⑥
買ってきたものを棚に並び終えると、結局ばなりんさんとの押し問答に当然負けた涼についていき、事務室にやってきた。
「そ、それじゃあ……こ、この、りょ、料金分……お、お支払いください……」
電卓を涼に向けながら、ばなりんさんが請求している。
「ちぇ。はいはい。それじゃあこれでいいんでしょ」
未だ納得していない様子の涼。渋々ながらポケットから小銭を出している。
「は、はい……。ちょ、ちょうどですね……」
無事に清算が終了したようだ。今度からは俺も買い物のときは涼の行動を注意して見ておこう。
はて、これじゃあどっちが先輩なんだろうか?
そんな疑問を持ったときだった。
ばたんという激しい音とともに、勢いよく事務室の扉が開かれた。
「お疲れ、お疲れ、嗚呼、お疲れでござる」
まるで歌舞伎役者のような言い回しで、まるで侍のような男が登場した。
「はうッ」
侍男を見た涼が変な声を出した。
頭はちょんまげではなく長髪を高い位置で一つ結びにしている。服は下がグレーに上が黒のいわゆる袴。そして腰には刀を差している。まさにザ・サムライというやつだ。
「れ、廉次郎さん……。お、お疲れ様です……」
「これは凜殿。まことにお疲れでござる」
両手を太ももに置き、ばなりんさんに深々とお辞儀をする侍男。
文末に「デデン!」と効果音が聞こえてきそうな話し方だ。役者でも雇っているのだろうか。
「廉次郎様ッ。お疲れ様です」
涼が両手の指を組んで胸に当てながら言う。
「涼殿もお疲れでござる。ところで、そちらに見える御仁はどちらの方でござるか?」
侍男は俺を見る。手は腰につけた刀の柄にいっている。警戒されているのだろう。
「どうも初めまして。本日より幽玄会社不思議に入社しました、寒葉逢夢と申します」
切り捨て御免は勘弁だ。誠心誠意をもって挨拶をする。
「これはこれは、同僚であったか。拙者から名乗り出ずに申し訳ない。拙者、名を廿里廉次郎と申す。気兼ねなく廉次郎と呼ぶがよい。逢夢殿、今後ともよろしくでござる」
さっきばなりんさんにしたように、俺にも深々とお辞儀をする。
「よろしくお願いします」
つられて俺も頭を下げる。
幾分話し方が落ち着いてきているようだ。さっきまでの大げさな歌舞伎のような言い方ではなくなってきている。
「廉次郎様ッ。今日はどんなお仕事をしてたの?」
涼のテンションが違う。廉次郎さん相手のときは声が少し高い気がする。
「うむ。隣の日野市に住んでおられる、ご老人夫婦の家の庭の草むしりをしたでござる」
なるほど。妖怪退治じゃなくて、便利屋の方の仕事だったようだ。
「素敵ですッ」
涼が手を叩いている。しかし草むしりが素敵かどうかはかなり主観的な判断といえる。
「れ、廉次郎さん……。こ、これを、ぞうそ……」
ばなりんさんが廉次郎さんにわたしたのは、さっき俺たちが買ってきた中にあったものの一つだった。
液体の入ったビンだった。
「おお、凛殿。かたじけない」
それを受け取ると、廉次郎さんは早速開封し、ぐびぐび飲みだした。
ばなりんさんも一本開けて飲む。
その隣で涼もいつの間にか二人と同じように飲んでいる。
「あの、それって何ですか?」
「栄養ドリンクだよ」
質問すると、涼が答える。
「それは経費でいいのですか?」
わからないことは聞くようにしている。というより、わからないことの方が多すぎる。聞く以外選択肢がない。
「は、はい……。あ、あの、よ、妖力の安定に、な、なるので……。こ、これは、ひ、必要経費、です……」
「逢夢殿は初めて見るでござるか? これはビタン妖でござる」
廉次郎さんがビンのラベルをこちらに向けてみせてくれた。
「え、ビタン妖? リポはつかないタイプですか?」
「そうでござる」
なんだそれ、とツッコミを入れたいところだが、それならそうと受け入れるしかないのだろう。
知らない世界があることをさっき知ったばかりだ。俺が知っていることなんて、たかが知れている。リポのつかないビタンがあっても何もおかしくない。
「ほ、逢夢くんのも、あ、ありますよ……」
「いただけるのですか?」
「もちろんでござる。今日の仕事は終わりでござる。最後にいただくのが幽玄会社不思議のしきたりでござる」
「そうなんですね」
「は、はい……。こ、こっち側の人は、ビ、ビタン妖じゃなくて、ディ、Dですけれど……」
なるほど。この会社の福利厚生みたいなものだろうか。
「そそ。だから気にせず飲みな。ま、私もDだけどね」
「え、涼もDなの?」
妖力の安定は良いのだろうか。
「だってビタン妖って不味いんだもん」
「いや、本人がDでいいならいいけど……」
「ここに逢夢のもあるから飲みな」
そう言って涼は胸の間をごそごそしたと思ったら、ビンを取り出し「ほらよっ」と言って俺に投げてきた。
不意なキラーパスを何とかキャッチしてビンのラベルを確認すると、リポのつかないビタンのDだった。
こんなのがあるのかと驚いたけれど、素直に受け入れ、開封して飲んだ。
生温かかった。