表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/70

29.譲れないもの

 王都の大通りはいつもながら賑やかで、食べ物の屋台がそこかしこからいい香りを放っていた。


 普段なら路地裏に逃げ込むところだが、今日はクリスが一緒だからそうはいかない。なるべくフードを深く被り、クリスの背中に隠れるようにして慎重に進んだ。


「おっ、あっちでドーナツ売ってるぞ! 食おう食おうっ」


「わわっ、待ってくださいクリスさん!」


 クリスが突然駆け出したせいで、ぱっと視界が開けてしまう。

 やっと追いついた時には、彼はもう屋台で紙袋を受け取ったところだった。誘われるまま広場の噴水に移動して、二人並んで縁石に腰掛ける。


 クリスは待ち切れない様子で紙袋からドーナツを取り出した。ためらいなく真っ二つに割り、ほかほかと湯気の立つ黄金色の断面を眺める。


 ほら、と片方をロッティに差し出した。


「デートの王道、半分こ。遠慮すんな、おれの奢りだ」


「だっ、駄目ですよ! だって私の方が年上……!」


 慌てふためくロッティの口に、クリスは問答無用でドーナツを突っ込んだ。揚げたてのドーナツは火傷しそうなほど熱く、ロッティは目を丸くして口を押さえる。


 熱さに耐えてゆっくりと咀嚼すると、優しい甘みが口中に広がった。


「……美味しい」


 表面はカリッとしているのに、中の生地はふわふわだ。口に入れた瞬間、しゅっと溶けるようにして消えていく。


 幸せそうに味わうロッティを見て、クリスも顔をほころばせた。


「蜂蜜味だな。おれ、甘いモノ大好き」


「わ、私も……。だいすき」


 おずおずと微笑むと、クリスは「気が合うな、おれら」と朗らかに笑った。もうひとつ取り出したドーナツも、先程と同じように等分に割ってくれる。


 二人で笑い合いながら、たくさん買ったドーナツをぺろりと平らげてしまった。


 名残惜しそうに紙袋を畳むクリスを、ロッティはぼんやりと見つめる。クリスのやわらかな金髪が、ふわりと風になびいた。


(……今なら……)


 聞けるかもしれない。


 膝に置いた手をぎゅっと握り締める。

 勇気を振り絞り、気持ちよさそうに目を細めているクリスに向き直った。


「あ、あの。クリス、さん……」


「ん?」


 クリスは可愛らしく小首を傾げる。

 気負いのないその様子にロッティの緊張も解け、するりと言葉がついて出た。


「クリスさんは、魔石の属性に希望はありますか? お守り代わりというか、気休め程度の効果もあって――」


 フィルから聞いて知っているかもしれないが、改めて魔石の効果について詳しく説明する。


 クリスは黙りこくったまま耳を傾けていた。ロッティが言葉を止めると、ためらうように目を伏せて――……微かに首を横に振る。


「クリスさ……」


「いらないよ、おれは。なんにも」


 硬い声音で告げて、ロッティから完全に顔を背けてしまう。その体はひどく強ばっていた。


「魔石の加護になんて頼りたくない。……おれは、おれだ。たとえ困難があったって、失敗したって、自分の力だけで乗り越えてみせる」


 ()()はごめんだ。


 短く吐き捨てると、クリスは勢いをつけて立ち上がった。大きく腕を振りかぶり、ごみ箱に向かって丸めた紙袋を投げ捨てる。


 ぱす、と軽い音を立て、見事にごみ箱の中に落下した。


 高らかに手を叩くと、クリスは晴れ晴れとした表情で振り返る。


「だからさ、せっかくの注文をフイにしちゃって悪いんだけど。フィルにはおれから断っておくから、魔石は作んなくていーよ」


「クリスさん……」


 ――彼はもう、心に決めてしまっているのだ。


 すとんと腑に落ちて、ロッティは無言で彼を見返した。しばし見つめ合い、ややあって小さく頷く。


 ロッティもローブを払って立ち上がり、彼の側まで歩み寄った。


「……クリスさんの気持ちは、わかりました。納得してもらえるかは、わからないけど……。フィルさんには、私からも話してみます」


「あんがと。――さてっ!」


 うんと伸びをして、クリスは軽やかに踵を返した。ぴょんぴょんと跳ねるように駆け出して、立ち尽くしたままのロッティを手招きした。


「ほらほら、デート続行っ! お前の服を見に行くぞ!」


「えええっ!? 今日私に会いに来たのは、この話をするためじゃなかったんですかっ?」


 ならば、もう目的は達したはず。


 あたふたと主張するロッティに、クリスは至極爽やかな笑みを向けた。


「それはそれ、これはこれっ!」


「………」


 どうやら、買い物からは逃れられないらしい。


 絶望したロッティは、引きつり笑いを浮かべながら後ずさりする。ここはそう、あれだ。今こそクリスの助言を実行すべき時だ。


(……女は女優、女は女優……!)


 必死で己に言い聞かせ、ロッティはぶりっと小首を傾げた。


「た、たいへん、だわー。わたし、急用を思い出しちゃったみたーい、だわー?」


 言い捨てて、すばやく回れ右する。


 脱兎のごとく逃げ出したが、あっという間に背後から肩を掴まれた。恐る恐る振り向くと、予想通り満面の笑みを浮かべたクリスが立っている。


「……今の設定は?」


 目だけはちっとも笑っていない彼に、ごくりと唾を飲み込んだ。直立不動の姿勢になり、びしっと敬礼する。


「ごっ、ごごご強引で迷惑な年下カレシからっ、なんとか逃げ出そうともがく、気が弱くて嘘が下手な年上カノジョ、ですっ!」


「ぴったりじゃん!?」


 クリスは一瞬目を丸くすると、げらげらと声を上げて笑い出した。華奢な見た目にそぐわない怪力で、ロッティを強引に引っ張って歩き出す。


「ううう、許してくださいクリスさん~!」


「だーめ。おれから逃げられると思うなよー? ダンスだけじゃなくて、足だって早いんだおれは」


 得意気な彼に、ロッティは力なく頷くばかり。

 確かに今も、一瞬で追いつかれてしまった。


(クリスさんには、風の魔石も必要なさそう……)


 こっそり苦笑する。


 となると、やはりクリスに贈るべきは水の魔石だったのだろう。

 フィルの青でもクリスの紫でも、どちらもきっと彼によく似合ったに違いない。


(……それでも……)


 彼が望まないならば仕方ない。


 クリスのために必死だったフィルを思うと、ロッティの胸に微かな痛みが走る。

 楽しげにしゃべり続けるクリスに相槌を打ちながらも、心は千々に乱れるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ