37.二人の縁
「火の魔石が欲しかっただぁ!? それっておかしかねぇか!?」
「ロッティ。確かにクリスはそう言ったのですか?」
素っ頓狂な声を上げるカイと、切羽詰まった様子で詰め寄ってくるフィル。
二人の顔を見比べて、ロッティはおずおずと頷いた。
――クリスと別れたその足で、ロッティはオールディス商会のカイを訪ねた。
カイはすぐさま騎士団にも使いを出してくれたので、日がとっぷり暮れた後で三人は落ち合うことができた。場所は前回と同じく、オールディス商会経営のレストランの個室だ。
食後のお茶を飲みながら、ロッティは重苦しくため息をつく。
「理由までは聞けなくって。クリスさんは、すぐに話題を変えてしまったから……。次にやる役柄の話を、すごく楽しそうにしてくれました」
けれど、別れる間際にクリスは真剣な顔に戻った。
――フィルに話すなら話していいよ。
――どうせ、火はフィルの望む護符にはならないから。
たどたどしくクリスの言葉を繰り返したロッティに、フィルが腕組みをして低く唸る。
「……確かに、火の魔石よりは水や風の方が守りに適していると思います。……が、少なくとも破邪の効果はありますし。クリスが火がいいと言うのなら……」
「駄目です、フィルさん。クリスさんは、欲しいけど欲しくないんです」
――ずるはごめんだ。
きっぱりと言い切った時の、クリスの表情を思い出す。
眉をひそめたフィルも、やがて諦めたようにかぶりを振った。
「ひとまずこの件は保留にしましょう。もしかしたら、あいつはまたロッティになら何か話すかもしれない。それまで待つことにします」
「だなぁ。ロッティ、これからも暇を見てクリスに会いに行ってやれよ」
二人から口々に畳み掛けられ、ロッティも飛びつくように頷いた。クリスの力になれるなら、ロッティにだって否やはない。
さて、と突然フィルが改まった様子で空咳する。緊張したようにロッティを見やった。
「言いたくなかったら、答えずとも構わないのですが。……ロッティの、お祖父様というのは――」
「あ……っ」
ロッティは途端に真っ赤になる。
順序立てて長くしゃべった経験の少ない彼女は、今日の出来事を説明するに当たって最も簡単な方法を取った。――すなわち、クリスとの会話をそのまま再現してみせたのだ。
なので当然、祖父の下りも話すことになってしまった。
唇を噛んで俯くロッティを、フィルが気遣わしげに窺う。黙り込んだままの彼女に、生真面目に頭を下げた。
「ロッティ、すみませんでした。やはり聞かないことにします」
「いえっ! だ、大丈夫です。祖父は、祖父は――……」
はくはくと口を開け、ロッティは再び硬直する。
泣き出しそうに顔を歪め、椅子を蹴倒して立ち上がった。カイに向かって手を合わせる。
「ごめんなさいっ、祖父の顔を思い出したらお腹が急に……! カイさん、フィルさんに説明お願いしますうううう!」
語尾を伸ばして、脱兎のごとく個室から逃げてしまった。顔色を変えて立ち上がりかけたフィルを、カイが手をひらひらさせて止める。
「いいって、単に食いすぎなだけだろ。菓子だのケーキだの食って、おまけに夕食もこんだけ平らげたんだ。そっとしといてやれって」
「あ、ああ……」
フィルはためらいながらも席に戻った。
そんな彼をじっと見つめ、カイが小さく息を吐く。
「説明も何も、オレもあんま知らないんだよなぁ。……オレとロッティが最初に会った時のこと、あいつから聞いてたりするか?」
「いや。全く」
フィルが短く答えた。
ロッティとカイが、自分と知り合うずっと前から親しかったのは知っている。知っているが、だがしかし、フィルとしては何となく面白くない。
むっつりと答えるフィルの心情などお見通しなのだろう、カイが小さく笑い声を立てた。
「拗ねんなって。――オレとあいつが会ったのは四年前。王都に向かう、乗合馬車の中でのことだ」
カイはその日、王都から離れた町を巡っての、商談の旅を終えた帰りだった。
同じ馬車――座席の隅っこに縮こまっていたのは、全身を黒のローブで覆った小柄な少女。痩せっぽちで、まだほんの子供だと思ったという。
「荷物はカバン一個だけ。連れもいねぇし、ずーっと俯いてるしで気になっちまって」
カイはちらちら彼女の様子を確認した。
それでも疲れも相まって、気付けばとろとろと眠りに落ちた。ガタリと音を立てて馬車が止まった時には、すでに王都に到着していたそうだ。
「大あくびして馬車から降りて、そんでやっとハッとした。そうだ、あの子供はどうなった?ってな」
大急ぎで取って返すと、彼女はぐったりと座席にもたれかかっていた。その顔色は蒼白で、カイは慌てて彼女に水を飲ませた。
そこまで話して、くくっと懐かしそうに思い出し笑いする。
「アイツ、ひどい馬車酔いだったんだ。水を飲んでせっかく少し回復したのに、オレの顔見てまた失神しそうになってやんの。後から聞いたら、人さらいだ売り飛ばされちゃうー!ってなとこまで一気に妄想したらしい」
「なるほど。悪人面も大変だな」
大真面目に返したフィルに、「誰が悪人面だよ!?」とカイが声を荒げた。
フィルの瞳にからかうような色が浮かんでいるのに気付き、顔をしかめる。フンと鼻を鳴らすと、「そんで」と強引に話を戻した。
「――ロッティのカバンが、失くなってた」
「…………は?」
絶句するフィルに、カイはあっさりと肩をすくめる。
「置き引きだな。すぐに警邏に訴えたんだが、ロッティは恐慌に陥っちまって。仕方なくオールディス商会に連れ帰ったんだが、事情を聞くのも一苦労だった」
曰く。
自分はリディス魔法学校を卒業したばかりだ。
家族との縁が薄く、就職して自活するため王都に出て来た。
カバンの中には全財産が入っていた。血縁には決して頼れない。
フィルがぽかんと口を開ける。
「リディスというと……、国内随一の魔法学校だな。一定以上の魔力量を持った者しか入学できないという、あの」
「そそ。ロッティはまあ、魔法の実技ははちゃめちゃだったが、魔石工作に優れてたらしい。専門の教師からも一目置かれるぐらいで、王都行きもその恩師が勧めてくれたんだと」
ロッティは顔面を蒼白にして訴えたという。
――どうしよう……! あれには、あのカバンには紹介状も入ってたんです……!
そこまで話して、カイは意味ありげに眉を上げた。フィルに向かって不器用にウインクする。
「王都一手広く商売している、我がオールディス商会への、な」
ぱちぱちと瞬きしたフィルは、一拍置いて盛大に噴き出した。




