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16.初めての

 予約の名を告げると、二人は即座にテラス席へと案内された。どうやらフィルが事前に指定してくれていたらしい。

 彼の後ろを歩きながら、ロッティはほっと安堵の息を吐く。


 レストランで食事というだけで、ロッティにとってはとんでもない大仕事なのだ。店内ならばきっと、かちこちに緊張して食事が喉を通らなかったに違いない。


 昼食には遅く、夕食にはまだ早いといった中途半端な時刻のせいか、テラス席に人はまばらだった。暑くも寒くもなくちょうどいい気候で、少しずつ傾いてきた陽がやわらかい。


 フィルが笑顔でメニューを差し出した。


「どうぞ。何でも好きなものを頼んでくださいね」


「あ、あの。自分の分は、自分で出しますから……」


 おずおずと受け取りながら、ロッティは小さな声で主張する。考えすぎかもしれないが、奢ります、と言っているように聞こえたのだ。


 フィルは気を悪くしたふうもなくあっさりと頷くと、自身も楽しげにメニューに目を落とした。


 フィルを待たせたら悪い。

 ロッティも急いでメニューの吟味に取り掛かる。


(えぇと……、どれにしよう?)


 何をするにものろまなロッティは、食べるのだって人並み外れて遅い。この後の予定こそが今日の目的なので、手早く食べられるものにすべきだろう。


(……うん、サラダだけにしておこう!)


 そう決めてメニューを閉じかけたところで、『具だくさんのごろごろシチュー』という単語に心惹かれた。いやいやシチューは熱いから、と無理やり視線を引き剥がせば、今度はその隣の『鶏肉の香草焼き』が目に飛び込んできた。


「…………」


 どうしよう。


 普段の自分の食生活が偏っている自覚はある。

 せっかくの滅多にない機会なのだから、ここでしっかりと栄養を取っておくべきではないか?


 悩みつつメニューを置いたロッティに、フィルが「決まりましたか?」と微笑みかけた。

 反射的に頷くと、フィルはすぐさま手を挙げて店員を呼んだ。


「さ、何にされます?」


 穏やかに促され、ロッティはあうあうと口を開く。「さ、サラダだけ……」と消え入るような声で告げた途端、フィルが思いっきり眉をひそめた。


「それでは足りないでしょう」


「い、いえ……。大丈夫、です」


 体を縮めて俯くと、フィルが小さくため息をつく。ロッティはびくりと肩を跳ねさせた。


(あきれ、られた……?)


 途端に胸が詰まって苦しくなる。

 ぎゅっと目を閉じるロッティの耳に、フィルがすらすらと注文する声が響いてきた。


「では僕は……ステーキは牛、豚、鶏を全て一人前ずつ。それから白身魚の香草焼きに……あ、鶏もあるか。それも一人前ずつ。じゃがいも炒めとオムレツとトマトサラダ。あ、トマトはシチューもあるな。それも一人前。後はパンとソーセージと葡萄酒をお願いします」


「…………」


 怒涛のような注文に、ロッティがあんぐりと口を開く。


 しかし店員の女性は動じた様子もなく、笑顔で注文を復唱した。「お客様はお飲み物はどうなさいますか?」とロッティにも確認してくれたので、慌ててお茶を頼む。


「ロッティ様。他にも何か頼みたいものがあるならどうぞ?」


 フィルから爽やかな笑顔を向けられ、ロッティはごくりと唾を飲み込んだ。散々ためらった末、店員の女性を見上げる。


「……あ、サラダは取り消して……。ごろごろシチューを、お願いします……」


「はい、かしこまりました!」


 元気いっぱいに返事をすると、女性は弾むような足取りで店内へ戻った。


 彼女の背中を見送ってから、ロッティは勇気を出してフィルを見上げる。


「あの……っ」

「申し訳ありませんでした。ロッティ様はこういった場所は苦手かもしれないとわかっていたのに、少々心配りに欠けていましたね?」


 苦笑する彼に、ロッティは驚いて言葉を止めた。穴のあくほどフィルを見つめていると、彼はバツが悪そうに頬を掻いた。


「この店、実は休日によく来るんです。食事は安くて美味しいし、店員も皆気のいいひとばかりですから。ロッティ様も、気に入ってくだされば嬉しいと思いまして……」


 上目遣いに窺われ、ロッティの顔から笑みがこぼれた。なぜか息を呑んだフィルに、深々と頭を下げる。


「私も実は、美味しそうなメニューがいっぱいで迷ってたんです。思い切ってシチューを頼んでみてよかった……。他にないか聞いてくださって、本当にありがとうございました」


「いえ……」


 呟くように答えてフィルははにかんだ。その表情に、ロッティも不思議と気恥ずかしくなってくる。


 双方頬を染め俯いていると、突然テーブルの真ん中にでんと籠が置かれた。籠の中には丸パンが山と盛られている。


「はい、お待ちどお様です。そしてこちらはチーズに葡萄酒、温かいお茶ですね」


 てきぱき皿とグラスを並べ、店員の女性は最後に水のグラスをロッティの方へすべらせた。目を丸くするロッティに、いたずらっぽくウインクする。


「お店からのサービスのレモン水です。……ウォーカー様が、初めて当店に女性を連れてこられたお祝いに」


「へっ!?」


「お、おいっ!」


 真っ赤になるロッティ達を軽やかに笑い、彼女はさっさと行ってしまった。おずおずと顔を見合わせ、また二人同時に視線を下げる。


 結局残りの料理が到着するまで、二人してずっと同じ体勢のまま固まっていた。

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