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23.底辺からの

「――はあぁッ!? クリスティアナが実は男だったあぁッ!?」


「わわわっ! かかカイさんっ、声が大きすぎます!」


 いくらロッティ宅が街外れで人通りも少ないとはいえ、うっかり通行人の耳にでも入ったら大変だ。


 大慌てでカイの口を塞ぎ、日の傾いてきた窓の外に視線を走らせる。

 カイはお手上げと言うように両手を上げると、目を白黒させながら何度も首肯した。ロッティはほっと息を吐いて彼から体を離す。



 ――夢の舞台から一夜明けた、翌日夕刻。


 昨夜はあれから、月明かりの夜道を辿ってフィルが自宅まで送ってくれた。

 今日はもう遅いから詳しくはまた後日に、と帰ろうとする彼の背中に、ロッティは大急ぎで追いすがった。どうしても今夜のうちにひとつだけ、最優先で確認したいことがあったのだ。


 すなわち、カイにだけはクリスティアナの秘密を明かして構わないか、と。


 一瞬言葉を詰まらせたフィルは、すぐさま爽やかな笑みを浮かべた。「勿論です。カイ殿にも事情を知る権利はありますからね」と快く了承してくれた。


 身振り手振りでその時のことを説明するロッティに、カイはさも嫌そうに顔をしかめる。


「嘘だ。ぜってー嘘だ。嘘くせぇ笑顔の下で、心ん中はグツグツ煮えたぎってたはずだぞソレ」


「そんなことないですよ。フィルさんは私とカイさんが大事な友達で、隠し事なんてできないって、ちゃんとわかってくれてますから」


 えへへと照れ笑いすると、カイはなぜかへッと鼻を鳴らした。怒ったようなその表情に、ロッティは上目遣いに彼を窺う。


「……もしかして。カイさんは、フィルさんのことが嫌いなんですか?」


「気に食わねぇとは思ってる。嫌いっつーほどにはまだ深く知らねぇけどな」


 即座にばっさりと切り捨てられ、ロッティは情けなく眉を下げた。


 ロッティ自身は、この短期間で随分フィルと親しくなれたと思っている。カイの言う通り自分は交友関係が狭すぎるが、もしかしたらフィルはロッティの新たな友人になってくれるかもしれない。


 たどたどしく熱弁すると、カイはわざとらしくずっこけた。まじまじとロッティを眺め、面白そうに瞳を光らせる。


「ふぅん? ならまあ、ぜひアイツに頼んでみろよ。『私と友達になって』ってな」


「えええ!? ずずず、図々しくないですかねっ? フィルさん、嫌じゃない……?」


「大丈夫大丈夫。いいからやってみろって」


 力強く太鼓判を押して、なぜかカイはクククと含み笑いする。ロッティが首をひねっていると、玄関のドアベルが高らかに鳴った。


「あっ、はーいっ! もしかしてフィルさんかな!?」


 隠しきれず弾む声音に、カイは微かに眉をひそめる。

 嬉しげなロッティの背中を見送ってから、椅子の上で大きく伸びをした。


 ロッティに言ったことは嘘じゃない。

 カイはあの気障な騎士が心底気に食わないし、ロッティを傷つけたらただじゃおかないと思っている。


 ……が。


(割と、面白い奴だとも思ってるんだよなぁ……)


 騎士のロッティに対する態度が、最初とは変わってきた気がするのだ。それを確かめるためにも、ロッティのお友達宣言はなかなかに有効かもしれない。


 ……予想が的中してしまった場合、騎士の被る精神被害がちょっぴり可哀想な気もするが。


 想像するだけで笑えてしまい、カイは小刻みに背中を震わせた。

 笑いの発作が治まりかけたところで、廊下から賑やかな声が響いてくる。急いでしゃんと背筋を伸ばし、まだ笑みの残る顔で長身の美形を振り返った。


「――よお、騎士サマ。昨夜はお楽しみだったそうで」


 ロッティから聞いたぜ?とひらひら手を振ると、騎士は一瞬だけ完全に表情を消した。

 けれど、すぐに何事もなかったかのように微笑み、手に持っていた紙袋をロッティに差し出す。


「どうぞ。お茶請け用のクッキーです」


「わっ、ありがとうございます……!」


 中を覗き込んだロッティが、「いろんな種類がいっぱい!」と歓声を上げる。はしゃぎながら踵を返しかけ、はっとしたように足を止めた。


 挙動不審に紙袋を抱き締めると、せわしなく瞬きを繰り返す。


「ロッティ様?」


「ああああのっ、フィルさんっ!」


 ごくりと喉を上下させ、真っ赤な顔でフィルを見上げた。

 驚いたように目を瞠る彼に向かって、一生懸命に背伸びする。


「こ、こんな毎回手土産なんていりませんっ。いやその、嬉しいんですっ。とっても嬉しいんですけど……!」


 ロッティはこれ以上無理、というくらい茹でダコになりながら、もじもじと俯いた。しばしためらった末、ようやく決意したように顔を上げる。


「おっ、おおおおおお友達の間でそんな気遣いは不要なんですっ! あ、いやフィルさんがお友達になるならっ。いやその、私と……お友達に、なってくれる、なら……?」


 尻すぼみに言葉が消えてゆき、ロッティはくるりと回れ右した。ぎくしゃくと手足を動かし、「そうだ、お茶を入れてこよう!」と高らかに宣言する。


 そのまま脱兎のごとく逃亡してしまった彼女に、カイは手を叩いて大爆笑した。涙を浮かべて騎士を窺うと、彼は呆けたように立ち尽くしていた。


(おっ、これはもしや……!?)


 わくわくと身を乗り出すカイに気付かず、フィルは「お友達……」と小さく呟いた。うっすらと頬を染める。


(……んん……?)


 いや、これはどっちだ。


 思いっきり首をひねっているカイなどそっちのけで、フィルはロッティの言葉をしみじみと反芻していた。友達、友達……。


(これは、大いなる第一歩だぞ……!)


 災害呼ばわりからの、友人への昇格。

 なんと早い進展なのだろう。この分ならそれ以上の関係に至るにも、さして時間がかからないに違いない。


 カイの胡乱な視線もなんのその。


 明るい未来に思いを馳せて、幸せ気分を噛み締めるフィルであった。

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