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3.正義感と下心

「――では、彼とは本当に友人なのですね?」


「は、はははははい……っ。唯一、ではないですけどっ」


「そこもいい加減で認めろやっ」


 カイから鼻息荒く食ってかかられ、ロッティは怯えたように後ずさる。

 すかさず美形男が二人の間に割り込むと、カイに向かって冷ややかに目を眇めた。


「いかに友人とはいえ、あなたの態度は目に余りますね。――名前と住所、職業を念のため確認しておきましょうか」


「はあぁ!? 一体、アンタに何の権利があってそんなこと――」


 眦を吊り上げたカイの鼻先に突きつけるようにして、男は銀色に輝くペンダントを掲げてみせる。ぽかんと口を開けたカイを不思議に思い、ロッティも恐る恐るペンダントを見上げた。


「……あ。その、紋章……」


 ペンダントトップは平べったい銀のプレートで、優美な曲線を描く剣と盾が彫り込まれている。

 穴が開くほど紋章を見つめたカイは、裏返った叫び声を上げた。


「あ、アンタ王立騎士団の人間かよ!?」


「そう、わたしは第三師団所属の騎士です。今日は非番だから私服ですが……理解できたのなら、今すぐあなたの身元を明らかにしていただきましょう」


 落ち着き払った口調に、カイが悔しげに唇を噛んだ。ふてくされたように「カイ・オールディスだ」と早口で吐き捨てる。


 途端に、男が形の整った眉を跳ね上げた。


「オールディス……? まさか君は、オールディス商会の?」


「息子だよ。さ、これでもう文句はねぇな。――帰るぞ、ロッティ」


 カイから腕を取られ、ロッティはたたらを踏みつつもこれ幸いと歩き出す。実はさっきからずっと、この場から逃げたくて逃げたくて仕方がなかったのだ。


(ああ、よかっ――)


「待ってくれッ!!」


 ロッティの腕に痛みが走る。

 カイと繋いでいるのとは逆の腕を、男から爪が食い込むぐらいきつく掴まれたのだ。驚いて足を止める二人に、男が必死の形相で詰め寄ってくる。


「オールディス商会は、あの『宝玉の魔女』の護符を扱っているのだろう!? お願いだ、あれをどうか僕に売ってくれないかっ」


 先程までの慇懃な態度をかなぐり捨てた男に、カイが目を白黒させた。目顔でロッティに問い掛けたので、慌ててぶんぶん首を横に振る。


 カイは察したように頷き返すと、静かに美形男に向き直った。


「注文予約なら商会に直接お願いしますよ、お客さん。なんせあの護符はうちの看板商品。よっぽど特殊な事情がない限り、最低でも一年待ちは当たり前なんですから」


 男の腕から力が抜ける。

 すばやくカイの広い背中に隠れたロッティは、痛む腕をさすりながら小首を傾げた。


(よっぽど特殊な事情……)


 というと、直近の注文である第一王子殿下の魔石がそれに当たるのだろう。

 身分を盾にしたのもそうだろうが、きっと大金も積まれたに違いない。


 ロッティ自身は依頼主が高位だろうが金持ちだろうがさほど興味なく、いかに魔石に美しく色と加護を与えるかに注力している。そのため注文の窓口に関してはオールディス商会――カイに任せきりで、それを別段不満に感じたことはなかった。


 無言で事の成り行きを見守るロッティの前で、男が美しい顔を歪める。


「商会でもそう言われたさ。だが僕には、少しでも早くあの護符を贈りたい相手がいるんだ。一年などとても待っていられない」


「そう言われましても――ってああああアンタっ! そうか、受注担当がこぼしてたぜっ。何度断っても通い詰めてくる、王立騎士団所属のしつこい騎士サマがいるってなぁ!」


 目を血走らせてわめき出したカイに、ロッティが肩を跳ねさせた。カイの背中を高速で叩き、やめて、と合図を送る。

 ロッティとしては早くこの美形から逃げたい一心だったのだが、カイは何を勘違いしたのか、背中に腕を回してロッティの手をぎゅっと握り締めた。一瞬だけ振り向いてロッティに目配せすると、決然と美形に向き直る。


「悪ぃが、ロッティへの直接の注文はご遠慮願おうか。人見知りの『宝玉の魔女』への依頼は、我がオールディス商会を通してもらう決まりになってるんでね」


 鼻高々で宣言したカイの言葉に、男は愕然としたように立ち尽くす。

 ロッティが恐る恐るカイの背中から顔を出した途端、バチリと音がしそうなほど強く男と視線が絡んだ。男の瞳に魔石のような妖しげな光が灯るのを、ロッティは確かに目撃した。


 ゆらりと歩み出した男は、先程までの取り乱しようが嘘のように微笑を浮かべる。

 怯えるロッティの側に跪き、流れるように彼女の手を取った。


「ひ、ひいぃっ!?」


「そうでしたか。あなたがかの有名な、『宝玉の魔女』ロッティ・レイン様だったのですね。まさか、このようにお小さくて可愛らしいかただったとは……」


 目を細めてふわりと微笑む美形に、ロッティの背筋に悪寒が走る。「お、おいッ!?」と焦ったようなカイの叫びが聞こえた気もするが、迫りくる美形のせいでロッティには彼の姿が見えなかった。


 手を握られたロッティがじりじり後退しようとするのに、美形もじわじわ距離を詰めてくる。怖い。何が怖いって、その美しい笑顔が怖い。片膝を突いたまま移動する脚力も怖い。


 声も出せないロッティに向かい、男はすんなりした指を伸ばした。


「……っ。おいこら、ロッティに触んじゃねぇよッ! アンタ何か勘違いしてるようだが、こいつは、ロッティはなぁっ」


 カイの制止に一瞬だけ眉をひそめたものの、男は構わずロッティの頬すれすれに手を当てる。

 硬直する彼女に微笑みかけ、黒のフードからこぼれ落ちる、夕陽のような茜色の髪をかき分けた。そうしてやっと、彼女の瞳が見えてくる――


 ほう、と感嘆の吐息が男の口からこぼれた。


「……綺麗、ですね。透き通るような緑の瞳……まるで翠玉エメラルドみたいだ」


 噛み締めるような男の呟きに、ロッティは返す言葉もない。

 沈黙をどう思ったのか、男はますます顔を近付けて、ロッティの緑の瞳を熱っぽく覗き込んだ。


「お美しい『宝玉の魔女』様。どうか、あなたの名を呼ぶ栄誉をわたしに――」

「だっかっらっ、離れろっつってんだよこの気障きざ野郎ッ!!!」


 ドン、という激しい音と共に、ロッティの前から美形の姿が掻き消える。

 渾身の力で男を突き飛ばしたカイが、大慌てでロッティの肩を揺さぶった。


「おいロッティ、息しろ息っ! ああ駄目だ白目剥いてんじゃねぇかっ?」


 カイの怒声と揺さぶりに反応して、ロッティの目の焦点が少しずつ合ってくる。棒のように伸びきっていた手足もやっと強ばりが解け、ロッティはがくがく震える手でカイの服を握り締めた。


「か、かかかかカイさん……っ」


「お、おうっ。生きてるか!?」


 眉を曇らせるカイにかっくんかっくんと頷き、それから腰が抜けたように崩れ落ちる。

 フードを目深にかぶり直し、頭を抱えて地面の上で丸まった。


「びけい……こわい」


「ロッティーーーーッ!!!」


 カイの大絶叫を子守歌に、ロッティは意識を手放した。

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