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11.恋なのか、恋じゃないのか

 騎士団本部の食堂で、フィルはぼんやりと頬杖をついていた。


 ざわざわと騒がしい中、壁際のこの席だけはひっそりとしている。

 先程から目の前の皿を力なくつつくばかりで、食欲はちっとも湧いてこなかった。大食の部類に入る自分としては、こんなことは珍しい。


「――ここ、構わないか」


 はっと顔を上げると、頬に傷跡のある大男がフィルを見下ろしていた。フィルの返事も待たずに昼食の盆を置くと、無言で向かいに腰掛ける。


 男はフィルと同じ第三師団に所属する騎士だった。フィルは小さく吐息をつき、目の前の男を()めつける。


「まだ良いとは言っていないのだが?」


「随分と呆けているようだったから。気に障ったのなら謝罪する」


 スプーンを持ちかけた手を止めて、男はきっちり直角に頭を下げた。謹厳実直を絵に描いたような男に、フィルは束の間絶句してしまう。


 ――バート・オルグレン


 確かフィルと同じ二十四歳だったはずだが、そうは思えないほどこの男は老成していた。ものに動じない落ち着きはらった態度に、必要最低限しかしゃべらない無口な騎士。


 きちんと背筋を伸ばして食事を取るバートを、フィルは見るともなく眺めた。


「……何か」


 不意にバートが口を開き、どきりとする。

 さすがに無遠慮だったかと反省し、軽く頭を下げた。


「ああ、すまな――」


「何か、悩みでもあるのではないか」


 鋭い瞳でじっと見つめられ、フィルは硬直してしまう。誤魔化そうともごもご口を開きかけ――結局言葉が見つからずに、がっくりと項垂れた。


 俯くフィルに、バートは訥々(とつとつ)と語りかける。


「フィル。君は午前の訓練でもうわの空だった。俺で力になれることならば、何でも言ってくれ」


 真摯な言葉には、彼の誠実な人柄が溢れていた。フィルはしばしためらって――ようやっと、口を開いた。


 思えば、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。


 自分が生まれて初めて陥っている、この訳のわからない状況を。




 ***



「……そうか。話してくれて、ありがとう」


 伏せていた目を上げ、バートはじっとフィルを見つめた。

 居心地悪く視線を泳がせるフィルに、腕組みしてきっぱりと宣言する。


「結論から述べるのならば――君は、宝玉の魔女に恋をしているのだと思う」


「恋っ!?」


 フィルが素っ頓狂な叫び声を上げた。

 あわあわと口を開け閉めするフィルを無表情に眺め、バートは大きく頷いた。


「手紙を貰って嬉しかったのだろう。返事を書く時に心が躍ったのだろう。――それはすなわち、恋だ」


「恋……!」


 馬鹿みたいに繰り返すだけのフィルに、バートは辛抱強く頷き続ける。フィルの頭は大混乱だった。


(恋……!? この僕が、あの魔女に……!?)


 自分のこの美しい顔を災害呼ばわりする、あの魔女に。

 微笑みかけたら悲鳴を上げる、あの魔女に。

 せっかく花を贈っても鍋に飾るばかりの、あの魔女に――!?


 テーブルに突っ伏すフィルの頭上に、バートの落ち着いた声が降ってくる。


「俺にはわかる。妻にまだ片思いしていた頃の俺も、そうだったからな」


「つまっ!?」


 ガバリと顔を上げると、バートはやはり無表情のまま首肯した。


「幼馴染みなんだ。口説いて口説いて、やっと受け入れてもらった」


「…………」


 この騎士にそんな情熱的な一面があったとは。


 驚愕しつつも、フィルはどこかで安堵も感じていた。

 この無骨な男ですら予想外な行動を取ってしまう、それが恋。ならば、百戦錬磨のフィルが多少みっともない行動を取ってしまっても、それも仕方ないのではないか?


(そうか、恋……)


 宝玉の魔女と出会ってからずっと頭を覆っていた(もや)が消え、フィルの気持ちは晴れ晴れとしてきた。


 探るように自分を見ているバートに笑いかける。


「いや、ありがとう。お陰で悩みが晴れたよ」


「そうか。力になれたのならば、よかった」


 ふっと口角を上げる彼に、フィルは心から感謝する。

 昼食の盆を持って立ち上がった。


「納得したよ。……実は、彼女は人参を丸かじりして朝食にしていたこともあってね。健康が心配だと昨日は食事を差し入れようとしたんだが、それも全て恋のせいだったんだな」


 次にロッティの家を訪ねる時は、花と一緒に美味しい食事も持っていこう。


 心に決めて微笑んだところで、バートが思いっきり首をひねっているのに気が付いた。目を丸くして彼を見下ろす。


「バート?」


「フィル。……それはやはり、恋ではないかもしれない」


「えええっ!?」


 ガッシャンとけたたましい音を立てて盆を置き、大急ぎで椅子に戻る。身を乗り出して食い入るように見つめると、バートは静かに頷いた。


「人参の丸かじり。それは、確かに心配だ。……それは恋ではなく、母性本能だな」


「…………」


 いや、僕は男だ。


 あきれ果てて突っ込むと、「父性本能と言い換えても構わない」と静かに返された。


「要は、突拍子もない行動を取る子供を心配しているだけだ。それでは、とても恋とは言えない」


「だっ、だが……!」


 なぜかフィルはムキになって言い募る。


「僕は、ロッティが別の男に笑いかけていると胸が苦しくなるんだ! それも父性本能だと言うのか!?」


「別の、男……」


 無表情に繰り返すと、バートは再び真剣な眼差しをフィルに向けた。しばし間を置き、力強く手を差し伸べる。


「――それは、恋だ」


「やはり、恋……!」


 がっちりと握手を交わした。

 静かに感動するフィルに、またもバートが首を傾げた。


「だが、娘につく悪い虫を心配しているとするならば……。それは、恋ではない」


「…………」


 いやだからどっちだよ!!


 フィルの絶叫が食堂に木霊する。


 恋なのか、恋じゃないのか。

 残念ながら、この日のうちに結論は出なかった。

ちょっとお間抜けな登場人物多め。

よければブクマ等で応援いただけますと幸いです。

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