いにフィルを見上げた。


「私が、今日選んだ原石。真っ黒だって以外にも、ひとつだけ共通点があるんです」


 わかりますか、と試すように聞かれて、フィルは目をしばたたかせる。

 首をひねって考え込む彼を、ロッティはわくわくして見守った。子供みたいなその表情に、フィルは危うく噴き出しそうになる。


 笑いをこらえ、作業台の原石に視線を走らせた。


(……ん?)


 フィルは内心はたと手を打った。


 身を乗り出して待つロッティに「これは難しい問いだな」なんてわざとらしく呟くと、ロッティはきらきらと瞳を輝かせた。


 気の済むまでじらしてから、フィルがにやりと意地悪く笑う。


「正解は、大きさですね? 店の木箱の中には、握りこぶしほどの大きさのものも数多くありましたが、ロッティが選んだのは指の爪ほどのものばかりだ」


「うっ……! そ、その通り、です……」


 ロッティが至極残念そうに眉を下げた。

 ちょっとだけ頬を膨らませてから、一転して楽しげに笑い出す。


「本当は、原石が大きければ大きいほど魔力を込めるのが容易なんです。だからさっきのお店でも、大きくてあまり黒の強くないものが高価だったでしょう?」


「そうでしたね。……ですが、そういうことなら……」


 フィルがためらいがちに作業台に視線を落とす。


 今日ロッティが仕入れたのは、どれも墨を塗り重ねたような漆黒で、そして小さな原石ばかり。

 ロッティの言葉が正しいのならば、魔石に仕上げるには相当苦労するのではないか。自分が横入りした注文で、それはさすがに申し訳ない。


 口を開こうとしたフィルを制するように、ロッティが小さくかぶりを振った。


「違います。値を抑えるために、わざとこの原石を選んだわけじゃありません。……だって、カイさんに仕入れの代行を依頼する時、私はいつもこうお願いするんです。『他よりも黒の強い原石を』って」


「え!?」


 驚くフィルを横目に、ロッティは機敏に立ち上がる。部屋の隅に置いてある木箱から、原石をひとつ取って手の平に載せた。


「オールディス商会からの注文は、どれも豪華な細工を施します。だから、原石も大きめのものを選ぶんですけど――」


 説明しながらフィルに見せてくれる。

 確かにこの大きさなら、さぞかし存在感のあるブローチやペンダントができるに違いない。


 漆黒の原石に見入るフィルを注意深く眺め、「でも」とロッティが続ける。


「クリスさんに贈るのも、私とフィルさんが取り替えっこするのも、全部普段使いのものでしょう? だから、大きさは控えめ。そして黒の濃いもの。だって本当は、黒が強いのは良質の原石のあかしだから。――引いては、()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ええっ?」


 フィルは先程から驚きっぱなしだ。


 目を白黒させる彼を、ロッティはしてやったりと眺めた。手の中にある魔石を得意気に指で弾く。


「教科書通りのやり方じゃあ無理なんです。お店のおじさんの言っていたように、それではなかなか魔力が浸透しません。……でも」


 だんだんと声を落とし、焦らすように間を置いた。


「でも、私が在学中に編み出した方法でなら。むしろ漆黒の魔石の方が、美しく色を取り込んで輝くんです」


 ちょっとだけ、凄くないですか?


 はにかみつつ、いたずらっぽく舌を出す。

 フィルは数秒ぽかんとして、それから声を立てて笑い出した。いつも自己評価が低く遠慮がちなロッティが、この時ばかりは自信満々に見えたからだ。


「えへへ。魔法学校で私が出した卒論がそれだったので、方法自体はすでに発表されているんです。ただ、おいそれと真似できるものじゃありません」


「なるほど。では友人のよしみで、魔法使いではない僕にもわかるように教えていただけますか?」


 恭しく尋ねると、ロッティはぱっと顔を輝かせた。




 ***



「すっごく単純な話なんです。黒が強すぎて属性が浸透しないなら、まずは黒の色を抜いてしまえばいい。それだけ」


「黒の色を……抜く?」


 ぽかんとするフィルに、ロッティは楽しげに頷き返した。

 術式を書き込んだ紙を用意して、陣の中に小さな原石をばら撒く。すうっと深呼吸して目をつぶり、原石の上に両手をかざした。


「……っ」


 息を呑む気配がしたが、ロッティは構わず仕事を続ける。


 手首から指先まで、まんべんなく魔力を充実させる。

 原石に直接当てるのではなく、包み込むように。じわじわと侵食していくように。


 どのくらい経ったろう。

 ロッティが静かに目を開いた時には、原石の黒色は幾分か薄くなっていた。


 目を丸くしているフィルを、笑顔で振り返る。


「……と、こんな感じで。これを繰り返すことによって、少しずつですけど黒が抜けていくんです」


「一体どうして……? 単に、魔力を込めているだけのように見えましたが……」


 今、どの属性の魔力を込めたのです?


 眉をひそめて問うフィルに、ロッティはまた得意そうに胸を反らした。


「地火風水の属性は一切込めていないんです。今のは、純粋な私自身の魔力。――そう、無属性の」


「無属性!?」


 フィルが驚きの声を上げる。

 きらきらと瞳を輝かせたロッティは、もう一度大きく頷いた。


「はい。きっと、無属性には色がないんです。だから魔力を込めるたび、原石の黒が消えて透明に近付いていく。……これって実は、結構難易度の高いことで」


 すべすべした眉間にシワを寄せ、困ったように眉を下げる。


「属性の混じらない純粋な魔力を練るのって、よっぽど魔力操作が得意な魔法使いにしかできないことなんです」


「ああ……。だから『おいそれと真似できない』のですね。――さすがはロッティだ」


 フィルが深々と感嘆の息を吐いた。

 褒められて一瞬真っ赤になったロッティは、作業を止めてわたわたと立ち上がる。


「と、というわけでっ! まずは全部黒を抜いちゃいますね! 結構時間が掛かりますから、先にどの原石にするか決めちゃいましょう!!」


 照れ隠しのように声を張り上げる彼女を、フィルは微笑ましく見守った。

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