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46.魔女は魔女らしく

 恐る恐る扉をくぐると、そこは多種多様な品物であふれかえっていた。

 魔法の杖に、いかにも魔女らしいとんがり帽子。ゴツゴツと節くれ立った箒に、年季が入った大ぶりの鍋……。ロッティ好みの真っ黒なローブもあり、思わず歓声が飛び出した。


 隠れていたフィルの背中から出て、ロッティは大興奮で彼の腕を引く。


「フィルさん、見てくださいっ。杖やローブがこーんなに!」


「ヒッヒッヒ……。神秘に満ちた我が魔法屋に、アンタ達は一体何を求め――……て。あっりゃあ?」


 店の奥から出てきた老婆が、素っ頓狂な声を上げた。怯えて固まるロッティを下からすくうように見つめ、ややあって微かに頷く。


「なんだい、同業者かい。こんな紛いもんだらけの店に何の用さ」


 丸まっていた背中をしゃんと伸ばし、にやりと口角を上げた。ロッティはどきまぎして頭を下げる。


「こ、ここここんにちは……っ。あの、私……」


「彼女が同業者だと、よく気が付きましたね?」


 庇うようにロッティの前に立ち、フィルが老婆を()めつけた。騎士の鋭い眼光に動じたふうもなく、老婆は楽しげに哄笑する。


「アタシは魔法こそ不得手だが、魔力を感じ取る能力に長けてんのさ。……アンタの魔力はなかなかのもんだね。しかも全属性持ちだ」


「あり、あり、ありがっとうございますっ」


 舌を噛んだロッティに危うく噴き出しかけ、フィルは慌てて真面目な表情を取り繕った。威圧するよう老婆を見下ろして、「杖を見たいのですが?」と尊大に告げる。


 老婆はぽかんと口を開けた。


「杖……ってアンタ。こりゃあ単なる土産用だよ? 見かけ倒しで何の力もありゃしない」


「そうなんですかっ?」


 驚いたロッティは、目を付けていた杖を取り上げる。じっと目を閉じ、眉間に皺を寄せて集中した。


「……あ。ホントだ」


 情けない顔をする彼女に、老婆は手を叩いて大喜びする。笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら、カウンターの奥に引っ込んだ。


 すぐに戻ってきた彼女は、なんの変哲もない木の棒を手にしていた。先程の長い杖と違い、こちらは教鞭ぐらいの長さだ。


「ほい、こっちは一応本物。アンタほどの魔力があれば、杖なんざ本来なら不要だろうが……」


「あ、実は学生の時にもそう言われちゃって……。私、魔女なのに一度も杖を使ったことないんです……」


 恥ずかしそうに視線を落としながら、ロッティは杖を受け取る。表面を指でなぞると、ぱっと顔を輝かせた。


「本物だけど、あまり強くはありませんね?」


「そそ。けどね、安物でも杖はやっぱあった方がいいんだよ。魔法使いのシンボルなんだからさ。悪い男に絡まれた時とか、それを懐から出して構えてごらん。一目散に逃げていくに違いないよ」


「なるほど!」


 横からはたと手を打ったフィルが、老婆に爽やかな笑みを向けた。「これ買います」と高らかに宣言する。


「フィルさんっ?」


「最近は何も贈っていませんし、このぐらい勘弁してください」


 澄まして財布を取り出して、さっさと会計を済ませてしまう。

 ロッティは困ったような嬉しいような、複雑な表情を浮かべて杖を受け取った。ためつすがめつ眺め、うっとりと息を吐く。


「格好いい……。かも……」


「魔女さんや。ついでにローブも新調したらどうかえ? ほれほれ、シャレたローブもたっくさんあるぞぅ?」


 金づると見てとったのか、老婆は張り切ってローブを並べ出した。ロッティが止める間もなく、フィルが目を光らせて手を伸ばす。


「生地が悪いな、それに重すぎる。これじゃあ彼女の肩が凝ってしまうだろう」


「過保護なカレシだねぇ。よっし、ならこっちはどうだえ?」


「かかかかカレシだなんてそんなっ」


 わめくロッティを完全に黙殺し、二人は熱心にローブを検分し始めた。これは薄すぎてなまめかしすぎる、こっちはまるで雨具だ、フィルはどれも気に食わない様子でけなしまくる。


 老婆もだんだん燃えて来たようで、店の奥にもぐって次から次へとローブを取り出した。


「……うん。これは悪くないな。いかがですか、ロッティ?」


「えっ!? あ、はい素敵だと思います!」


 見もしないで即座に返事をしたロッティに、フィルが小さく笑い声を立てる。鏡の前に彼女を(いざな)い、ローブを体に当ててみせた。


 ロッティが目をまんまるにする。


「……かわいい」


 裾に紺色のレースをあしらった、足首まである薄手の黒のローブ。

 はおってみると裏地は空色で、隙間からちらちらと鮮やかな色が見え隠れする。紗のレースも動きに合わせてふんわり揺れて、嬉しくなったロッティはわざと足踏みして裾を揺らした。


 ローブの胸元には花の刺繍。

 優美なそれを見下ろして、うっとりと指でなぞる。


「かわいい……。わたし、わたし……」


 きっぱりと顔を上げ、決然と宣言する。


「これ、買いますっ!!」


「はいよ、毎度ありぃ~!」


 年を感じさせない軽やかさで、老婆がぴょんと跳ねた。「そのまま着ていくといいよ!」というお言葉に甘えて、ロッティは嬉しげにフードを被った。


 茜色の髪を払い、杖を構えてポーズを決める。いたずらっぽくフィルに笑いかけた。


「買っていただいた杖に、このお洒落なローブ! もしかして、今の私ってばすっごく魔女みたいじゃありません?」


「ええ。凛として素敵な魔女ですね。……それに」


 長身を屈め、ロッティの耳元に唇を寄せた。


「――凄く、可愛い」


「……っ!?」


 茹で蛸のように真っ赤になる彼女を優しく見つめ、フィルは店の出口へと踵を返す。扉を手で押さえ、にっこりと微笑んだ。


「それではお次は、本命の魔石の仕入れに向かいましょうか?」

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