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17.満たされる

 テーブルの上は、もはや隙間がないほど料理の皿で埋まってしまった。


 こんなに食べきれるのかとはらはらするロッティをよそに、フィルは悠然と食事を開始する。ステーキにナイフを入れ、大きめの一切れを口にした。咀嚼しながらまたナイフを使い、優雅ながら凄まじいスピードでステーキを平らげていく。


「…………」


 ロッティのスプーンは完全に宙に浮いていた。

 ぽかんと見守るうちに、料理の皿は次々と空になっていく。


「……食べないのですか?」


 不思議そうに首を傾げるフィルに、ロッティはやっと我に返った。なんとなく赤面しつつ、「猫舌なので……」と小さな声で返事をする。


 納得したように頷いたフィルが、まだ手つかずのサラダの皿をロッティに回してくれた。


「よろしければ、どうぞ。多ければ残りは僕が片付けますから」


「えっ……。ありがとう、ございます……」


 戸惑いつつも、卵サラダを受け取った。

 とろりとした半熟卵をレタスに絡め、こぼさないよう慎重に口にする。粉チーズの風味が口の中に広がり、自然と頬がゆるんだ。


「美味しい……」


「この香草焼きも美味しいですよ。よかったら、これも一切れどうぞ」


 鶏肉の皿を差し出され、ロッティは誘われるようにフォークを手に取る。シチューと同じく、こちらの料理も気になっていたのだ。


 芳しい香りを吸い込んで、やわらかな身をじっくり味わう。お礼を言うのも忘れて料理に没頭するロッティに、フィルが温かな眼差しを向けた。


「じゃがいももいかがです? あ、パンもお好きなだけどうぞ」


 勧められるがまま、ロッティは素直に手を伸ばす。

 フィルの言っていた通りどの料理も美味しくて、夢中になって食べ続けた。ほどよく冷めたシチューをひとくちすすったところで、ロッティは愕然と目を見開く。


(……そうだ。私ってば、分けてもらうばっかりで……!)


 真っ赤になってフィルを窺う。


 このシチューはもう手を付けてしまったので、フィルにお裾分けするわけにはいかないだろう。フィルは自分がまだ食べていない皿や、切り分けられて供された料理をロッティに味見させてくれたのだ。


 というより、フィルは単に社交辞令で勧めてくれただけの可能性もある。ロッティがずうずうしく横取りするものだから、フィルも内心ではあきれていたかもしれない。


 己の行いを恥じていると、トマトシチューを口にしたフィルが破顔した。


「ああ、これも美味しいな。普段はステーキばかり頼むものだから、ここのシチューは初めて食べました」


「……え?」


 ステーキばかり?


 オウム返しに問い掛けると、フィルは照れたように頷いた。


「こう見えて僕は、昔から大食漢なのですよ。しかも肉好きなものだから、この店でも『野菜も食べろ』としょっちゅう叱られてます。……今日はロッティ様が一緒ですから、試しにいろいろ頼んでみたんですが……」


 真っ赤なシチューをまたひとくち含み、幸せそうに顔をほころばせる。


「ロッティ様のお陰で、今日は美味しいものが知れました」


「…………」


 やわらかな微笑に、息が止まりそうになる。


 綺麗すぎて敬遠していたはずなのに、なぜか今のフィルには言葉に表せない親しみを感じた。

 呆けたように見惚れている間に、フィルはまたもあっという間にシチューを完食する。


「ふう。美味しかった」


「あっ……。す、すみませんっ」


 あれだけ大量にあった料理が、ロッティのシチューだけを残して全て空っぽになっていた。大慌てで謝罪するロッティに、フィルが怪訝そうに首をひねる。


「すみませんって……。何がです?」


「あ、お待たせしてしまうからっ」


 わたわたとスプーンを振ると、フィルは「ああ」と手を打った。再びメニューを手にして、にやりと笑い掛ける。


「僕もお待たせするのでお気遣いなく。――すみません!」


 大声で店員を呼び、メモを手にやって来た先程の彼女に再び注文し始めた。


「葡萄酒のお代わりと、食後のチーズ。それから本日のケーキ三種盛り、プリンとクッキー、それから果物の盛り合わせを」


「…………」


 またも固まるロッティに、注文を復唱した店員がこっそり囁きかける。


「これでもウォーカー様にしては少ない方なんですよ? 本性隠して気取ってるのかしら」


「聞こえてるぞっ」


 鋭く叱責し、フィルは赤くなった顔を誤魔化すように咳払いした。なんだかおかしくなって、ロッティは思いっきり噴出する。


 フィルも困ったように笑い出し、二人の賑やかな声が重なった。




 ***



「お……、お腹いっぱい……!」


 すっかり膨らんだ胃を押さえ、ロッティは呻き声を上げた。シチューを食べ終えた後、またフィルからデザートを分けてもらったのだ。


 フィルの笑顔には不思議な強制力がある。デザートがあまりに美味しそうだったせいもあるが、ついつい甘えてしまうのだ。


 頬を染めるロッティに、フィルが心配したように手を差し伸べる。


「すみません。無理をさせすぎてしまいましたか?」


「いいえっ。こんなに楽しく食事をしたの、すごく久しぶりでした……! なんだか、一年分の栄養を補給した気分」


 はにかみながら見上げると、フィルも嬉しそうに目元を染めた。さっきより自然に腕に寄り添い、店員に挨拶をして二人で店を出る。


(……ん?)


 そこで、はっとした。


「あーっ! フィルさん、お会計っ!!」


 わめき出したロッティに、フィルは「しまった」と言いたげに顔をしかめる。数秒固まり、ややあってにっこりと微笑んだ。


「誘ったのは僕ですから。それに、食べたのもほとんど僕」


「駄目ですっ。私、たくさん味見させてもらいましたっ。半額出します!」


 両足を踏ん張って必死で首を振り続けると、フィルはロッティを無視して懐中時計に目を落とした。すぐさま目を見開き、慌てたようにロッティの手を握る。


「いけない、もうこんな時間だ! 急がなければ遅刻です!」


「ええっ? あ、じゃあこの話はまた後で……!」


 フィルに促されるまま足を早めた。

 まんまと策略に嵌る素直なロッティに、こっそりと含み笑いするフィルであった。

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