0 - 失楽園
昔々、あるところに『エデンの園』という、実りのある土地があった。
エデンの園の中央には『生命の樹』と『知恵の樹』と呼ばれる二本の木が存在する。中でも知恵の樹はいかにも美味しそうな実をつけ、その実を一つ食すと、神に等しき善悪の知識が得られるとされていた。
創造主である神、ヤハウェによって創られたアダムとイブは、エデンの園にみのる樹の実は一つを除き全て食べて良いとされていた。ただ一つ、食べてはいけないのが、知恵の樹の実——禁断の果実だ。
神は言った。
「知恵の樹の実を食べると、必ず死ぬ」
アダムとイブは神の言いつけを守り、決して禁断の果実には手を出さなかった。
しかしある時、人間を神に背かせようとする蛇にそそのかされ、イブが禁断の果実に手を出してしまう。
「イブ……お主!」
「あら、アダム。これ、とっても美味しいわよ。あなたも一口いかが?」
「神の言いつけに背いたのか……」
「ほらほら、そんなことはいいから」
半ば強引にイブがアダムの口に禁断の果実を放り込む。赤く艶めいた妖艶な果実。その時、初めてアダムは禁忌の味を知る。
——天地がひっくり返るほど甘美であった。
こうして、善悪の知識を得たアダムとイブは、羞恥心に身を焦がし、陰部をイチジクの葉で隠した。
目に見えてわかるほどの変化を神が見過ごすわけもなく、アダムとイブが禁断の果実に手を出した罪で、エデンの園を追放された。
「イブよ。主の苦しみを理解出来ず、すまなかった」
「アダム。どこまでもイブを信じる姿勢、感服した。達者でな」
神の最後の言葉。
対外的に罪を咎めたことになっているが、これは神の温情でもあった。我が子憂う神はいつしかアダムとイブが、食べると不老不死になる生命の樹の実に手を出さないか心配だった。永遠を知る神は、永遠の辛さを一番に理解していたのだ。
これがのちに、『失楽園』と呼ばれるようになる追放劇の真相だった。