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36.足りないもの

 せっかくだからデートして帰ろう、とクリスは笑った。

 ロッティにとっても望むところだった。腹を割ってゆっくり話せば、クリスの真意を知ることができるかもしれないから。


 ――けれど。


「……あやしい」


 ぎくぎくっ。


 クリスから半眼を向けられ、ロッティは馬鹿正直に肩を跳ねさせる。うろうろと視線を泳がせている間にも、クリスは探るようにロッティを見つめていた。


 沈黙に息苦しさを感じ始めたところで、テーブルの上に美味しそうなケーキと湯気の立つカップが給仕される。


「お待たせいたしました。ケーキセットでございます」


「はははいっ。ありがとうございます!」


 初めて観劇した日に、フィルが案内してくれたお店。同じぐらいの時間で、座ったのも今と同じテラス席だった。


 にっこり笑って去っていく店員を見送り、ロッティはすぐさまカップに手を伸ばした。緊張で喉がからからだったのだ。


 あ、とクリスが声を上げた時には遅かった。


「熱っ!」


「わっ、ばか。勢いよく飲みすぎだって!」


 つか水もあるから!


 クリスが慌てたようにグラスを滑らせてくれる。涙目でお礼を言って、冷たい水を一息に飲み干した。


「ご、ごめんなさい……。そういえば私、猫舌でした……」


 ひと心地ついてクリスに頭を下げると、クリスもやっと頬をゆるめた。


 頬杖をつき、からかうようにロッティを見る。


「ロッティてホントわかりやすいよな。――アレだろ、魔石のことをフィルに納得してもらえなかったんだろ?」


「うっ」


「そんで、ロッティも『もう一回説得してみる』とか請け合っちゃったんだろ?」


「ううっ」


 ずばずばと言い当てられ、ロッティはテーブルに突っ伏した。クリスがすかさずケーキを避けてくれる。


「間に挟まれて、どっちを選ぶべきかロッティは悩んじゃったわけだ。……うぅん、おれとフィルって罪なオトコだな」


 情感たっぷりにため息をつくクリスに、ロッティは落ち込んでいたのも忘れて噴き出した。

 しおしおと顔を上げると、クリスは怒ってなどいなかった。長いまつ毛に縁取られた目を細め、どこか切なげに微笑している。


「クリスさ……」


「先にケーキを食べちゃおう。あ、ひとくちずつ交換しよーぜ!」


 わざとのようにはしゃぎ声を上げる彼に、ロッティも慌てて疑問を飲み込んだ。それからは互いのケーキに舌鼓を打ち、ほどよく冷めたお茶を飲むのに専念する。


 ケーキセットが片付いてからジュースを追加し、二人は再び緊張しつつ向かい合った。


「……あ、の」


「待って。先に、おれからひとつ聞いていい?」


 手を挙げてロッティの言葉を制し、クリスがテーブルから身を乗り出す。


「ロッティは護符を付けてないよな? 作るだけなの? 自分も魔石が欲しいとは思わないのか?」


 心底不思議そうに首を傾げられ、ロッティは目をしばたたかせた。じっと考え込み、クリスと同じように思いっきり首をひねる。


「欲しい、とは……。確かに、一度も思ったことない、かもしれません」


「なんで?」


 間髪入れずに尋ねられた。


 ロッティはまたも頭を抱えて、自分の心の中から必死で答えを絞り出す。


「お洒落に、興味がないから……? 綺麗な魔石を作るのも、出来上がった魔石を眺めるのも大好きだけど……。私なんかに付けたら、もったいないし」


「なんで?」


 辛抱強く同じ問いを繰り返すクリスに、ロッティは唇を噛んで考え込む。なんで……、なんで?


 ――だって、私()綺麗じゃない。

 ――だって、私()優秀じゃない。



『お前は母親と大違いだ。同じなのは髪の色だけ。とんだ出来損ないだな』



「…………っ」


 突然、氷のように冷えきった――低い男の声が脳裏に響く。

 途端に目の前が真っ暗になり、ロッティはきつく目を閉じた。カタカタと震える手を、温かな何かがふわりと包み込む。


 恐る恐る目を開くと、揺れるクリスの瞳が目に入った。


「ロッティ? だいじょぶ?」


「……あ……」


 重ねられたクリスの手に、救われたような気持ちになる。溺れていた水から顔を出し、思いっきり息を吸い込んだ。


「だ、大丈夫……、です。ちょっと、祖父のことを思い出してしまって」


「おじいさん?……その様子を見るに、すっげーヤなやつなんだろ?」


 顔をしかめての決めつけに、ロッティは一瞬あっけに取られる。それからじわじわと笑いが込み上げてきて、ロッティはお腹を抱えて俯いた。


「や、ヤなやつ……っ、だったかも。確かに……っ」


 笑いすぎて目尻に浮かんだ涙をぬぐい、いたずらっぽくクリスを見上げる。


「でも、仕方ないんです。母は私と違って、美人で聡明で、人を惹きつける力がありました。祖父ががっかりしたのも、無理ないです」


「ロッティだって優秀な魔女じゃん?」


 唇を尖らせるクリスにくすぐったくなる。

 はにかみながら、さばさばと首を横に振った。


「祖父が生きてる頃は、まだ魔石で成功してなかったから。……私は彼の中で、死ぬまで出来損ないのままでした」


「……そっか」


 辛そうに顔を歪め、クリスはジュースを一気飲みする。伝票を手に取り、「出よう」と短く告げる。


「クリスさんっ」


 大急ぎで彼に追いつき、伝票をひったくるようにしてロッティが支払った。文句を言おうとする彼に、「この間のドーナツのお返しです!」と胸を張る。


 店から出た瞬間、クリスが大きく噴き出した。


「ロッティ、言いたいことちゃんと言えてんじゃん!……けど、次のデートはおれが奢るね?」


「えへへ。ありがとうございます」


 照れ笑いして歩き出す。

 日の傾いてきた王都の街並みは、はっとするほど美しいのに、どこか物寂しい。


 オレンジに光る街路樹を見つめていると、クリスもそっと吐息をついた。


「おれはさ……。フィルから護符を贈る、って言われた時。――欲しいと、思ったんだ」


「えっ!?」


 絶句するロッティに、クリスは痛そうに苦笑する。


「自分に足りないものは、他でもないおれ自身が一番よくわかってたから。でも、そう考えた瞬間、自分がすげー嫌になった。ホントは、喉から手が出るくらい欲しかったのにね」


 ぶらぶらと歩きながら、すがるように手を伸ばした。身長の割りに大きな手で、ロッティの華奢な手を包み込む。


 前だけを見据え、クリスはようやく呻くように口にした。


「――火の魔石を。揺るぎなくまっすぐな『情熱』を」

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