1.宝玉の魔女
新連載です!
よろしくお願いします。
地の魔石は頑健なる体を。
火の魔石は情熱の心を。
風の魔石は疾き脚を。
水の魔石は癒しの光を。
「はあぁ。素敵……」
ついさっきまで真っ暗だったのに、いつの間にやら夜はすっかり明けていた。
はためくカーテンの隙間から朝陽が差し込んで、ロッティの手の中にある魔石を美しく照らし出す。魔石の放つこぼれんばかりの輝きは、何度見ても見飽きることなど決してない。
「水の魔石は深い青。きっと、海の底ってこんな色なんだ……」
歌うように告げ、徹夜で仕上げた魔石を慎重につまみ上げる。
窓にかざして少し角度を変える度、魔石は全く違う表情をロッティに見せた。同じ青でも濃度が微妙に違っていて、そう、まるで水面が揺らめいているみたい。
「きらきら、きらきら。あなた、とっても美人さんね。これから、誰のものになるのかな……?」
「こらロッティ。注文に取り掛かる前に依頼者の確認ぐらいしろって、オレがいつも言ってんだろ?」
突然聞こえた大声に、ロッティはびくりと体を揺らした。
大慌てで羽織っていたローブのフードを引っ被り、震える体を抱き締めて闖入者を振り返る。
けれど視線の先に立っていたのは見慣れた青年の姿で、ほっと安堵の息を吐いた。のろのろとフードを取って、うっとうしい前髪の隙間から目を凝らす。
「なぁんだ、カイさんだったの」
「……ったく、ハリネズミかお前は。それから、鍵ぐらいちゃんと閉めとけよ」
カイの言葉にロッティは一瞬だけ目を丸くして、それからみるみる色を失くした。
大変だ。まさか一晩中、戸締りもせずに家にこもっていたというの?
衝撃の事実に頭を抱えるロッティを見て、カイは即座に事情を察したらしい。平時でも鋭い目付きをさらに悪くすると、大股でロッティに歩み寄ってきた。
「お前なぁっ! 街はずれで一人暮らししてる女が、なんつう不用心なことしてんだよっ!」
鼻息荒く作業台を叩きつけられ、ロッティは即座に再びフードを被る。粗末な椅子の上で丸まって、フードの上からぎゅっと耳を塞いだ。
「ひいぃ、ごめんなさいごめんなさい~! でも、うちには魔石がいっぱいありますから! 破邪の力で強盗なんか寄ってこられませんからっ!」
といっても正確には、魔石そのものに破邪の力はない。
山で採掘されてすぐの魔石は真っ黒で、そのままだと何の力もないただの石ころに過ぎない。
魔石が魔石たりえるのは、魔法使いによって四属性――地・火・風・水のいずれかの魔力を込められてから。
属性を宿した魔石はそれぞれの色へと変わり、魔石の持ち主へ破邪の恩恵を与えるのだ。
カイは忌々しげに鼻を鳴らすと、完成したばかりの水の魔石をロッティから奪い取った。今しがたロッティがしたのと同じように、朝陽に透かすようにして魔石を検分する。
ややあって、厳しかったカイの眼差しがやわらいだ。
「……相変わらず、すげぇな。お前の魔石は他と全然違う。透明度と美しさ……今度の魔石も、うちの細工師が大喜びするに違いないぜ」
弾んだ声音に、ロッティはおずおずと顔を出す。フードをはずした途端、茜色の豊かな髪がこぼれ落ちた。
「見た目も、ですけど。私の魔石は、効果だって破邪だけじゃないっていうか……。持ち主に、固有の加護を与えてくれるっていうか……」
たどたどしくも必死で言葉を紡ぐロッティに、カイは小さく苦笑する。
気弱で自己主張が苦手なくせに、こと魔石に関しては彼女は決して譲らない。己の技量への自信があるのだろうし、何より出来上がった魔石に対する愛情が深いのだろう。
ロッティの生み出す魔石は他の魔法使い達が作ったものとは一線を画す。
その美しさは宝石に例えられ、ロッティ自身は魔法使い協会から『宝玉の魔女』の二つ名を与えられているほどだ。
持参した小箱に魔石を丁寧に詰めて、カイはロッティににやりと笑いかけた。
「わかってるって。地は健康で、火は情熱。風は速さを、そして水は治癒力を高める。お前の魔石はいつだって引く手数多さ。つい先日だって、何度も断ってんのに随分としつこい野郎が……っとと!」
慌てたように口をつぐんでしまう。
カイは誤魔化すように咳払いすると、ぱんぱんに膨らんだ革袋をロッティへと手渡した。
「さ、これが先月納品分の報酬だ」
ずしりと重いその手応えに、ロッティは嬉しげに顔をほころばせる。
これで新たな魔石を仕入れ、また黒の魔石に色を染めていくのだ。
魔石に魔力を込める行為は、ロッティにとって単なる作業ではない。生きるための手段であると同時に、この上なく楽しい趣味でもある。
そう、ロッティは魔石の色に魅せられている。
地は黄、火は赤、風は緑、水は青。
色自体は属性によって決まってしまうものの、ロッティからするとひとつとして同じ魔石など存在しない。同じ術者が同じ属性を宿したとしても、出来上がった魔石の風合いはひとつひとつ違うのだ。
魔石は魔力を込めるにつれて、少しずつ黒を失っていく。そうして色付き、透明度を変え――妖しく瞬いてロッティを魅了する。
「細工師も似たようなことを言ってたぜ。魔石の魅力を最大限引き立てるため、毎回どんな細工を施すか四苦八苦してるんだとさ。指輪にすべきか、ペンダントにすべきか。金を使うか、それとも銀か? 急に取り掛かるんじゃなく、三日三晩はとっくり魔石と向き合って対話するんだと」
「三日三晩……。不思議、ですね。私が魔力を込めるのにも、ちょうどそれぐらいの時間が掛かるから……」
ロッティの作り出した魔石は、全てカイの父親が経営する商会に卸している。
その後は専属契約を結んでいる商会お抱えの細工師に加工され、剥き出しだった魔石は破邪の力を持つ護符へと生まれ変わる。
ロッティ特製の護符は完全なる受注生産であり、価格も大人ひとりが一年はゆうに生活できるほどの金額だ。一般人がおいそれと手に入れられるものではないものの、注文はいつだって引きも切らない。
小箱を鞄に大事そうに仕舞ったカイは、今度は書類を一枚取り出した。
「次の注文はコイツな。依頼主はうちの国の第一王子サマで――婚約者である隣国の姫君に、誕生日の祝いとして贈るんだと」
「地の魔石……。お姫様が身に着けるなら、うんと透明度の高い、琥珀みたいに綺麗な魔石に仕上げたいな……。そのためには魔力をじっくりと……うん、三日三晩じゃ駄目ね。最低でも一週間はかけないと……」
ぶつぶつと呟き出したロッティは、もはやカイのことなど見ていない。
夢遊病者のような足取りで巨大な木箱に歩み寄り、相応しい魔石を探す作業に没頭し始めた。