47.原石を手に
観光地化している賑やかな表通りを抜け、小汚い路地へと足を踏み入れる。
カイに貰った地図を片手に、ロッティは頼りなく視線をさまよわせた。
「えぇと……。たぶん、こっち……?」
「ええ、合っていますよ。この角を右に曲がって、それから――……」
横から地図を覗き込んだフィルが、にこやかに彼女をエスコートしてくれる。ロッティははにかみながらもその手を取った。
くねくねと迷路のような路地を抜け、ようやく目的地に辿り着く。
その建物を目にした瞬間、フィルは思わずといったように眉をひそめた。
「……掘っ建て小屋だな。看板すら出ていないし」
ぼろぼろの建物とフィルとを見比べ、ロッティも心許なそうに頷く。
目の前に立つ家は明らかに傾いていて、まさか倒壊しないかと心配になってしまうほど。慎重な足取りで近付くと、薄っぺらい扉に色褪せた紙が貼られているのに気が付いた。
『魔石、原石のみ取り扱い』
素っ気ない文面を読み下し、ロッティがぱっと顔を輝かせる。繋いだままになっていたフィルの手を、思いっきり引っ張った。
「フィルさん、やっぱりここですっ。見た目はその、アレですけど……物は良いはずなのでっ」
「ああ? 見た目がアレってなぁ、どれのことだい?」
「ひいぃっ!?」
悲鳴を上げたロッティを、フィルが素早く引き寄せる。流れるように背中に庇い、鋭い眼光を扉に向けた。
軋んだ音を立てて開いた扉から、髭面の小男がのっそりと顔を出す。荒い言葉とは裏腹に、男は人懐っこい笑みを浮かべていた。
目を瞬かせたフィルが、男に向かってためらいがちに会釈する。
「えぇと、こんにちは。魔石の原石を見せていただきたいのですが?」
フィルの言葉に、男はますます嬉しそうに破顔した。ちょこまかと外に飛び出すと、扉を押さえて全開にしてくれた。
「おう、客が直接訪ねてくるたぁ珍しい! ウチは配達専門じゃねぇのになぁ、なんでか店はいつも閑古鳥が鳴いてんだ」
好きなだけ見ていきな、と声を弾ませる。
ロッティとフィルは思わず苦笑いの顔を見合わせた。「なんで」も何も、店がこの状態では客が寄り付かないのも道理だろう。
低い入口に、長身のフィルは頭をぶつけないよう慎重に腰を屈めた。小柄なロッティは別段苦労せずに店内へと突入する。
「――わあっ。すごい、宝の山です!」
はしゃいだ声を上げると、早速狭い店内を埋め尽くす木箱を覗き込んだ。ひとつひとつ足早に確認し、やがて一番奥の箱の前で足を止める。
「ロッティ?」
肩を叩かれ、ロッティは驚いたように身じろぎした。ごくりと唾を飲んでフィルを見上げる。
「フィル、さん……。こ、この木箱の中……」
「どうしました?」
不安気に表情を曇らせるフィルに、ロッティは満面の笑みを向けた。
「掘り出し物だらけですっ。面白い形が、ほらこーんなにっ!」
大興奮して木箱に両手を突っ込む。
次々に取り出してみせるのは、小指の爪ほどの大きさからこぶし大まである、大小様々な原石達。フィルの目にはどれも歪で不格好に見えるが、確かに面白いといえば面白いかもしれない。
フィルも小さなひとつを手の平に載せ、まじまじと観察した。
「丸石に突起がふたつ……。なんだか猫耳に見えてきたな」
「猫ちゃん型の石ですねっ。それ取っておいてください!」
声を弾ませ、ロッティは熱心に検分を続ける。
店主の男がにこにこして寄ってきた。
「その箱は屑石ばっかだからよ、安くしといてやんよ」
「ありがとうございます。屑ということは……、あまり効果も良くないのですか?」
フィルが困ったように眉を下げる。
これはクリスを守るための魔石なのだ。いかに安かろうが、破邪の力が強くないなら意味がない。
しかし、木箱に向かってしゃがんだままのロッティが、きっぱりと首を横に振った。
「フィルさん、大丈夫です。『掘り出し物』って言ったのは、何も形だけの話じゃなくって」
「いんや、良くねぇぞ。そら見ろ兄ちゃん、屑石は真っ黒だろ? 原石は黒いもんだが、それにしたって新月の夜みたいに真っ黒闇だ」
口を挟んだ店主が、別の木箱から取った原石を見せてくれる。
言われるがまま自身の猫型石と比べてみると、確かに店主の石はさほど黒が強くない。濃いめの灰色といったところか。
「黒が強すぎるとな、魔力が浸透しにくいんだ。それじゃあ良い魔石になりっこねぇ。だからその木箱のは、ぜーんぶ屑」
楽しげに断言する店主をよそに、ロッティは原石の選別を終えたらしい。持参してきた籠に、除けていた石を全て放り込んでしまった。
フィルから猫型の石も受け取って、ローブを払って颯爽と立ち上がる。
「これ、全部くださいっ」
「そんなにですか!? ロッティ、僕が払いま――」
言いかけたフィルにかぶりを振って、ロッティはいたずらっぽく財布を取り出した。
「クリスさんの分は、仕入れ料込みでもう代金をいただいてますから。私とフィルさんの分は、さっきの杖のお礼ということで。……それに」
店主が告げた料金は、びっくりするほど安かった。おまけに端数まで切り捨ててくれたので、この価格にしては大収穫と言えるだろう。
不良在庫の処分ができたと上機嫌の店主に見送られ、店を出る。
充分に離れたところで、ロッティは大きく息を吸って笑い出した。滲んだ涙をぬぐい、唖然としているフィルを見上げる。
「――ああ、楽しかった! 私、本当のことを店主さんに教えなかったんです。もしかして、これって詐欺になっちゃうのかな?」
「ええっ?」
素っ頓狂な声を上げるフィルに、ロッティはまたおかしそうに噴き出した。彼の手を取り、待ちきれないみたいにぴょんぴょん飛び跳ねる。
「大急ぎでうちに帰りましょう、フィルさん! どの原石にするか、一緒に話し合わなくちゃあ!」
そのまま走り出したロッティに付いていきながら、フィルは思わず頬をゆるめた。背丈に見合った彼女の小さな手から、じんわり温もりが伝わってくる。
(……ロッティから繋いでくれたのは、初めてだな)
繋いだ手に力を込めて、幸せ気分を噛み締めるフィルであった。




