表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/70

44.二つとないもの

 気持ちが高揚していたためか、昨夜はなかなか寝付けなかった。長年の夜型生活が祟っているせいかもしれないが。


 昼過ぎにやっとベッドから起き上がったロッティは、ローブに着替えて台所へと向かう。手早く朝食を済ませたら、早速クリスに贈る魔石の原石を見繕おうと思ったのだ。


 意気揚々と食料庫を開き――


「………………忘れてた」


 食料庫は清々しいまでに空っぽだった。

 そもそも昨日はそれが原因で外出したというのに、色々あってすっかり失念していた。


 ロッティはとほほとため息をつく。


「まさかこの私が、二日連続で出掛ける羽目になるなんて……。あれ? これってもしや、最短記録かも?」


 なぜか自画自賛しそうになりながら、財布だけ掴んで玄関へと向かった。着たばかりのローブを脱ぐのは面倒くさいので、今日はこのまま出掛けることにする。


 ローブのフードを深々と被ると、えもいわれぬ安堵感を覚えた。


「はああ、落ち着く……。顔が隠れるって、やっぱり素敵に最高だなぁ……!」


 鼻歌交じりで扉を開け放つ。

 その瞬間、ロッティは着替えなかったことを死ぬほど後悔した。


「こんにちは! ロッティ」


 ぱりっとした平服に身を包んだフィルが、爽やかに手を上げる。こぼれんばかりの眩しい笑顔に、ロッティは己の体がさらさらと灰になって流れていくのを感じた。




 ***



「ふう、ご馳走様でした。……それっぽっちで足りましたか、ロッティ?」


「フィルさんと違って、私は今のが朝食なんですぅ……」


 起き抜けにそうたくさんは食べられない。


 眉を下げて訴えると、大量の差し入れ料理を完食したフィルが、上品に口を拭いながら微笑んだ。


「よかった。まだ寝ているかもと思って、この時間に誘いに来て正解でした。……それで、今日はどうします? シベリウスの稽古場に顔を出してみますか?」


「あ……っ。そ、それが実はですねっ」


 大急ぎで昨日あった出来事を報告する。


 エレナの家で一緒に夕食を取った話に、フィルは楽しげに耳を傾けてくれた。仲良しですね、なんて揶揄するように見つめられ、ロッティは照れ笑いしてしまう。


 しかし、シベリウスの稽古場に行ってからの話になってから、フィルの顔がどんどん険しくなった。


 ロッティはヒッと息を呑む。


「フィ、フィル……さん……?」


「――ロッティ」


 フィルが半眼でロッティを睨みつけた。


「夜道を一人で帰った?――危ないでしょうっ! 騎士団の詰所に顔を出して、僕を呼び出してくれたら良かったんだ。独身寮は詰所のすぐ側だから、ちゃんと送っていったのに!」


「……え……」


 声を荒らげて怒る彼に、ロッティは唖然としてしまう。

 今フィルが言ってくれたことをじっくり咀嚼して、真っ赤になりながら俯いた。膝に置いた手を、もじもじと握り合わせる。


「で、でも……。夜遅くに、迷惑」


「迷惑なわけがないでしょう! 夜道の一人歩きは危険です。遠慮なんかしないでください」


 フィルの気遣いにロッティは胸がいっぱいになって、馬鹿みたいに何度も首肯した。


「つ、次は……。そうし、ます」


 やっとのことで告げたロッティに、フィルはようやく満足したように頷いた。それで、と優しい眼差しをロッティに向ける。


「シベリウスの稽古場に迷い込んで、どうなったんです?」


「あ……っ。はい、クリスさんとお話できたんです!」


 ロッティはぱっと顔を輝かせた。


 クリスがこれまで魔石を拒否していた理由、胸の奥底に隠していた鬱屈。

 颯爽と現れたアナが、それを解きほぐしてくれたこと。


 大興奮してまくし立てるロッティに、フィルは的確に相槌を打ちながら聞き入ってくれる。どの魔石を贈るかはロッティが選ぶことになったのだ、というところまで説明すると、フィルは安堵したように頬をゆるめた。


「そうでしたか……。良かった、クリスがやっとその気になってくれて」


「はいっ。それで、どの属性にするかはまだ決めてないんですけど、まずは魔石の原石を仕入れに行くつもりなんです」


「……原石?」


 不思議そうな顔をするフィルに、ロッティは得々として説明する。


 真っ黒な魔石の原石には色んな形、大きさがある。完成した魔石は普通細工師が研磨するものだが、今回はそれは省くつもりだ。


「クリスさんが喜んでくれるような、変わった形の原石を探したいんです。型に嵌まったものじゃなく、この世に二つとないものを……」


「ですが……、守り袋に入れて持ち歩くんですよね? 見た目はさほど関係ないのでは……」


 ためらいがちに尋ねるフィルに、ロッティは笑ってかぶりを振った。それに関しては、ロッティもちゃんと考えたのだ。


「細工師さんに型枠だけ作ってもらえば、チェーンを付けてペンダントにできると思うんです。簡素なものなら、そうお金も時間もかからないでしょうし」


「……なるほど。細工師はオールディス商会に紹介してもらえばいいのかな?」


 フィルの顔も明るくなる。

 ロッティは深々と頷くと、テーブルから身を乗り出した。


「私とフィルさんの取り替えっこ魔石も、同じ感じでいいんじゃないかなぁと思うんです。あんまり豪華な細工にしちゃうと、値も張るし……。それに何より、普段使いに向かないですから」


 どうせならシンプルなものにして、肌見離さず身に着けたいんです。


 はにかみながら告げたロッティに、フィルは束の間絶句する。


 何かおかしなことを言ってしまったかと、ロッティは目をしばたたかせた。首をひねる彼女に、フィルは慌てたように笑顔を作る。


「そ、そうですね。なら、僕もペンダントにしようかな。――毎日欠かさず、付けておきたいので」


「はいっ。ぜひ」


 ロッティが頬を染めた。

 嬉しげな様子の彼女をじっと見つめ、フィルがふわりと微笑む。視線が交わり、ロッティはなんだか照れくさくなって俯いた。


「それでは、今日の予定は原石の仕入れですね。オールディス商会で買えるのですか?」


 弾んだ声音で尋ねられ、慌ててかぶりを振る。


「いいえ、カイさんのところは原石は扱っていないんです。……なので、()()()()()に行きましょう」


「……専門?」


 瞬きするフィルに、いたずらっぽく頷きかけた。

 テーブルから立ち上がり、自信たっぷりに胸を反らす。


「はい! 王都の外れ――裏通りにひっそり根を張る、私達魔法使いのための特別区。『魔法街区』を目指しましょう!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ