13.デートは一日にしてならず
必死の抵抗も虚しく、ロッティは床屋に強制連行されてしまった。
疲労困憊して椅子に座り込み、顔に迫ってくる鋏を虚ろな瞳で迎え撃つ。視界の端に、にやにやと意地悪く見守るカイの姿が映った。
バサリと無慈悲に切り落とされた前髪は、まるで落ち葉のようにはらはら儚く散っていく。ああ無情。
思わず葬送歌を口ずさむロッティに、床屋のおば様が満面の笑みを向けた。
「前髪以外は梳いて整える程度にしておきましょうね。茜色がとっても鮮やかだし、たっぷりしてて良い髪だものっ。きちんとお手入れすればもっと艶が出るんだから、頑張んなさいよお嬢ちゃん!」
「…………」
お嬢ちゃんじゃない。
どんなに背が低くたって、痩せっぽちで出るべき場所が出ていなくたって、ロッティはもう二十二歳。立派に成長したレディなのだ。
……なんて、もちろん人見知りのロッティに反論できるはずもなく。
かちこちに固まっている間に、手際のいいおば様のお陰で早々に散髪は終了した。大急ぎで椅子から離れ、彼女に深々とお辞儀する。
「あり……、あり……、ありり……りりりり」
「あー。ありがとうございました、って言ってるぜ?」
カイからべしりと後頭部をはたかれ、「それでした……」と消え入るような声で付け足した。
快活に笑うおば様にもう一度頭を下げ、カイと二人で床屋を後にする。ここもまたオールディス商会の経営だったので、カイの口利きで料金は格安だった。
次は服飾店に向かうべく歩きながら、ロッティは目深にフードを引っ被る。
「ううぅ、頭がすーすーします……っ。今の私は例えるなら鎧を脱いだ状態……。そう、いわば真っ裸っ」
「とんだ痴女じゃねぇか。つかちゃんと前見て歩け、前!」
背後からフードを無理やりはずされて、ロッティはつんざくような悲鳴を上げた。周りの通行人が何事かと振り返る。
「わーっ、何でもありませんっ! どうかお気になさらずっ!」
顔を引きつらせたカイが、激しく手を振り回して弁解する。どうやら以前、フィルに変質者呼ばわりされてしまった心の傷が深いらしい。
「おら、早く行くぞロッティ!」
細い腕を鷲掴みにされ、またもずりずりと引っ立てられていくロッティであった。
***
「いらっしゃいませぇ〜!……って、カイさんじゃないですか! お疲れ様でーすっ」
服飾店の扉を開いた途端、歌うような高い声が飛んできて、ロッティはすぐさま足を止めた。カイの大きな背中に逃げ込み、ぷるぷると小刻みに震え出す。
ちらりと振り返ったカイが、問答無用でロッティの首根っこを引っ掴んだ。
「ロッティ、彼女はここの店長のエレナだ。……そんでエレナ。こいつはロッティ、宝玉の魔女だ」
「まああああ宝玉の魔女様っ!?」
茶髪の女性がけたたましい歓声を上げ、ロッティはまたも硬直する。気付いたときには、彼女の美しいオレンジ色の瞳が目前に迫っていた。
「宝玉の魔女様特製の護符は、全女性が憧れる高級アクセサリー! 魅惑の輝き、そして破邪の守りに属性効果! ひとたび身に着ければ周囲の羨望を一身に集められ、優越感が半端ないというかの有名なっ」
手を握って大興奮でまくし立てられ、ロッティは目を白黒させた。しばし視線をさまよわせてから、曖昧に首を振る。
「あ、あの……。護符が人気なのは、私だけじゃなくって……細工師さんの、お力のお陰が」
「宝玉の魔女様ご自身も噂の的なんですよっ。無口で人間嫌いで謎のヴェールに包まれた魔女様、けれどもその手から生み出されるのは芸術品のような魔石の数々……! 王都の民は皆、護符だけじゃなくあなたの正体にも興味津々なんですっ」
「ぅえええええっ!?」
挙動不審にカイを振り返ると、カイもおかしそうに首肯した。
「お前、名が通ってる割にほとんど引きこもって外に出ねぇから。魔石に負けず劣らず美人に違いないとか、近寄りがたい神秘の魔女様だとか、噂ばっかが独り歩きしてんだよ」
本当は人間嫌いじゃなく対人恐怖症なだけなのにな、と呑気な顔で笑う。衝撃の事実にロッティは青ざめ、床に崩れ落ちそうになった。
しかし、がっちりと腕を掴んだエレナがそれを許してくれない。嬉しげに顔をほころばせ、ロッティにぐいと顔を近付けた。
「実際にお会いしてみると、美人っていうより可愛らしいかたなのね。茜色の髪が素敵だし、何よりその大きな瞳。綺麗な緑色に吸い込まれそう……」
真っ赤になったロッティを楽しげに見つめ、エレナは「さて!」と勢いよくロッティの手を引く。
「今日はどのような服をお探しでしょうか? よろしければお手伝いいたしますよっ」
「頼むな、こいつマジで黒のローブしか持ってねぇんだわ。一応デート……に、なるのか? まあそんな感じで選んでやってくれ。そんじゃロッティ、オレは商談があるからもう行くわ」
ひらりと手を振られ、ロッティは大慌てでカイの背中に追いすがった。震える手を伸ばし、ぶんぶんと激しくかぶりを振る。
「待っ……! むり、むりっ」
潰れた声を上げている間に、カイは薄情にもさっさと行ってしまった。
茫然と立ち尽くしていると、背後から肩を掴まれた。目を爛々と光らせたエレナが微笑んでいる。
「さあさあロッティさん、どんどん試着しちゃいましょ! ちなみに今の流行は、レースをふんだんにあしらったスカートでーす! 歩くたび裾がふわりと広がって、心も浮き立つこと請け合いですよっ。ロッティさんは背が低いから、ヒールは高めにしましょうね。この組み合わせだと……うんうん最高っ! 彼氏さんもときめくに違いありません!!」
「…………」
レース。
ヒール。
彼氏さん。
……それから、でででデートッ!?
全く馴染みのない言葉の羅列に、ロッティは白目を剥いてのけ反った。ぐらぐらと揺れる頭を、笑顔のエレナが両手で固定する。
「全身まるっと購入されますよね、勿論! 上に羽織るケープは春らしく黄色でどうでしょう? それとも小花模様?」
「どどどどっちも嫌ですぅぅぅぅっ!!」
頭を掴まれているため、非力なロッティは逃げたくても逃げられない。
山程の服と共に、試着室へと放り込まれるのであった。