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43.それぞれのカタチ

 そのまま黙りこくってしまったクリスを見守りながら、ロッティは静かに右手を天に向ける。不思議そうに顔を上げた彼に、いたずらっぽくウインクした。


「――光よ、踊れ」


 凛とした声音で命じた瞬間、ロッティの手の上に小さな光球が生まれる。そのままふわふわと空中を漂い、ロッティ達をあかあかと照らし出した。


「……すげ。魔法なんて見たの、初めてかも」


 クリスが茫然と呟く。


 ロッティは照れ笑いすると、床に置いていたカンテラの火を消した。


「私、魔法使いなのに実技が苦手なんです。これは珍しく、私が人並みに使える魔法……。なんです、けど」


 だんだんとロッティの声が小さくなる。


「実用的じゃないっていうか。だって、その場でゆらゆら揺れるだけなんです。しかも消そうとすると、けたたましい音を立てて爆発するから、自然に消えてくれるのを待たなきゃいけないし……」


「そ、そうなんだ。でもさ、家の油代の節約にはなるんじゃない?」


 必死でフォローしてくれるクリスに苦笑してしまう。


 ロッティは再び呪文を唱えると、大きさの違う光球を次々に生み出した。倉庫の中が昼間のように明るくなる。


 不規則に空中を漂い、絡まり合うたくさんの光の球。


 幻想的な光景に、クリスは魅入られたように動きを止めた。頬を上気させた彼を、ロッティは優しく見つめる。


「私がまともに使えるのは、これを含めて実用的じゃない魔法ばっかり。でも、別に構わないんです。――だって、私には魔石があるから」


「…………」


 複雑そうに口をつぐむクリスに、ロッティは真剣な眼差しを向けた。


「クリスさん。魔法に色んな形があるように、情熱にだって色んな形があってもいいんじゃないですか? 自己顕示欲の情熱が悪いだなんて、私には決して思えません」


「でもっ」


 色をなすクリスをじっと眺めて、ロッティは小さく首を傾げる。何かを思い出すかのように目を眇めた。


「……私の恩師も、私が作った魔石をいつもすごく褒めてくれました。ちょうどクリスさんにとっての、アナさんみたいに」


 君の作り出す魔石は素晴らしい。

 なんと類まれなる才能なんだ!


 恩師の口調をまねて再現して、ロッティは照れたように頬をゆるめる。


「私、それまで母以外のひとに認められた経験がなかったから。手放しで褒めてくれる恩師の言葉が嬉しくて、でも照れくさくって。ご褒美を欲しがるワンコみたいに、次々と魔石を作っては恩師に披露しました。どうですか? この透き通るような青、この焔のような赤! どれもすっごく綺麗じゃありませんか?って」


 そこまで説明し、でも、とロッティは声を落とした。意味ありげに眉を上げ、たっぷりと間を置く。


「でも、なんとですね……。なんと、恩師が褒めてくれたのは、魔石の見た目に関してじゃなかったんです……!」


「……へ?」


 間の抜けた声を上げるクリスに、ロッティはしかつめらしく頷きかけた。

 腕組みをして、難しい顔で何度も首肯する。


「そう、褒めてくれたのは魔石の加護に関してだったんです! 特に地と水――健康と治癒力向上を大絶賛してくれました。もちろん効果が気休め程度に過ぎないのは、恩師も重々承知してました。それでも、人々を守る素晴らしい効能には違いない、って。世の中全ての人が幸せになるといいね、って」


 反対に、恩師は魔石の見た目に無頓着だった。

 綺麗な魔石ができたと喜ぶロッティと、加護の強さを褒める恩師。二人のやり取りは、いつもどこかちぐはぐだったという。


 クリスはあきれ返ったように息を吐くと、半眼でロッティを睨みつけた。


「……そんで? ロッティは先生に申し訳ないとか思わなかったのか? 自分は先生と違って見た目至上主義者でごめんなさい、とか」


「いいえ。それが、全然」


 ロッティはあっさり否定する。

 唖然とするクリスに含み笑いをして、晴れ晴れと顔を上げた。


「不思議なんですけどね。私が魔石に入れ込めば入れ込むほど、まるで比例するみたいに加護も強まりました。私は綺麗な魔石が作れて幸せ、恩師も幸せ、護符を身に着ける人も幸せ。世の中とはことこのように上手く回るものなんだよ、と恩師もしみじみ言ってたっけ……」


「……えぇと。それって、つまり……?」


 クリスが呻きつつ頭を抱えた。

 そのまま黙ってしまった彼の助けになるべく、ロッティは指を折りつつ並べ立てる。


「クリスさんの情熱は自己顕示欲である。歌も演技も誰より上手くなりたい。主役を演じたい。舞台で華々しく活躍したい」


「……そんで、アナは?」


 クリスがうずくまったまま囁いた。

 ロッティが大真面目に頷き、考察を続けようとしたその瞬間。


「――私、アナ・シベリウスの情熱は、劇団シベリウスをより一層高みに導くこと。現状に甘んじたままでは駄目、王都一なんかじゃ生ぬるいわ。目指すは世界一の劇団よ」


 クリスが弾かれたように顔を上げる。その頬がみるみる紅潮した。


 ヒールを鳴らし、長身のアナが颯爽とロッティ達に歩み寄って来る。

 長いポニーテールを払い、しかめっ面をクリスに向けた。


「あまりに遅いから迎えに来てみれば……。クリス。あなたがこれまで頑なに魔石を拒否していたのは、これが原因だったのね」


「なん……っ!? ぬ、盗み聞きなんて卑怯だぞっ。一体どこから聞いてたんだよっ!」


 顔を真っ赤にしてわめくクリスを前に、アナはどこ吹く風と肩をすくめた。


「劇団長は、アナに代役をやれって命じたんだ。代わりに、アナがその時演じてた役柄はおれにやれって……からよ」


「ほぼほぼ最初っからじゃん!?」


 クリスが床に倒れ伏す。

 アナは聞こえよがしなため息をつくと、腕組みしてクリスを見下ろした。


「自己顕示欲、上等じゃない。せいぜい火の魔石で増幅させて、演技の向上に励むといいわ。シベリウスにとって願ってもないことよ」


「うぐっ」


 潰されたカエルのような声を上げるクリスを見て、ロッティがくすりと笑う。カンテラを手に立ち上がり、アナに頭を下げた。


「私、帰りますね。魔法の光球は、数時間経てば消えますから……」


「もう真っ暗だわ。あなたもうちに泊まっていったら?」


 引き留めるアナにかぶりを振って、その耳元に向かってうんと背伸びする。


「平気、です。これでも魔女なので……。アナさんは、クリスさんと話してあげてください」


 声をひそめて囁くと、アナは珍しくはにかんだ。微かに頷き返してくれたのを確認し、ロッティは改めてクリスに向き直る。


「クリスさん。依頼料はもうお兄さんから貰っていますから、どの魔石が欲しいか決まったら、すぐに教えてくださいね?」


「あ……。で、も……」


 それでもまだためらうクリスに、ロッティはわざとしかめっ面を作ってみせた。


「自分で決められないのなら、代わりに私に選ばせてください。――クリスさんに贈る魔石を、あなたの友達として」


「ロッティ……」


 絶句する彼の返事を待たないまま、ロッティは一方的にお休みなさいの挨拶をして倉庫を出る。

 最後にこっそり振り返った先では、俯くクリスにアナが歩み寄るところだった。優しく肩を叩くところまで見届けて、重い扉を静かに閉める。


 雲間から覗いた月を見上げながら、ロッティの心にじんわりと喜びがあふれた。


(これでやっと、クリスさんの魔石に取り掛かれる……!)


 クリスに相応しいのはどんな魔石だろう?

 色、効果、形……。最高のものを贈るためにも、これから必死で考えなければ。


 頬を染めたロッティは、夜の王都を歩き始める。その足取りはうきうきと弾んでいた。

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